お引っ越し・後
学園にたどり着きました。
学園の敷地は大きく四つの区画に分かれている。座学のための校舎と、運動や魔法の訓練をするための体育館、そして学生寮の、男子寮と女子寮だ。
それぞれがとっても大きな建物で、石造りの立派な建物だ。ちなみに三階建て。
授業開始は明日で、今日は自室で休むことになる、ということで学生寮までなんと王子自ら引率してくれる、はずだったんだけど。
馬車が敷地に入った瞬間にとまって、そして王子がとっても大きなため息をついた。
うん。察した。
「いってきます……」
「すまない……」
同情が多分に含まれた視線に見送られて、馬車を降りて。
「シャル!」
シャーリーがそれはもう満面の笑顔で待っていました。知ってた。
「こんにちは、シャーリー」
「はい! こんにちは!」
すごく機嫌良さそう。なんかもう、すっごくにこにこしてる。
「早速私の部屋に行きましょう。あ、それとも食堂を先にします? お昼ご飯が食べられます。それともシャルの部屋を見に行きますか。手荷物を持ち歩くのは大変でしょうし。どうします?」
「えと……。じゃ、じゃあ、とりあえずシャーリーの部屋で……」
「はい!」
シャーリーに手を引かれる私。ふふ、売られていく子牛の気分だよ……。
振り返って馬車を見ると、申し訳なさそうな王子と、心配そうな同級生の顔が見えた。心配しなくても、いつものことだよ。だから、うん。また後でね。
手を振ると、みんなが苦笑して振り返してくれた。同級生に恵まれた気がひしひしとしてる。幸運だね私。ははは。はあ……。
学生寮は男子寮も女子寮も同じ構造らしい。一階には平民出身の子が使う部屋の他、食堂などといった施設もある。二階は男爵、子爵といった下の貴族出身の子が使う部屋が集まっていて、三階は伯爵、侯爵、公爵といった上の貴族出身の子の部屋となる。らしい。
シャーリーは公爵家なので当然三階だ。そして私の部屋はと言えば、とても嫌な予感がしていたのだけど、これは良い意味で裏切られた。
「シャルも是非三階にとお願いしたのですが、そこまでの特別扱いをするとシャルが孤立してしまうと殿下が……。なので、申し訳ありません、シャルは一階です」
「そっか! いやいやいいよ! うんうん!」
殿下ありがとおおお! 役に立たないとか思ってごめんね! すごく有能だ! いやほんと、三階だったらどうしようかと思ってたよ! 一安心だ……!
女子寮に入ると、すぐに階段があって、その階段でそのまま三階まで行ける。貴族の令嬢が集まっているということもあって、騎士さんが学生寮の前、さらには階段の前でも待機してくれてる。当然女子寮は女性の騎士だ。
私はなんとなく女性が騎士をしていると聞いた時は驚いたけど、それを言うと逆にシャーリーが不思議そうにしていた。曰く、身体強化の魔法を使えさえすれば、体格とかは問題にならないんだって。魔法すごい。
規則として平民は二階から上には行けないということになってるんだけど……。
「この子がシャルです」
「なるほど」
「では通ります」
「畏まりました」
あっさりと許可が下りたのはどういうことなんですかね。なるほどって何? 畏まりましたじゃないよ止めてよ、止めてくれたらそれを理由に断れたりできるのに!
「さあ、こちらです」
あ、にっこり笑顔が眩しい……。ずるいことを考えてごめんなさい……。
階段を上って、三階へ。そうして案内されたのは、三階でも奥の方の部屋だ。シャーリーの家ほどではないけど、豪華な扉だ。
入ってみると、広々とした部屋だ。さすがにシャーリーの家ほどではないけど、それでも貴族でも不自由はしなさそう。さらに寝室まで別にあるそうだ。すごい。
「広いね」
「はい。……シャルが望むのなら、今からでも三階に部屋を用意させてみせますけど」
「やめて」
いや本当に。羨ましいとは思わない、と言えば確かに嘘になる。けれどそれとこれとは話が別だ。
「やめて」
もう一度、念押し。シャーリーは残念そうにため息をついた。止めなかったら絶対にやっただろうね、この子。
さてさて、シャーリーの部屋にこうして来たわけですが。何をすればいいんだろう? えっと、片付けとか、手伝ってほしかったりするのかな? せっかくここまで来たんだし、それぐらいはしてあげるけど。
「ちょっと待ってくださいね。今お茶を淹れさせますから」
「え」
「のんびりしましょう。それとも、それは退屈ですか?」
ふむう……。本当に何かをしてほしいわけではないみたい。雑談ならいつもしてるけどね。今更こんな場所でやるようなことでも……。
そこまで考えて、ちょっと自嘲してしまった。私は未だに自分の家に帰るつもりでいるみたいだ。なんというか、情けないね。いつも通りに過ごしたいってことなのに。
「うん。いいよ。お話し、しよう」
私がそう言うと、シャーリーは嬉しそうにはにかんだ。その表情はずるいと思う。
二人きりのまったりお茶会を終えて、私は自分の部屋に行くことにした。荷物とかの確認もしないといけないしね。部屋の位置すら分からないし。
それじゃそういうことで、と部屋を出る私。そして当然のようについてくるシャーリー。
ははは。もちろん、知ってました。絶対そうなると思ってたよ。でもこれは止めないといけないよね。みんなの胃を守るためにも!
