お引っ越し・前
荷物を小さな鞄に詰め込んで、私は自分の部屋を見回した。忘れ物は、なし。
明日から学園での勉強が始まるので、今日は学園の学生寮にお引っ越しだ。学園は全寮制なので、学園に通う五年間、私はこの部屋とはお別れになる。忘れ物をするとしばらく取りに来れないことになる。普通なら、ね。
私の家でもあるパン屋さんは王都の隅っことはいえ、王都にちゃんとある店だ。ものすごく広い街なので面倒ではあるけど、荷物程度なら取りに来れないこともない。
ただ、通う生徒からはあまり良い顔はされないと思うから、ないようにはしないとね。
鞄を持って、店内へ。まだ朝早いので開店はしていない。だからとても静かなものだ。
お父さんとお母さんは、早朝から焼いているパンを棚に並べているところだった。
「ああ、シャル。準備はできたのかな?」
「うん」
「寂しくなるわね……」
二人とも、朝からあまり元気がない。寂しい、と思ってくれているなら、嬉しいような、申し訳ないような、そんな気持ち。
「シャル。ちゃんと見せておくれ」
お父さんに言われて、私はその場で一回転。
制服は白を基調として赤いアクセントがある服だ。セーラー服みたいにも見える。スカートは膝丈までのフレアスカート。シャーリーはいつも足を隠すような長いスカートだったけど、これ大丈夫なのかな?
「うん。ありがとう、シャル。気をつけて行ってくるんだよ」
「何かあったら、いつでも帰ってきていいからね」
お父さんとお母さんにそれぞれぎゅっと抱きしめてもらってから、私は家を出た。
すぐ目の前に、豪華な馬車がとまっていた。
「ええっと……。殿下?」
「ああ」
馬車から顔を出したのは、アッシュ王子だ。今日は王子が学園まで送迎してくれることになっているのだ。ちなみにこれは私だけじゃなくて、平民出身の家を順番に回ってから向かうことになる。
うん。まあ当然だけど、当然だと思いたくなかったけど、シャーリーは猛反発した。自分が迎えに行くって主張してたよ。けれど、毎年平民を迎えに行くのは必ず王家の誰かなのだ。
それならシャルだけは私が、とシャーリーは言ってたけど、これは私が断った。
今年入学の平民が全員集まる馬車なのに、私だけがいないとかなり妙な立場で浮いてしまうことになる。さすがにそれは嫌だからね。私だって平民の友達が欲しいのだ。
そう言うとシャーリーは渋々ではあるけれど納得してくれた。話せば分かる良い子です。
「ところで殿下。平民の入学は何人ですか?」
「シャルを含めて、ちょうど十人だよ。昨年は八人だったから、増えたことになるね」
「なるほど」
多いか少ないかで言えば……、どうなんだろう? 少ないように感じるけど、多いかもしれない。比較できるものがないから分からないね。
殿下と一緒に馬車に乗る。内装も豪華な馬車だ。椅子はふわふわのソファみたいなもの。なんて贅沢な馬車なんだろう。私たち平民が乗ってもいいのかな。
「うん。よく見て。十人も乗れないよね」
「え? あ、そう言えば……」
言われて気付く。どう見ても、どれだけ詰めても六人が限界だ。さすがに一国の王子が乗っている馬車にすし詰めで乗るわけにもいかないだろうけど、どういうことだろう?
「もう一台、馬車があるよ。そっちは普通の幌馬車だね」
「へえ……。あれ、いや待って。普通はそっちに乗るってことですよね」
「そうだね」
「私は?」
王子は何も答えてくれない。ただ、にっこりと、微笑んだだけだ。
察した。はめやがったなこのクソ野郎!
「汚い! 王子汚い! クソ野郎!」
「ははは。暴言は今のうちに言い尽くしておくといい。学園内では全員平等とは言え、あくまで建前だ。さすがに今みたいな暴言は、まあ良くないことになるからね」
「つまり確信犯ってことじゃないですか! 王家なんて信用するんじゃなかった! これが、貴族の裏切り……! もう誰も信用できない!」
こんなにあからさまな特別扱いされたら、平民の友達なんてできないじゃないか! 期待を返せよばかあ!
「その、なんだ。悪いとは思ってる。けれど、僕も婚約者に嫌われたくないからね……」
「…………。察しました」
「ごめんね」
またかシャーリー! どこまでも、どこまでも私の邪魔をしてくれる……!
「でも、シャーロットは学園で待ってるよ」
「え」
「せめて最後の一人を迎えに行くまでは、後ろにいるかい?」
王子様のそのとても、とっても魅力的な提案に、私はすぐに乗った。当たり前だよね、最初で最後のチャンスだからね! 絶対これを逃したら、友達が誰もいない学園生活になっちゃうよ!
というわけで、私の次、つまり二人目から早速後ろの幌馬車に乗りました。
どんな子がいるのか楽しみだね! わくわく!
忘れていけない私の事情。私がシャーリーとよく一緒にいることは、平民貴族含めて広く広まっている話ということ。
そう、つまりは。私は最初から、平民の新入生からも避けられて当たり前……。
なんてことはならなくて!
