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公爵邸・前

 いざ! 私は自由の大空へ!

 現在、私は自宅でもあるパン屋さんを出て、のんびり街を歩いている。お父さんにはシャーリーのお家へのお土産を買いに行く、と言って出てきている。今回の計画は、このまま夕方まで帰らないことだ。


 きっと、シャーリーは怒る。でもそれでいい。怒って、そして私を嫌いになるといい。それできっとこの不思議な関係も終わるはずだ。

 …………。あれ? なんか、ちょっと、お腹がきゅっとした。もやもやした。なんで?


 不思議だと首を傾げつつ、のんびり歩く。今日は目的地がないから気が楽だ。

 この王都は王様のお膝元なだけあって、すごく治安がいい。大勢の騎士様が巡回していて、悪い人は居心地が悪いんだって。だからかは分からないけど、いつも街中は活気で溢れている。

 私ぐらいの子供の姿も多くて、いくつかのグループで集まってよく遊んでいるみたい。

 私? どこにも入ってないよ。どこも入れてくれないよ。だって漏れなく公爵家の人が紛れ込んでくるからね。公爵家を避けるイコール私を避けるだ。


 まあ、でも、シャーリーは毎日来てくれるから、あんまり退屈はしてないんだけどね。シャーリーと親しくなるまで遊んでいた子は、時々様子を見に来てくれるし。

 さてさて。今日はせっかくなので、街の門まで行ってみましょう。

 てくてく大通りを歩いて行く。多くの馬車が行き交うおっきな道。時折声をかけられながら、真っ直ぐ門へ。


 ここの人はみんな優しい。いつも、私に声をかけてくれる。そしていつも心配してくれる。一人かい、って。

 いや、分かってる。分かってるよ。シャーリーがどこかにいないか警戒してるってことぐらいは。少しぐらい希望を見ても罰は当たらないでしょ。




 たどり着きましたおっきな門! 兵士さんがたくさんいる場所! この門を出て道なりに行くと、二番目に大きな街にたどり着くらしい。私は地図を見たことがないから、シャーリーに聞いただけの話だけどね。

 でも、問題はそこじゃない。そこじゃないんだ。


「待ってました、シャル」


 にっこり笑顔。ふわふわ金髪。我らが悪役令嬢様が目の前に! なんで!?


「シャルがお出かけしたという報告を受けたので、こうして先回りしておきました。シャルが外で遊ぶ時は、まずこの門を見に来ると知ってますから」

「う……。た、確かにそうだけど……。でも、どうして私が遊びに出かけたって知ってるの? 報告って誰から聞いたの?」

「もちろん、シャルにつけている護衛からです」


 なにそれ。いや待って。ちょっと。え、護衛? 私に? なんで?


「シャルは知らないとは思いますけど、公爵家というのはすごく大きな家なんです。その一員の私に直接手は出さなくても、私のお友達には何かするかもしれないでしょう?」

「へ、へえ……」


 納得はできるけど理解はできないしたくない。いや、でも、言われてみれば当然だ。私なら簡単にさらえそうだし、そのまま脅しにも使えそう。

 だから、私への護衛。なるほどなるほど。

 つまりいつも監視されてるってことじゃないかな!?


「で、でも、シャーリー、すごく早いね。お昼からじゃなかったっけ?」

「はい。ですけど、すごく楽しみで。ついつい。よければお昼、どうですか? 当家の料理人は優秀です。美味しいですよ」

「う……」


 実は私は、シャーリーのお家にはまだ入ったことがなかったりする。少し遠くから、あれが私たちの屋敷です、と教えてもらったことがある程度だ。理由は特になくて、単純にシャーリーがいつもこっちまで来てくれるから。

 あと、多分気を遣ってもらってるっていうのもあると思う。さすがにいきなり公爵家のお屋敷に呼ぶと萎縮させてしまうと思ってくれてるんじゃないかな。今回は、そろそろ慣れた頃だろうと判断されたのかもしれない。推測だけどね。


 まあ何が言いたいかと言うと。

 公爵家のご飯にはとっても興味があるってことです。

 だって公爵家だよ? この国でも有数の権力者のご飯だよ? 絶対美味しい。間違い無く美味しい。すごく、すごく食べたい。

 いや、でも、公爵家だ。できるだけ避けた方がいい。滞在時間も極力短い方が……。


「やめておきますか?」

「ん……。行く」


 好奇心には勝てなかったよ……。


「はい! では早速行きましょう。シャルのご両親にはこちらから伝えておきますね」

「うん。お願い」

「はい!」


 すごく嬉しそう。シャーリーの笑顔を見ていたら、これで良かったんだと思えてきた。うん。これでいいや。




 アレイラス公爵家のお屋敷は、それはそれは、もう本当に大きかった。

 門から馬車で揺られることしばらく。お城のすぐ側にそのお屋敷はあって、庭もとても広かった。

 左右対称のお庭の花壇は綺麗な花を咲かせている。すごく綺麗。


「あの、シャーリー」

「はい。どうしました?」

「お庭、歩きたいなって……。だめかな?」


 こんなに広くて綺麗なお庭、馬車に乗って素通りするなんてもったいない。そう思って聞いてみると、シャーリーは目を何度か瞬かせた後、にっこり笑って頷いてくれた。

 というわけで、お庭を歩きます。

 それにしても、広い。んー……。学校の運動場、ぐらい? いやもっとかな。いい例えが見つからない。そんなに広いのに、しっかりと隅々まで手入れされていて、まさか王都でこんな光景が見れるとは思わなくてちょっと感動した。