「シャーリーは来ちゃだめ」
「そうですよね。分かりました」
え。
いや、ちょっと、え。
物分かり良すぎない!? この子本当にシャーリー!? いやもちろんいいことだよ? いいことだけど……!
私がびっくりしていると、シャーリーは小さく笑って肩をすくめた。
「さすがにお忍びが通用しないことは分かりますから。とても残念ですけれど、もう少し機会を伺います」
「う、うん……。そうだね。そうしてね」
なんだろう。いいこと、なんだけど。何となく、納得できないというか。物足りないというか。いや、いいこと、なんだからさ、うん。これでいいの。
何度か振り返りながら階段に向かう。けれど、結局シャーリーは最後までついてくることはなかった。
うん。これでいいの。平和が一番だからね。シャーリーも分かってくれたってことだから。うん。
まあ、正直なところ、嫌な予感は強くなったけどね……!
私たち平民の子の部屋は一階で全てまとまっている。全ての部屋の扉に名前を書いたプレートをつけてくれているので見つけるのは楽だった。
私の部屋も簡単に見つかった。いや、というかね。階段に一番近い部屋だったよ。何かの作為を感じる。面倒なことにならないといいけど。
部屋は、狭い。狭いといっても、寝起きして勉強する程度は十分にあるけど。どうしてもシャーリーの、三階の部屋と比べてしまうから。比較対象が悪いのは分かってるけど。
部屋にあるのはベッドと本棚、勉強机など。生活に必要なものは全部あるみたいだね。一般的な民家の部屋より少し狭い程度だ。
うん。さっきまでの部屋がおかしいだけで、普通だった。危ない危ない、感覚が麻痺するところだよ。
とりあえず、備え付けの備品を確認。……うん、全部問題なし。ちゃんと使えるものばかりだ。一安心だね。
ベッドに座ってみる。私の家のベッドより良いものではなかろうか! 寝るのが楽しみだね。
…………。
少しだけ。晩ご飯まで……。
ふわふわベッドの誘惑に負けて、私はベッドに横になった。はあ、いいベッドだ……。
そして案の定夜になりましたとさ。
違うの。言い訳をさせてほしい。これは、そう、えっと……。言い訳のしようがないほどに自業自得じゃないかな……?
日もすっかり沈んでるし、これは晩ご飯ももう終わってそう。お腹空いたけど、諦めるしかないかな。
馬鹿な自分に自己嫌悪していたら、扉がノックされた。誰だろうと思って扉を開けてみると、訪ねてくれたのはなんとタニアちゃんとマリアちゃんだ。
「あ、良かった。起きてた」
「一緒に晩ご飯をと思ってたんですけど、寝てるみたいでしたから」
「来てくれてたの!? ごめんね……!」
まさか誘いに来てくれてるなんて! うわあ、意地でも起きておけば良かった! もっと仲良くなれるチャンスだったのに!