「なるほど。てっきり貴族の子と仲良くなった勝ち組さんだと思ってたんだけど、苦労もあったのね」
「うんうん。そうなんだよ。みんな貴族と関わるのは怖いからって、避けられてね。それまで仲良くしてた子は時々様子を見に来てくれるけど、それもちょっとお話ししたらすぐに帰っちゃうし」
「友達が作れないのは辛いですよね。大丈夫です、これからは私たちが友達です!」
「うわあああん! ありがとおお!」
なんと。女の子の友達が二人もできました!
どういう色素なんだと言いたくなるようなピンク色の髪の毛の、物腰がとても丁寧な女の子のタニアちゃん。かわいい。
これまたどういう色素なんだと問い詰めたくなるような薄い青色の髪の毛の、物怖じせずに私に話しかけてくれた好奇心旺盛な女の子、マリアちゃん。かわいい。
すごく、すごくいい子だよ……。すごく嬉しい! 私、この学園で良かった!
でも他の七人は、やっぱり貴族が怖いのか、ちょっと遠巻きになってる。避けられてるわけではないけど、どんな話をしたらいいのか分からないといった様子だね。
私はどんな話でもいいんだけどね! ウェルカムだよ! ぶっちゃけシャーリーが来るまでだから今のうちというのが本当のところだけど!
「まあ、ともかくね。私は確かに公爵家の子と繋がりはあるけど、例え誰かが悪口を言っても告げ口とかしないからね。だから、仲間外れにしないでね……?」
「するわけないでしょ!」
「安心してください!」
マリアちゃんとタニアちゃんにぎゅっと抱きしめられました。本当にいい子たちだなあ。
他の七人も、苦笑しながら頷いてくれてる。いい子たちばかりだね!
「うん。というかね。シャルさん」
そう声をかけてくれたのは、黒髪の男の子のカイル君だ。
「俺たちもこうして貴族と同じ学園に通う以上、絶対に関わることになるんだ。だから俺たちこそ、昔から貴族と接してきたシャルさんに頼らせてもらうよ」
「あー……。それもそうだね。いいよ、何でも聞いてね!」
まさか、シャーリーとの繋がりが役に立つなんて。ありがとうシャーリー! ……でも君が元凶なんだけどね! 複雑だよいろいろと。
そんな話をしていると、学園の敷地に入るに前に馬車が止まった。何だろうと思っていると、王子が顔を出してきた。途端に緊張する面々。そんな気にしなくても、気さくな人なんだけどね。
「シャル。そろそろ戻ってもらえるかい?」
「了解です。それじゃ、また後でね!」
手を振ると、タニアちゃんとマリアちゃんは振り返してくれた。本当にいい子だなあ……。
幌馬車を降りて、王子と一緒の馬車に乗る。うん、乗り心地はいいけど、ちょっと静かすぎる。あっちがすごく楽しかったから余計にね。
「早速友達ができたみたいだね」
「はい。みんないい子です。安心しました」
「はは。そっか。それなら良かった」
どうやら私は王子をすごく心配させてたみたいだ。王子の顔色は本当に安堵の色だった。
一国の王子なのに、本当によく気に掛けてもらえてるなと思う。今日のことといい、今までのことといい……。有り難いことだね。それ以上に怖いね。あとで色々と跳ね返ってきそうだよ。
「それじゃあ、シャル」
「はい」
「…………。その、なんだ」
「え、あの、なんですか……?」
ちょっとまって、なにこの空気。え、この王子、なんでそんなに緊張してるの?
こういう時はお話を思い出そう。
私の知識では、ヒロインさんと王子の出会いは、そう、この学園への馬車だ。王子がヒロインさんに一目惚れして、豪華な馬車に乗せて……。
馬鹿かな私は!? 馬鹿だね! 経緯が別なだけでそのまんまのイベントじゃないか! いやちょっと待って本当に待って! これもしかしてあれか? 俗に言う歴史の修正力とかいうやつか? どこの俗だよ言わないよ、その前に落ち着け私!
ま、まさか愛の言葉とか囁かれたりとか……。いや、ないよね? 王子が悪い人じゃないのは分かってるけど、私とは多分合わないよ。
「シャル」
「ひゃい!」
「実は、シャーロットが、学園の前で待ち構えているらしい。先に行っていた兵士から報告があったよ」
「…………。逃げていいですか?」
「だめです」
しゃあありいいい! 本当にもう! あの子はもう! なんなの? どうしてこう、一直線なの? せめて向かう先を私じゃなくて王子にしよう?
「はははいやいや。違いますよ殿下。きっと殿下を待ってるんですよ」
「ははは。本当にそう思うのかい?」
「ははは。思わないです」
帰りたい……。
壁|w・)入学さんは尊い犠牲になりました。
というわけで、学生寮へのお引っ越しです。
前編とはいえ、まさかのシャーリー出番なし。
次話は後編、明日の夕方に投稿予定です。
誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。