座敷童子対策
椎名さんが入ってきて、1週間ほどが過ぎた。
「あ、ユーチさん、今日も来てたんですか」
部室へ行くと、ユーチさんが最前列ど真ん中の席に陣取っていた。今日は他の部員も5人ほどいる。
「今日もとは何だ。部長だから当たり前だ」
嘘だ。最近来ているだけであって、僕が1年の頃は2回しか部室で見たことがない。
僕はユーチさんの隣に腰かけると、リュックからビー玉の入っているラムネを取り出した。自分の目の前に1本、ユーチさんの目の前に1本。
「お、くれるのか? こんなラムネよく売ってたなぁ」
ユーチさんは嬉しそうに、ラムネを眺めている。僕はユーチさんが最近部室にいることを見越して、あの話をするためにラムネを2本買ってきたのだった。
ラムネについた水滴をTシャツで拭き取ると、早速開け始めた。
「あれ、どうすんだっけなこれ。あぁ、こうか……」
立ち上がり、おりゃ! と言いながら、付属のキャップでビー玉を押し込む。凄い力を加えているのだろう。手が震え、顔を真っ赤にしている。
「固ってぇ……」
ゴンッと大きい音が部室に響いた。一瞬シンとして、何事かとユーチさんに視線が集まる。なぜか僕の方が恥ずかしくなってきた。そうして、ユーチさんが椅子に座ったところで、こう切り出す。
「座敷童子伝説は実話だった」
「ふぁ?」
瓶からラムネが溢れかえっている所を、アイスクリームを舐めるように舐めている。汚い。
「バイト先に、椎名さん入って来たじゃないですか……」
「あぁ」
椎名さんの口から、妖怪っていないのにね……と聞いた後も店の繁盛具合が凄まじく、平日でさえちょっとした行列が出来るうどん店になってしまった。その行列は口コミでも広がり、今や何故行列が出来ているのか誰も分からない超人気店である。
「その人、座敷童子伝説の張本人なんです」
「そんな訳ねぇだろ」
「本人に聞いたんですよ。部長が言っていたのは本当らしくて、辞めた後に倒産したりってのが3回くらいあったそうです。しかも見た目も座敷童子っぽくて、あの人確か26って聞いたんですけど、中学生、いや下手したら小学生に見えるくらいで、黒髪ショートの和顔じゃないですか」
こう話していると、面白くなってくる。ユーチさんは真剣な顔をして、腕を組んで話を聞いている。
「それで狐寿庵は繁盛してるってわけか。まさかこんな身近に伝説に出会えるとはな」
「そうなんですよ。でも、座敷童子なわけじゃないでしょう。本人も自覚なくて、ただ、いつも仕事が出来なくてクビになったり、自分から辞めていっているらしいですし……。それに普通、座敷童子は旅館とかの座敷にいるもんでしょう」
一瞬、夢で見た椎名さんを思い出す。
「妖怪でも都市伝説でも、時代によって変化くらいするやろ。繁盛したなら椎名ちゃんが辞めたら、今度も店が潰れる可能性があるってことやけん、辞めようとしてもどうにか止めんとな」
「た、確かに。店長と奥さんいい人ですしね」
妖怪なんかでなくても、椎名さんが仕事を辞めたら潰れる可能性はあると注意していても良さそうだ。
ぐびっとサイダーを飲むと、ユーチさんは、それはそうと……と言い出した。
「その、座敷童子ちゃんといつも一緒に帰ってるらしいな」
ユーチさんはここぞとばかりに、僕をいじり始めた。小柄な子がタイプなんだ、へぇなどと、何も言っていないのに一人で騒ぎ立てる。
「家の方向が同じで、何となく一緒に帰るようになっただけですよ」
「ホントはどうなん。向こうは気があるかもよ」
「いや、無いっすよ」
本当、面倒な奴と縁が出来てしまったもんだ……。
ユーチさんはふぅんと言うと、「手がベタベタなった。洗ってくるわ」と残して席を立った。
ユーチさんは手を洗って帰ってくると言った。
「座敷童子ならさぁ、お供えとかするじゃん。小豆飯とか。椎名ちゃんは小豆、好きなんかな」
「何、お供えでもするんですか」
「いや、あんこのスイーツとかさ、差し入れしたら喜ぶかな」
返事に困った。妖怪対策ではなく、一人の女性に好かれようとしているらしい。
「ユーチさん、椎名さんのこと……」
「いや、好きな訳じゃねぇよ!? だって、さすがに本人の目の前でお供えなんか出来んやろ。神棚作って祀るとかし始めたらやばい奴やん」
「まぁ、そうですけど。でも、座敷童子伝説なんて偶々ですって」
「備えあれば憂いなし。今度小豆が好きかどうか聞いておけよ」
ユーチさんは強めの力で僕の肩を叩くと、スマホでゲームをし始めた。スクリーンには特撮アニメが流れているが、誰も見ていない。昔見たことのある、水中バトルのシーンだった。それを眺めながら、ラムネを口に含む。
とても懐かしい味がして、少しだけ悲しい気分になった。