嫌がらせ?
それは、授業の終わり際のことでした。今日の最後の授業はダンスの授業でした。社交ダンスとかそういうやつ。当たり前だけど私は学園に来るまでやったことがなかったので、すごく苦労しています。
いや、それはいいの。私含めて平民はみんなそんなものだしね。
で、その授業が終わった後、帰り支度をする私の方へと歩いてくるエリザ様とその取り巻き三名様。取り巻き様の名前は知らない。自己紹介をしてないししてもらってないからね。
エリザ様は私の席の前に来ると、何故か力一杯机を叩いてきた。大きな音が教室に響いて、とても静かになる。私は私で、突然のことにびっくりして、心臓がばくばく。
「え、あの、エリザ様……?」
「来なさい」
「ひえ……。ど、どこにでしょう……?」
「いいから来なさい!」
「はい! かしこまりました!」
立ち上がったら、そのまま手を取られて歩き始める。どんどん歩く。ないこれ怖い。何があったのどういうことなの私何かしましたっけ!?
というか、荷物! 私の荷物! ……あ、取り巻き様が持ってくれた。どもです。
ぽかんとするクラスメイトたちを放置して、連れて行かれた先は別の教室。もう授業が終わっていたのか誰もいない。エリザ様が手を回していたのかな。
つまりは誰にも助けてもらえないってことじゃないかなこれ。どうしよう、ちょっと本気で怖くなってきた。
シャーリーから嫌がらせをされない代わりにこうなったのだろうか。でも、エリザ様が? どうして急に。わけがわからない。もう頭がぐちゃぐちゃになってる。どうしよう怖い。
「シャルさん!」
エリザ様の怒鳴り声に、私は竦み上がってしまった。
「もっと背筋を伸ばして!」
「はい!」
「返事だけではありませんか! 意識しなさい! 慣れれば自然とできるようになります!」
「はい!」
ダンスの猛特訓です。どうしてこうなった。
何がエリザ様の逆鱗に触れたかって、私のダンスの筆舌に尽くしがたいひどさにらしい。ひどくない? 泣いていいかな?
今後もシャーリーや王子と関わっていくならダンスの一つぐらい完璧にできなければだめだということで、こうして猛特訓されています。意味わからんです。私は別に今後とも関わっていきたいとは思ってないよ。ダンスなんて卒業後は一切やりたくないよ。
そう言ったら正気を疑うような目で見られて、
「本当にそうできるとお思いなのですか?」
うん。ぐうの音もでなかった。
というわけで、猛特訓です。エリザ様が鬼のようです。
「エリザ様、そろそろ疲れました……。本気でつらいです……」
「あら、そうですか? だらしないですわねえ」
この人強すぎない? 本当に貴族令嬢?
許可をもらえたので、椅子に座って休憩します。すると取り巻き様たちがお水やタオルを渡してくれた。なんか、すごく恐れ多いんだけど。私平民ですよ? 上級貴族じゃないですよ?
「いえいえ、お気になさらずに」
「がんばってくださいね、シャルさん」
あれ。すごく優しい。すごく優しい笑顔。貴族ってこんなのだっけ。いや、私は嬉しいけど。
「あ、でも、シャーリーはいいのかな。私、何も言ってないけど」
「大丈夫ですわ。私の方からシャーロット様と殿下にはお伝えしてありますから」
「…………」
余計なことを、なんて思ってないよ? ほんとだよ? わたし、うそつかない!
「でも、そっか、伝えちゃったんですね」
「ええ、そうですわ。……正直、伝えない方が良かったような気もしますけれどね」
「あははー……」
少しずつ騒がしくなってきた廊下に気付いて、私とエリザ様はため息をついた。うん。知ってた。
そしてすぐに教室の扉が開いて、突入してきたのは予想通りのお二人。
「シャル! エリザ様にいじめられていませんか!?」
「シャーロット、とりあえず、落ち着くんだ! そういうのじゃないって分かってるだろう!?」
王子が必死に宥めてるけど、シャーリーは聞く耳持ってないみたいで、まっすぐ私の方に歩いてきた。さすがシャーリー、自重しろ。
「シャル、無事ですか?」
「シャーロット様、私を何だとお思いですか……?」
エリザ様の頬が引きつっている。無理もないと思う。エリザ様がいじめているような発言だ。いや、でも、これは無理もないと思うんだけどね。最初が最初だったし。私も怖かったんですよ?
