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ナイトメア・シンドローム  作者: Riviy
一章 不老不死の代償理論
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第十三ノ夢 信頼という二人について

刃物の冷たい感触が着物の袖口から覗く肌に押し付けられる。突き刺すこともなく、まるで不要なものを切り取るかのように優しく撫でるような手付きで刃物が和夜の腕、左腕に食い込んでいく。刃物は持ち手が異様に長く、刃物を握る別の指と指の間には器用にも同じような刃物ーーメスにも見えるが和夜にはわからないーーが挟み込まれている。どうやら二本所持していたらしい。擽るような、迷いのあるような痛みに和夜は唇を噛み締める。詰られている。そう思うのは無理もなかった。ロイは和夜の反応に嬉しそうに頬を綻ばせると傍らのトレーに置かれたバインダーに挟んだ紙になにやらメモを取る。そして指と指の間に挟めていた刃物うぃその紙の上に置く。すると途端に刃物は赤黒い液体の水溜まりを紙の上に作り出し、そこだけがまるで血の海に染まったかのような感覚にさせてくる。ロイは和夜の反応を横目に片手で左腕をさらに固定し、先程までのいわゆるお遊びと言うような痛みではなく、切っ先をズブッと肌に食い込ませた。脳天に突き刺さる電流を浴びたような痛みに和夜の体が痛みを逃がそうと痙攣する。痛みがあるのになにも出来ない。精神的拷問でもあるこの実験。和夜はキッとロイを睨み付けるが、動けない和夜はさほど彼にとっては脅威ではないらしく、ロイは紙の上に置いた刃物と切っ先に血が僅かについた刃物とを交換している最中だった。だからこそ、きっと、ロイは気づけない。きっとロイは知らない。和夜が()であるかを。和夜の最も信頼する人物が誰であるかを。ロイが今まさに犯した(失態)を。和夜の今の状態を。だからこそ、この拷問(実験)


「(破滅でしかないんだろうな。なぁそうだろう?明石)」


その気配に()()()()()()()()()()()をした。

刃物を入れ換えたロイの手が和夜の着物にかけられる。そこから刃物を滑り込ませるつもりなのかそれとも心臓に刺すつもりなのか。どちらでも構わない。ロイにとっても和夜にとっても。鋭く尖った刃物の切っ先がうっすらと笑う和夜の胸元に迫る。ロイは気づいていない。和夜の表情が恐怖を紛らわすものだと、痛みを紛らわそうと笑って乗り切ろうとしているのだと、勘違いしていた。ようやっとありつけた実験に心踊っていた。


此処はロイが与えられた部屋。熊のエンブレムが刻まれた一室。その部屋を改造して自らの実験室に作り替えた。ただ、不老不死によって失ったものを取り戻すためだけに。殺し合いなんて時間の無駄だった。図書室で偶然和夜を見つけた時は奇跡だった。ふとロイは和夜の胸元に刃物を入れようとして、僅かに手術台が動いていることに気づく。まるで生きているように細かく痙攣している手術台にロイの手が止まる。そうしてビーカーに入れられた注射器を一瞥する。注射器は透明な水のような液体で満たされている。その液体こそがロイが施した麻酔薬だ。和夜が戦い終わり、安堵したその瞬間、注入した薬だ。効果は四十八時間と短いが、被験者に時間前に投与すれば効果は継続される。だからこそそこに置いているのだが……なにか、なにかが引っかかる。和夜は完全に身動きが取れない状態だ。拘束もしているし、これで身動きが取れたならば恐ろしいほどの怪力か薬に耐性があるのだろう。耐性があったとしてもすぐに薬が抜けるとは考えにくい。ならば、()()()()()は?和夜()の余裕ぶった態度は?ぐるぐるとロイの頭を疑問が回る。煮え切らない、苛立った感触にロイは突き刺さそうとしていた刃物を和夜の上から外す。頑丈に捕らえられた和夜を見て、自分の背後の棚を一瞥し、気づく。


