魔力測定
この国の子供たちは、十歳の時に魔力測定というものを受けることができるようになっている。難しいことはなくて、水晶玉に手をのせると光がぴかっと光るもの。もちろん光が強い方が魔力をたくさん持ってるというわけだ。
光の色で、その子の適正の属性というのも分かる。赤が火、黄色が土、青が水、みたいなやつ。属性の種類は何種類だっけ……。まあそのうち授業で教わるんじゃないかな。
この測定だけど、貴族は強制、というよりも、強いほどステータスになるから、必ず受ける。逆に平民は希望者のみ。お金がいらないからよほどの例外がない限り受けるものだけどね。強い魔力があったら王家に召し抱えられる、つまりは将来安泰なわけだし。
当初の私の計画としては、もちろんこの測定を受けないことだった。計画というか、むしろこれだけで完結するはずだった。だって、物語の全てはこの測定から始まるのだから。測定さえなければ、私の魔力なんて誰も分からないはずだったからね。
それなのに。ああそれなのに。私は今、測定する会場へと向かっています。
しかもとっても豪華な馬車に乗っています。なんなら隣にはシャーリーちゃん。逃がすまいと手を握られています。いや、そんな意図はないって知ってるんだけど。
ちなみにシャーリーちゃんはシャーロット・フォン・アレイラス様だ。何故かシャーリーちゃんと呼ぶようになってた。
普通なら不敬だとか言われそうなものなのに、本人だけでなく公爵様からも認められていて、もうわけわからんですよ。それでいいのか公爵家。
で、今日だけど。測定に行きましょう、と押しかけてきたシャーリーちゃんにやだって答えたら、すごく、それはもうすごく、寂しそうな顔をされちゃって。罪悪感がものすごく……。気付いたら、馬車に乗ってた。
「シャル。心配しなくても、私が一緒にいます。安心してくださいね」
「ん。でもシャーリーちゃん、貴族と平民は場所が違うよ?」
「大丈夫です。もう許可は取っていますから!」
何やっちゃってんのかなこの子は。
つまりはあれですか。私はシャーリーちゃんと一緒に、貴族と一緒に測定しないといけないってことですか。勘弁してよ。
いや、待った。まだだ、まだ希望は捨てちゃだめだ。もしかしたら、シャーリーちゃんが平民の場所に来るのかも……!
残念ながら貴族が受ける場所、つまりは王城でした。ですよねー。
王城のお庭での測定です。大勢の貴族が将来有望な子を確認するために見守っています。こわい。
そしてそんな貴族の集まりに現れる公爵家ご令嬢、シャーリーちゃん。手を繋がれて一緒に歩く場違い感全開の私、シャル。周囲の視線が痛いこと痛いこと。
シャーリーちゃん、逃げていいかな? え? だめ? そっかー。
さすがの公爵家の権力と言うべきか、シャーリーちゃんのために全ての子供が道を譲りました。シャーリーちゃんは真っ先に測定できるようです。さすがだ。
そして私に突き刺さる視線もやっぱり多くなる。勘弁してくれ。
シャーリーちゃんは水晶玉の側にいる兵士に一礼して、水晶玉に左手を載せました。右手? 今も私の手を握ってるよ?
ぴかっと光る水晶玉。色は白、すごく、すっごく眩しい。
光が収まった後は、周囲がざわざわととても騒がしくなっていた。シャーリーちゃんの魔力もすごく強かったみたいだ。シャーリーちゃんは自慢気に胸を張っている。かわいい。
「さ、シャルもどうぞ」
「え? お待ち下さい、シャーロット様、その子はどの家の子でしょうか?」
「私のお友達です。パン屋さんの子です」
それはつまり、平民ということ。兵士さん含め、誰もが驚きに目を丸くしている。まさか公爵家のご令嬢が平民の子を連れているなんて思わなかったんだろうね。私もだよ。
「シャル、はやく」
「うん……」
これは拒否できない流れ。兵士さんは何か言いたそうだけど、シャーリーちゃんが折れないことは分かっているのか、黙認してくれるみたいだ。文句を言ってもいいんですよ? むしろ言ってくださいよ……。
ええい、ままよ!