それをちょっとだけ伝えると、エリザ様は少し申し訳なさそうに目を逸らした。
「そう、ですわね。いきなりすぎたとは思います。少々、シャルのダンスのあまりのひどさが、腹に据えかねていまして」
「ひどい」
「あ、それについては同感ですね。シャルのダンスは目も当てられないものでした」
「そこまでなの!?」
私がシャーリーにまで言われるなんて、よっぽどではなかろうか。自信があったわけではないけど、ちょっと傷ついた。
「ですが! ダンスなんて練習すればどうとでもなるものです!」
「おお!」
エリザ様の力強いお言葉! かっこいい! そんな気がしてくる!
「なので休憩は終わりです、続けましょう!」
「了解です!」
がんばるぞ!
「あ、では相手役やりたいです」
シャーリーは帰れ。
相手役はシャーリーがしてくれることになりました。なんで?
まあシャーリーは公爵令嬢だからね。やっぱり誰も逆らいにくいんだろうね。仕方ないとは分かってるけどさ……。
というわけで、シャーリーと一緒に特訓です。もちろんシャーリーに相手役を……。
いやちょっと待て。
「なんでシャーリーは男性パートを踊れるの?」
それが当然かのように始めてしまったけど、シャーリーが踊り始めたのは間違い無く男性パートだ。もちろん女性がやってはいけないという決まりなんてないから、踊れても不思議がないと言えばそうかもしれない。エリザ様も形にはなってたぐらいだし。
でも、相手してもらった私の感想としては、シャーリーはすごい完成度だったような。
「そうですね。こちらは普段は男性側が担当するでしょうから、シャルが覚える必要はありません」
「じゃあ、シャーリーはどうして?」
先に弁明しておけば。私は何の意図もなかった。知っていれば男性側に合わせやすいとか、そんな理由だと思っていた。考えれば、分かることのはずなのに。
「もちろん、シャルと踊るためです」
「…………」
だよね。シャーリーならそう言うよね。なんか、こう、うん。うん。
「シャル、顔が真っ赤ですよ? どうかしました?」
「何でも無い。早く覚えてこの地獄から抜け出したいと思っただけです」
「えー。私はもっとシャルと踊りたいです」
「殿下と踊ってあげなよ……」
当たり前だけど王子を優先するべきでは? そう思って言ってみたんだけど、王子を見ると何故か機嫌良さそうな笑顔だった。勝ち誇った笑み、ではないけど、それに近いものを感じる。
不思議に思って首を傾げると、王子が教えてくれた。
「はは。シャル。シャーロットに教えたのは、他でもない僕なんだよ」
「え? それって……」
「教えるためにとはいえ、シャーロットとは何度も踊らせてもらったよ」
「へえ……」
あれ。なんでかな。なんかこう、ちょっと、いらっとした。むかってした。王子を応援してるはずなのに、それはそれとして、苛立った。
「え、どうして睨まれてるんだ……?」
「殿下……」
エリザ様がかわいそうなものを見る目で王子を見ていて、気付けば他の令嬢様も同じような視線で。それらにさらされた王子は意味が分からずに困惑していた。ずっと困っていればいいと思う。
「シャル。シャル」
「なに?」
「ちゃんと私を見て下さい。相手に失礼ですよ?」
「ん……。なんでそんなに機嫌良さそうなの?」
改めてシャーリーを見て気付いたけど、さっき以上になんだか機嫌がよさそう。すっごくにこにこしてる。本当にどうしたのやら。
シャーリーは何でもありません、と言いながらも、やっぱり楽しそうに笑っていて。
私もまあ、別にいっか、とダンスを楽しむことにした。……いや、覚えるんだってば。
「私がシャルに勝てる日は来るのだろうか……」
「無理でしょう」
「断言はやめてくれないかな……?」
壁|w・)ぶっちゃけサブタイトルは思いつかなかったので適当だったのだ。
知らない間に親友が王子と仲良くしててちょっと嫉妬したシャルと、嫉妬してもらえたのが嬉しいシャーリー、を書きたかった。満足。
次話は『食堂:貴族編』、上級貴族が利用中の食堂にお邪魔します。
一週間以内に更新したら給付金でお布団を買っていいって空気猫が言ってた。
誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。




