公爵邸・後
廊下を歩いて、やがて一つの扉の前に案内された。セバスさんが扉を開けると、とっても広い部屋だった。大きな長方形のテーブルと椅子がたくさん。ここが食堂らしい。
で、その長方形のテーブルの向こう側。見覚えのある人たち。
シャーリーと同じ金髪のおじさんとおばさん。それにお兄さん。平民ではとても着れないような豪華な服。おじさんとだけは、私とも直接面識があった。
うん。とりあえず。緊張でお腹が痛くなってきた。不意打ちにもほどがあるんじゃないかな。いじめですか?
「シャーリー、聞いてない」
「奇遇ですね。私も今知りました。ごめんなさいシャル。あの三人には、私が、後ほど、しっかりと、じっくりと、たっぷりと、お話をさせていただきますから」
あ、これ、シャーリー怒ってる。結構本気で怒ってる。額に青筋が浮いていても驚かないぐらいに怒ってる。私知ってる。これだめなやつだ。
シャーリーの怒りの矛先にいる三人は、それに気付いたのか顔を青ざめさせていた。何やってるんだか。
「シャル、別室に行きましょうか」
「さすがに、それはだめっていうのは、私でも分かるよ」
一歩前に出る。中央に座るおじさんへと頭を下げる。
「お久しぶりです、アレイラス公爵」
少しだけ待つと、すぐに公爵様は優しげな声で言ってくれる。
「久しぶりだね、シャル。最初みたいに、おじさんって呼んでくれていいんだよ?」
「忘れてください……」
実はこの公爵様、私のパン屋さんの常連さんだ。何がきっかけなのか知らないけど、ずっと通ってくれている。さすがに本人がいつも来ることはできないので、メイドさんや執事さんが買いに来ることが多いんだけどね。
私が公爵様と初めて会ったのは三歳の時。パンを買いに来た、初めて見る公爵様に私が恐れ多くも言ったのだ。はじめまして、おじちゃん! と。
言い訳していいかな。いいよね。違うんだよ? 私も知ってたらそんなこと言わなかったよ? でもあの頃はまだ前世もはっきり思い出してなくて、見た目相応の子供だったの。だから、まあ、うん。やっちゃったんだぜ!
なお、公爵様は笑って許してくれた。まあその代わり、今でもこうしてからかわれるんだけど。それぐらい安いものなので甘んじて受ける。
「シャル。私の妻と息子には初めて会うだろう? 紹介しておくよ。妻のロクシーヌだ」
「初めまして、シャルちゃん。ロクシィと呼んでね?」
公爵様の隣に座る女の人、ロクシィさんが笑顔で言ってくれる。この人は公爵夫人。なんだかおっとりとした雰囲気だ。髪の色は金髪なんだけど、よく見るとシャーリーたちより少し明るい金髪かもしれない。
「こっちが息子のクラフトだ。シャーリーの兄だね」
「よろしく、シャルちゃん」
クラフトさんも優しそうな人だ。シャーリーからたまに聞く話では、すごく優秀な人らしい。興味ないのか、だったと思う、程度の言い方だったけど。これは本人には言わない方がいいよね。
「今日はシャルが昼食に同席すると聞いてね。歓迎しようと思っていたんだけど……」
公爵様の視線がシャーリーへ。私もそっちを見ると、シャーリーの目が細められていた。不機嫌です、と顔に書いてる。こわい。
「うん。余計なことをしてしまったみたいだ! はっはっは!」
よく笑えるなこの人! 正直私はすごく居心地が悪いんだけど! ほらシャーリーの不機嫌度が上がっていってる!
「あ、あの。シャーリー。お腹減ったなって……」
「あ……。ごめんなさい、シャル。食事にしましょう」
おお、あっという間に機嫌が直った。さすが私。良かった良かった。いまいち納得できないけど。
セバスさんが引いてくれた椅子によいしょと腰掛ける。ちなみにシャーリーは自分で椅子を引いていた。いや、逆では? シャーリーが何も気にしてないみたいだからいいけども。
私たちが席に着くと、すぐに料理が運ばれてきた。
「シャル。今回はマナーは気にせず、好きに食べてくださいね」
へ? いいのかな。公爵様のお屋敷の中なのに……。
「そもそも、分からないでしょう?」
うぐぅ……。
お言葉に甘えることにする。どうやらもともとマナーを知らない私のために、最初から全部の料理を並べて好きなように食べられるようにしてくれるみたいだし。ありがたいです。
ではでは、いただきまーす!
