第十二ノ夢 意味という恐怖について
ガシャンッ!廊下に飾られていた調度品が砕け散る。天井に向かって手を伸ばす小さい女神像は、壁に突き刺さる美しい紋様が描かれた扇によって無惨な姿へと朽ち果てる。壁に突き刺さった扇はドロリと溶け、まるで壁に溶け込むように消えていく。そんな摩訶不思議な光景を素通りする黒い影。その影は一目散になにかを狙って駆け、廊下に飾られた他の調度品ーー彫刻や絵画を脇目も振らずに破壊していく。その黒い影が追うのは尻尾のように伸びた後ろ髪がまるで鞭のように背中に当たる中性的な人物。
「っもう!!う・ざ・い!」
うがー!と唸り声をあげて叫ばれる声は、慟哭のようでもあり悲鳴のようでもあった。そう、追われているのは明石だった。明石は後方をチラリと一瞥し、片手を握りしめたり開いたりする。そしてピッ!と片手を下に振りきりるとそこには先程壁に突き刺さっていた扇が閉じられた姿で現れる。
「もうさー!ホントになんなの!?ボクなにかした!?してないよね!?」
誰に言うわけもなくそう明石が叫べば、後方から明石を追う黒い影ーー巨大な物体は濁った声を上げる。廊下全体に響き渡り、反響したその雄叫びはビリビリと建物全体を揺らす。明石は和夜の望み通り、何時間か時間を潰してから部屋に戻るつもりだった。此処には時計がないがなんとなく明石には感覚でーー体内時計で大方の時間が分かっていた。信頼する、信用する大切な彼のためにゆっくり時間を使って貰おうと部屋を出て早数時間。さてそろそろ、と部屋を目指して歩き始めれば、何故かあの黒い物体に追い回されている最中である。部屋に戻る道中、他の殺し合いの相手に遭遇したがあの物体が狙っているのは明石のみらしく、目移りしてはくれずまた相手も「減らすなら減らしてくれ」と言わんばかりに助けてもくれずにスルーされた。とりあえず、蛇が描かれた部屋に入ればこっちのもんだと明石は自らの武器である扇で牽制しながら走っているわけである。和夜のため、自分のためにと部屋を出たのにこの仕打ち。絶対に悪神もしくは和夜かか明石を疎ましく思った誰かの仕業に違いない。明石はサッと扇を背後の物体に向けて投げる。物体の眉間を狙った一撃はなんなく叩き落とされてしまい、ベシャッと踏み潰される。立ち止まったらたちまちあの扇のようになる。明石は内心舌打ちをかましながら、肩越しに物体をチラ見して様子を見ながら次の角を曲がる。
「(っと、見せかけて!)」
角を曲がり、廊下に入ったと思わせておいて明石は勢いよくUターンし、先程走っていた廊下に再び舞い戻る。物体は突然の明石の奇行にも似た騙し討ちにまんまと引っ掛かり、ついでとばかりに足が絡まったらしく、盛大な音を立てて明石が曲がるはずだった角に消えていった。それを見て明石は悪戯が成功した子供の様に笑い、速度を上げる。あの物体が復活する前にさっさと部屋に入りたい。その一心でとぐろを巻いた蛇が描かれた扉を蹴破るように開けた。
「……っ……嗚呼……もうっ……!」
