第二十二ノ夢 目標転換、矛先は
「アンタ、アタシと来なさいっ!」
「…………………は?」
白身魚を箸でほぐしていた和夜の口からすっとんきょうな声がもれ、その前方の明石は驚きすぎたのかズゴォ!と勢いよくジュースを吸い込んでしまい、咳き込んでいた。驚愕に目を見張る二人の視線の先にいるのはついこの間冤罪騒ぎを起こした少女だった。
少女と女性の冤罪攻撃から逃げ帰り、部屋に籠ること早数時間もしくは数日。眠気に負けて二人で眠ってしまい起きたら腹の虫が鳴ったので広間に来たらこの状況である。やはりテーブルには各々の食事が用意されていたので今は昼食か夕食だと思われる。しかし、少女と女性に絡まれたくないのか広間にいるのは和夜と明石、そして和夜に共犯を頼み出た『傲慢』の人物のみ。他のテーブルには食事が用意されていないので食べ終わったか、食べないために用意されていないのかもしれない。本当に不思議でしかない。まぁそんなことは後回しで良い。問題は少女だ。少女は仁王立ちで和夜を射ぬかんばかりに指差している。その背後にあの『暴食』はおらず、少女ただひとり。少女単独の行動なのか、はたまたなにかあったのか。考えたいことはたくさんあったがなにより腹が空いているので和夜は少女を一瞥して、白身魚をほぐすのを続ける。白身魚をほぐして一口サイズにし、白米と共に駆け込めば、腹に出来立ての香ばしい匂いと美味しさが充満していく。和夜が少女を気にしていないので明石もそれに習ってクリームがたっぷりと乗ったパンケーキを頬張る。「ん~!」と美味しそうに頬を染める明石に少女の頬も仄かに染まるが、それは明石の頬を染めた仕草が妖艶だったからだろう。気づかないうちに漏れでている色気ともいう感情というか気配に当てられ、少女は一瞬自分がなにをしに来たのか忘れたらしくハッと我に返るともう一度和夜を指差した。
「アンタでしょアタシのモノを盗んだのっ!返しなさい!」
「この前と言ってることまんま同じじゃん。脳ミソ枯れてんの?」
「なんですってぇー?!」
明石がケラケラ笑いながら少女に言い放てば、明らかな侮辱に少女が明石に掴みかかろうと身を乗り出す。が、そんな二人の間にスッと長い袖に包まれた腕が差し込まれ制止する。その腕は身を軽く乗り出した和夜で少女を睨み付ける。
「それは既に……いやこの間解決したと思ったが?誘拐された時点で所持品は限られるのにどうやって盗めと?」
「盗めるわよ」
和夜の疑問というか既に解決した決定事項に何故か少女はニヤニヤとチシャ猫のような笑みを浮かべる。その笑みは自身に満ち溢れていて否定など持っての他と云わんばかりだった。
「アタシが求めているんだから」
「はぁ?何言ってんの?」
心底意味が分からない。いや、分かりたくもない。まん丸で無邪気な少女の目がまるで深淵の如く二人を意味の分からない正論に似た邪論で追い詰めようとしてくる。その事実に気付き和夜は咄嗟に椅子から立ち上がり。刀の柄に手を掛けていた。少女の背後に何かが見える気がする。それは恐らく恐怖そのものだろう。
「アンタはアタシのモノを盗んだ謝罪にアタシの支配下に入りなさい。それがアンタの唯一の贖罪であり義務であり運命であり、決定事項なのだから!否定?反対?反論?そんなのどうでも良いわ!だって、アタシが欲しいんだから!」
少女の発言に明石が扇を構えて立ち上がる。ロイ以上に盲目というか狂っているというか。嗚呼、神聖(笑)の儀式は悪神の宿り主となり狂うに狂ってしまった者までをも殺し、餌とする神の所業はこんなところにまで影響するのか。それともそれこそが少女の本性か。何処か嬉しそうに両腕を翼のように広げて笑う少女の足元からはついこの間見た巨大な狐のような獣が顔を覗かせており、少女の指示を今か今かと待ちわびている。やはり、広間に来ることを諦めた方がよかったかと和夜が後悔に表情を歪ませる。それに少女はようやく観念したものと考えたらしく、口角が歓喜を表現してつり上がっていく。今、アタシは確実に優位に立っていて勝利は目前よ!そう思っているのだろうこの少女は。けれど、彼女の優越感にヒビを入れる声があった。
「違う」
「はぁ?口答えするつもり?」
『傲慢』の人物だった。人物は食べ掛けの和食をそのままに立ち上がり、少女に向かって淡々とした口調で無駄と言われた反論を展開する。淡々とした口調で語られるせいか、声色は怒りを含んでいるように感じられる。
「その人は、盗んで、ない。ずっと、もう一人と、いた」
「口裏を合わせてる可能性もあるわよ?アタシが盗まれたと云っているのが証拠じゃない」
「違う」