「楽しそうですね、シャル」

「うん! すごいお庭! 感動した!」

「ふふ。そうですか」


 なんだかシャーリーも嬉しそうだ。私も嬉しい。いやあ、良い経験ができたよ。これだけで来た価値はあったと思えるからね。


「私にとっては見慣れたものですけど……。シャルにとっては、違うのですね」

「うん。私たちにとっては、縁の無い光景だね」


 平民でも、大きな商家の家なら広い庭もあるかもしれない。けれど、間違い無くここよりは狭いし、ここまで手入れが行き届いているかも怪しいところだ。さすがは貴族のお屋敷だな、と思ってしまう。


「そんな喜んでもらえると、私も嬉しいです。あとで当家の庭師に伝えておきますね」

「うん。平民に褒められても嬉しくないかもだけどね」


 シャーリーと一緒にお庭を歩きながら、お屋敷へ。

 お屋敷の前まで来て、私は言葉を失った。なんだこれ。


「でかい」


 でかい。それしか言葉が出てこない。

 前世を含めて、ここまで大きな家は見たことがない。管理も大変そうだ。


「どうかしましたか?」

「んーん。おっきいなって思っただけ」

「そうですか? ……いえ、そうですね。シャルの家よりずっと大きいと思います」

「うん」


 なんだかシャーリーの瞳が不安そうに揺れている。どうしてだろう?

 もしかして、貴族ばっかり贅沢して、なんて言われると思っているのかな。他の人はともかく、私がそれを言うことなんてあり得ないのに。

 貴族は確かに色々と贅沢をしてる。でも、相応の責務も負っていることも、理解している、つもり。いや、実際にこの世界もそうなのかはちょっと分からないから濁しちゃったけど。


 まあ、今はそれよりも。わくわくなのだ。

 だって、貴族の屋敷だよ? こんなの、前世でだって入ったことがない。メイドさんとか執事さんとかもいるのかな? どんな部屋があるんだろう? すっごく楽しみだ!


「まだ入らないの?」


 促してみると、シャーリーは小さく安堵の吐息を漏らして、ふんわりといつもの笑顔を見せてくれた。


「入りましょう。ご飯も食べなきゃですし」


 ご飯。それを聞いた瞬間、私のお腹がくるると鳴った。

 どうして今頃鳴るのかな。どうして今鳴るのかな。よりにもよって人の目がある時に! 恥ずかしいんだけど!

 私が耳まで真っ赤になって俯いていると、シャーリーはくすくすと小さく笑いながら、手を差し出してくれた。


「行きましょう」

「うん」


 聞かなかったことにしてくれるらしい。ちょっとだけ感謝だ。

 シャーリーが大きな扉を開けるのと同時に、


「お帰りなさいませ、お嬢様!」


 たくさんの人が並んでいた。一斉に頭を下げて挨拶をしてきた。すごい! 本当にやるんだこれ!

 感動した。わくわくがわくわくしてきた! こう、わくわくって! 自分でも意味わからん!

 すごいね、と言おうとしてシャーリーの顔を見ると、何故かおもいっきり頬を引きつらせていた。どうしたのかな?


「シャーリー?」


 名前を呼んでみる。シャーリーははっと我に返ると、私でも分かる愛想笑いを浮かべた。なるほど、どうやらこのたくさんの人は、シャーリーにとっても想定外だったみたいだ。

 こほん、とシャーリーが咳払い。ざっと大勢の人が姿勢を正した。なんだこれ。格好良い。


「昼食の準備は?」

「整えております」


 大勢の人の中から、初老の男の人が前に出てくる。その人は私へとにっこりと笑いかけた。とっても優しい笑顔。


「初めまして、シャル様。私、執事長のセバスチャンと申します。セバスとお呼び下さい」

「セバスさん!」

「はい」


 すごい! そのまんまだ! セバスなんて名前本当にあるんだね。さすがに失礼な考えだから口には出さないけど。がまんがまん。


「シャルです。パン屋さんの娘です。いつもありがとうございます」

「いえいえ」


 私が頭を下げると、セバスさんも頭を下げてくる。すごく、こちらを立てようとしようとしてくれているのが、よく分かる。なんだか偉くなった気分だ。むふん。

 いや、分かってるよ? 私はただのパン屋の娘。平民です。これはそう、虎の威ならぬ、シャーリーの威を借る狐! かっこわるい!


「どうぞ、食堂までご案内させていただきます」


 セバスさんが先に歩いて、シャーリーと私が続く。ちなみにシャーリーは頭痛を堪えるようにこめかみを押さえていた。使用人さん、でいいよね? 彼らはどうやら暴走気味らしい。

 私は楽しいからいいけどね。なんだか、貴族、て気がする。わくわくする。


「セバス、悪ふざけが過ぎますよ」

「ですがお嬢様、見て下さい、シャル様のあのお顔。すごく、瞳が輝いています」

「それは、ええ、そうだけど……。かわいい。お持ち帰りしたい」

「お嬢様。心の声がだだ漏れでございます」

「あら失礼」


 いや何の話をしてるんだこいつら。丸聞ごえだからね? 空気の読める私は聞こえないふりをしておくけど。


壁|w・)実は常に見守られているのでこっそり逃げるのは成否以前の問題。

後編は明日の夕方投稿予定です。


誤字報告が来る前に書いておきますが。

『理解できないしたくない』は脱字ではなく意図的なのです。


誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。

ではでは。

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― 新着の感想 ―
[一言] いや〜続きが気になって夕方まで待てない!
[一言] →逃げる 回り込まれてしまった。 主人公は令嬢から逃げられなかった! 更新お疲れ様です。
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