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ナイトメア・シンドローム  作者: Riviy
二章 宝探し
31/95

第三十ノ夢 私達が求めた命の末は



憤怒と悲しみにくれるラディアの慟哭が響く。彼女の背後に向かって和夜がラディアのように音もなく迫る。刀を握りしめ、着物に咲き誇る藤が和夜を応援するように咲き乱れる。取れる。ラディアの首筋に迫る切っ先に和夜は確信し、その確信に疑念を持つ。今までもラディアは音もなく背後に回ってきた。なら、その逆は?彼女が武芸に長けていなくとも『強欲』である能力を使えば、ラディアは単純な戦闘能力さえも上回る。一瞬のうちにそこまで思考して和夜は刀を振ることをやめなかった。ガァン!案の定、耳元で響いた音に和夜は瞬時に振り回していた刀を手元に引き寄せつつ、一歩ラディアの方へ前進する。後退すると思っていたのだろうラディアは和夜の突然の前進に驚き、悦に入った笑みを浮かべた。だが、和夜がラディアの胸へ飛び込むような愚行をするはずがなかった。和夜はラディアの脇を通りすぎ、倒れ今にも影に消え行く狐へと向かったのだ。そして、狐の亡骸を容赦なく蹴り、天井高く跳躍。天井に飾られたシャンデリアのように豪華で、けれども神々しさを極力抑えた控えめな照明に足をつけ、こちらも蹴り上げ今度は一気に急降下を始める。和夜を追って自らもどうにか跳躍しようと考えていたラディアは突然の進路変更に戸惑いを見せつつ、鉤爪を顔の前で構える。和夜が上段から勢いを借りて切りつめてくると考えているのだ。しかし、和夜の考えは違う。刀をいつでも振りきれるように構えてはいるが、ラディアに近づいても振り切る素振りは一向に見せない。ガッとラディアの鉤爪になにかが当たり、彼女を後方に押す。ラディアは和夜が刀を振り下ろしたのだと思ったが、自分の目の前で片膝をついて跪いた様子を見せる和夜に、ラディアは自分の中の無知さえを呪った。


「っち!」

「気づいても遅い」


折っていた片膝を伸ばし、勢いをつけて立ち上がりながら、和夜は刀を振り切る。ラディアが辛うじて鉤爪で刀の軌道をずらすが、続いて和夜は低い体勢でラディアの懐に迫り、柄を短く持つとクルリと手中で反転させながら自らの方へ戻す。そしてラディアの目を狙うように逆手持ちになった刀を振り上げた。白銀の軌道が下から上へ、まるで川のように滑り出す。ラディアは和夜の攻撃に気づき、鉤爪でもう一度軌道をずらそうとし、出来ないことに気づく。何故なら彼女の視界の端に刀を構えたフジを捉えたからだ。和夜と似たようで違う色の瞳を持ちながら、ラディアの要らない部分を持つお人形の宝石。嗚呼、これは先程の明石とフジの再現だ。ラディアが和夜を弾けば、右からフジがラディアを切り裂く。明石は何処にいるか分からないが、大方見えない左だろう。そしてラディアの背後は椅子の瓦礫。逃げ場はない。頭上以外。圧倒的振不利な状況だからこそ、ラディアの心中を埋める『強欲』は燃え上がるのだ。欲しい、欲しいと。此処にいる全ての宝石は


