第二十ノ夢 状況整理の奥は
戦略的撤退ーーつまりは逃走。『強欲』と『暴食』から一目散に逃げ、息を切らす勢いで和夜達は生活区域に当たる部屋が集中した区域へと戻ってきていた。冤罪を突然かけられた二人を不憫に思い助けに行ったにもかかわらず、巻き込まれるだなんて二の足を踏んだ気持ちだ。しかもそれでロックオンされたのだから、当分は首を突っ込むような言動は避けた方が良いだろう。もしや、だから先にアダムは逃げたのか?というよりもあの二人はいろんな意味で危険だ。だからこそ、相手にしたくないと思ってのことだろう。二人同時には、和夜と明石でも多分危ない。なにせ片方はエル帝国ーー兵器で化け物を駆逐しようという考えを展開する国の人物なのだから。エル帝国は化け物に向けてさっさと兵器をぶつけて殲滅する方が良いという過激な思想を国全体で共有している。平和……というよりも自らの平穏を脅かすのならば犠牲を鑑みている場合じゃないと考えている。つまり、犠牲を多少なりとも払うべきと考えているのだ。そして化け物への対策も暴力的であり、思想も周囲の国々とは一線を越えることから、帝国民以外からは暴力的だと批難されている。そんな帝国の人物だ。何処に在籍しているかは分からないが、攻撃意欲は凄まじいことは先程の一振りで分かっている。また彼女と結託している『強欲』も要注意だ。あれほどまでの欲は、こちらになにを引き起こすか分かったもんではない。それに化け物染みた獣を出す能力。あれが『強欲』の使役させられている代償故だとしたら、図書室での化け物は一体……?
グルグルと色々考えつつ、和夜は息を整えると刀をしっかりと鞘に納める。先に逃げた男性はこちらではない方に行ったらしく、姿が見えない。多分無事だろう。広間の方向からあの二人がやってくる気配も戦闘音もない。大方広間でもめているのだろうが、そのまま拗れて共犯でなくなってしまえばこちらとしては万々歳だ。和夜はチラリととぐろを巻く蛇が刻まれた扉ーー自室として使っている部屋を見る。なんだか今日はもう部屋から出ない方が賢明な気がする。凝ってもいない首を回して和夜はドアノブに手を伸ばす。明石も和夜の意図に気付き、トコトコと寄ってくる。
「あ、の」
その時、クイッと和夜の着物の裾を掴む手があった。突然引っ張られたため、和夜は危うく体勢を崩して倒れるところだったがなんとか体勢を立て直す。そして背後を振り返ると『傲慢』のローブの人物が両手で和夜の着物の裾をちょこんと掴んでいた。まるで「行かないで」「置いてかないで」と懇願しているようで、和夜はなんだか心が少しだけ痛くなった。知らない人でもしかすると自分を殺すかもしれない怪しい人物なのに何故そう感じてしまうのか、和夜にはわからなかった。黒っぽいローブの裾には今にも動き出しそうなほどに凛々しくも優雅にその巨体を横たえるライオンの刺繍が黄土色の糸で縫い付けられており、なるほど明石が確信したひとつはそれかと和夜は納得した。もしかすると体の何処かに証も刻まれていてローブはたまたまかもしれないが。人物ーー多分少女は両手で和夜の着物の裾を掴んだまま、じっと彼を見上げている。「いつまで掴んでんのぉ~?」と隣で明石が茶化して笑っている。そんな明石を人物は見えない目でキッと睨んだーーように見えた。
「なんだ?」
「……助けて、くれて……ありがと」
どうやら礼を言おうとしていたらしい。と云っても和夜は人物の助けに応じたには応じたが、結局人物自身がくぐり抜けたと云っても過言ではない。だから、礼を云われるほどではない。
「いや、俺はなにも。貴方が自分で乗り越えたようなものだろう?」
「でも……君が、言ってくれた、から」
そう言って人物は和夜の着物の裾から手を離し、頭を下げた。下げつつも小さい声で「ありがと」と聞こえ、和夜は慌てて「いいよ」と声をかけた。和夜に言われ、人物はすんなりと頭を上げる。
「終わったなら部屋に戻らせてもら」
「結託、しよ?」
人物の言葉に和夜は呆けた表情で人物を見た。まさかアダム以外にも共犯を求められる、薦められるとは思っていなかった。しかも人物とは先程初めて会話したばかりだし、アダムのような匂いとかそういう類いではなさそうではあるが。
「和夜ったらモテモテだね~」
「うるさい明石」
ケラケラと明石が和夜の脇を突っつき、「この~」と悪戯っ子の笑みを浮かべる。そんな明石のじゃれつきを手を振ってやめろと促せば、何故かギロリと明石が人物に見えない目で睨まれた。明石はキョトンと不思議そうな顔をして人物をジッと見つめ返す。すると人物は明石になにを言っても無駄だと思ったのか、それとも無視の方向なのか和夜に向き直る。
「何故?」
「……組みたい、と思ったから。ダメ?」
