第二十九ノ夢 求め、求め、求めたのは
「……ラディア・エアルサガ・ヴィセル……?」
「和、どうか……した?」
呆然と言った様子で呟いた和夜にフジが怪訝そうに顔を覗き込んでくる。フジが覗き込んでいることに気づかぬまま、和夜は呟きを吐き出す。
「ヴィセル王家の娘?」
「あら、知ってるのね。さすが、さすがアタシが欲しいと思うだけの宝石をしているわ!」
恐る恐る言われた言葉にラディアは否定することもなく笑う。そうして、王家という意味合いが持つ威圧感なオーラを放つ。ひれ伏せ、跪け。御前にいるのが誰か分からぬか。そう言っていると勘違いしそうなほどのオーラにフジがギュッと刀を握り締め、明石がケラケラとラディアを嘲笑った。
世界の西に位置するヴィセル王国。和夜も明石も伝え聞いただけなので信憑性に欠けるが、数年前、ヴィセル王家では王位継承権争いが起きていたという。病弱ながらに頭がキレ平民と貴族の意識改革及び改善を行い皆に愛された長男と、優秀かつ王国を守るために軍事力を増幅させ領土争いを推進する貴族からの羨望を受ける次男の王子二人。二つの派閥は現国王であったヴィセル王をも巻き込み、ヴィセル王が毒殺されるという悲惨な結末を呼んだという。だが、話は此処で終わりではなかった。現国王の死に関与したとして王位継承権争いをしていた長男と次男は毒杯を賜り、死亡。派閥も解散後、当主を変わらせるという世代交代が起きた。それを実行したのは亡きヴィセル王の弟、つまり王弟だった。実質、王弟が邪魔者を始末し国を手に入れたようなものだった。だが、此処で問題が起こる。故前ヴィセル王には二人の男児の他に女児一人がいた。王弟にとっての最期の邪魔。ヴィセル王家では血筋がものをいうため、女児でも王になる可能性は十分あった。そのため、故前ヴィセル王の妻であり王妃は夫の言い分に従い、女児の存在を隠していた。女児の存在を兄達は愚か臣下も知らない。知っているのは女児の親と王弟のみ。だが、父親は死んだ。王妃ーー母親も王弟の手の者によって暗殺された。女児が発見され、殺されるのも時間の問題だろう……という、眉唾物の噂。何処から漏れたのかさえあやふやな話。もし、ラディアが本当にその行方知らずの命を狙われた王女なら、この儀式に連れて来られたのではなく、殺す目的で与えられたことになる。つまり、親の、王家の醜い争いに巻き込まれた被害者ということだ。それに気付き、和夜の表情が一瞬、哀愁に歪んだが、ラディアは和夜の哀愁を鼻で笑った。
「でも、それがなんだっていうの?」
「……え?」
「お父様もお母様も求めて良いと言った。知らない兄達も叔父も求めた結果よ。アタシたちは『強欲』な種族なのよ。もっとも、アタシは王家という種族すら越える『強欲』の持ち主のようだけれどねぇええええ!!!」
ハハハ!と声高に笑うラディアの影から左右の目の色が違う狐が一体現れる。現れたかと思いきや、その姿は狐ではなく、刃物となりラディアの手に収まる。いや、収まるではなく、ラディアの右手付与される。それは美しくも鋭い鉤爪。全てを欲する彼女に相応しい鉤爪だった。美しいほどに真っ黒な鉤爪にフジがビクッと怯える。フジの様子に和夜はどうして自分の思惑が外れたのか、その答えを知った。ラディアは接近戦が不得意でも戦闘が不得意なわけでもない。隠していただけだ。大きな大きな『強欲』という影に|ラディア・エアルサガ・ヴィセル《自分》ではなく、ラディア・セルヴィという偽の自分を。偽の魂を。ラディアがブンッと不馴れなのか、それとも煽っているのか鉤爪を振れば切っ先が彼女の背後の壁を抉り、横一線、傷をつける。ついでと云うように再び影が起き出し、巨大な狐となる。狐はラディアの瞳と同じミントグリーンの瞳を円に歪ませ、醜悪な笑みを浮かべる。