「シャルのやつ、起きてたのか?」
「起きてたよ!」
「そっか。運ぶよ」
二人の向こう側からも別の声。タニアちゃんたちが入っていいか聞いてきたのでもちろんと入れてあげると、二人に続いてもう一人、黒髪の男の子も入ってきた。
同じ新入生の、えっと、カイル君だったかな。勝ち気そうな子なんだけど、話してみると優しい子というのがよく分かる。ちなみに私とシャーリーの繋がりを知らない子で、この学園に通うために別の街から引っ越してきたと移動中に聞いた。
「ごめん、シャル。入っても大丈夫か?」
「うん。いいよ。何持ってるの?」
「晩ご飯だよ。シャルの」
「え」
なんとこの三人、食堂に来ない私のために、晩ご飯を取っておいてくれたらしい。食堂の人も了承済みなんだとか。
ああ、本当に、助かる……。お腹減ってたからね。お昼ご飯も忘れて寝ちゃってたし。……いや私どれだけ寝てるの? 大丈夫かこれ。
「机に置くよ」
「あ、うん。ごめん。ありがとう」
机に置かれたお盆には、野菜とお肉を炒めたものとライスにスープ。もう冷めてはいるみたいだけど、それでも良い香り。ああ、きゅるきゅるとお腹の音が……。
「…………。君たちは何も聞いていない。いいね?」
タニアちゃんとマリアちゃんが笑いを堪えながら頷いて、カイル君も呆れながら頷いてくれた。
「それじゃ、俺は行くよ。邪魔したな」
「なんで? せっかくだしお話ししようよ」
「…………。俺、男なんだけど」
「うん。私は女だ」
「話が噛み合ってない!?」
愕然とするカイル君。いやいや待ってほしい。言いたいことは分かるよ。男を不用心に入れるなってことだよね。でもそれを言うなら。
「女子寮に入ってるってことは、何かしら許可が下りて入ってきてるんでしょ?」
「あー……。まあ、許可というか、なんというか……。一応ね」
カイル君曰く、引っ越しの手伝いのお仕事をしていたらしい。男爵家のご令嬢に直接雇われたのだとか。だから、特別に寮の管理人さんに許可を取って荷物を運び込んでいたとのこと。
「その人に監視されながらだったけどな。帰りに、ついでにご飯を食べて行きなさいって言ってくれて、管理人さんとご飯を食べていたら、その二人が話しかけてきて。ついでにご飯を運び込む仕事を仰せつかったってわけさ。もちろん仕事っていっても、さすがにこれに金はもらってないからな?」
「なるほどー。あ、じゃあ、すぐに帰らないといけないんだね」
「そういうこと。今も待ってると思うから」
「そっか」
そういうことなら仕方ないね。カイル君となら気楽に話せると思っていたから、ちょっと残念だ。
カイル君が退室していって扉を閉める。残った二人に促されて、先にご飯を食べることにした。
さすがにアレイラス公爵邸で食べたご飯よりは劣るけど、それでも美味でした。ご飯が美味しいって幸せだね。
「うんうん。それは分かるわ。ここで五年間も暮らすわけだから、ご飯は結構心配だった」
「そうですか? 貴族も通う学園なので、私は心配していませんでしたけど」
「ああ、なるほど! そう考えるとそうよね」
盲点だったわ、と笑うマリアちゃん。この二人は最初から仲が良さそうだけど、幼馴染みか何かなのかな? 聞いてみると、二人そろって首を振った。違うらしい。
「そうなの? 本当に?」
「本当ですよ。今日が初対面です」
「そう言えば、どうして私たち一緒にいるのかしら。……まあ、タニアとは気が合いそうだから、いいわ、なんでも」
「ふふ。そうですね。私もマリアとは何となく気が合いそうです」
そういうもの、なのかな。性格は正反対とは言わなくても、まりっきり違うイメージなんだけど。波長が合う、というやつだろうか。ちょっと羨ましい。
「もちろん、シャルとも良いお友達になれそうです。だからこうして来ているんですよ」
「おなじくね。だから、呼び捨てでいいからね? よろしくね、シャル」
「……っ! うん! よろしく!」
にっこり笑いかけてくれる平民の新しい友達に、タニアとマリアに、私も笑顔で返事をした。
念願の、平民のお友達だよ……! すごく、すごく嬉しい!
そう思うのと同時に、ちょっとだけ、ちょっとだけ、シャーリーの顔が頭の隅っこにちらついた。冷たくしすぎたかな……? 大丈夫、だよね……?
壁|w・)大人しくしてくれるのはいいことなのに、ちょっぴり寂しく思うのと同時に、なんだか逆に嫌な予感が膨らんでいく、そんなシャルでした。
次話は『エリザベード』、ついに初めてのまとm……、けふん、貴族が!
一週間以内に投稿するかもしれないししないかもしれない、ふわっとした予定。
誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。