えいや、と右手で水晶玉に手を載せる私。すると、さっきよりもさらに強い光! しかも、しかもしかも、虹色に輝くというおまけつき!
うん。知ってた。
私の魔力はこの国でも五指に入る量で、しかも適正は全属性。まさにチートの権化。これはひどい。
周囲は驚きのあまり口をあんぐり開けちゃってるし、どうしてかシャーリーちゃんは自分のことように誇らしげだし。
光が消えて、ひそひそと囁き合う声が聞こえてくる。さてさて、この空気、どうすればいいんだろうね。
私が途方に暮れていると、シャーリーちゃんが私のことを抱きしめてきた。何故。
「すごいです、シャル! これで一緒に学園に通えます!」
あ、うん。そういうことか。シャーリーちゃんはそんなに私と一緒に学園に通いたかったんだね。
なんだかほっこりしていたけど、すぐに私の顔は青ざめることになった。
いや、いや、待って。学園に通うことを避けたかったのに、完全に逃げ道塞がれちゃってる。こんなにお貴族様が大勢いるとなると、言い訳することも誤魔化すこともできない。
うん。詰んだ。
「どうかしましたか? シャル」
私が手遅れの事態に呆然としていると、シャーリーちゃんが心配そうに私の顔をのぞき込んできた。
よし。落ち着け私。この子は決して悪気があったわけじゃないんだ。こうして心配までしてくれてる。一先ず、そう、一先ず乗り切ることを考えよう。
私は何でも無いと首を振って、シャーリーちゃんに笑いかけた。
「私もシャーリーちゃんと一緒に学園に通えるの?」
「はい! そうですよ!」
「うん……。えへへ。嬉しい」
シャーリーちゃんがそれはもう嬉しそうな笑顔になった。本当に、どうしてこんなに懐かれたのやら。でも、シャーリーちゃんの笑顔を見ていると、私の心もあったかくなる。うん。これはこれで。
「何の騒ぎだ」
私とシャーリーちゃんがにこにこによによしていると、突然声が庭に響いた。みんなが一斉に声のした方へと向いて、そして慌てた様子で跪いていく。あのシャーリーちゃんですら、だ。
私はと言えば、まさかこんなところで出てくるとは思わなくて、口をあんぐりと開けて固まってしまった。
庭に入ってきたのは、壮年の男性。頭には王冠。つまりは、国王様である。すごい人が来ちゃった。
「シャル、はやく、頭を下げて!」
シャーリーちゃんの焦ったような声が耳に届くけど、私の体は麻痺したように動かなかった。
目の前には、この国の最高権力者。その存在感と言うべきか、威圧感と言うべきか、私を竦み上がらせるのには十分で。自分でも分かるほどに、顔から血の気が失せていた。
王様が私を見る。そして、眉をひそめた。ああ、きっと、平民がここにいるのが不愉快なんだ。
そこまで考えて、違う、とも思った。だって、王様の顔色は、純粋な戸惑いの色だったから。
「君は、平民か? どうしてここに?」
「あ、あの! 発言をお許し下さい!」
シャーリーちゃんの必死の声。それにも王様は戸惑いの色を強くした。なんだろう、何が起こってるんだろうか。
「許す。申してみよ」
「ありがとうございます! あの、この子は、私の友人、でして……。そ、の……。一緒に、魔力測定を受けたくて……」
次第に、シャーリーちゃんの声がか細くなっていく。私も、察した。
改めて考えると、シャーリーちゃんの我が儘で、王城の中に入っていないとはいえ、貴族でもない平民の娘をお城の庭に連れて入ってきたのだ。
普通に考えて、これはまずい。シャーリーちゃんは公爵家なのでさすがに処刑はされないだろうけど、何かしらの罰は間違い無く受けるはずだ。
それは、だめだ。私はこの子に幸せになってほしいんだ。こんなところでつまずくなんて許せない。
だから、私はシャーリーちゃんの前に立った。未だに国王様の視線は怖いけれど、それでも、ここで黙っていると、取り返しのつかない事態になるかもしれない。
「シャル……?」
シャーリーちゃんの困惑の声。私は、がんばって息を吸い込んで、王様へと叫んだ。
「勝手に忍び込みました!」
うん。違うの。言い訳が思い浮かばなかったの。やめて、そんな生暖かい目で見ないで。私の心が死んじゃうから!