「全部、アタシのモノよ!!!」

「?!」

「な、っうわ!?」


ラディアから凄まじいほどの黒い影が柱のように天井高く伸び上がった。その勢いは凄まじく、攻撃しようとしていた二人を容易く吹き飛ばしてしまう。運良く影の放出に巻き込まれなかった明石が二人の名を叫ぶが、ブォオオ!という音に掻き消されてしまう。そのせいかフジは体重が軽いというか勢いが強すぎて空中でくるくると回転し、瓦礫の向こう側、ステンドグラス前に着地する。だが、その一方で和夜は衝撃波にも似た攻撃を真っ正面から受け、また受け身を取れなかったようで椅子の瓦礫の中に倒れ込んでいた。しかも、手にあった刀は狐との攻防で折れ破壊された椅子の尖った部分に手が当たり、手中から放たれてしまっていた。刀は和夜の足元に転がっているが、今の和夜は椅子の瓦礫という拘束具によって拘束されている状況だ。無理に動けば、折れた切っ先が肌を傷つけ、または怪我にさらなる刺激を与えかねない。全く、二人に気を取られているラディアの隙をつくつもりが『強欲』であろう攻撃ーー何処まで本気かは分からないがーーを受けることになるなんて。明石の言う通り、感情の起伏が悪神の力に影響している。だからこそ、先程ラディアの影があんなにも暴走したのだ。求めたモノを求めて。物体があった『怠惰ロイ』とは違い、ラディアは物体がない影をも操る。ロイはもう一人の自分。ならば、『強欲』はラディアの願望増幅機(モノ)。油断しているつもりはなかった。だが、明らかに戦闘がやりずらい。影との戦いなんて、誰も教えてはくれなかった。ハッと和夜は内心自嘲すると、刀を拾うために上半身を起き上がらせる。


「和夜!」


その時、悲鳴にも似た明石の声が和夜の耳に届く。まさか、と和夜が思ったのもつかの間、足元の刀を拾おうと慌てれば、刀をラディアのはくヒールが踏みつけた。恐る恐る顔を上げれば、ニヤリと笑ったラディアと目が合った。その両手にはスカイブルーの色を伴った鉤爪が装着されていた。右手だけだったはずなのに、先程の感情の起伏で左手にも装着されたようだ。無理矢理ラディアの足元から刀を抜き取っても良いが、抜き方が悪ければ、運が悪ければ二度と守り刀は使えなくなる。そして守り刀には明石が宿っている。もし、刀が壊れて明石がいなくなったりなんかしたら……!シュッと恐怖で息が切れる。失うことがこんなにも怖い。嗚呼、でもどうすれば?考える和夜を横目にラディアはようやく手に入ったと微笑む。美少女の笑みだが、此処では悪魔の笑みにしか見えない。すると、抵抗で和夜がラディアに向かって蹴りを放った。そのまま勢いで起き上がることも出来たが、袖が折れた椅子の切っ先に引っ掛かっており無理矢理にやると破けてしまい、出来ない。ラディアに蹴りを入れながら腕を振り、立ち上がれるように準備して和夜は違和感に気づく。来るはずの衝撃が来ないことに。チラリと視線を和夜が動かせば、案の定、そこにラディアはおらず。困惑と怒りを称えたオーラを漂わせるフジが椅子越しに見えた。


「か弱い女の子になにするのかしらぁ?まぁでも」


和夜の右側の耳元で声がする。歓喜に胸を踊らせる声が。やはり気配なくラディアは和夜の右側へと避け、首元に左の鉤爪を添える。ギチッとタートルネックに覆われた首元から冷や汗が垂れ、プレートのネックレスが悲鳴をあげるように揺れる。死。目の前にまで迫った死に左胸に埋め込まれた心臓がうるさいほどに鳴り響く。嗚呼、これこそが神サマが望んだ儀式だと云うように。無理に動けば、自分の命がない。だから和夜は隙が生まれるまで動くわけには行かなかった。ロイにされた実験体の経験が甦り、背筋が凍った。あの時は明石が来てくれる確信があった。けれど今は、そこにいるのに触れられないし、叫ぶことも出来ない。まるで見えない壁にラディアと和夜二人きりで閉じ込められているかのよう。ラディアは恍惚な笑みを浮かべながら右の鉤爪の切っ先を和夜の瞳に差し込もうとする。ガタッと椅子が震えたのは恐怖からで。固まってしまった体にどんなに動けと命じても動いてくれない苦痛という屈辱に、和夜はもう一度脳を回転させようとして。


