椎名さんは恥ずかしがり屋
20時近くを回ると、金曜日でも客足は少なくなってくる。
椎名さんは初日ということで、今日は20時に上がるらしい。
「晴仁君、咲ちゃんを送ってあげたら? なんかあたし心配だわぁ」
奥さんは心配そうに椎名さんを見た。
「えっ、そんな、大丈夫ですよ。年下の子に送ってもらうなんて、悪いです」
どう見ても、僕の方が年上に見えそうだ。今日の様子を見ていたら、奥さんが心配になるのも分かる。
「夜はこの辺人通りも少ないし……。お客さんも減ってきたから今日は一緒に上がりなさい」
「僕は構いませんよ」
「えっ……あ、ありがとうございます」
店長が僕の方を見てにやにやしていた。何ですか、というように店長を見る。
「良かったな!」
「何がですか!」
「そりゃあ、なっ! なっ!」
何度もな! と言ってくるので、僕は意味が分からんという表情をして見せ「じゃあ20時なったんで、お先失礼します~」とさっさと切り上げた。さっき椎名さんの年を聞いたから、からかわれているのだと気がついたが、こういう時は気づかないふりが一番だ。
「先に着替えていいですよ。あぁ、店長のことは気にしなくて大丈夫です」
「わ、分かった」
椎名さんは何故か、顔を真っ赤にして頷いた。こっちまで恥ずかしくなってくる。
「どうぞ」
ジーパン姿に着替えた椎名さんは、ますます中学生……。いや、小学生でも通じそうだった。
「家遠いですか?」
「20分くらいです」
「地味に遠いですね」
2人でとぼとぼ歩く。自分が180センチあるので、椎名さんが隣に並ぶと本当に小さく感じた。神社の方の木々が揺れる音がして、ぬるい夜風が吹き抜ける。
「狐寿庵って名前なのは、この先の神社が稲荷神社だからですかね? 店の中は狐の置物がいっぱい置いてあるし……」
「いや、ただ店長がきつねうどんが好きで、商売繁盛するようにって寿って字を付けたって言ってましたよ。狐の置物は、まあ店の名前にも合うし、観光客が喜ぶから……らしいです」
「えーそうなんですか! てっきり神社由来かと……」
確かに皆そう考えるだろう。実際、僕も店長に聞いたのだから。
「結構皆そう思ってるっぽいですけどね。初日のバイトはどうでしたか?」
「あー今日は迷惑かけてごめんなさい……。私いっつも仕事でミスばかりでして。今までもクビになったり、続かなかったり……」
椎名さんは、落ち込んだようにしゅんと小さくなった。
「店長も言ってましたけど、初日だし大丈夫ですよ! 僕もどんぶり何個か割ったし」
「本当? なんかごめんね、年下に励まされちゃいましたね」
街頭に照らされた椎名さんの顔は、また赤くなっていた。
「椎名さんって、すぐ顔赤くなるんですか」
「あ、うん。赤面症なんだよね、恥ずかしいからあんまり見ないで下さい……」
「そうなんですか。あと、年上なんですから敬語じゃなくて大丈夫ですよ」
赤い顔で頷く椎名さんを見ながら、何かが心の中で引っかかった。
何だろう。何か、忘れているような……。
「今日は家の近くまで送りますよ。奥さんを安心させないといけないんで」
椎名さんはまだ恥ずかしそうに俯きぎみで、ありがとうございますと言った。