顔が熱くなってぷるぷる震える私に、王様はぽかんと間の抜けた表情を見せた後、唐突に笑い始めた。それはもう、とても楽しそうに。
「ふははは! そうか! 忍び込んだか! それならば仕方ないな!」
あらま。認めてくれちゃった。いや、まあ、さすがに分かる。そういうことにしてくれるのだ、と。
「あ、あの、陛下……?」
シャーリーちゃんの声に、国王様は笑いながら、
「よいよい。こちらの警備の甘さが悪かったのだ。たまたま迷い込んでしまった平民を罰することなど、するはずがなかろう?」
よかった、本当によかった。話の分かる良い王様で。
「シャーロット。この子は君の友人なのか?」
「あの……。はい、そうです……」
私の発言と矛盾する内容。けれど、王様は特に咎めるつもりはないみたいだ。そうかそうかと満足そうに頷いている。
「シャーロットが変わったとは聞いていたが、なるほどなるほど。出会いとは人を成長させるものなのだな」
ん? つまり、シャーリーちゃんは、以前はもっと悪い子だったのかな? もしかして、本来のシャーリーちゃんは、本当に悪役令嬢だった?
「良い。許す。どのような結果であっても、学園に通えるように手配しよう。せっかくできた友人だ。その方がよかろう?」
「は、はい! ありがとうございます、陛下!」
「あ、ありがとうございます」
あははー。声が震えるのを止められなかったー。
いやいや待って待って完全に詰んだ。詰んでいたけどとどめを刺された。これ、もうどうあっても学園から逃げることができないやつだ。王様に認められちゃったからね。他の貴族が文句を言うこともないよ。やったねシャーリーちゃん完全勝利だよちくしょう!
「陛下。お耳に入れたいことが……」
おや。兵士さんが国王様に何かを報告している。首を傾げて待っていると、王様が目を瞠るのが分かった。興味深そうに私を見てくる。多分、さっきの私の魔力の報告をしたんだろうな。
「名を聞いておこうか」
陛下の声。私は緊張しつつも、答える。
「シャル、です」
「ふむ。シャルか。良い名だ。覚えておこう。学園で勉学に励むと良い。期待している」
王様はそれだけ言うと、踵を返して立ち去ってしまった。これは、なんとかなったと思っていいのかな。怖かった……。
シャーリーちゃんに顔を向けると、彼女はそれはもう大きな大きなため息をついていた。安堵のため息ってやつだ。心配かけてごめんなさい。
「シャル。私を庇ってくれたんですよね。ありがとう」
ぎゅっと抱きしめてくれるシャーリーちゃん。今更になって、怖くなってきた。体がすごく震えてくる。シャーリーちゃんが頭を撫でてくれて、なんだか落ち着くことができた。
「でも、シャル。少しは礼儀作法を学びましょうか」
ですよねー。
壁|w・)出会いの話や世界観の説明は少しずつのスタイルなのです。
説明よりもさくさく進めていくスタイルで書いていきたい。
補足。
シャーロットの愛称は、正確にはチャーリー、もしくはシャルとなります。
チャーリーだとなんだか男の子っぽいなと私の価値観で却下、シャルは主人公が使っちゃってる。
なのでまぜまぜしてシャーリーになりました。
そのうち、この子の視点も書きたいですねー。
誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。