「手に入れられたから良いわぁ!!」

カズっ!」


鋭い切っ先が和夜の目を貫こうと牙を剥く。眼球に耐え難い痛みが来る。絶叫が響き渡る。死んだ方がマシだと思ってしまうほどの強烈な痛み、肌を突き抜け肉を裂き骨をも砕く痛みが来る。そうしてそれらの痛みに耐える苦悶の声がラディアの耳に讃美歌となって木霊するのだ。


「……るな」

「……あらぁ??」


しかし、そのような讃美歌も懺悔も痛みも響かなかった。極限まで見開かれた和夜の蜂蜜色の瞳の前、ほんの数センチというところに鉤爪の切っ先がある。少しだけどちらかが動けば、和夜は失明し、左の鉤爪は和夜の心臓を抉る。だが、二つの爪は和夜の前から離れて行っていた。微かに切っ先を震わせながら、まるで痛みを堪えるように。和夜は怪訝に思い、視点をラディアに合わせれば、首元から血が滝のように溢れ出ていた。もはや、首と胴体が切り離され、応急措置としてただポンッと置いたかのような状況だった。ラディアもなにが起きたのか分かっていないようだったが、スカイブルーに彩られた瞳は首が落とされ死んだと思われる者が持つよりも生気を伴っていた。そしてそのスカイブルーが震える目で凝視する先は、和夜の背後だった。そこで和夜は自分の背後に積み重なっていたはずの瓦礫の突起や冷たい感触がないことに気づく。死の恐怖に気が動転していたのだからしょうがないのだが、それでも和夜は()()()()()()()は、和夜と明石(二人)だけのモノだから。


「触るな」

「ーー明石」


和夜の後ろにはいつの間にか明石がいた。扇を持った右手を和夜の右肩に回し、後ろから抱きつくようにして座り込んだ和夜を庇っている。明石が持つ扇からは鮮血が滴り、三人の足元を真っ赤に染め上げている。背後から聞こえた明石の声に和夜は安心する。明石から漂う気配はつい先程、和夜が感じたものであり、感情だった。ラディアは明石に攻撃されたであろう首元の紅い糸を左手の指先で触れ……笑った。ラディアは指先で紅い糸をなぞり、なぞった部分に影を付着させていく。すでに大量出血で死ぬか、頭と胴体がおさらばして死にそうなものなのに、死ぬ気配はない。それは魂からの使役だからだろうか。


「触れるな?ソレは、アンタのじゃないわ。アタシのよ」

「うんん、違う。キミのじゃ、絶対にない」


明石が和夜の腕を自らの肩に回し、立ち上がらせる。その時、ズキッとした刺されたような痛みに和夜は顔を歪めた。今すぐに刀を拾いに行きたいのに、吹っ飛ばされた勢いで左足を捻ったようだ。それか折ったか。どちらにしろ、この状況ではすぐに動けない。和夜が悔しいと、虚しいという表情をラディアに見られぬよう俯いて晒せば、明石が気づき、肩を叩いた。


「大丈夫だよ和夜」

「あぁら、なにが大丈夫なのかしら?」

「キミには言ってない」


ニッコリと微笑を称えて明石がラディアを貶せば、彼女は首元に添えた指先を折り曲げ、影を付与させる。そしてその影を右手の鉤爪に上乗せし、刃を鋭くさせた。影から漂うのは怒りと、自らの獲物を横取りされた屈辱。けれど、と和夜は内心笑う。明石に身を委ねながら、ラディアの足元から守り刀が見えなくなっているのを確認しながら。ソレを求めたのも感じたのも二人だけ。(和夜)貴方(明石)にしか分からないし、感じられない。だって、二人は『嫉妬』だから。嗚呼、だからこそ俺達が求めたのはーー


