第二十六ノ夢 欲望の果ては
心底嬉しそうな、悦に入っているような、恍惚とした声が光指す聖堂に無情にも響き渡った瞬間、三人の体は硬直した。まるで足元から凍ってしまったかのように足は動かず、バクバクとうるさい大音量の心音だけが彼らの意識を保つ。何故、バレた?いや、ラディアは何処に?だんだんと明確になってくる歪んでいた視界と体の硬直から解放されながら、和夜はゆっくりと周囲を見渡す。けれど聖堂内にラディアの姿も獣の姿も形も影さえも見当たらない。まさか恐怖と警戒で幻聴?いや、三人同時と言うのは明らかに可笑しいし不自然だ。ラディアもしくは誰かが数人同時に混乱状態に陥れることの出来る力もしくは能力を持っているなら別だが、可能性は限りなく低い。もしや、ラディアが再びあの女性ーー『暴食』を引き入れた?そうだとすれば非常に厄介だが……そこまで脳を回転させ考え付くと和夜はゆっくりと腰の刀に手を伸ばす。背筋を刺すような殺気はない。だがラディアがいないとも限らない。和夜の警戒を促し、肯定するように明石もその手に閉じた扇を持つがフジは武器を手にしない。明確に敵が出てこなければ、攻撃されなければ大丈夫と高を括っているのか、それとも他に理由があるのか。和夜には分かりっこない。その時、
「ホントにイイ子よねぇ~なにもくれないアタシのイラナイやつらとは大違い」
憤慨しているような、嘲笑っているようなそんな口調。嗚呼、やはり幻聴ではない。声がした方へ和夜が振り返ればそこは自分達が立つ場所から少し離れた壁際。扉ではなく壁際と言うことはこの聖堂には管理者が言っていない、もしくは知らない隠し扉がまだ存在する。管理者は和夜達に肩入れはしていないが、ラディアに情報を与えた様子もない。完全に想定外の事態に突入していることは誰でも分かった。クリーム色の壁に寄りかかるように立ったラディアは髪の色とも相まってまるで雲の上にいるかのようだった。そうしてそれが一番似合っていて可笑しかった。黒くも不気味な獣、狐を両側に従え、ラディアは両手でその二体の頭をよくやったと撫でる。そしてこちらに視線を向けてくる。肉食獣と同じ、獲物を求める目。その目は自分が弱肉強食の頂点が当然だと言わんばかりの自信を持ち合わせ、否定をさせなかった。
「やっと見つけた。アタシのモノを返す代わりに、謝罪の代わりにアタシの支配下に入りなさい!否定も非難もイラナイ!あるのはアタシの意志だけよ!」
片腕を広げ、役者のように叫ぶラディアの声が聖堂に木霊する。天使もラディアの意志を祝福するようにステンドグラスの光を中心部分から彼女の方へと射し込んでいく。
「そもそも冤罪なんだからさぁ、謝罪も糞もないし。それに、ボクらはキミの欲しい無感情なお人形さんじゃあないんだよ?」
扇を口元に当て、妖艶に明石が嘲笑えば、ラディアはそれにこめかみをピクピクと痙攣させる。明石の挑発に乗ってしまったのか鬼ごっこの怒りか、ラディアは叫ぶ。
「いいえ、いいえ、イイエ!アタシは全てを手に入れることが許されてるのよ?土地もお金も人もなんだって手に入れれる……与えても良いと、求めても良いとお父様が言っていたんだもの!だから、アタシは悪神にとりつかれようとも欲しいのは手に入れるの!」
「……さすが『強欲』って言ったところだなぁ。すべてのものを欲しがる。良欲張り以上だ」
ラディアの心の底からの願望に、欲望に和夜は心底怯えたというよりも悪い意味で尊敬の念を送れば、ラディアは褒められたと捉えたらしくご機嫌そうに笑った。和夜は褒めたのではなく貶したというか嫌みを言ったのだが、精神面が強い。するとそこで明石がなにかに気付き、和夜の隣にラディアを警戒しつつ近づく。
「和夜」
「ん?なんだ?」
「あの子、もしかすると珍しい方かもしんない」
