座敷童子効果
『狐寿庵』の前には、20人ほどの行列が出来ていた。
おかしいな……。連休ではない普通の土曜日の昼だというのに。いつもなら、連休以外に行列を見ることがない。いたとしても、家族連れで2組くらいが並んでいるだけだ。
「おはようございまーす」
「注文ですねー。少々お待ちください!」
「椎名さん、これ2番テーブルね」
店長と奥さんが、僕が来たことにも気がつかず忙しそうにしていた。なんだか大変そうだ。急いで着替えると厨房に出た。
「おっ、助かった! 晴仁、4番テーブル空くけんバッシングして外のお客さん案内して」
「はいっ」
それからは大忙しだった。
椎名さんは2日目だが、気にする暇もないくらい忙しかった。うどんを茹でて、レジに行き、外の客を案内し……。まだ入れないのか、あの席空いているじゃないかとの客に、客の人数と座席数を考え出来るだけ多く入るよう頭を絞った。まるでテトリスだ。
待ちきれない客が何人か帰ってしまう。申し訳ない。
その後も16時くらいまで客は絶えず、地獄の暑さで顔からは滝のように汗が流れた。
待てよ……。これは座敷童子効果なのか? いや、偶々か。
「晴仁―。今のうち休憩行って来いー」
店長から声を掛けられ、早めの夕飯くらいの時間に自分が食べるうどんを茹で始めた。
「今日は大変でしたねぇ。夜も忙しそうですね」
「そうやね。別にイベントとかもないはずなんやけど」
店長も首を傾げていた。
……疲れた。今日はかき揚げうどんに、かしわおにぎりもつけよう。
「咲ちゃんごめんねぇ。いつもはこんなに忙しくないんやけど。2日目で慣れんのに、頑張ったね」
奥さんが椎名さんに声を掛ける。椎名さんはお役に立てず……と言いながら、申し訳なさそうにしている。
「後で10分くらい休憩行ってきぃ」
「一緒でいいなら、今から取った方が良いんじゃないですか。1時間後また忙しくなるかもしれないし……」
それに気になって仕方のないことがあるし。
「あ、じゃあ今から行ってきて良いよ」
また店長が僕にニヤニヤした顔を向けてくるが、無視する。
「椎名さんお昼何食べたんですか?」
「えーと、月見そば」
「えっ、ヘルシーですね。忙しかったのに、よくそれでもちますね」
「そうかな……。森永君はいっぱい食べますね」
椎名さんがトレーに載せた、かき揚げうどんとかしわおにぎりを見て言う。かき揚げはお客さんに出すものより気持ち大きめだ。
「熊みたいって言われてますからね。僕の身体はうどんで出来ているようなものです」
「確かに! 身長高いし大きいし熊みたいね」
椎名さんは共感するように手を叩き、顔を輝かせて笑った。少し恥ずかしかったようで、すぐに目を伏せた。しかし、大きいとは大分可愛らしい響きだ。実際はぽっちゃりデブなんだが。
「椎名さんって、座敷童子伝説って知ってますか?」
伏せていた目を上げたので、目が合った。一気に椎名さんの頬が赤く染まる。
「それ、どこで聞いたの!」
「学校で先輩が言ってましたよ。ネットで話題になってるって」
恥ずかしそうに顔を覆う。
「多分私もそれ見たなぁ……。ネットにも書かれてたけど、私学校卒業してお菓子のメーカーの事務をしてたんだけど、そこクビになった後倒産しちゃって。びっくりするよね」
「え、マジだったんですか」
椎名さんは頷いた。
「でも1回くらいならそういうことあるでしょう」
「いや、うん。次の会社も倒産して……」
「まあ、2回くらい……」
「次のお店は閉店したんだよね」
「わぁ……」
それは気のせいではないかもしれない。
「大変ですね、ネットに書かれて」
「まぁ、名前はどこにも書かれてないし、大丈夫……です」
「座敷童子も嫌ですよね。妖怪って都市伝説みたいだし」
「そうだよね、妖怪はいないけど私はいるのにね。変だよね」
椎名さんは笑う。無理して笑っているように感じたのは、気のせいだろうか。
「あ、休憩もう終わりだ。じゃ、戻ります。お邪魔しましたー」
「あぁ、はい……」
良かった。聞きたいことを聞けて、スッキリした。さぁ、出汁が染み込んだ食べ頃のかき揚げを食べよう。
柔らかくなったかき揚げにかぶりつく。うどんの出汁が疲れた身体に染み込む。
うっま。
うどんは硬めに茹でていたので伸びておらず、ちょうど良い。休憩室の冷房は中々効かないので、食べながら流れてくる汗が目に入って少し痛かった。甘めのかしわおにぎりは何個でも食べられそうだ。出汁もごくごく飲む。出汁を飲んで、水を飲むとちょうど良い塩加減でうまいんだよなぁ。うどん最高!
椎名さんも妖怪はいないって言っていたから、別に椎名さんが座敷童子って訳じゃない。たまたま、仕事を辞めた後に倒産した会社が何件か続いたというだけで。そういうことだ。