美味しかった。とても、とっても、美味しかった。お肉もお野菜もほどよく柔らかくて、味付けも濃すぎず薄すぎず、ほどよいお味。幸せなのです。
「ははは。シャルは本当に美味しそうに食べてくれるね。料理人にも伝えておくよ」
「ふぁい……」
幸せなのです……。
「さて、ところでシャーロット。一つ、報告があるんだ。早く知らせてあげようと思ってね」
「はい?」
おや、なんだろう。シャーリーが不思議そうに首を傾げている。ちなみにシャーリーの機嫌も美味しいご飯でリセットされました。一安心。
「シャル。すまないけど、先に離れてもらってもいいかな?」
「あ、はい。えっと、どこに行けば?」
「シャーリーの部屋でいいんだね?」
「はい」
公爵様に促されて席を立つ。すぐに行きますから、というシャーリーと別れて、セバスさんに連れられて食堂を後にした。
美味しいご飯の幸せ気分のまま、てくてく歩く。シャーリーの部屋は二階にあるんだって。貴族令嬢のお部屋、ちょっと楽しみ。
そんなことをセバスさんに言うと、何故か苦笑いをされてしまった。
「あの……?」
「いえ。失礼致しました」
セバスさんはそれ以上語ってくれなかった。ただ、なんだろう、何か困っているような様子だけど……。違うかな。困ってるというよりは、言葉に悩んでいるような。
首を傾げている間に、シャーリーの部屋に到着。セバスさんが中に主がいないと分かりつつもノックしていた。必要なのかなそれ。
セバスさんが扉を開けて、私を促してくれる。ではでは、お邪魔します。
「わあ……」
やっぱりシャーリーも貴族のご令嬢なんだな、と改めて実感しました。
天蓋付きの豪華なベッドに、ふかふかしてそうなソファ。豪華な装飾が施されたテーブルや棚など、どれもが一目で分かる高級品。さすが公爵家。これ一つだけでも持って帰ったら、私の家族だけならしばらく遊んで暮らせるのでは。やるか? やっちゃうか? いややらないけど。
「すごい。やっぱりシャーリーも貴族なんですね」
「ええ、そうですね……」
ん? なんだか、セバスさんの声に元気がない。振り返ると、何とも言えない苦々しい表情をしていた。はて、と首を傾げる。私、何か変なこと言っちゃったかな?
とりあえず、部屋に入ってみる。ソファに座ってもいいかな、いいよね? ……おお、すごくふかふかだ。これは高い。
ふと、化粧台が目に入った。これ一つとっても細やかな装飾が施されてる。貴族にとっては重要かもしれないけど、私からすると無駄の極みだね。
ぼんやりとその化粧台を見ていたんだけど、ふと、少し違和感を覚えた。
「シャル様。何かお飲み物をお持ち致しましょうか?」
「え? あ、はい。お願いします」
「畏まりました。ではジュースをお持ち致しますね」
セバスさんが丁寧に頭を下げて部屋を出て行く。いや、待って。私一人にしていいの? しちゃっていいの? だめじゃない?
いや、うん。分かるよ? 信用してくれてるってのは分かるんだけど、私だって一平民だからね。魔が差しちゃう時もあるんだよ? いいの? やるよ? やっちゃうよ? やらんけど。
でもせっかくなので、もう少しちゃんと見てみよう。化粧台を見に行く。さっきの違和感は何かな……。んー……。ちょろっと棚を開けてみたり……。
ああ、うん。理解した。これ、私、一度も見たことないんだ。装飾品とかもあるんだけど、シャーリーがつけていることを見たことがない。どれもこれも、何一つとして。
理由は、まあ、分かる。どれもが街だと悪目立ちするに違いない。だから、シャーリーはこれらを使っていないんだ。
そのシャーリーは毎日と言っていいほど、少なくとも二日に一回は私を遊びに誘いに来る。つまりこれらは、本当にほとんど、使われていない、はず。
セバスさんも絶対に知ってるよね。だからあんな表情だったのかも。貴族らしい部屋ではあるけど、実際にはあまり使われていないから。
なるほどなるほど。
「どれか気に入るものがありました?」
「んー。どれも高そうだよね。でもこのお花の髪飾り、シンプルでかわいい」
「そうですか。ではそれ、持って帰ってもいいですよ。プレゼントです」
「わあ、ありが……。シャーリー!?」
「はい。シャーリーです」
振り返ると、いつの間にかにこにこ笑顔のシャーリーがいた。あわわわ、セバスさんよりもやばい人に見つかっちゃった。
「あ、えと、その、ご、ごめんね、勝手に見ちゃって……」
「いえ、別に構いません。なんならそこの装飾品、半分ほど持って帰ります? 街で使うには目立ってしまいますけど、売ればそれなりのお金になります」
「何言ってんのかな!?」
もらえるわけがないでしょうが! そんなこと言うもんじゃないよ! ああもうこの子は、ほんとにもう! いや許可無く見てた私が悪いのは分かってるけど!
