第十七ノ夢 彼が求めたという幸せについて
「不老不死の薬を完成させればその副作用で一時的に死人を蘇生することが出来る。死人に不老不死の薬を飲ませれば普通の人と変わらず生活できる。不老不死は生きた屍だから。だから出来ないはずはない。そう、出来ないはずはナイ。不死にまつわる薬の副作用はヒトの命をも操る神なる御業であり悪神はその一端とも言える。封印で多くの時を生き、犯した罪を宿り主に擦り付けて生きる。コレが神ではない不老不死でなくてどうする?嗚呼、解剖したい、実験したい、研究したいーーコロシタイ」
早口にまるで自らの心情を吐き出し、狂喜に身を委ねるロイの姿は何処か哀れで薄っぺらな覚悟とでもいうように和夜の目の前に襲いかかる。半分化け物と化したロイが和夜目掛けて大きく跳躍してくる。新たな右手となった蔦を空中でしならせながら上段より攻撃してくる。まるで鞭のような一線を和夜は刀を横にして防ぎ、薙ぎ払う。そのまま攻撃しようとするがロイはそのことに気づいているとーー濁った銀色の瞳を三日月のように歪めながら空中で一回転し和夜と距離を取る。トンッと着地すれば、彼の左胸の黒百合と首元の黒百合がまるで指と指を絡ませて憩いの時を楽しむ恋人達のように絡み合う。嗚呼、それはきっとロイが口にするミーヴァという人物へ向けた愛で、また人物がロイへ向ける愛なのだろう。だからこそ、彼は盲目なまでに不老不死を追い続ける。
着地したロイの背後からヌッと明石が気配もなく現れ、首元のネックレスの鎖を狙って扇を振る。が、ロイは明石に気付き、顔だけを振り返って一瞥した。濁った銀色の瞳が明石を捉えれば、明石も悪神の一人『嫉妬』として『怠惰』を感じ取ったらしく、口角がニィと笑みを形作った。そうして右腕の蔦が音もなく明石の足元に忍び寄り、ロイが振り返り明石が扇を振り切ったと同時に蔦が明石の足首に絡み付き、足元を掬う。
「っ、うわっ」
驚いたような、ちょっと情けない声をあげて明石の体が宙に浮く。じたばたと暴れる明石にロイはまるで赤子をあやすように左手を差し出す。そこで明石はロイの手になにかが握られていることを察した。だからこそ左足首を掴むぬるぬるとした感触を脳の隅に追いやり、無我夢中で扇を振り回せば、カァン!となにやら刃物に当たった音と振動が響く。それに明石は小さく笑い、扇を持っていない手をそっと前へ出す。するとそこにあるのは誰かの肩で、その肩に触れられたロイは大袈裟なほどに魚籠ついて見せる。途端、明石は右腕がなくなった、本来右腕があった場所と蔦のちょうど境目ーー繋ぎ目に容赦なく爪を立てた。微かな痛みであろうとも半分化け物と化したロイには人間だった時の傷が激痛として走る。一瞬緩んだ蔦を上半身の力を使って起き上がり蔦を切って明石は脱出。様子を見ようと明石が後方に足を引けば、耳元でピッとなにかが切れる音がした。とすぐに右肩辺りで感じる痛みにようやっと明石はロイがすぐに痛みから復活し、攻撃してきたのだと知る。明石は右肩の痛みに少しだけ気を取られながら体勢を低くしロイの追撃をかわす。頭より少し上で聞こえる空振りの音を横目に明石はロイの脇を通りすぎ、再び背後に回り込みかけ、蔦が完全に自分を狙っていることに気付き攻撃をやめた。けどね?扇で口元を隠し、明石は殺気という気配に身を潜める。そうして迫ってきた蔦を払い除ければ、前方の方では和夜がロイに迫っていた。その隙に明石が距離を取り、入れ違いで和夜がロイの懐に潜り込む。