第三十四ノ夢 よく分からない騒動が横切って
フジと別れ、部屋に戻った和夜と明石。ほぼ攻撃されることもないだろうという安心感に和夜はベッドに勢いよく座った。スプリングが悲鳴を上げれば、サイドテーブルに前から置かれている水差しと伏せられたコップ、それらが乗ったトレイが目に入る。部屋にあるものとは言え、これらに毒やらなにやらあるとは考えにくいが、念のためというか用心深く和夜は疑ってしまう。そうして、いつまでも終わない堂々巡りに息をつき、ベッドに横になると身を沈めた。
「……なぁ、明石」
「なぁに?」
殺風景な天井を仰ぎ見る和夜に明石が振り返る。明石は何処に座ろうかと迷い、結局いつものように和夜の隣を陣取ることにする。微かなスプリングの音と明石が視界の隅に入ったことで和夜はいつものように隣に明石が座ったことを確信すると、勢いをつけて起き上がる。
「なんで、俺だったんだろうな?」
「え?」
「『色欲』が犯人にしようとした標的がなんで俺だったのかな」
些細な疑問だった。強者から戦意喪失させていく作戦だったならば、狙うべきは『暴食』と『憤怒』だ。リスクは高いが成功すれば、残りは自分より格下か同じ実力ということになり、殺し合いをすれば自分が勝利する確率は上がる。毒で殺せないことくらい分かりそうなのに、毒を盛った。それくらいで死にそうとでも思ったのだろうか、あの『色欲』は。……そこまで彼も馬鹿ではないだろう。しかも、和夜と明石が『傲慢』と結託していたにも関わらず、和夜を犯人にしようとした。疑わしきは罰せよで和夜を殺すつもりなら、馬鹿ではないにしろ甘すぎる。
和夜の問いに明石は「うーん」と声を上げて言う。
「確かにねー『怠惰』も『強欲』も来なくなっただけで本当に死んだとは言ってない。薄々気づいてたっぽいけど、宣言されてない。なのに、『色欲』は殺したことを見抜いていた」
「嗚呼」
『怠惰』の時は無関心を通していたのに、冤罪を被せた『強欲』に対しては死亡を認識していた。
「殺し合いで誰かが死んだことって、告知されるのか?」
「されない場合が多いよー過去には……ボクが覚えてる限りだと殺し合いが怖くてずっと部屋に籠ったまま、餓死と孤独死しちゃった子もいたし。ホントに餓死と孤独死だったのかは分からないけど」
「……『嫉妬』、じゃ、なかったのか」
和夜の声色に隠されたちょっとの怒りというか悲しみというか、それらが複雑に入り混ざった感情に明石はにっこりと笑って和夜の背を叩いた。
「ボクがこうやって自我を持って現れたのは和夜だけだよ~そんなに怒んないで~」
「おこっ、怒ってなんかないけどな?!」
「またまた~」
ケラケラ笑う明石に和夜はなんだか恥ずかしくなって顔を明石から背けた。怒っているわけではない。ただ、明石が過去の人物を語った時、気になっただけで……ほぼ無意識に口にしていたことがそれこそ嫉妬に近い感情であるということを和夜はまだ理解してはいなかった、表面上は。真っ赤に染まった頬と耳をプイッとそっぽに向けてしまった和夜に明石はからかいすぎたかな?と内心笑いを堪えながら話を進める。
「だから、自分から調べない限り、宿り主の死亡なんて分かりっこないんだよ。あとは管理者に聞くとか?」
「じゃあ、確証がないにも関わらず、勘で俺達が殺したと確信していたわけか」
「そういうことだねー!」
明石の方を向いて和夜が言う。つまり、今回の殺し合いの犠牲者は勘が良いことになる。ならば、余計に何故『色欲』が和夜を標的にしたのか気になる。どちらかというとラディアを殺したのはフジだ。フードを被っていて容姿のわからないある意味不審者染みたフジを狙う方がいい気もする。見た目で言うならフジの方が毒とか言われてもしっくり来る。もしくは、結託を勘づき、崩そうとしたか。
「多分だけどさぁ、狙いはフジだったんじゃない?」
「どうしてそう思うんだ?」
「多分、狙いは和夜じゃなくてフジだったけど、ボクらもいたから急遽変更ってとこじゃない?あの子、どんくさそうだしぃ~それにあの中で明らかに『暴食』は最期じゃん?『憤怒』も最期がイイね、強さ的とか考えて。で、狙ってた『怠惰』は恐らく死亡。『強欲』は冤罪があるからむやみに近づけない。『色欲』は棺を持っている。だから、攻撃用途は限られてくるから和夜も除外したんじゃない?けど、近くにいたから先に殺っちゃおうとした……ってとこかな」