「(まさか)」


微かに振動する手術台にロイは目を細めて笑う。嗚呼、そうか。そうだったか。クスクスと刃物を自身の目元辺りにまで持っていき笑うロイ。少しでもずれれば目に刺さってしまうのにロイはそれさえも楽しんでいた。そうして指と指の隙間から和夜を見下ろしーー勢いよく刃物を振り下ろした。和夜の目を狙って。だがその一撃は和夜の蜂蜜色の瞳に突き刺さることはなかった。刃物の切っ先が目と鼻の先にまで迫った瞬間、和夜は顔を背けて回避すると()()、彼を拘束していたベルト類が突風によって切り裂かれ、和夜に自由を与える。その突風が起こしたと思わしき武器が仕返しだとロイの横を通っていく。和夜が自由になった下半身を捻り、手術台に飛び上がるとロイに向かって回し蹴りを放った。がロイも和夜の次の行動を読んでいたらしく、後方に撤退し、足技を回避。バインダー上の刃物も奪うように取り、二本の刃物を和夜に向ける。和夜は刀を手にしようとしたが、ピキッと体が突然固まった。まるで足元から凍っているような、金縛りに遭ったような、背筋を冷たいものが通る。ガクンッと膝から力が抜け、手術台から和夜が転げ落ちる。ガンッと頭を手すりに打ち付けてしまえば、金縛りと相まってすぐには動けない。指一本動かせないその感覚はロイに捕らえられていたついさっきと同じ絶望感を和夜に味わえと殴りかかってくる。刀が置かれたトレーに手を伸ばそうとも、和夜の腕は云うことを聞いてくれやしない。それを見てロイが歓喜を滲ませて笑う。


「まだ薬の効果は効いてるみたいだなぁ」

「っ……」


腕が痺れているように動かない。和夜の左腕を螺旋を描いて血が滴り落ちていく。ロイの言う通り、確かに薬の効果はまだ効いていた。ドクドクと早鐘の如く心臓が鳴り、和夜に警報を促す。例え薬の効果から一時的に体の自由を取り戻せてもそれは本当に()()()でしかない。だからこそロイは少しだけ余裕を持っていた。もう一つの気配がそこにあろうとも。


「さっさと出てこいよ?いるんだろ?だからこそ()()()()()()()

「ーーなぁんだ、気づいてたんだ」


挑発気味に言ったロイに何処か楽しげな声がかけられる。そうして実験台の近くに座り込む和夜の傍らに明石が一瞬にして現れる。それは空間を裂いて現れたかのような、そこにいただけで気づいていなかっただけのような感じだった。明石は和夜に寄り添うに膝をつくとトレーに置かれた本と刀を和夜に渡す。しかし、いまだに和夜は薬に侵されており、刀を受け取ることも出来やしない。それでも和夜は分かっていたことではあったが明石が来てくれて安心したように頬を綻ばせた。明石は和夜がまだ混乱していると考えていたらしく、そんなことはなく安心したように笑う和夜に、また無事であることを実感しホッと胸を撫で下ろす。そうして、痙攣が残る腕を庇いながら和夜は明石と共にロイを睨み付ける。ロイは二人の視線を介することもなく、二本の刃物を擦り付ける。その笑みはまるで殺害を楽しむ者で、研究に狂うほどに執着している銀色の瞳だった。


「……よ……わか……」

「無理しないで和夜」


よく分かったなと、和夜が明石に言おうとすれば明石は彼の言いたいことを読み取り、安心させるように微笑む。いつも見ている信頼の笑みに和夜は身動きがあまり取れない状態ではあるものの笑い返す。