「ふふ。冗談です。でも、本当に必要になったら、遠慮はしないでくださいね。お金だって、必要なら相談しますし……」
む。それはちょっと聞き捨てならない。
「シャーリー」
私の声に険が混じったのに気が付いたのか、シャーリーが言葉に詰まった。
「私が勝手に見たのが悪いのは分かってるけどね」
「いえ、それは……」
「聞いて。だからって、私はお金が欲しいとか、そんなこと考えてないし言ってない。私は今で十分幸せなの。シャーリーのそれは、お金をやるから友達になれって言ってるようにしか聞こえない」
「あ……」
「シャーリー。実は私のこと、所詮は平民とか考えてない?」
「そ、そんなことありません!」
シャーリーが涙目で否定してくる。うん。大丈夫。分かってる。シャーリーは本当に私のことを心配してくれてるって、分かってる。
今にも泣いちゃいそうなので、とりあえずぎゅっと抱きしめる。よしよしと頭を撫でてあげると、ごめんなさい、と小さな声が聞こえてきた。
「うん。分かってるから。でも、お金とかもらっちゃうと、私はシャーリーと対等でいることができなくなるの。お互いにどう思っていても、お金のことが頭を過ぎるようになっちゃうから。だから、そう、気持ちだけ、もらっておくね」
「はい……」
うん。とりあえず落ち着いたみたいだ。よかったよかった。
いや待て私。何をやってるんだ私。よく考えろ私。縁を切るチャンスだったのでは? これを利用して喧嘩をすれば良かったのでは? 何やっちゃってんの私!?
いやだって! 言い訳をさせてほしい! 目の前で泣きそうな女の子がいるんだよ? いずれ道を踏み外しそうなことをしている子がいるんだよ? 注意するし慰めるでしょ! そうだから私は悪くない! 悪くないのだ!
だからやめろ! そこのセバスさん! 生暖かい目を向けてくるなあ!
「あの、でもね、シャル」
「うん?」
「これは、受け取ってほしいんです」
そう言ってシャーリーが差し出してきたのは、シンプルな花の髪飾り。さっき私がこれならと思ったやつだ。
「これは、お礼ですから」
「え? 何の?」
「シャルは覚えてないかもしれませんけど……。シャルが初めて焼いたパン、私にくれたじゃないですか」
ふむ。なにそれ。あったっけそんなこと。ふむう……。思い出せない。あとでお父さんに確認してみよう。
「無理して思い出さなくても大丈夫です。ただ、私は、それがとっても嬉しかったんです」
「んー……。ごめんね。覚えてないよ……。でも、初めてのパンだったら、焦がしちゃったりとかしてたんじゃ……」
「はい。ちょっぴり苦かったです」
ですよねー。
「でも、嬉しかった。私のために焼いてみたって、笑顔が眩しくて……。だから、これは、そのお礼です」
ふむう。そういうことなら、もらってもいいのかな……?
髪飾りを受け取る。うん。シンプルだし、これなら街でつけていても目立たないと思う。早速つけてみると、シャーリーはふんわり笑顔で褒めてくれた。
「かわいいです、シャル」
「えへへ。ありがとう、シャーリー」
「実は同じもの、もう一つあるんですけどね」
「なんと」
ごそごそと棚から同じ髪飾りを取り出すシャーリー。シャーリーもその髪飾りをつけて、にっこり笑顔を浮かべてくれる。
「お揃いです」
うん。かわいい。癒やされる。二人でにこにこ。
…………。あれ? いや、これ、俗に言うお友達イベントみたいなものでは。いやいやちょっと待ってこれはさすがにもう言い逃れできないやつでは……?
逃げ、れるのかな、これ……?
壁|w・)食事シーンは全カットだ!!!
どうせ友達になるなら対等な関係でいたいシャルさん。
でも友達になったら友達が詰むかも。そんなジレンマ。
あとどうでもいいですが。
公爵夫人と長男は今後の出番の予定がないので覚えなくておっけーです!
なお、勉強も書いていて微妙だったので、全カットです。
なので公爵邸でのお話はここで終了です。
次話は『シャーロット・出会い』、つまりは過去編。予定は未定。
一週間以内の更新を目指します……!
誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。