第十一ノ夢 解答という質問について
化け物とロイの間に着地した和夜はすぐさま体勢を立て直し、刀を右斜め上から化け物の背中へと振り下ろした。突然の背中からの痛みに化け物が悲鳴を上げながら背後を振り返る。途端に鋏の形をした刃物が和夜の首を狙って振り回される。それをしゃがんでかわし、低く体勢を保つと後方にいるはずのロイを横目に和夜は確認する。ロイはへっぴり腰ではあるものの潰れたカエル……生きることを懸命に望みながらも死を間近にするように手を伸ばしながら這って逃げていた。現在は二階の本棚と本棚の間の道に上半身を滑り込ませている途中で低い体勢であるため、化け物の攻撃は当たらなかったようだ。ロイの頭上を一線が通り抜け、黒いなにかが微かに舞った途端、小さい悲鳴が彼の口から漏れていた。
そしてその悲鳴を化け物の聴覚は捉えてしまった。目はなく歪んだ化け物の顔と刃物の切っ先がロイの足先が見える本棚へと固定される。和夜は行き先が変わった殺気に気付き、内心舌打ちをかました。実験をしたいロイにはこの化け物の特性が分からなくて当然だろうが、無意識にロイの方へ危険を引き寄せているように思えてしまう。
和夜は振り切った刀の柄を手首の上で回し、逆手持ちにすると先程の軌道をなぞるように振り上げた。カキン!と化け物の刃物と刀が交わり、和夜の腕に電撃のような痺れが走り、耳元で甲高い音楽が鳴り響く。その音と衝撃で化け物はロイから和夜へと標的を変えた。音の波紋を追って和夜がいる真下へと刃物を振る。柵の方ーー右側へと咄嗟に避け、攻撃を回避する。その際、勢いよく避けすぎたせいか右側の体を金属製の柵に強くぶつけてしまい、痺れが和夜の体に走った。情けないというか馬鹿らしいと自分を嘲笑いつつ、和夜はこれで完全にこちらに化け物の殺気が向いたことを確信する。化け物の刃物が和夜を狙って再び振り回される。片足を軸に後方にステップを踏み、鐘をつくような盛大な音から和夜は逃げ延びると刃物を片足で蹴り上げながらその勢いを利用して立ち上がった。下半身の力で仰け反り結果倒れることを防いだ化け物だったが両腕が刃物、つまるところ両手は使えないに等しい。だからこそ、和夜が足を刈ろうとしてしまえば、化け物は簡単に体勢を崩し、左側の本棚へと頭から突っ込んでいく。ガラガラッと雪崩を起こした本が頭上から落下し、ついさっき似たようなことを体験したばかりの和夜は苦笑をもらしつつも化け物に同情はしなかった。そして一気に攻め込み、無防備にも本棚に突っ込まれた頭部目掛けて刀を振り下ろした。ゴトンと鈍い音と本が落下する音が重なる。和夜の足先で化け物の頭部と本が躍り狂い、足先にまとわりつく。頭を落とされれば化け物であっても倒れるだろう。そう高を括っていた和夜だったが、ニョキッとまるで芽が生えるようにゆっくりと動き出す刃物に目を疑った。
「っ、本命はそっちか!」
どうやらこの化け物の心臓は頭や人間でいう左胸ではなく一本になった腕のようだ。そうなれば動きが鈍っている今、さっさと切断してしまった方が良い。まぁまだ左胸や他の部位の可能性もなくもないが、和夜は可能性は低いと考えていた。それは頭が落とされたにも関わらず腕が元気に動いていたからでもある。または本当に心臓だったかもしれない。攻撃の要となる聴覚が消えたのだから。和夜は化け物の腹を蹴り、もう一度本棚に激突させる。そのまま和夜は空中に飛び、再度空中で刃物に向かって回し蹴りを放つ。クリーンヒットした蹴りは刃物を本棚の山へと突き刺し、縫い付けてしまう。慌てた様子を見せる化け物に和夜はもう見えも聞こえもしない胴体へーー鋏となった両腕へ刀を振り下ろした。上段から一線繰り出し、すかさず横からも刀を薙ぎ払う。続け様の攻撃に化け物の刃物はなすすべもなく、薄汚れた肌が見える場所からスパッと良い音を立てて鋏が攻撃の勢いに耐えきれず落下。その鋏を和夜が足で引っかけ空中に投げ出すとついでとばかりに刀を振った。刀を振った風圧と刃物に当たった衝撃もあり、鋏は化け物の二の腕を直撃、刀は腹の辺りを切断し、本棚に化け物特有の血の絵を描かせることとなった。度重なる攻撃に化け物は抵抗することもなく、ただ痙攣を示すと動きを止めた。和夜は狸寝入りの可能性も視野に入れ、警戒した様子で本棚に張り付けられた化け物を凝視する。だが、和夜の考えは杞憂だったようで化け物は生きているどころか、ピクリとも動かなかった。それを確認し、和夜はようやっと安心して肩から力を抜いた。
