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座敷童子さんは仕事ができない  作者: 天野美伽
新座敷童子伝説
8/19

帰り道


『ごめん、今日バイト入れるかな。出来れば早く来てほしいんだけど、大学終わって何時からなら出れそうですか?』


 昼過ぎに、店長からそんなメッセージが来た。最近こんなメッセージが来てバイトに駆り出されることが多くなった。週3のバイトも週5が当たり前になってきている。


『17時からなら大丈夫です』




 これでは来月のシフトは全て週5か週6で、毎日授業が終わって駅に走る羽目になるかもしれない。


 座敷童子効果、バイトにとっては嬉しくない。暇で稼げないよりはマシだけど、忙しすぎるのはきつい。






 狐寿庵は案の定、行列が出来ていた。普段なら17時なんて客が1人もいないことすらあるのに。



「晴仁、天ぷら代わって!」



 制服に着替えて厨房に出ると、店長が汗だくの顔を向けてそう訴えてきた。厨房の中は忙しさからか、いつも以上に熱気が酷く、足を踏み入れただけで汗がにじみ出る。



「了解です」



 ちょうど揚がったらしく、天ぷらを皿に盛りつけると僕と交代する。天かすがたくさん浮いているので掬うと、注文が入った。



「海老天丼セット2つお願いします」


「かき揚げうどん1つ、海老天そば1つ、いも天うどんの細麺1つお願いします」



 一気に天ぷらの注文が入った。


 天ぷらのプロフェッショナルと呼ばれた男、森永晴仁。この注文、華麗に捌いてやろうやろうじゃないか――。


 まずは一番時間のかかるさつま芋をレンジで5分チンします。そして次に場所をとるかき揚げ! かき揚げの枠の中に野菜を入れ、小エビをひとつまみ、エビを2つ……。海老天丼の材料を次々揚げていく!


 海老天は静かに入れ、真っすぐ揚がるようにする。そして、ここで上から天ぷら粉の液をまとわりつかせ、海老を太らせる。……完璧だ。


 そろそろかき揚げの枠は外していいな……。



「ごぼう天うどん1つ、海老月見そば1つ、カレーうどん1つお願いします!」


「うどん2丁入りまぁす! そば1丁入りまぁす!」



 店長が居酒屋のテンションで、変な調子を付けて叫んだ。忙しさで壊れてしまったようだ。今までこの店は平和にのんびりしてきたので、壊れてもおかしくはない。



 さて――……。

 フライヤーの中はもういっぱいいっぱいだ。このままでは油の温度が下がって、揚がるのが遅くなってしまう。ここは焦らず待機するべき! プロフェッショナルの余裕を見せるんだ!




「森永くん、何言ってるの?」


「うぉ! びっくりした」


 気がつくと椎名さんが後ろに立っていた。


「ごめん、何かぶつぶつ言ってるから気になって」


「あ、いや、何でもないですよ」




 心の中で言っていたつもりが、口に出ていたようだ。恥ずかしい。


 と、ここでさつまいもを入れていたレンジがチンと鳴った。


 かき揚げもういけるな。


 かき揚げを皿に盛りつけ、店長が用意した素うどんの隣に置く。さて、いも天だ。






 天ぷらを揚げ続け、余裕が出来た頃に店長に話しかけてみた。



「なんでこんなに忙しいんですかね。ねぇ、店長」


「知らん。早くちくわを揚げい」



 話しかけるな、という風に手を振って真顔であしらわれた。忙しさに店長は疲れ切ったようだ。ふざける頻度の方が多い店長がこうなるとは。平和でローカルなうどん店はどこにやら……。


 結局、閉店間際まで天ぷらを揚げる役をやり、椎名さんは洗い物メインで注文を受け、店長はうどんとそばを茹で続け、奥さんは注文とレジ、行列を行き来していた。



「よし、椎名さん帰りましょう」



 21時ぴったりに、椎名さんに声を掛ける。ちょうど方向が同じということで、椎名さんと歩いて帰ることがルーティンになっていた。もう当たり前になっているので、店長も何も言ってこない。



