プロローグ
「おいはなせって!これはおれが使うんだ!」
「いーや、僕のだ!」
お互い引っ張りあいながらオモチャを自分のものにしようとする二人の園児。先生は近くにいるものの傍観者に徹している。譲り合いの気持ちに気づいてほしいと願う先生は、簡単には子供の喧嘩に介入しない。大人が「喧嘩はダメだよ」と注意をするのは簡単だが、それでは成長は見込めないだろう。自分たちで気づいてもらう必要がある。
「おれのだ!」
「ぼくのだ!」
オモチャを強引に奪い取ろうとする園児の爪が相手の手に食い込んでいる。痛みで一瞬表情を曇らせた子供であるが、手を緩めることはなく、さらに強い力で奪い取ろうとする。
喧嘩が勢いを増している。これ以上続けるとケガをするだろうと思った先生が急いで喧嘩を止めに入る。
その時、一人の子供が、喧嘩している子供に近づいていく様子が見えた。第三者の登場で喧嘩がさらにヒートアップするのかと考えた先生であったが、二人に近づく子供の顔を見て安堵の表情を浮かべ、くるりと体の向きを変えた。先ほどから先生の名前をしつこく読んでいた砂場にいる子供のところに行き先を変更する。自分で作った砂の城でも見せたいのであろう。先生は「はーい」と軽く返事をした後、小走りで子供の元へ向かっていく。勿論、耳をよく澄まして喧嘩の顛末を確認しながら。
「なんだおまえ。おまえのオモチャはないぞ!」
「このおもちゃはぼくたちのどっちかがつかうんだぞ!」
二人は近づいてきた子供をさらなる敵とみなして攻撃する。
子供は二人からの攻撃にひるむことなくもう一歩距離をつめる。
「二人ともけんかはダメだよ」
微笑みながら二人にそう呼びかける。お母さんが優しく諭すように。たった一言の声かけであるが、その子供はそれで充分だとわかっていた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・ごめん」
「・・・ぼくもごめん」
一人の子供がそう謝るとそれに続きもう一人も謝罪の言葉を口にする。
がらりと光景が変わった。さっきまで出血を伴ないかねない激しい喧嘩をしていた二人がニコニコと笑い合いながら握手をしている。
「たしかにそーだな」
「けんかはよくないね」
「ふたりでつかおーぜ」
「うん!きみがさきでいーよ!」
お互いに納得して和解した二人の子供は先ほどの喧嘩が嘘のように、手をつなぎながら走っていった。子供は二人のやり取りを静かに見守り、やさしく微笑んでいる。
二人が去り、ポツンと取り残された子供だったが、寂しそうな表情を浮かべることはない。今日も自分の役目をやり切ったぞとでもいうように、フゥと一息ついた子供は辺りを見回し、人がいるほうへと駆けていった。
背中で全ての会話を聞いていた先生もフゥと息をつき、名前を呼んでいる子供の元へと急ぐ。先生がちらっと行く先を目で追うが、園児たちの群れにすっかり紛れてどこにいったか分からなくなっている。
今日も、園内で起きた争いは終結した。グラウンドにはそれぞれ好きな遊びをする園児たちのガヤガヤとした声であふれている。
思えばこのときからソラは「終結」のスキルを獲得していた。通常、スキルというものは二十歳前後で発現するものなのだが、どういうわけかソラは発現が早かった。「終結」という平和の象徴ともいえるスキルだからか、ソラにとてつもない才能があるからなのか定かではないが、5歳という若さでそのスキルを使いこなしているのだから、早期のスキルの発現は正解と言える。
攻撃のスキルを持たない、守備のスキルを持たない、つまるところ戦闘が苦手なソラだからこそ、スキルを使ってそもそも戦闘という形にもっていかないという彼の考えは素晴らしいといえるだろう。
彼の能力は争いの絶えない国、ヴェルディアをはじめとするこの世界において重要な存在となる。5歳にしてスキルを完璧に使いこなしているソラのスキルが、十年後、二十年後どうなっているのかは周りの人間も、彼自身も全く想像がつかない。
これはソラが己のスキルを最大限に発揮して、世界を平和へと導いていく物語である。