魂からの使役、そう考えれば此処まで執着してくる意味も分かる。だがあくまでそれは可能性。そういうことかと和夜が明石に視線で問えば、明石は気配でそれを捉え小さく頷く。そんな二人の様子にフジは首を傾げつつも警戒し、ラディアを睨み付けている。しかし、当の本人、ラディアの視線は正論を叩きつけた憎きフジではなく、与えられることを求めた和夜を差していた。
「狙いはやっぱり俺かぁ」
「反抗したのがあの子のお眼鏡にかかったのかな?」
「それならフジも同類だろ」
明らかに和夜を狙ったギラギラとした肉食獣の目に和夜ははぁとため息と共に肩を竦める。こんなことは初めてではない。紅藤の催促と同じようなものではないか。相手の気持ちなど全く無視の強制。そんなただ高飛車な、欲望だけに動くような彼女から逃れる手段はいくらでもある。簡単に屈してしまっては面白くないでしょう?なら、こちらはこちらの目的のために抗うだけ。殺し合いを制するだけ。
「悪いが、貴方の言う通りにするわけにはいかない」
「へぇ?アタシに逆らうの?この、アタシに?不敬よ無様よ哀れよ馬鹿らしいわっ!」
目を細め流し目で和夜がラディアを見下ろすように言えば、彼女はチシャ猫のように口角を上げて微笑み、背後の壁をトンッと左手の指先で突っついた。途端にクリーム色の壁にもう一体巨大な狐が浮かび上がり、二色の瞳を三人に差し向ける。と、壁に写った狐はラディアに侍る狐二体へと分かれて吸収される。その瞬間、彼らから漂う寒気と気配と恐怖、そして殺気。それらにフジがビクッと肩を震わせ、ローブの中をまさぐった。武器を構えようとしているの動作で分かるが、手間取っているのも見て取れた。戦闘に慣れていない、そんな印象だ。だが腹の背は代えられない。どちらにしろ、殺る気しかないのだから。
「しょうがないわねぇ。全部、全部アタシのだっていうのに言うことが聞けないのね?いいわよ、だったら……権力で奪ってあげる」
ブワッとラディアの後ろ丈のスカートが風に煽られ翼のようにはためけば、狐も声高にラディアへの忠誠心を露にする。ラディアの言葉を聞き、和夜はもしかすると彼女は元々そういう位の人だったのではないかと思考する。そして悪神が求めそうだとも。自分を一瞬棚に上げていたことに和夜は苦笑をもらすと抜刀し、ラディアを睨み付ける。
「フジ。行けるか」
「ん……でも」
和夜がフジに声をかければ、フジはローブの中から鞘に収まったままの刀を取り出した。黒塗りにされた鞘はまるで夜の闇のように妖しく光り、鮮やかに伸びる銀色の腰紐らしき糸がまるで流れ星の如く輝いている。鞘と鍔にはなにやら刻まれていたようだが、削ってしまったのか否や判別不能になり削ったあとが痛々しく残っている。黒に刻まれた白い傷がまるで今度は夜桜のように見える。傷が残っていようともフジの持つ刀の美しさは健在であり、鞘から放たれる刀身は守り刀として奉られた和夜が持つ刀と匹敵するほど白銀に輝いていた。しかし、フジはフードごしにやる気に、覚悟を決めた目をしているのに一向に鞘から抜き放とうとはしない。不思議に思い、ラディアを横目に和夜と明石が聞こうかと迷っているとフジが小声で申し訳なさそうに、それでいて淡々と言った。
「……使い、慣れて、なくて……」
「はぁあああああ?アタシを舐めてるわけ?上等じゃないのよぉ。全部奪ってあげる」
小声で言ったはずのフジの言葉はラディアにも届いていた。フジのとっては不慣れで鞘から抜いていなくともラディアには舐めているようにしか見えなくて。つまり、和夜と同じではあるが用途は明らかに鈍器。怒りを露にするラディアを見て、和夜は明石とフジをゆっくりと見渡す。やるっきゃない。
「無理だけはしないようにな!」
「それ、フジ含まれるよね?」
「うる、さぁ、い、もん……」
それぞれが違う、緊張しているようなしていないような声が交差し木霊する。そうして、殺気が互いを殺そうと跳躍した。
大分書き溜めたのが溜まりすぎて色々ごっちゃになっております(思い出せ)




