年越し
この世界にも大晦日と元旦の概念がある。名称も風習も違うけど、年の暮れに集まって年明けを祝う、みたいな流れは同じだ。
貴族社会だと年越しのパーティをするらしい。パーティといっても格式張ったものじゃなくて、なんだかゆるい感じのもの。学園の生徒がいる家が主催する場合は、平民の学生も招待することがあるのだとか。だから私がいてもおかしくはないんだって。
そういうことなら私も気が楽だ、なんて思ってたんだけどね。
「君と会うのは魔力測定の日以来だな」
どうして案内された先のパーティ会場に王様がいるのかな!? 聞いてないんだけど!
「ええっと、あの……。ご、ご機嫌麗しく……」
「ああ。畏まらなくても構わない。シャーロットから聞いているのだろう? 年越しの宴は気楽な場だ。俺も権力を振りかざすつもりはない」
「そ、そうですか」
いや無理があるでしょ。王様だよ? 一国の頂点だよ? ここにいる、それだけで権力を振りかざしているようなものだと思うんだけど、違うの?
「さて、シャル」
「へ!? あ、えと、名前、知ってるんですね」
「無論。週に一回の地揺れの原因と報告も受けているからな」
言うまでもなく、私の魔法の練習のことである。
うああああ! ですよねそうですよね! あれだけ大爆発起こしてたら王宮も揺れますよね! なんかもういろいろごめんなさい、としか言えない……!
「心配せずとも、咎めたりはせぬよ。将来有望な魔導師の訓練だ。文句を言うわけがなかろう?」
「ありがとうございます……!」
王様すごくいい人! 私なら文句言っちゃいそう! 自分自身に文句言いたくなるぐらいだからね!
「君は座学も優秀だと聞いている。期待しているよ」
「あ、はい。えっと……。ありがとうございます?」
ぺこりと頭を下げると、王様は笑いながら頷いてくれた。
「陛下。そろそろ……」
いつの間にか、シャーリーのお父さんが側に来ていた。王様に声をかけて、王様が頷いて。うむ、と王様は頷いて、踵を返して歩き去っていった。ちょっと怖かった……。
「ようこそ、シャル。シャーロットから来てくれると聞いていたから、楽しみにしていたんだ」
「へ!? あ、えと、お招きいただいて、ありがとうございます!」
「ははは。陛下から聞いたとは思うけど、この宴の間は気楽に過ごして良いよ。私のことをおじさんと呼んでくれてもいい」
「ひっぱりますね……」
「ははは!」
幼い時のことをいつまで言うのやら。シャーリー曰く、呼んでほしいのだと思う、とのことだけど。私なんかに呼ばれても、気分が良いとは言えないと思うんだけどね。
「よろしくね、おじさん」
試しに、そう言ってみる。するとアレイラス公爵は一瞬だけ目を見開いて、満面の笑顔になった。
「ああ、楽しんでいっておくれ、シャル」
なんか、機嫌良さそうに帰っていった。それでいいのか公爵家。
さてさて。大晦日に当たる今日、私はお昼過ぎにシャーリーに迎えに来られて、ここにいる。今日はパンはなし。さすがに年越しのパーティに出せるものじゃないからね。
シャーリーはすごく残念そうだったけど、さすがにこればっかりは納得してほしい。代わりにクロワッサンを一つだけ焼いてシャーリーの口に放り込んでおいた。
その後はここに、パーティ会場に連れてこられたんだけど、まさか王様がいるとは思わなかったなあ……。せめてシャーリーがいてほしかった。用意があるから待っていてほしい、と残されちゃったのだ。
思わずため息をういていると、シャーリーが戻ってきたのが分かった。
「お待たせしました。シャル」
「はーい。ねえ、シャーリー。陛下がいたよ」
「え? ああ……。もういらっしゃっていたんですね。陛下は毎年こちらにご出席なされていますよ」
いや言えよ先に言ってよそういう大事なことは! 何の警戒もしてないままに王様に会うなんて、すっごく緊張したのに!