案の定、ロイはいつの間にか左手に刃物を所持していた。黒百合の入れ物同様ポケットに隠し持っていたのだろうか。いや、多分、ポケットにあったのはおおよそメスだ。それを『怠惰』で使えるまで研いだのだろう。予測でしかないが『怠惰』が使役させてやっているにあたって能力としたのはロイの実験愛とでもいうべき執着から考えてもう一人の自分だ。ロイに共犯者はいない。何故なら自分自身が共犯者だからだ。だからこそ、黒百合は二つ存在し、ロイの愛を叶えようと、力としようと暴走する。悪神は、まさに死神でもあるのだろうか。
そんなことを考えていると和夜の横をロイの左手に握られた刃物が通り過ぎて行った。微かに髪を切り裂かれたようだが、問題はない。その腹に蹴りを入れて体勢を崩させれば、蔦を支えに仰け反った状態からなんなくロイは帰還し、起き上がったついでとばかりに刃物を震う。来ると分かっていた、というか気づいていた和夜は咄嗟に刀を横にして防ぎ、弾く。体勢を戻したロイに向けて前と左から和夜と明石二人の攻撃が迫る。だがロイは蔦と刃物で易々と防ぎ、勢いよく弾き返す。空中にまで放り出されてしまえば、すぐに身動きが取れないのは誰であれわかった。だからこそロイは目の前の和夜に狙いを定めて跳躍した。再び自分に向かって飛びかかる明石を蔦で弾き飛ばした勢いを使い、空中で受け身を取れずに壁に背をぶつけた和夜に蔦を伸ばす。勢いよく蔦を振り回せば、その一撃は辛うじて身を捻った和夜の脇腹を抉るように通り抜け、体に火傷のような痛みをもたらす。その痛みに一瞬、目の前が歪んだ。歪んだ視界でもがくように和夜が動けば、ロイはその動作を見逃さず、振り切りかけていた蔦をもう一度和夜に向かって振り払った。
「っ!和夜!」
ガァン!と頭をぶつけたような衝撃が体全体に響く。空中で否応なく蔦に攻撃された和夜は吹っ飛ばされてしまい、勢い壁に叩きつけられてしまう。明石の悲鳴にも似た慟哭を右から左へと聞き流しながら和夜は背中に響く衝撃にズルズルと壁に寄りかかってしまう。ふと、刀を片手に痛みを堪えて立ち上がろうとすれば右側にベッドの角が目の前にまで迫っていたことに気づく。少しでもずれていれば、角に頭が当たっていた……もしものことを想像してしまいゾッとした。和夜はその嫌な想像を掻き消すように立ち上がる。目の前では明石がロイの刃物だけでも失くそうと奮闘している。だが一応利き腕を痛めているだけあって攻撃の速度は鈍い。
「ん?あれ?」
どうするか熟考していた和夜の視界の隅に見慣れた物が写り込んだ。それはベッドの下の部分からちょこっとだけ顔を可愛らしく出していた注射器だった。どうやら乱闘の最中、ベッドがずれて顔を出したらしい。しかし、いまだ取れそうになく、取ろうにも屈まないといけないためロイに気づかれてしまう。いや、待てよ?頭の隅で構築した考えに和夜は我知らず微笑むと明石に視線を送る。ロイの蔦をバク転でかわし、かわしたついでにロイの腹に閉じた扇を突き刺した明石は横から流れる気配に頭を動かさず、左手を背中に回し新たな扇を出現させることで答える。明石の答えに和夜は壁を蹴ることで答える。一直線にロイへと跳躍しながら悪態というかため息を吐き出す。
「にしても、腹に扇ぶっ刺さってるってのに……」
