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ナイトメア・シンドローム  作者: Riviy
三章 愛してました、地獄まで
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第三十二ノ夢 あり得ない毒って


ーーそして、現在。


「……嗚呼……やっぱり……()()()()()のはぁ……オマエか」

「……なん、だって?それは、此処にいる奴なのかい?」


毒、その言葉に和夜の脳裏にアダムとの邂逅時言われた言葉が踊るように立ち上がった。と同時に『暴食』の女性がまるで牙を剥くように呟いた。怒気の孕んだ声色に疑心暗鬼を中心とした感情が広間に浸透していく。和夜は男性から突き刺さる刃物のような視線に気づいた。チクリと顔を刺すような些細でありながら、偏った情報の中与えられた悪意という刃。そこで気づいた。此処で体に異変が起こっていないのは和夜とラスだけ。ラスがアダム付きのメイドーー主従関係だと知っていれば、彼女が主人に毒を盛る理由がない。ラスにとってアダムが最優先事項だ。アダムの命令だとしても彼の命が危険に晒されるならば、ラスは行動を起こさない。何度も広間、もしくは廊下でアダムとラスに出会っていた人ならば微かでも分かることだ。ということは、消去法で和夜が毒を盛った犯人ということになる。そこまで考え、和夜は脳にかかっていた靄が一気に晴れた。明石とフジから怪訝そうな、驚愕な視線が和夜に突き刺さる。違う。『暴食』 と『色欲』の、和夜を犯人として疑い今にも殺してしまいそうなほどの殺気が和夜を犯人だと崖の端にまで追い詰める。違う、違う!


「私に……毒を盛って……なにをする……つもりだったんだい?」

「違う、俺じゃない」

「犯人は、必ず、そう云うんだよ?」


毒の量が少なかったのか、対抗が出来たのか鞭をバチンッ!としならせながら女性が言う。決定事項だと言わんばかりの口調に和夜は思わず、後退る。ガタッと和夜の恐怖にも似た不快感と嫌悪感を感じて椅子が悲鳴をあげる。すると、『色欲』の男性も軽症らしく、棺を支えにして立ち上がった。その瞳からは裏切られた怒りとなにかを詰め込んだ狂喜がギラギラと光輝いている。嗚呼、誰も信じてくれない。和夜がアダムとラスを一瞥すると、彼らは何処か冷めた目で事の成り行きを窺っていた。胸元の服を苦しそうに握りしめるアダムの肩に優しく手を置くラス。怒りさえも感じられない、それが余計に和夜の脳内を掻き乱していく。


「一人だけ毒が入っていないとか、姑息にも程があるだろう?」

「毒を盛れば、全員殺せるとでも思ったわけぇ?バカらしぃ。ねぇローズ」


二人が和夜を犯人として殺意を見せる。味方でもない、知らない人から向けられる純粋な敵意に和夜の背筋に悪寒が走る。バシンッと床を抉るように叩かれる女性の鞭がなにか云わなければと焦る和夜の心中を、まるで逃がさないと言わんばかりに追い詰めていく。女性はエル帝国の人間だ。和夜の返答次第では殺し合いに発展する可能性がある。此処で殺し合いはなんとしても避けたかった。それにどうやって和夜以外の料理に毒ーーであろうーーを盛ったのだと云うのか?それに、殺し合いで勝ち生きる自由を得るためならば、何故軽症の症状しか出ないのか。普通、致死量くらいいれても良いだろうに。効果も食べてすぐという即効性ではなく、遅効性だった。明らかに殺し合いを有利にするというには稚拙過ぎる。よもや仲違いや緊張感を与えたかっただけか?嗚呼、グサグサと刺さる強烈な敵意が和夜の神経を切り刻んでいく。「味方は誰もいない」と、耳元で「死ね」と洗脳するように囁いてくる。違う、違う。否定の言葉さえ和夜の喉元で吐き出されることなく、四散していく。敵意を向けていた『色欲』の男性が自分に毒を盛ったと思わしき犯人から距離を取り、逆に自分と同じ意見を持つ『暴食』の女性の近くへと寄る。一時は共犯を申し出てくれたアダムは自分で何とかしろと言うようになにも云わないし、動かない。なにか、なにか云わなければ。しばしの無言。いや、異様なほどの威圧感と警戒心、そして嫌悪感。まるで毒のように空間中に散布された負の感情、徐々に体を蝕んでいく不気味な感覚を、支配される感覚を和夜は感じる。しばしの無言さえも和夜にとっては強烈な刃となってやってくる。なにか、言わないと。