ちょっとだけ恨みがましい視線で見つめてみたら、さすがにシャーリーも悪いと思ったのか、
「ごめんなさい、シャル。私ももう来ているとは思っていなかったのです。着替えの時に伝えようと思っていました」
「ん……。まあ、仕方ないよね。着替えっていうのは?」
「もちろん、おめかししましょう?」
「え、やだ」
反射的に拒否しちゃったせいかシャーリーがとても変な顔をしてる。でもおめかしって、あれでしょ? ドレスとか、そういうやつでしょ? すごく面倒なんだけど。
「シャル」
「やだ」
「シャル」
「やだ」
「だめ、ですか?」
「う……」
その顔は卑怯だと思うな私! 寂しそうな、悲しそうな、そんな目で見られると断れなくなるじゃないか!
でも、だがしかし! 私は断れる女!
「仕方ないなあ……」
「はい! ありがとうございます!」
あれー?
というわけで。ドレスです。以前のパーティの時と同じもの。お化粧もちょっとしてみました。
「すごくかわいいです、シャル!」
「ありがとー。でもくっつくなー」
同じように着替えたシャーリーが私にまとわりついてきて、ちょっとうっとうしい。ええい、やめろ、頬ずりするなー!
無駄に興奮するシャーリーを落ち着かせて、少し休憩。椅子に座って、のんびりする。年越しのパーティは、本当に夜遅くまでやるそうだ。物好きだよね。私は早く寝たいです。
「私は途中で抜けていいの?」
「もちろんです。というよりも、さすがに学生以下の子供はそこまで起きていませんよ。夜遅くまで残るのは大人たちです。馬鹿みたいですよね」
「うん。それ思っても言っちゃだめなやつ」
特にシャーリーは一番言っちゃだめな立場だと思うよ。
そんな感じでまったり話していたらほどよい時間になりました。ので、会場に向かいます。
前回のパーティと同じ会場のそこは、前回以上にとても賑やかになっていた。腹の探り合いもあるかもしれないけど、ほとんどの人は笑顔で話をしている。私も楽しくなりそうな、そんな空気感だ。
「シャル。何か食べたいものありますか? たくさんありますよ」
「んー……。シャーリーのおすすめで」
「わかりました」
にこにこ楽しそうなシャーリーに手を引かれて、会場を回る。なんというか、ちょっとしたお祭りみたいな雰囲気だね。いろんなテーブルの料理を、好きに選んで食べて回ってるみたい。貴族のパーティと聞いて連想できるものじゃないと思う。
シャーリー曰く、それぞれの地方の特産品がテーブルごとに並べられているらしい。参加者さんにはその地方の貴族の人もいて、自分の領地の特産品を自慢とかしているんだとか。お祭りか。
「貴族らしくないというかなんというか。不思議な光景だね」
「年に一回の無礼講ですから。昔はちゃんとしたパーティだったらしいですけど、いつの間にかこうなっていたそうです。不思議ですね」
ふむう。きっとアレイラス公爵が優しい人だからだね。そういうことにしておこう。
シャーリーと回りながら、いろんな料理を少しずつもぐもぐ食べます。変な料理もあるけど、美味しいものがたくさん。幸せなのだー。
たくさん食べてお腹もふくれてきたので、会場を後にします。私にとってのメインイベントはここからだからね。とりあえずはまっすぐシャーリーの部屋へ。
うん、なんか、こう……。この世界に生まれて誰かの家にお泊まりなんて初めてだから、ちょっと緊張しちゃう。
「ねえ、シャーリー」
「はい。何でしょう」
「うん。えっと……。お部屋は? こう、客間とか、ないの?」
「他の方が利用中です。ごめんなさい、シャル。お父様に伝え忘れていました」
確信犯だ。すっごくにこにこだ。絶対わざとだ。
いや、いいけどさ。私は平民だし。客間を利用中ってことは、間違い無く貴族だろうし。夜遅いけど、帰るしかないかな。歩いて帰るのはちょっと怖いけど、まあ、うん。大丈夫でしょ。
「シャル? どこにいくんですか?」
「帰るんだよ?」
「今日はお泊まりです」
「いや、どこに?」
「ここにですよ?」
「は?」
いや、なにをさも当然のように言っちゃってるの? なんでシャーリーが、今更何言ってんだこいつ、みたいな不思議そうな顔してるの? 聞いてないんだけど。聞いてないんですけど!