「森永くん、顔真っ赤だけど大丈夫?」



 椎名さんは僕の顔を見て、心配そうに言った。大丈夫ではない。顔が燃えるように熱くて、全身汗でびしょびしょになっている。



「大丈夫です……」



 この繁盛具合、本当に座敷童子なのではないかと疑っているが、本人は自覚が無さそうだ。



「お先失礼しますー」


「お疲れ様でした」



 店長と奥さんに挨拶をして、椎名さんと店の外に出る。ほんの少しだけ店内より涼しい気がした。


 空を見上げると、真上に満月が上がっていた。月明りでいつもより空も地上も明るい。



「アイス食べたくなりませんか」


「いいね、アイス」



 そんな会話をして、コンビニでアイスを買うことになった。


 僕は袋入りのかき氷。椎名さんはあずきバーというチョイスだ。



「座敷童子さんっぽいですね」



 ふざけて椎名さんのことを座敷童子さんと呼ぶ。

 

 椎名さんは夜でも赤くなってそうだと分かるくらい、恥ずかしそうに俯くと無言でバシバシと叩いてきた。



「痛い! 痛いですって」



 意外と力が強いので、かなり恐怖を感じた。座敷童子に叩かれたなんて言ってみれば、それは怖い話だ。想像して少し笑ってしまう。



「アイス、溶けるから食べましょうよ」



 そう言って袋を開けるとかき氷をほおばった。氷の塊が飛び込んできて、頭に響く。



「お母さんがあずきが好きだから、私も好きになったんだよ」



 椎名さんもあずきバーを開けて、噛り付く。が、硬すぎて食べられないらしい。頑張って奥歯の方で噛もうとしている。ユーチさんから小豆が好きか聞いておけと言われたことを思い出す。アイスを奢ったが、これはお供えになるのか。



「全然食べれてないですよ!」



 必死に噛り付く姿が面白くて、爆笑しながら言う。



「ほんふぁことあいふぉ(そんなことないよ)!」



 今度は唇がアイスにくっついて離れないようだ。上を向いてかき氷を食べていたので、笑った瞬間喉に氷が直撃して咳き込む。



「ちょっと、笑わせないでください」



 ふと、ユーチさんが向こうは気があるかもよと言っていたことを思い出す。自分は、どうなんだろう。ただ、楽しいからこうして一緒に帰ったりしているだけだと思う。決して、恋愛感情はないし、椎名さんもそんなこと考えていないだろう。それに、恋愛なんて、僕には一生関係の無いことだと思っている。




「そういえば、もうすぐ夏祭りがあるね。森永君は行ったことある?」



 ふいに椎名さんがそう聞いてきた。椎名さんは、あずきバーを食べることを諦めて、溶かす作戦に入ったようだ。



「あ、竹川ちくせんの花火大会ですね。地元ここなんで、中学の時までは行ってましたよ」



 竹川川は、この商店街の近くにある大きな川だ。川沿いの道路には祭りの屋台が立ち並び、土手は花火を見る人で溢れ返る。近くには他に花火大会をやる所がないので、毎年かなりの人が集まる。



「えーいいなぁ。私実家はこっちだけど、育ちは違うから行ったことないんだよね」


「そうなんですか。なんか、竹川花火大会今年で終わりらしいですね」


 うんと呟いて椎名さんはあずきバーを小さくかじった。



「一緒に花火大会行かない?」




 そう言われて、病気かと疑うくらい動機が激しくなった。しかしそれを悟られないように、かき氷を口に運んだ。うんうんと頷きながら今食べてるんで、待ってくださいという風を装って。わざとらしくモグモグと口を動かし、ごくりと飲み込む。


 どうしよう。



「いいですね」


「良かった!」



 あれ? 口が勝手に動いたぞ。おかしいな。まあいいか、言ってしまったものは仕方がない。


 ということで、僕は座敷童子さんと花火大会に行くことになってしまった。浴衣を着てくるのかな……。完全に座敷童子な椎名さんと、花火を見る自分を想像する。



 花火大会に誘われたことが、不思議でたまらなかった。何を思って椎名さんは自分を誘ったのだろう。僕が考えすぎなだけか? ただ単に、誘えそうな人が身近にいなかっただけとか――。



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