焦る和夜の袖を誰かが掴んだ。なんだと傍らを見れば、いつの間に立ち上がった明石とフジが和夜を守るように立っていた。彼らも軽症であった毒をもろともせず、凛とした姿勢と自分を無条件に信じる二人に和夜は嬉しく、涙が出そうだった。嗚呼、そうだ。俺には二人がいた。二人が、信頼できる明石と、俺に何故か懐いてくれているフジが。その事実を前に和夜は少しだけ安心した。


「馬鹿なこと云わないでくれる?料理は勝手に用意されるのに毒なんて盛れるわけないじゃん!」

「ウソっぱち……」

「そちらが嘘だとも言い切れまい?」


明石とフジが言い返すと女性が紅い目を爛々と輝かせて云う。明石が知っているということは、食事が勝手に用意されるのは周知の事実。つまり誰でも毒を盛ることは出来るということに他ならない。


「でもさぁ、いつ料理が出てくるか分からないのにどうやって盛るわけ?ずっと見張ってるの?」

「……それは」

「そんなこと出来るの、管理者くらいじゃないか」


明石の的を得た追及に和夜も自信を取り戻し、言い連ねる。ずっと広間にいたなら、誰かが目撃しているはずだし、それこそ可笑しい。いつ出てくるか分からない料理全員分に毒を盛るなど不可能だ。全員分が出てきた時は必ず全員揃っているのだから、隙はない。待つという行為も出来やしない。つまり、毒を盛るなんて面倒なことが出来るのは料理、ひいてはこの空間という場所について詳しく知っていると思わしき管理者だけなのだ。その管理者も早く殺し合いをさせているようではあるが、誰かを贔屓すると云うことはしない。ラディアの件でよく分かっていることだ。ならば、どうやって微量であろうとも毒を盛ったのだろうか?


「(考えられるのは悪神が与えた能力が見えなずに散布される系か……?だとしても、自分自身に盛る理由は?)」

「それに、自分に盛らないって今そっちの人が云ったみたいに姑息?っていうか馬鹿だよね?自分が犯人でーすって云ってるようなものだもん。犯人に疑われないようにするには、自分にも盛るでしょー」

「……隣に、同意」

「隣ってなにフジ?!」

「喧嘩するのか解明するのかどっちかにしてくれ」


和夜が疑問をどうにか解明しようとしている間にも明石とフジは男性と女性に喧嘩腰で食って掛かる。男性は二人の言い分が正論だと理解しているらしく、悔しそうに唇を噛み締めていた。ギリッと立てた爪が棺のガラスに食い込むことなく、男性の機嫌を下げいく。物的証拠もなければ、現状から見ても和夜は犯人よりの被害者、冤罪だった。まぁ和夜達三人からすれば明らかに冤罪だが。一方女性はやはりというか、殺し合いが出来れば良いという思考らしく、もはや毒事件は眼中になく何故か様子を伺うアダムに視線を向けていた。

フジが狼狽える男性にフードの中から鋭い視線を向ける。


「一番最初、に……カズ、陥れようと、した……許さない」

「許さないってなにさぁ?毒をソイツが盛ったことにかわりないだろぉが」


妖艶さが際立つ表情を歪めて笑う男性は、蠍のシンボルマークも相まって醜悪に見える。頑なに認めない男性にフジが獣のように歯軋りする。まるでラディアの派閥を召集しようとしている時と全く一緒だ。それに、被害者でもある男性は気づいているのだろうか。


「証拠」

「はぁ?」

「だから証拠は?ボクさぁ、これでも悪神サマだよ?」

「それがな」


なに、と続けようとした男性の言葉は彼の口に飲み込まれた。シュッと誰かが息を飲んだのは恐怖の表れで、一気に空気が数度下がったのも誰かの怒りで。その中でやはり瞳を輝かせる女性は異様でありながらも、正解だった。明石が右手の人差し指を口元に当て、妖艶に嗤う。開かれることのない瞳が男性に向けて殺気を放ち、オーラが刃となって空気を凍らせる。