扉に背をつけ、上がった息をゆっくりと整える。化け物と遭遇した時は和夜と役割を分担して戦うため余裕だったが、突然のことと自分が何故か狙われているという意味不明な怒りで体力をいつもより消耗してしまった。明石はバクバクとうるさい心臓を落ち着かせつつ、扉の向こう側の物体の気配を探る。ドタドタという大きな音も気配もしない。どうやらうまく撒いたらしい。
「ホントになんなの!」
落ち着いた状態で明石は怒りを露にする。そうして先程見たことを思い出す。黒い物体ーーあれは熊だ。大きな熊。銀色の瞳をした熊だった。おそらくあれは
「『怠惰』?」
ポツリと呟いた明石の声は静かな部屋に消えていく。悪神それぞれを表した証。『嫉妬』である明石は蛇。熊が証もしくはなにかしら能力などで現れるなら、考えられるのは『怠惰』だけだ。もはや神サマが行っている摩訶不思議な殺し合いで、化け物が突然現れ、悪神と契約してしまっているようなこのご時世だ。明石のように自我ではなく宿り主に能力として使役させてやっている可能性だって低くはない。となると、『怠惰』は誰を狙っていた?ボクが『嫉妬』と分かって行動した?ならーー
「和夜?……和夜!」
部屋にいるはずの和夜の名前を呼ぶ。反応がない。バスルームか、それとももう一方の部屋か。乱暴に扉を開けて中を確認するがそのどちらにも和夜はいなかった。もしや自分と同じように考えたくて外に出た?それか誰かが来た?もしそうだとしたら……サァと明石の顔から血の気が引いていく。バッと振り返り、扉に向かって手を伸ばす。
「早く和夜を見つけないと!」
勢いよく開けた扉の向こう側、もしかするといるかもしれない熊の気配に注意しながら明石は不安と心配を顔に張り付けたまま、和夜を探して飛び出した。
……*……
カツン……なにかを叩く音がした。
チャポン……なにかが滴る音がした。
まるで子守唄のようで、目覚めを催促しているかのような音達。その音達を耳に和夜はゆっくりと闇から意識を浮上させた。まず最初にぼやけた視界に見えたのは裸になった電球。その少し手前には大きめのライトがこちらを照らしている。眩しい、そう感じ和夜は目元を腕で覆うとする。が、ガタッという音と手首と二の腕に走る痛みが腕の機能を奪い、和夜の微睡んでいた意識を完全に覚醒させる。
「?!(動かない?)」
驚き声を上げようとすればその声すらもでなくて。声帯がなくなってしまったように声が出ず、体に力が入らない。唯一動く頭を少しだけ浮かして和夜は自分の状態を見る。和夜は椅子に縛り付けられていた。いや正確には椅子ではなく手術台と言った方が良いだろう。両腕両足を手摺に革ベルトで固定され、さらには念には念をいれてか腹回りにも分厚いベルトが巻かれ、台の下へと繋がっていた。どうなっている?驚愕から解放されようと和夜が視線を周囲に向ければ、別のものが彼を混乱に陥れる。そこには棚に並べられたいくつもの薬品やメスなどがあった。手術台の近くのトレーには赤黒い色をした液体に浸かったメスや注射器が無造作に置かれており、和夜の混乱を掻き立てる。
「(どうなっている?あの男性が原因であることに間違いはないんだが……)」
混乱を極めながら和夜はゆっくりと整理していく。ロイになにかやられたことは確かだがその理由がいまいち分からない。殺し合いが目的でないのならば、本当の目的は実験?ーー誰で?