ハッと喉の奥から出た息は嘲笑か怖いもの見たさか。和夜の目線の先、ロイは腹に刺さった扇を抜くことなく堂々と立っていた。腹に刺さった扇はまるで食われているかのように血を吐き出しながらロイの腹にバキバキと強烈な破裂音にも似た音を立てながら飲み込まれていく。まさしく化け物の食欲本能のようで、和夜の脳内で悲惨な悪夢が囁いた。
「全部もう化け物っていうことか」
ニヤリと凶悪な笑みを浮かべて扇を食らいつくす瞳に向かって和夜は迫った。それと同時に扇を再度持ち直した明石が横から蹴りを繰り出す。ロイは腹に意識を向けていたらしいがすぐさま濁った瞳をまるで獲物を前にした肉食獣のように爛々と輝かせ、和夜に刃物を振り明石に蔦を振り回す。ロイの一撃を和夜は刀で防ぎつつ、腹の異物をさらに食い込ませてみる。痛むは痛むらしく微かに明石へ向けた攻撃がずれた。すかさず和夜は刀を振り切り刃物を弾くと斜め上から振り下ろす。一瞬鈍ったロイの蔦を空中で明石はかわし、蔦の上へと舞い降りる。結構太めらしく明石が乗ってもなんのそのだ。感覚が鈍いのかはたまた痛覚が鈍感なのか。攻撃しているところを見るに理由があるのだろうが……
「(どうでも良いよねっ!)」
ニッと悪戯っ子のように明石は笑い、そうして扇を大きく振り上げ、振り下ろした。和夜と明石、同時に攻撃されロイが喉の奥から悲鳴を上げる。その悲鳴と共に和夜は体勢をとっさに低くし、ロイの足元に跪くとその体勢から足を伸ばしロイの手元から刃物を弾き飛ばす。それにロイは気づいていない。伸ばされた蔦がまるで自分から無理矢理引きちぎられたような強烈な痛みにロイは蔦の上の明石を吹き飛ばし、捕らえようと蔦をもがかせる。けれど、明石は勢いよくその上から退き、ベッドの近くへと着地する。銀色の瞳が弱者を捉えた。
「ソコか」
鞭が唸るように千切れそうになった蔦が明石を狙って振り回される。その間に和夜がロイの背中に刀を差し込み、傷をつけるが先に施された痛みのせいかロイは気づいていない。そして和夜は気配なく、ロイの背後から消える。バンッ!と蔦によって明石を狙った強烈な一撃が空気を揺らす。ベッドがその風圧に負けて吹き飛び隠したはずの注射器が露になる。その注射器を和夜は素早く回収すると明石の脇を通りすぎ、蔦を勢いよく振り下ろそうとするロイへと跳躍する。ついでにと後ろ手で明石に注射器を放り投げ、刀の柄を両手で握り振り下ろされた蔦を防ぐ。ビィンと鈍い音と共に蔦の衝撃で刀がしなる。身軽になったロイの左手が拳を作り、和夜の腹を抉ればすぐに反応出来なかった和夜は体を二つに曲げてしまい、蔦が容易く刀を弾き腕が大きく後方へ引かれる。そこに蔦が勢い振り切られ、和夜は吹っ飛ばされてしまう。ガガガッと床に足をつけ速度を落とす。と、ツゥと口元からなにやら生暖かいものが流れ出て、和夜は目を丸くして口元を強引に片手で拭った。どうやら口を先程の衝撃で切ってしまったようだ。スッと目の前に落ちた影と気配に和夜が顔を上げれば、いつしかの和夜のようにその首へ蔦を絡ませようとしていた。それに対抗するように和夜が刀をこれ見よがしに構えればロイはクスクスと笑う。
「形勢逆転だなぁ。抵抗せずに解剖されれば良いのになぁ」
「ハッ、それはどうかな?貴方が、悪神を心底信用してなくて良かった」
和夜の言い分はロイには負け惜しみにしか聞こえなかった。だから、左手に『怠惰』のもう一人の自分のようなもので新たな刃物を生み出そうとした。そうして、
「明石!」
