第1章 阻止せよ! ヴェルディア大戦 その1
ヴェルディア王国の東部に位置する第六地区。さらにその東部に存在するとある街。ほかの地区と繋がる大きな道路を中心に活気のある街が広がっていて、合計二万人程が生活している。国の脳である第一地区から一番距離があるこの街は首都へ送る農作物や家畜の栽培、飼育を行っているということもあり、全部で九つある地区の中でも一番のどかである。
地区一番の商店街、肉、魚、野菜、異国の珍しい商品、合法違法お構いなしにたくさんの商品が並ぶこの商店街は、いつもは買い物をする住民たちの値切りの声で賑やかとなっている。しかし今日は店の一斉休業日。普段の活気はない。そんな静かな商店街に平和とは程遠い女性の叫び声が響く。
「下着ドロボーよ!!みんな捕まえて!!」
家屋の二階のバルコニーから身を乗り出した女性が、店を閉めてたまの休日を楽しんでいる住民たちをたたき起こすかのような声量で叫んでいる。腐って今にも崩れそうなベランダの手すりには目もくれず、精一杯の声を出して危険を知らせている。
女性の努力は無事に実った。のどかな休日の商店街にふさわしくない声を聞いた住民たちは、「なんだ? なんだ?」と言わんばかりの表情で同じようにバルコニーに出てきて声の発信元の女性に注目する。
住民たちの視線が自分に集まっていることを確認した女性は、左手に何かを持ちながら商店街を駆け抜けていく男を指さして、深呼吸をする。
「アイツ下着ドロボー!捕まえて!」
女性が置かれている状況とその犯人を確認できた住民達だが、誰一人としてその場から動こうとしない。今いる二階から一階まで降りて靴を履いていたら犯人はとっくに逃げてしまっているとわかっているからだ。諦めなさいという表情をしてピシャリと窓を閉めてのどかな休日に戻ってしまっている人もチラホラいる。
「嬢ちゃん!諦めな!次は捕まえてやるからよ!」
女性の家からは相当距離のある家のバルコニーから魚屋の店主が口元に手を当てて呼びかけている。知らない国の知らない魚ばかり売っている怪しい店主。しかしこういったときには率先して発言してくれる。体格が良く、運動のできそうな魚屋の店主なら、いまから追いかければまだ間に合う気もするが、次は捕まえると提示されている以上、反論することができない。
「ダダダダ」
ものすごい勢いで地面を蹴りながら逃走する男の音が聞こえてくるが、その音は確実に小さくなっている。男との距離が遠くなっている証拠だ。
「ああ!逃げちゃう!!」
女性の悲痛な叫びで立ち止まるなんてことはない犯人は、ズダダダと相変わらずすごい勢いで走りながら遠くへ消えっていった。休日の商店街には先ほどまでの静寂が戻った。
結末を最後まで見届けた肉屋の店主も、次は気を付けなとでもいうような軽い微笑みを浮かべて室内に戻ってしまった。
どうやら女性は自身が経営する果物屋の店舗である一階に干してあった下着二枚ほどを盗まれたらしい。休日にもかかわらず店のドアの施錠をしていなかったのが運の尽き。女性が物音に気付いてバルコニーから外を見下ろした時には、手に水色の下着を持った男が全速力で走り去ろうとしていた。
「はぁぁぁ」
女性のため息が静かな商店街に響いた。次は気を付けようと決心する女性の鼻み、男の足によって舞い上がった土埃の匂いが漂ってくる。この匂いを嗅ぐたびに女性は今日のことを思い出すのだろうか。
のどかな休日の窃盗はわずか数十秒で行われ、布二枚が誘拐されるという結末で幕がおろされた。
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事件から五分ほど経っている。第六地区東部にあるアリドア湖のほとり。
休憩用にと設けられたベンチに大量の汗をかきながらゼェゼェといっている息を整えている男が一人。左手には水色の布ががっしりと握られている。額の汗を拭こうと左手の布を顔の前にもってきた男だったが、あることを思い出したらしく躊躇する。なにを隠そう左手のソレはハンカチではなく下着だからということを思い出したからである。
大きく呼吸をして息が正常に近づいてきた男はフッと笑い呟く。
「スキルを使うまでもなかったなぁ。でも絶対勝てるとはいえ、スキルはあまり多用したくないからね」
そう。男のスキルを使うのならば、あの状況において負けることはなかった。
あの場合の「勝ち」とは、左手に下着を握ったまま逃走に成功することで、「負け」とは、男が体格のよい魚屋に捕まり牢屋にぶち込まれることになるのだが、男のスキルをもってすれば絶対にその未来は訪れない。盗んだ時点で男の勝利は確定していた。
もう完全に息は整った。先ほどは汗が目に入り確認しにくかったが、いまそれがはっきりと見える。男には左手の下着がしっかりと見えている。男は自分の成功を全身でかみしめる。
そんな男の名はソラ。スキル名は「終結」。
そう!十七歳になったソラは己のスキルを巧みに操り下着を盗みまくる犯罪者となっていた。
「ソラ君のスキルがあればきっとヴェルディアは平和に・・・」
そんな周りの期待を綺麗に裏切ったソラは今日も元気に暮らしている。
「一人一つ天から授かるスキル。どう使おうが僕の勝手だ!」
ベンチからすくっと立ち上がりそう宣言する彼の左手にはいま未だにしっかりと、水色の布が握られていた。
どうかよろしくお願いいたします。