ゾッ。身動きが取れない和夜の背筋を悪寒が駆け巡った。彼にとっての殺し合いは実験。その結論が嘘でも本当でも和夜には逃げるしか選択肢はなかった。慌てて腰に目を向ければ案の定、刀はなく、変な液体があったトレーの反対側の小さな棚に丁重に置かれていた。そこには図書室から和夜が拝借した本も置かれていた。まるで和夜を精神的に痛め付けるのが目的だと言わんばかりに、置かれていた。
「(どうにかして逃げないと……!)」
と思ってガタガタと揺らそうとしても体は動かず、案の定分厚いベルトが外れるはずもなく、ただ手術台が微かに振動しただけで終わる。和夜は意気消沈とまでは行かないが浮かない表情で唯一動く頭を下ろし、手術台にしょうがなく横になる。横になった和夜の視界いっぱいに突然ニヤリと笑うロイが現れ、和夜は思わず驚愕で起き上がりそうになった。が出来るはずもなく、ニタリとチシャ猫のようにロイが和夜を見下ろす。反論したくとも和夜は薬のせいかそれとも別のせいか声が発せないため、和夜はロイを射ぬかんばかりに睨み付ける。
「おーこえ。でもお人好しのせいだろ、青年よ」
ペシッと軽く和夜の額を叩くロイに彼は殺気立った目を向ける。しかしやはりロイはその殺気を手振りで受け流すとトレーの上に置いたビーカーーー赤黒い液体に満たされたビーカーをゆっくりと持ち上げ、下から覗き込む。透明さを帯びた液体は電球の光を受けて美しくかつ妖艶に輝き、覗き込むロイの表情を狂気に彩る。
「なんにも説明なしじゃあ、割りに合わないからな。説明はしておいてやるよ」
ビーカーを置き、ロイが和夜を見下ろす。火傷の痕が痛々しいのに目はこのあとの事を想像して喜んでいる。
「まずは自己紹介からでも。俺はロイ・チェイサー。俺は不老不死の実験をしててな。この火傷も俺の不注意で負った。まぁ、不注意よりも馬鹿のせいでアイツも失ったようなもんだけど」
意気揚々と、しかし何処か悲しげな感情を瞳に宿しながらロイは言う。その指先はビーカーから首元の黒百合のネックレスへと移動し、愛おしげにチェーンを指に絡めている。ロイの表情が何処か和夜は見たことがあるような気がして訝しげに眉をひそめた。和夜の表情がロイには実験の意図を上手く理解出来なかったように見えたようでロイはビーカーをトレーに置き、その中から刃物を掬い上げる。赤黒い色を伴った滴がポチャン……とビーカーに落ちた。
「だから俺は実験したいんだよなぁ青年、お前でな」
「……っ!」
鋭い刃物を片手にロイが和夜の顔を覗き込む。ギラギラと殺気と狂気が合わさった二対の瞳が交差する。嗚呼、やっぱりロイの目的は実験だった。抗議と怒りの意味で和夜があまり動かない体を無理矢理ガタガタッと揺らせば、ロイが「おおう」と愉快そうに彼から顔を離した。噛みつくとでも思ったのだろうか?そうだとしても出来やしないのに。
「青年、お前は類い稀な身体能力の持ち主だ。不老不死の実験は色んな人間の性質を長時間観察しなければ成り立たねぇ。それに不老不死だ。老いもせず死にもしない……」
「(……ま、まさか……!)」
和夜の表情が恐怖に染まる。和夜が自らの言い分を理解したとロイは感じ取り、ニヤリと笑う。一瞬、反対側に置かれた刀に和夜の視線が注がれる。少しでも動ければ……!和夜の中で焦燥が熱を上げるように彼を蝕んでいく。そんな彼とは裏腹にロイは刃物をなぶるように振りながら笑う。
「つまり、痛みが伴うっつーことだ。だからこそ、意識のある中でやらなきゃ意味がない」
「(やっぱりかっ!)」
「お前に投与したのは俺が開発した実験用の麻酔薬でな。体の筋肉を弛緩させて動かなくしつつ意識だけを浮上させる。しかもこれは特別でなぁ。意識だけでなく痛みもきちんと拾ってくれる」
まさに不老不死のために作られた薬だ。すなわち実験でしかなかった。動けないのに痛みはあるだなんて絶望でしかない。不老不死のためだけに生み出されたある意味毒。和夜はキッともう一度ロイを睨み付ける。が動けないならロイにとってはどうってことない。だが和夜は実験を楽しそうに、刃物を体に入れようとするロイを睨みながら思う。きっとロイは知らない。和夜が誰であるかを。和夜の最も信頼する人物が誰であるかを。ロイが今まさに犯した罪を。和夜の今の状態を。だからこそ、この拷問は
「(破滅でしかないんだろうな。なぁそうだろう?明石)」
拷問?シーンは上手く書けません……片方動いてないからか……?てかこれは……拷問?実験?……もういいや←放棄