「もう大丈夫だ」
本棚の後ろに隠れたロイを振り返った和夜だったが完全に陰に隠れたらしく、靴さえ見えなければ先程まで響いていた悲鳴さえ聞こえない。和夜は怪訝そうに首を傾げながら、カチャン……と刀を納める。
「おーい、聞いてるか?」
もしかして怯えて聞こえていないのかもしれない。そんな風に考えていた和夜はロイが隠れた辺りの本棚に近づく。するとカンカン……と甲高い音を奏でながら筒状の物が通路に投げ込まれた。筒状の両端からは一階に充満する煙より少し色が薄い白煙が勢いよく噴射されている。どうやら、まだ実験道具を隠し持っていたらしく化け物がいると勘違いして投げたようだ。
「(この臭い……さっきの改良型か)」
目と鼻にくる刺激臭に和夜は袖で軽く顔を隠す。ついさっきまで刺激臭の充満するところで戦っていたのだ。もうほとんど慣れてしまった。和夜は本棚の後ろ、通路を覗き込む。だがそこにロイの姿はなかった。化け物退治のあとは自分が殺されると思って逃げたのだろうか?そうだとしたら今後交渉というかアダムのような共犯は出来ないにしろ、殺し合いにまでは発展しないだろう。ロイの目的はあくまで実験。殺し合いが実験の妨げになると考えれば、図書室ではもう行わないだろう。けれど、一体全体どうやって化け物は現れたのだろうか?そこが和夜には分からなかった。うーんと首を困惑気味に傾げながら和夜は懐に隠していた本を取り出した。少し汚れたような気もするが、思い出の品に似た物を守れて思わず頬が綻ぶ。安心してしまったが故に和夜は気づかなかった。改良型である煙の真の効果に。ロイの真意に。音もなく忍び寄る別の者に。
「だからお前は馬鹿で、お人好しでしかないんだ」
囁かれたのがは微かな同情とも侮蔑とも取れない淡々とした声。途端、布越しにチクリとした痛みーー蚊に刺されたような痛みを感じ、和夜は本を片手に後方を振り返った。
「?!」
いや、正確には振り返ろうとした。けれどその体は和夜の指示とは裏腹に動かず、まるで足が鎖で拘束されてしまったかのよう、石になってしまったかのようだった。身動きが一切取れない。そう和夜が思った瞬間、動かなかったはずの体は前のめりに倒れていく。ドタッと前のめりに何故か倒れた体中を鈍痛が支配し、指一歩も動かせない混乱に和夜の脳が支配される。手に持っていた本が大きく開かれ床に落ちていく。なにが起きた?え?なにが?脳内は混乱を極めているのに瞼は何故か眠気とも違うものを求めて閉じようとしていて。和夜は内心思い通りに行かない体と自分自身に舌打ちをかます。しくった……もしや化け物が残っていたか?そうだとしたら余計にーー
「ホンットに助かったぜ青年」
意気揚々と、嬉しそうなバスの声に和夜は唯一動く目を上へ向けた。そこにいたのはロイで。意地悪そうに口角をチシャ猫の如く歪めており、片腕には一階に落としたはずのガスマスクが、そしてもう片方の手には空になった注射器が握られていた。それだけでも和夜には分かった。騙されたのだ、このロイに。殺し合いではなく実験を望むというこの人物に。実験がしたいというのは本心であろうことを察するに、和夜がおそらく薬を打たれたのには別の理由があるはずだ。だがそこを考えたいのに靄がだんだんとかかってきて思考を乱す。なにも見えなくなって聞こえなくなっていきそうで、和夜は目の前に提示された真実に怒りを持つ。痺れを訴える手を伸ばして落とした本に触れる。和夜の指先が開かれたページの紙を捲る。今にも息耐えそうな和夜を見てロイは心底不機嫌そうに頭をかいた。
「まぁなにが起きたか、じっくり説明してやるから安心して寝てろ……それが生きてるか死んでるかは知らないけどなぁ」
その言葉の意味を正確に理解する前に和夜の意識は闇に葬られた。
来週の日曜日が今年最後の投稿ですかね?多分。
和夜はまだ殺し合いに慣れないから罠だとしても助けそう。
次回は来週日曜日です!




