夏が始まる
チャイムが鳴ると、大学の中にあるコンビニへ駆け込んだ。いつも通り、缶コーヒーの微糖とポテチとアイスをカゴへ入れる。カップラーメンが目について、腹が減っている気がして買うか迷ったが、節約の為買わずに店を出た。腹が減ったと思ったのは気のせいだと思うことにしておく。
外に出ると、まだ高い位置にある太陽が顔面に照り付ける。歩いているのに空気は動いていないようで、熱気が体にまとわりついてきて、怠さを感じた。空を見上げると、向こうの方に嫌な黒さのでかい入道雲がある。
学校の中の人の声や物音を、近くにある山が吸収しているかのように静かだ。
近道をしようと思い、芝生を歩いていると蚊柱に突っ込んでしまう。(絶対に何匹か衝突死した!)虫を払いつつ早足で芝生を抜けると、特教棟へ入る。
――視聴覚室。その扉を押して開ける。
「きゃぁぁあ――!」
扉を開けると、外国人の悲鳴が響き渡っていた。
スクリーンには暗い画面が映し出されている。誰かが入ってきたことに気がついたのか、スクリーンを注視していた2人はこちらを振り返った。
「おー晴仁、おっつー」
「さっき見始めたばかりやから、早くこっちきぃよ」
呼ばれて前の方へ向かう。というか、この部屋冷房効きすぎて寒い。
一番前の席へ腰を下ろす。
「今日は2人かぁ」
「なんだよ、部長が来てやったのに」
後ろに座る1つ年上の小林裕一朗が少しムッとして言った。僕と高校が同じで、皆からはユーチと呼ばれている。バイトに誘われて一緒に働いているので、コイツの顔はもう見飽きた。サークルもバイトもさぼりがちの奴なのに何かと威張る。かけたてのパーマが恐ろしく似合っていないと皆から言われているが、ユーチさんは冗談だと思い込んでいる。そんな人だ。
「いやいや、部長に言ってないです」
「あ、なんか買ってきたん?」
袋を指差されたので中身を出す。これは自分の分なので渡すつもりはない。
「はぁ……自分の分だけか」
「これ何?」
スクリーンを指差して言った。勿論ユーチさんにではなく。
「あー題名なんやったっけ。なんか女の人がばあさんのヘルパーに来るんだけど、ばあさんは死んだように寝たきりで、家のやつから絶対にこれを守ることって言われるんやけど……日記とか見つけてしまって、とにかくばあさんが不気味」
聞いたことのあるような話を聞かされたが、さっぱり分からない。こいつはいつも題名をすぐ忘れる。
「暑いときはホラー映画やろ?」
後ろを振り向くと、ユーチさんのとびきりの笑顔がスクリーンからの反射光に照らされていた。