「なにボクの大切な相棒に手ぇ出しんのって聞いてるの」

「明石」


宿り主でもなく、犠牲でもなく相棒。そう明石が言ってくれただけで和夜は良かった。俺は、明石に裏切られたとは微塵も思っていなかった、と。明石が悪神と知っても周りの反応は微妙で、明石の逆鱗に触れたことが重要視されていた。つまり、少なくとも全員死を受け入れたということだ。なんと心地好いことか。嬉しくなって微笑みそうな顔を叱咤し、和夜は大丈夫だと明石の頭をポンッと叩く。途端に氷点下だった空間は氷が溶け、もとに戻っていく。「そう?」と無邪気に和夜を見上げる明石に彼は笑いかける。氷点下の中を縦横無尽に歩き回る『嫉妬』を誰が強敵ではないと認識しようか。アダムでさえ、『憤怒』でさえ動きを止めてしまったのに。ともあれ、明石の逆鱗が収まったことに一番に安堵したのはもちろん男性だ。安心したけれどもまだ終わっていない攻防に、棺を忙しなくカンカンッと指先で弾いて叩き、音を鳴らしている。だがその口から暴論ともいうべき理不尽な言い分は出てこない。


「……気づいてない時に、此処に来て、なんらかの方法で」

「その方法を説明出来てない時点でキミの方が浅はかだよね」


ケラケラと男性を嘲笑う明石。クッと男性が悔しげに唇を噛んだ。すると、その時、


「何事ですか?」


被害の押し合いに夢中になっていた彼らの脳にまるで鐘を鳴らすように、声が入ってきた。広間におらず、毒の被害に遭っていないのは一人しかいない。和夜が視線を前方ーー女性と男性の背後に向けるとそこには案の定、ヴェールを揺らす管理者がいた。男性は管理者が彼にとって最悪な状況を打破してくれると思ったらしく、口角が三日月を描く。けれど、男性は屈辱的な経験に忘れているのだろう。前提としての話に。


「管理者か。なんでも『嫉妬(碧藤)』がみんなに毒を盛ったとかでそこの『色欲()』が断罪しようとして、返り討ちに遭ってるんだよ」

「はぁ?無理ですよ?」


いつの間にか、ラスと共にいつでも帰れる準備を整えていたアダムが管理者に簡潔に説明すれば、怪訝そうな声が漏れる。途端、男性から笑みが消えた。だからさっきから言っているのに忘れるという行為をすると云うことは、重要視していないということ。そこまで考え、和夜は管理者の言葉に顔の色を失っていく男性を観察する。


「料理は勝手に用意されます。此処はある意味、神方がご用意された場所です。衣食住、娯楽を提供し許可している時点で分かりませんか?、神と世界を保つ神聖な儀式に必要なのは、殺し合いによって死ぬこと。精神的であれ、身体的であれ。()()に分類される異端な行為への処罰はありますが、それ以外は殺し合って死ぬことが望まれます。だって、君たちに命の権利は()()()()()ないのですから。ですので、毒なんてあり得ません」


わかっていることでしょう?だって君たちは犠牲なのですから。

管理者の言葉に男性は自分の完全敗北を理解する。神は殺し合いを望んでいる。毒で簡単になんて許すはずがない。例外というのが和夜は気になったが、大方言葉の意味合いから察するに殺し合いに深く干渉することだろう。その干渉が毒なのだろう。ギリッと男性は棺の表面を殴るように弾き、棺を抱き締めた。中の少女のような女性が微かに動いた……ように見えたのは男性が抱き締めたからだろう。管理者がズイッと男性に一歩近づき言う。


「リーラ・トイズ・ローズ、少しお話しでもしましょうか?気になる干渉(こと)がございまして」

「はぁ?オレはねぇよ。ただ疑っただけで、まるでオレが悪いみたいで……気分がわりぃなぁ」


しかし、男性はこの場にいること自体がもはや不愉快らしく、美しい顔を醜悪に歪ませて言う。不愉快というかこの状況を作ったのは紛れもなく男性だが。と、棺を愛しそうに慈しむように抱き抱え、脱兎のように扉から出て行った。そのあとを追うようにアダムが和夜を一瞥して出ていく。もちろん、ラスもそのあとを追い、『暴食』の女性も「面白くない」と鞭をしまいながら出て行った。


「……怒涛の……展開」

「だなぁ」


和夜と明石、フジ、管理者以外が出て行ったあとの広間で和夜とフジの簡潔な声が木霊した。疑問は残る終わり方ではあったが……一件落着?

ホントにあり得ん、みたいな。

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