和夜の問いに人物は何処か恥ずかしそうに、答える。まるで好きな人に告白をしているような甘酸っぱい雰囲気に明石のにやつきが止まらない。人物の答えに和夜は酷く納得しつつ、迷っていた。アダムとは共犯とならないと決めてはいたが人物から新たな誘いを受けた。アダムとは目指す未来が違うからという理由で断るつもりだが、この人物は違う。恐らく直感。直感で和夜と明石、『嫉妬』に接触した。もしかして敢えて放置し絡まれたのはこのため?まさか、な。和夜はゆっくりと頭の片隅に浮かんだ事柄を頭を振って払いのけ、人物を観察する。管理者のようにローブを目深に被っているせいで感情は読み取れない。けれど、真っ黒な空洞から漂う瞳の圧力は計り知れないほどの感情を持っている。その感情は和夜のみにしか向けられていないように見えるのは明石の気のせいだろうか。明石は首をコテンと傾げて和夜を振り返る。和夜は今だに人物を観察していたが、うんと頷く。
「考えさせてくれないか?早急に出すものでもないだろう?それにさっきの今だ」
「うん。すぐじゃなくて、大丈夫、だから」
和夜の答えに人物は小さく頷き、何故かもう一度和夜の着物の裾を摘まむと名残惜しそうに離し二人に背を向けて歩いて行った。人物も部屋に向かうのだろう。人物の背を横目に和夜は明石の肩を押して部屋に入った。
「大変なことになっちゃったねぇ和夜」
「嗚呼、そうだな」
バフッと勢いをつけて和夜はベッドに座り込み、そのまま大の字になるように寝転がる。枕元には片付けずにそのままにしていた本が転がっている。心底疲れた、と言わんばかりの和夜に明石が笑いながらその隣に腰かける。和夜はうーんと背伸びをした指先に当たった本を胸元に引き寄せながらこちらを優しく見下ろす明石に言う。
「悪神を使役させられている……あの少女のように能力にそれが現れる人物の特徴ってなにかあるのか?」
和夜の問いに明石は「うーん」と考え込む。ロイも『強欲』も能力で悪神との契約が示されていた。自我を持つ場合もあるというがもしかすると明石自体が珍しい可能性もある。悪神自体既に死人なのだから自我というのは些か微妙だが。
「うんとね、まず前提としてボクらは封印された時に犯した罪で悪神のなんたるかが決まるんだよ」
「ってことは明石は『嫉妬』関連で罪を犯したんだな」
内容は聞かないでおくな、と明石を気遣って微笑む和夜に明石は嬉しそうに、恥ずかしそうに両手の指と指を絡ませた。以前、明石は「今でも許されない罪」と言った。それでも明石がいるだけで良かった。悪夢の中で化け物に襲われそうになるたびに響く声はきっと明石だったのだろう。けれど、いつまで経ってもその言葉を思い出せなかった。それが何処か和夜には寂しくて怪訝だった。そんなことなどいず知らず、明石は続ける。
「でね、悪神の力って宿り主の感情の起伏に大きく影響されるの。でも魂からの使役とか譲り受けたりして契約期間が短い場合とか、とにかく例外がやっぱりあってね。そん時の例外は能力自体が悪神の自我として動いている可能性があるんだ」
「つまり、ロイやあの少女は例外に当てはまる、と」
「うん。ボク自体が触れるみたいに実物で現れるのは珍しいけど、場合によっては能力と見てもあり得ると思う。つまり、今回は色々と珍しいモノばっかってことだねっ!」
明石が手を振ってケラケラと笑う。明石の説明を簡潔に云えば今回は珍しい可能性が多いと云うことだろう。明石も絶対に宿り主の前に現れただけではないのだろう。そう思うと特別な気がして和夜は恥ずかしそうに本で顔を隠した。変なことを考えて頬が熱い気がする。変なことを云っていないのに可笑しな行動を取る和夜に明石は不思議そうに首を傾げた。
「だから、『傲慢』とか『暴食』の子はモノだと思うんだよね。ボクがモノとヒトだとすれば、ロイは黒百合と能力だからモノ。『強欲』は多分能力だから……一応モノかな」
「悪神同士で分かるのか?その……宿ってるモノとか」
「ごめんね和夜。それが分かんないんだぁ。かろうじてこれかなっていう悪神が分かるくらいで」
明石の答えに和夜はそうかと小さく頷いた。悪神同士がなにか通じるものがあるわけではないらしい。
「和夜」
「ん?なんだ明石」
ゴロッと和夜の隣に横になりながら明石が言う。勢いがよすぎてベッドのスプリングがちょっとだけ悲鳴をあげていた。
「今日はどうするの?外はあの二人がいるかもしれないから部屋に入ったんでしょ」
「嗚呼、そうだが……ゆっくりするか」
和夜が本を明石の鼻先にぶつける勢いで見せれば、明石は本の表紙に指先を這わせる。ザラザラとした感触と凸凹とした文字の感覚に明石は笑う。
「それ、図書館……図書室?から持ってきてたよね。どんな話なの?」
まるで布団にくるまって、隠れて遊んでいるような感覚。こんな状況なのにまるで子供の頃に戻ったように感慨深く思ってしまって、和夜は明石に見えないように微笑み本について話し始めた。
ちょっと早め?(いや、投稿日には土曜もある)投稿です!情報を整理しましょー