「べ、ベッドは一つしかでしょ?」
「一緒に寝ましょう!」
「やだ!」
何を好きこのんで狭いベッドに二人並んで寝ないといけないのか……、あ、シャーリーのベッドすごくでかいのか。公爵令嬢だし。天蓋付きのベッドとかなのかな。なにそれこわい。
「いや、やっぱり同じベッドなんて悪いし……。帰るよ!」
「使用人にはシャルを見かけたら連れ戻すように通達済みです」
「ねえ。やっぱりわざとだよね。客間が利用されるって分かってたよね。用意周到すぎると思うんだけど」
「いえいえそんなまさか、おほほほほ」
「シャーリーがおほほなんて笑うの初めて聞いたよ……」
とりあえず気持ち悪い。
まあ、うん。断れないっていうのは分かった。なら、まあ、仕方ないか。諦めましょう。
「でも同じベッドはやっぱり問題だと思うから、ソファとかあるよね? もしくは毛布一枚でもあれば私は床に寝るから。それでいいよ」
「分かりました。私が床で寝るのでシャルはベッドを使ってください」
「何言ってんだこいつ」
平民にベッドを譲る貴族がいてたまるか! 目の前にいるけど!
呆れつつシャーリーを見ると、まっすぐにこっちを見ていた。意志は硬そうだ。なんでこう、そんなところで意固地になるかな……。
「むう……。一緒に寝ればいいの?」
「はい!」
嬉しそうに笑っちゃって……。私の気苦労も知らないで。
でも、うん。嫌じゃない、どころか嬉しいと思っちゃうから、私もだめなんだと思う。
というわけで。
「ぎゅー」
「むう……」
同じベッドにもぐりこんだわけですが、シャーリーがくっついてきて困る。とても寝にくい。
「なんでくっつくの……」
「これが最初で最後の機会でしょうから。せっかくなので、たっぷりシャル分を補充します」
「シャル分とは」
すっごく体に悪そう。パンしか食べられない病気になるよ。なんて。
シャーリーが嬉しそうだからいいけど、なんこう、友達みたいでなんかやだ。お泊まりしてるけど友達じゃないです。違うってば。
それにしても、最初で最後、か……。そっか、そうなるのか。
シャーリーはまだ婚約は保留中だと言ってるけど、でも間違い無く王子と結婚して、いずれは王妃様になるんだと思う。当たり前だけど、そうなるとこうして一緒に寝るどころか、気軽に会うことすらできなくなる。会えたとしても、私も今まで通りに接するのは、多分無理。
シャーリーは、それをよく分かってる。分かってないのは、分かってても目を逸らし続けているのは、私の方。
「ねえ、シャーリー」
「はい。なんですか?」
呼んでみると、すぐに返事がきた。もう寝てるかなと思ったんだけど。
「今日はありがとう。とっても、楽しかった」
「ふふ。そうですか。そう言ってもらえると、私も嬉しいです」
「うん……。あと、その……」
「はい?」
不思議そうなシャーリーの声。私は、少しだけ躊躇って、
「これからも、よろしく」
それだけ、絞り出して。
「はい」
嬉しそうにはにかんだシャーリーは、とってもかわいかった。
本当に、物好きな親友だ。平民の私の何を気に入ったのやら。
うん。うん……。認めるよ。
シャーリーは、大事な、大切な、友達。親友だよ。
翌朝。シャーリーと一緒に起床して、二人でねむねむ言いながら着替える。欠伸をかみ殺しながら食堂の扉を開いて。
「ふむ。おはよう、二人とも」
「…………」
珍しく、シャーリーの頬が引きつっていた。私もお腹というか胃というか、きゅっとした。
なんで王様がここにいるんですかね……。
壁|w・)年越しとお泊まりのお話、でした。
ようやく友達と認めました、ので、もうすぐ完結です。
次話は『王様』、皇帝みたいなイメージだ書いてるけどとても優しい王様です。
一週間以内に更新したいとは思います。思っているだけです。
誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。