「魂からの使役ゆえの代償……心臓を貫かなければならない」

「それもあるよ和夜。でも本当は、悪神に宿らされてしまったがゆえに、心臓を貫かなければならない……感情という()()()()にも似たモノ……」


嗚呼、それが殺し合いであり殺し愛とも称される儀式の意味。抗えないほどまでに募った俺達自身の罪。小声で和夜の耳元に囁かれた言葉は自然と彼の胸の中に落ちてきた。そうして、微笑むラディアの向こう側に見えるもうひとつの影に和夜は、顎を振った。いや、見えたから振ったのか、もう分からない。だって油断したラディアの後ろには既にフジが回り込んでいたのだから。


「全てアタシのモノなのに、忘れていた『強欲』の感情なのっ……ぁあ?」


その時、畳み掛けるように鉤爪を振り上げたラディアの動きが止まった。途端に彼女の体を駆け巡る痛烈な感覚。和夜に与えるはずだった肌を突き抜け肉を裂き骨をも砕く痛みがラディアの体に電撃のように駆け巡り、首と胴体を繋げた影が痛みと混乱で吹き飛んでしまう。和夜と明石の目の前、ラディアの左胸には真っ赤な……それこそラディアが欲しいと求めるようなガーネットを思わせる華が咲き誇っていた。華を支えるように左胸に突き刺さったのは白銀に輝く切っ先。フジの持つ刀だった。フジがラディアの肩越しにニヤリと笑って見せる。その笑みは和夜にしか見せていないような感じだった。ラディアは左胸に咲いた華を見て、意味が分からないと首を微かに振る。するとラディアの右手から鉤爪が消え、ただの影となる。修復痕さえなくなったラディアの首元から血が溢れ出、ラディアがゆっくりとした手付きで押さえるが血は滝のように溢れ出ており、止まることを知らない。


「ねぇ」


ただ死を待つだけとなり、先程までの威圧的な態度も高飛車な物言いもなく呆然と自らの首元を押さえるラディアの耳元にフジが囁く。まるで内緒話をするように。


「私は……君、より……『傲慢』、だよ」


フジの言葉は、小さすぎて和夜にも明石にも聞こえなかった。もっとも二人共に少しずつラディアから距離を取っていたため、聞こえるはずもなかったのだが。和夜の手にはいつの間に拾ったのか、刀があった。アタシが踏みつけていたのに、アタシの方が求めたのに。なのに、なんで!そんなラディアの悲鳴にも似た慟哭が響くはずもなかった。それもそのはず。フジの刀はラディアの左胸を縦に切り裂き、左肩を縦に真っ二つに裂いたのだから。そしてそのまま振り上げた刀を横にスライドさせ、首の切断面とラディアの押さえていた手を同時に切り落とした。ズサッといい音がして、スカイブルーの瞳がアクアマリンを嵌め込んだように大きく見開かれる。と思えば、首と胴体は呆気なくサヨナラをし、鈍い音を立てながら切断されたラディアの部位が清潔だったであろう聖堂の、美しい光を照らし出す不思議なステンドグラスの光を浴びる床に落ちていく。呆気なく、淡々と。 まるで初めて会った時のフジのように。

空中に投げ出された生気を失っていくラディアの瞳と和夜の瞳が交差する。琥珀と、アクアマリン。首を切られ心臓を突かれてもなお、『強欲』を願う彼女の魂に驚けば良いのか、それとも憐れめば良いのか。もはや、ラディアと同じ地位にまで来てしまった和夜には分からなかったし、知る必要もなかった。そう、彼女は


「……宝石、欲しかったなぁ」


ラディア・エアルサガ・ヴィセル。『強欲』を身に纏いしお姫様なのだから。

鈍く重い音を響かせて落下したラディアの亡骸を仄かなスカイブルーの光が包んでいた。まるで主人の死を嘆くように。三人の目には、入らなかったけれども。






『傲慢』『嫉妬』『**』『**』『色欲』『暴食』『憤怒』

残り五人


今日はあともう一個あります!

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