楽しげに笑う明石に和夜はなるほどなぁと頷く。確かにそう考えれば一通りの筋は合う。『色欲』の男性がフジに明らかに話しかけていたことを考えるに、明石の線が妥当だろう。
「まっ、そんなに気にしない方が良いと思うよ?油断が生まれそう」
「……明石にしては随分まともな意見だなぁ」
「なにそれー!」
うがーっ!と明石が和夜に向かって威嚇する狼のように両腕を振り上げれば、和夜は笑いながら後方に上体を逸らした。そうすれば、明石も楽しそうに笑う。殺し合いが強制された中で生まれた僅かな幸せな時間。それだけで心地好い。だが、そんなことを考えれば考えるほど、感じれば感じるほど、誰かが幸福を奪っていく。だからこそ、奪う神サマがこんなにも妬ましい。
ガチャンッ!!と大きな音を立てて突然扉が開いた。何事?!と和夜と明石二人して扉の方を見れば、先程別れたはずのフジが肩で息をしながら立っていた。フジが勢いよく開けた扉は壁に当たって元の場所に戻りガチャリ……と半開きになっている。背後になにか怖いものがあるとでも云うようにフジはローブに覆われた体を震わせながら、扉ーー恐らく向こう側を指差している。が、混乱しているせいかその口からは嗚咽しか出なかった。
「フジ?どうかしたか?」
「……え、と……ぅあの……」
混乱の余り声が出ない。明石が和夜より早くフジの元に駆け寄ると、落ち着くようにと背中を擦る。明石に擦られて徐々にフジは落ち着きを取り戻していく。和夜もサイドテーブルから水を一杯取り……ちょっと考えてバスルームに行くと洗面の蛇口を捻る。先程、フジは明石同様毒かなにかを盛られたのだ。結託しているとは言え、部屋にあるものは要らぬ疑問や不安を煽るだろう。コップ半分ほどに水を入れ、和夜が二人のもとに戻るとフジは落ち着きを取り戻したらしく、和夜を視界に納めると安心したように口元に笑みを作った。
「一体どうした?」
「さっき帰ったよね?」
フジにコップを手渡しながら和夜が問えば、明石も不思議そうに云う。フジは和夜から貰ったコップを受け取り、水を一気に飲み干すとふぅと一服。したかと思えば、突然、背筋を伸ばして叫んだ。
「……動いたっ!」
「なにが?」
「あのっ、あれ……棺の女の人……!」
フジの言葉に和夜も明石も一瞬意味が分からず、固まってしまった。棺の女性ーー『色欲』が持つ棺の女性が動いた?そんなはずはない。だってあれは棺で、その中にいる女性は死人のはずだ。もしや、死人ではなかったとでも云うのだろうか?
「……フジ、疲れてるの?」
「ち、がう……!」
明石が首を傾げて聞く。狼狽え困惑するフジの様子からは到底嘘をついているとは思えない。「信じてっ!」と和夜の肩を掴みかからん勢いで身を乗り出すフジに和夜は「落ち着け」と胸の高さに手を挙げる
「まぁ落ち着けフジ。『色欲』に会ったのか?」
「『色欲』は、いなかった……で、も、棺が……生活区域の……中央に……ひつ、棺……」
「……どう思う和夜?」
フジの話を聞き、明石が和夜を振り返る。『色欲』の男性があんなに愛おしんでいた棺の中の女性を殺し合いが行われなそうである生活区域とは云え、放置するだろうか?けれど、フジは嘘をついていないし……
「とりあえず、確かめに外に」
行こう、と和夜が言いかけたのを部屋の外から響いた大きな音が遮った。ガシャン、というガラスが割れるような音だった。だが此処には窓が存在していない。ならば割れたのは別のガラス製のものか、強い衝撃で割れたのだと思われた。だが、なんの衝撃で割れた?
「殺し合いが始まった?此処でぇ?」
「安全な場所なんてないって言っているようなもんだよな?衣食住は与えられるはずだろ」
怪訝な声をもらす明石に和夜が言う。つまり、生活区域与えられた衣食住に含まれる比較的安全なところ。なのに、なにかが起きた。和夜は腰の刀の柄に手をかけ、ゆっくりと扉に近づく。和夜が扉に近づくたびにドキドキと心臓が早鐘の如く鳴り、緊張感が空気を支配していく。明石も和夜が行動から扇を取り出し、いつでも応戦できるように準備し、ようやっと落ち着いたフジもコップをテーブルに置きローブの中から刀を取り出す。準備万端の二人を横目に和夜はドアノブを掴み、勢いよく引いた。そして、生活区域に広がる異様な惨状に言葉を失った。
結構ありそうな展開。