「ボクもそこの『怠惰』の(能力)に追いかけ回されたからね!和夜の危険なら分かるし、『怠惰』のだいたいの思惑もね!」


憤慨した様子で明石が言えば、ロイは「へぇ……?」と興味深そうに声を漏らす。和夜は明石が言った『怠惰』にアダムから聞いたことを思い出していた。『傲慢』『嫉妬』『怠惰』『強欲』『色欲』『暴食』『憤怒』の七つ。その中の『怠惰』。明石が能力と云っていたが明石という悪神が自我を持つという事態が起こっている時点で能力として使役させているものが出たとしても可笑しくはない。もうこの世界は化け物に脅かされ、神によって儀式を強要されている時点でなにが起こっても可笑しくはなかった。ギュッと和夜は手を握り締める。だいぶ体の感覚が戻ってきた。ゆっくりと、明石の手を借りて立ち上がる和夜を見てロイは心底嬉しそうに口角を三日月の如く上げる。


「嗚呼、嗚呼、やっぱりな!お前は被験者として素晴らしい才能と素質があるなぁ!薬の効果が薄かったのも『嫉妬(ガキ)』の恩恵とくればしっくり来るが、それでも効果が薄く早く回復するのはお前の体質に他ならねぇ。嗚呼……全部解剖してぇなぁ」


悦に入ったロイの瞳に明石が和夜を庇うように彼の前に身を乗り出す。和夜は明石の力を借りて立ち上がると刀を腰に、本を懐にしまう。本の表紙を一撫し、懐にしまうと和夜は抜刀する。声もだいぶ戻ってきたようで、喉元を擦り、声の調子を確認する。多分、ロイの言う体質は和夜の血筋が関係しているのだろう。碧藤家は長年戦いを司っていたのだから、毒や薬に耐性があったとしても可笑しくはない。まぁ和夜自身は分からないが。


「解剖されて死にたくはないな」

「ボクも、そんな簡単にはヤダかな!」

「嗚呼、『嫉妬(ガキ)』も解剖できれば万々歳だなぁ。俺の悲願が……不老不死が……ミーヴァ」


ロイに向けて殺気を放つ二人に彼は見向きもせず、首元の黒百合のネックレスを指先で持ち、口付ける。それはまるで愛しい人に口付けをしているようで、妖艶であり美しく愛おしさに溢れた光景だった。ミーヴァとは一体誰なのだろうか?和夜が首を傾げて「知ってるか?」と明石を見ると明石は「知らない」と首を振った。


「そういえば、明石、熊に追いかけられたって……」

「あーうん、追いかけられたね」


遠い目をして明石が乾いた笑いを溢せば、それ以上和夜は触れないことにした。どんな風に追い掛けられたのかは知らないが、相手は熊だ。明石(悪神)でなくとも恐怖は凄まじいものだっただろう。背後から迫る黒い物体を想像して和夜はブルリと体を震わせた。そんな彼を見て明石は真剣な表情で言う。


「和夜、『怠惰(あの人)』と殺し合い(戦う)ことになりそうだけど……」


大丈夫?

その先を聞かずともわかった。殺されたくなかった、勝手に殺されるなんて嫌だった。だから俺は生きるために、殺されたくないから生きるんだ。嗚呼、明石の心配も最もだ。けれどかつて碧藤家は人相手に戦いを行ってきた。それは長年化け物と戦ってきていた俺だって通るはずの関門で、()()()()()()()()なんだ。だから俺は生きるために。

真剣な和夜の表情に明石は小さく頷き、「無理はダメだよ」と彼の脇腹を突っつく。それに和夜は苦笑をし、二人は解剖と実験にのめり込み殺る気満々のロイを見る。二人の視線にロイは薬と笑い、傍らにあるトレーの載った小さい机を蹴り、倒した。甲高い音が響き、ビーカーや紙が床に散らばる。


「ミーヴァのために、さあ、不老不死の実験を始めよう!」


実験という殺し合いを望むロイを覆うように床に散らばった液体が煙を上げた。


戦闘が今、始まるっ!ーー的な良いとこ(?)で今年の投稿は終了です。来年は戦闘シーンからのスタートになります!投稿日はーうーん。一月の二週目の土日のどちらかと。多分日曜日に出します。

それでは皆様!よいお年を!

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