ローブの中から覗く何処かで見た瞳が少女を貫き、まるで縫い止めるかのように体の動きを制限する。
「私、知ってる……二人、部屋から、出てない……私が、知ってる……だから、間違いは、君。謝って」
最期の言葉をはっきりと突き放すーーというよりは真実を突きつける人物。人物の言葉に少女は驚き目を見開くと俯いた。和夜はこれで一安心かと小さく息を吐いた。人物が強く「冤罪を謝罪しろ」と言ってくれたお陰で少女の欲深い願望も少しは冷えるだろう。ありもしない罪を塗りつけても返ってくるのは疑心と反発のみ。それを少女は悲しいことに、無邪気なまでに理解していない。儀式のなかでも異様なほどの欲。和夜がそこまでの人数とまだ会話していないからそう思うだけなのかもしれないが、これで少しでも収まってくれればその間に逃げられる。これ以上ターゲットにされるのはごめんだ。心底疲れたと云わんばかりの表情を顔に張り付けて和夜は明石を振り返った。そうして明石の不安そうな表情に気づく。そして、包帯で隠された明石の瞳が下を向いていることに気がつき、和夜もゆっくりと視線を下に下げる。そこには少女の影から現れた異形な狐の数が増えた光景があった。先程までは顔を覗かせていたはずなのに体全体を出し、殺気にまみれた瞳を和夜に向けていた。明石はそれに気づいて……明石の包帯に隠された瞳が和夜を捉え、顎を僅かに引く。その仕草が意味することは。
「(ウッソだろっ!?)」
「……のよ」
和夜は明石が言おうとする意味に瞬時に気付き、抜刀すると同時に少女がなにかを呟く。小さすぎて聞き取れなかった言葉は彼女の後ろ丈がバッサバッサと風もないのに荒ぶり、色違いの瞳を持つ獣が少女に答えるかの如く声高に鳴き始める。それはまるで合唱、不吉な不協和音だった。
「……意味が分からない。アタシが、謝罪だなんて……ふふ、いい度胸してるわね。うるさい、うるさい、うるさいのよっっ!」
ブオンッと少女が顔を上げたと同時に突風が吹き荒れ、和夜と明石、人物の三人を襲う。彼女の目には消えることのない深く人のモノを欲する、それこそ悪神の宿り主に相応しいほどの『強欲』が宿っていた。少女の様子に人物も危険であり、言葉選びを失敗したことに気づいたらしく、ローブの中に慌てて手を突っ込む。武器を取り出そうとしているのだろうが、今後の状況が気になってしかたがないのか、手元に武器を引き寄せられない。まぁ慌てるのも混乱するのも当然だ。だって、このあとどうなるかなんて誰にも想像出来やしないのだから。
「このラディア・セルヴィに逆らうなんて……いいえ、与えないなんて……全部アタシのモノよ。アンタたちのも全部、アタシのなのにっ!!」
翼のように羽ばたく後ろ丈とスカイブルーの髪が大きく揺れ、少女のミントグリーン色の瞳が欲に燃え上がる。それが毛を逆立てた獣のように、それこそ狐のように見えて和夜は刀の柄を握る手に力を込めた。
少女、ラディア・セルヴィはスカイブルー色のセミロングよりのショートにミントグリーン色の瞳。何処かメイド服にも見える洋服に首元から垂れるダイヤモンドが嵌め込まれたリボン。二の腕辺りからは同じくダイヤモンドで留められた水色のウィングドスリーブがフリルを伴って彼女の腕を包み込む。腰にはコルセットを巻き、薄緑色の膝丈スカート。後ろ丈が二重構造になった青から水色へと薄くなっていくグラデーションがされたものになっており、足首近くまである。黒のタイツに黒のロングブーツ。
ラディアを守るは美しくも不気味な獣。まるで姫と騎士のよう。だがその瞳に宿っているのは誠実でも気品でも優雅でもなんでもない。欲望ただ一つ。話し合いなんて持っての他。和夜達がいるところにまで漂ってくる殺気に和夜は此処で殺り合うのは危険と判断する。だって、他の人が来ないとは限らない。それに此処は一応でも安全地帯なのだ。そんなところで殺し合いをすれば巻き込むのも巻き込まれるのも確実。とすれば、以前のようにラディアから逃げる方が良い。もっとも結託しているはずの女性が突然やってくる可能性もある。広間を出たら顔を出す可能性だって。だがラディアの様子からして恐らくそれはない。なら……チラリと和夜は明石を振り返ると彼の意図を読み取り、頷く。運良く自分達の方が扉に近い。一応ーーいや、感情を乗せた視線に促されるように和夜は人物を視線のみで見、駆け出した。それに明石と人物が続き、「待ちなさいっ!!」と怒り狂ったラディアが狐を放つ。
そして、命懸けの鬼ごっこが始まった。
イエーイ、鬼ごっこ(白目)逃げろみんな超逃げろ。
あ、名前を改名しましたので!Riviyとなります。改めてよろしくお願いいたします!