「嗚呼、嗚呼、嗚呼!アンタの瞳はシトリンかしら?それとも琥珀? 嗚呼、その美しい蜂蜜色の瞳をアタシに寄越しなさい!」
バッとラディアが壁を蹴り、空中を滑り出す。狙いは云わずもがな、和夜だ。だから明石は和夜とフジを横に押し出すとラディアからの殴るような鉤爪の攻撃を扇で防いだ。和夜がすかさず明石の応援に動こうとすれば、邪魔は許さないとばかりに狐が間に割り込んでくる。先程よりもどちらかといえば小さいが、それでも和夜の一回りは大きく、回し蹴りを放っても少し動いただけであまり効果はない。ラディアは明石の目には興味なさそうだが、邪魔をしたという怒りに触れたらしく、鉤爪を雨のように明石に降らせている。明石は辛うじて扇で防いでいるが反撃の隙が掴めず、手を出せない状況だ。片手にもう一扇取り出そうとはしているようだが、ラディアの猛攻撃でそれどころではないらしい。ラディアがフジを一時期とは言え、負かしたと考えれば一人でラディアに向かうのは危険すぎる。嗚呼、けれど、狐も一人では些か危ないかもしれない。そう考えると和夜は気が気じゃなかった。どうする?どちらに加勢し、どちらに攻撃する?狐の牙を刀で防ぎながら熟考しつつ、和夜は狐から距離を取る。その時、狐から距離を取った和夜の前にフジが滑り込んできた。すると狐が横から爪を勢いよく振り回した。勢いが強く、余韻だけでも風圧で吹き飛ばされてしまいそうになるほどの威力。和夜でさえ抗えないと思ってしまう威力なのだから、目を恐らく負傷しているフジには相当の負担になるはず。慌てて片足を軸に跳躍しようとする和夜だったが、フジのローブに描かれたライオンが自分に向かってウインクしたように見え呆気に取られてしまった。と、狐の爪がフジに襲いかかった。その一撃をフジは刀で防ぐとその場で突然跳躍。跳躍の勢いで狐の攻撃を弾くと、空中で一回転し、刀を回転切りする。一刀両断で襲ってくる痛みに一回り大きい体で狐が鳴く。トン、と軽やかに着地し、フジは痛がる狐を横目にローブの端っこをドレスのように摘まんで和夜を振り返る。
「此処は……私、やる……だから」
左目から流れ出る紅い涙を強引に拭い、フジが言う。フジの肩を抱くように黄色に似た淡い光がフジを包んでいる。それが明石の言う悪神を使役させられている上での弊害か、それともフジのオーラか。多分、明石が言ったことを借りるなら「今回は珍しいモノが多い」。なんとなく、和夜は悪夢・『傲慢』はモノな気がした。だからこそ、これはフジの決意。その『傲慢』とも取れる強い意志に悪神が能力を今だけ与えたように見えた。和夜を覆い隠すほどの強気という勝利への貪欲なフジの瞳がフードの暗闇から、まるで獣のように彼を捉える。誰が獲物で誰が食料か分からないじゃないか。和夜はグッと唇を噛み締めて一瞬肩を通った違和感を拭うとフジに強く頷き返す。
「悪いフジ。でも、無理は本当にしないでくれよ」
「うん……大丈夫、だよ……」
にっこりと見える口元だけで笑ったフジを横目に和夜はラディアと死闘を繰り広げる明石のもとへと椅子を蹴り、跳躍した。
「……だって、私は……」
そう呟いたフジの言葉は和夜に聞こえるわけもなく、目の前に迫った狐の攻撃に消えた。
和夜が明石の応援に向かうと、ガララッ!と大きな音を立てて明石が椅子の瓦礫の中に倒れ込んでいた。思わず「明石!」と叫べば、ラディアが和夜に気付き、ニンマリと笑みを作る。やべっ、そう思ったのは無理もない。明石が瓦礫の山から肩越しに和夜を振り返り、ラディアがそっちへ行くと口の動きだけで伝えてくる。明石の警告に和夜が頷いた瞬間、いや、その数秒後、突然彼の頭上を影が覆った。なんだと和夜が顔を上げればそこにいたのは、鉤爪を装着した右手を大きく振りかぶったラディアだった。音もなく忍び寄ってきたラディアは大きく振りかぶった鉤爪を容赦なく振り下ろす。