和夜の叫び声と彼が差し示す視線にロイが気づいた時には殺気を称えた明石がロイの背後に回り込み、首筋に注射器を突き刺していた。途端に動かなくなる体にロイの表情が濁った瞳ではなく何処か生き生きと歪んでいく。ロイを覆うクモの巣のような痕でさえ、喜んでいるかの如く歪んでいけば、最期の抵抗と言わんばかりに動きが鈍くなった蔦が和夜に向かって無我夢中で振り抜かれる。
「あああああああああっっ!!!」
「和夜!」
我に返ったのような絶叫ののち、ロイの動きが止まった。ピッと和夜の顔にかかる血は真っ赤に染まっていて。嗚呼、まるで悪夢の再現だ。目の前で和夜に攻撃しようとしていたロイが動きを止めていた。黒百合を咲かせた左胸にもう一輪の紅い華を咲かせながら。ピクピクとロイのこめかみが痙攣し、この状況をどうにか理解しようとしている。けれど出来るわけがなかった。
「使役の時間はもう終わり……楽になる時間だよ」
なにかが切れる音がした。カァン、と響いた甲高い音の出所を和夜が見れば、ロイの胸元からネックレスの金具が落下していくところだった。そうして彼は左手で黒百合を握りしめたまま横に倒れ込んだ。倒れ込んだロイの後ろにいたのは真っ赤に染まった扇を握りしめた明石だった。オーラ全てが殺気に染まりつつもその表情は不安とホッとした表情が混ざり合いながら、肩で大きく息をしていた。
「和夜、大丈夫!?」
「あ、嗚呼……でも……っ」
和夜は思わず口を押さえた。今は殺し合いの場。世迷い言など言っていられない。それでも少しだけ足は震えていていた。明石が和夜に近寄り、肩を貸す。二人でゆっくりと立ち上がりロイを見下ろせば、彼は真っ赤な水溜まりの中、少しずつ人間へと戻り始めていた。その左手には黒百合を握り締めて。すぐに死ななかったのは不老不死を作る過程で生まれた副産物の影響だろう。死への道のりが長くてもロイの表情は晴れやかだった。何故か?きっとそれは形見で、愛しい人を思い浮かべたがゆえにのめり込んだから。これがロイにとっての不老不死の成れの果てで、幸せだった。嗚呼、だから彼は黒百合を手放さない、離さない。自分の怠慢を呪うから。これがロイのいう罪だから。不老不死を追い求めた代償だから。
「……あ、嗚呼……逆に……解剖、じ、けん……嗚呼、でも……も、良いか」
ロイの瞳が虚ろになっていく。生気を失っていく。ロイは黒百合に力なくけれど愛おしげに口づけし
「……ミー、ヴァ」
息耐えた。安らかな表情で、嬉しそうに。ロイの最期を二人は静かに見守っていた。黒百合がいつまでもいつまでもロイの愛情を示すように寄り添っていた。
「……明石」
「うん、殺し合いはたまに救いをもたらすこともあるんだよ……皮肉」
明石の言葉に和夜は小さく頷いた。悪態をつくような明石の鋭い言葉の切っ先。嗚呼、確かに。復讐と殺意だけではないかもしれない。そう思いたいだけかもしれないけれど、それでも。和夜は少し低い明石の肩にーー左肩に顔を埋める。そうすれば、涙が溢れてきて。その意味を正確に理解など出来やしないだろう、きっと。そんな和夜の頭をいつもしてもらうように明石は優しく撫で、和夜を先導して歩き出した。二人が部屋を出たそのあとでロイの亡骸が黒百合から放たれた優しくも暖かい黒い光に包まれていた。
『傲慢』『嫉妬』『**』『強欲』『色欲』『暴食』『憤怒』
残り六人
一章、または『怠惰』編終了です!いやー……久しぶりすぎてなんか難しい!今回の殺し合いは明確な目標ていうか目的が全員違うし、確定されていないからかもしれません……
次回は来週の土日どっちかです!