寸でのところで我に返った和夜は咄嗟に後方に飛び退き、攻撃をかわす。そしてすぐさま刀を振り抜く。ガンッと甲高い音が響き、和夜とラディアの腕に振動が伝わる。和夜は鉤爪を弾こうとするが切っ先が丸く、引っ掻けるようになっているため刀身にもれなく引っ掛かっており、弾こうにも下から引っ張らなければどうにもならない。クッと苦痛の声をあげて和夜はラディアが片手を自分の目に伸ばす前に刀を上へ振り上げ、ラディアの体勢を崩すと腹に女の子だなんて関係ないとばかりに蹴りを入れる。ラディアが小さい悲鳴を上げて後方によろめいた隙に和夜は鉤爪から刀を救出。だが次の瞬間、よろめいたはずのラディアが和夜の背後に回り込んでいた。先程と同じように、気配もなく素早く。遠くでフジが戦い、明石が立ち上がる音が大きく聞こえるほど、ラディアの動きは静かだった。背後に振り返り様に刀を振るが、ラディアは一撃を簡単にかわし、お返しとばかりに鉤爪を目を狙って振る。上半身を仰け反らせてかわす鉤爪だったが、鉤爪の切っ先が長く胸元を軽く引っ掻いていく。胸元に響く、まるで火傷のような痛みに顔をしかめる和夜にズイッとラディアが身を寄せる。今にも和夜の腰に手を回してエスコートしそうなほどにスムーズな動作に、叩き込まれた王族としての礼儀を感じる。しかし和夜もそのままエスコートされて目を抉られてはたまらない。嗚呼、だからこそ、後方に身を預けたままなのだ。空中に横たわるように身を預けたままの和夜にラディアは笑い、鉤爪を伸ばそうとして……やめた。代わりに足元でクルリと半回転しようとステップを踏もうとすれば、明石の扇がラディアの顔を狙って間に割り込まれる。ラディアは目と鼻の先を通った扇を放った明石を睨み付け、体勢を整えながら今度は明石に向かう。
「ちょっと!危ないじゃない!アタシの顔を傷つける気?!」
「はぁ?和夜とフジの目を狙っておいて、自分のことは棚にあげないでよねー!」
「アタシは良いのよアタシはねぇぇええ!!」
怒りと狂気を混ぜた声色を発しながら明石に鉤爪を振るうラディア。ラディアの攻撃を踊るように明石が避けていくのを和夜は横目に体勢を整える。やはり明石は軽々とラディアの攻撃を避けているように見えて、些か窮屈そうに苦労している。それもそのはず。突然、ラディアは気配というか音を消してやってくる。まるで空気と一体化してしまったかのような。恐らく『強欲』が与える能力の一部。もしくは魂からということを思い出した弊害。まぁどちらにしろ、自分達がやることは変わらない。ただ、彼女に勝つだけ。和夜の決意が届いたのか明石がクスリと口角を上げて笑い、ラディアに扇を振るう。その時、たまたま狐を相手取るフジと背中が当たり、二人して驚愕に顔を歪めた。結構広いはずの聖堂で背中がぶつかった。ということはすぐには動けないことを意味する。フジの前には怪我を負ってはいるが爛々と瞳を輝かせる狐がおり、明石の前には鉤爪を振り回そうとするラディアがいる。二人の左右は椅子の瓦礫。万事休すか。
「二人共!伏せろっ!」
「なんっ」
「良いから!」
和夜の声に明石が混乱するフジを遮って頭を優しく掴み、しゃがませる。当然二人を狙っていた両者の攻撃は空を切り、ラディアの鉤爪は弱っていた狐の目を抉る。ラディアは自分にとってのいい子に誤ってではあるが、攻撃してしまったことに呆気に取られていたが、次第に表情は怒りを伴い、その目の前で狐が煙を上げて椅子の瓦礫の中に倒れ込む。ラディアが余所見をしている間に明石とフジが隙間から撤退し、二人と入れ違いになって和夜が呆然とするラディアの背後に迫った。
さあ、本当に求めたのは?
ウチ的に『強欲』ってだからこそ生まれるんじゃね?という。ラディアは必然的にも偶然にもそうなっていた。全てが原因で違う、みたいな。
次回は来週です!




