有名人
「シャルさん、おはようございます」
「あ、はい、あの、おはようございます!」
「シャルさん、ごきげんよう」
「ごきげ!? よう!」
「シャルちゃんおはよー!」
「おはよー!?」
なんだこれ。なんか、なにこれ。何が起きたの。
後期授業の前日、寮に戻る途中の私に、いろんな人が挨拶をしてくる。貴族平民問わずほぼ全員。何が起きたのか、全く分からないんだけど。
「あら、シャルさん。早いですのね」
突然の事態にびくびくしながら寮に入ったら、エリザ様に声を掛けられた。
「えっと、はい。タニアやマリアともお話ししたかったので……」
「なるほど、そうなのですね」
エリザ様は頷いて、周囲をきょろきょろと見回して。今のところ近くに誰もいないことを確認して、手招きしてきた。なんだろう。
「シャルさん。少し、私の部屋でお茶でもいかがかしら」
「エリザ様まで……? 私には何もないです、ただの平民です、叩くとクッキーの代わりにパンが割れる程度です」
「意味が分かりませんわ。私の部屋にシャーロット様がいます」
「察しました。行きます」
「結構」
どうしてエリザ様の部屋にシャーリーがいるのか分からないけど、まあでもこうして誘われたってことは、引き取れってことなんだろうね。迷惑かけてなきゃいいんだけど。
「シャーリーがごめんなさい」
「あなたはシャーロット様の保護者ですか。……保護者ですわね……」
遠い目をするエリザ様。ああ、なんか、苦労してそう……。
三階に上がって、エリザ様についていく。
「三階にはあまり来ないでしょう。緊張しなくても……」
「頻繁に来てますよ。どこかのお嬢様に連行されて。学生の中で王妃教育に二番目に詳しいと今なら言えます」
「…………」
やめて。哀れみの目で見ないで。言ってて悲しくなってくるから。やめてー!
そんなこんなで、エリザ様の部屋に到着。中に入ると、不機嫌そうなシャーリーがいた。なんだか、初めて見る顔だ。怒ってるシャーリーなんて初めて見たかもしれない。いつもにこにこしているイメージしかないからね。
シャーリーはエリザ様が戻ってきたことに気付いてすぐにこちらに顔を向けて、私を見て、不機嫌はどこへやら、破顔した。
「シャル!」
「ぐえー!」
抱きつくな! く、苦しい! 首がしま、しまって……!
「シャーロット様、その辺で。シャルが今にも死にそうです」
「あ……。ごめんなさい、シャル。大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫……」
なわけないでしょ! 死ぬかと思った!
なんなの、シャーリーまでおかしいの!? いやおかしくないかいつも通りだ、ただ行動が激しくなっただけだね! 余計にたち悪い!
落ち着いたシャーリーの隣に座らされる。拒否権? ありませんが何か?
「シャル。まずは簡単に状況説明をさせていただきます。朝から違和感は覚えておりますわね?」
「違和感しかありません。なんか、みんな挨拶してきて怖いです。シャーリーがたくさん増えた感じ」
「待ってくださいシャル。どういう意味でしょう。ねえ、シャル? こっち見て下さい。シャル」
断る。怖いもの。
「結論から言えば、シャルは貴族の間でも名と顔が通る程度に有名になりました」
「なんで!? 私、何もしてないよ!?」
確かにシャーリーがつきまとってくるけど、それは前学期からだから今更だ。どうして急にこんなことになったのやら。
「以前までは、二年生以上の方にはあまり見られていなかっただけですわ」
「それは今も変わらな……」
「パーティで、それなりに目立っていましてよ?」
ちくしょうあれか! あのパーティが原因か! あーあーあーそうだよね! 貴族たくさんいるからね! 言い逃れも何もできない、これが詰み……!
「あのですね、シャル。そんなに怖がらなくて大丈夫ですよ」
私が首を傾げると、シャーリーが教えてくれる。
「私と懇意にしているというのと、大きな魔力を持っている、という二つの点で広まっただけです。何もシャルを害そうなんて誰も思っていません。むしろ、積極的に取り込もうとする方で……」
「どっちみち厄介じゃないですかやだー!」
「ですよね」
思わず頭を抱えた。本当にもう、どうすればいいのやら。いや、どうしようもないんだけど。
「脅しのようになっていますわね。ここまで言いましたけれど、シャルさん、それほど心配することではありませんわ」
「んむ……。どうして?」
「ほぼ例外なく、あなたを取り込んで、シャーロット様や殿下に近づきたい、という思惑だからです。あなたに何かしてしまうと本末転倒になるというのはお分かり?」
「ああ、なるほど。つまり、適当に聞き流しておけってことですね」
「そういうことですわ」
まあ、それなら、大丈夫かな。嫉妬されて嫌がらせされるよりは、ずっといい。そうやって割り切るしかないと思う。幸い、何か実害があるというわけでもないみたいだし。
「シャル。それも嫌なら、根本的な解決方法もあります」
「え、なに。そんなのあるの?」
それならそうと早く言ってほしい。私だって、やっぱり楽というか、気が楽な方がいいからね。貴族たちと関わるなんて、やっぱり嫌なのだ。シャーリーはもう、例外というか、あれだけど。
「はい。殿下と婚約しましょう」
「は?」
ごめん。いや、ちょっと待って。ははは何かの聞き間違いだよねそうだよね。
「ごめんシャーリー、ちょっと聞き逃しちゃった。もう一回」
「殿下と婚約しましょう!」
「なんで!?」
まさかシャーリーからそれを言われるとは思わなかったよ! お話では王子と仲良くなってしまったために嫉妬される、だったのに、むしろくっつこうとさせてくるとか! 意味わからんですよ!
どういうことかとエリザ様を見ると、エリザ様も目をまん丸にして戸惑っていた。なるほど、どうやらシャーリーの思いつきらしい。なんて厄介な。
「あの、シャーロット様。何を……?」
「大丈夫ですよ、シャル。殿下はお優しいですから、きっと大事にしてくれます」
「いや、そういうことじゃなくて……」
「側室にはなっちゃいますけど、王族は子孫を残すのも仕事のうちです、周りも余計な口出しはしないでしょう」
「まって、ほんとまって。いや、ちょっと」
「大丈夫です、殿下には手出しさせません。私がシャルを守ってあげます」
「大義名分を一瞬でぶっ壊すのやめない?」
めちゃくちゃ言ってるよこの子! ついに王子を利用しようとし始めちゃったよ! 怖い!
「エリザ様エリザ様。この子が国母になるって大丈夫ですか? 私は今からとても不安です」
「大丈夫と思いますか? 殿下が決めたことなので私も何か言うつもりはありませんけれど、とても不安です。胃が痛くなりそうです」
「あははー。心中お察しします」
「馬鹿にされたように聞こえますけれど、あなたは実体験ですものね。苦労していますわね……」
「お二人とも、ひどくありません? さすがに私でも怒りますよ?」
言われるようなことをしていると自覚してほしい。わりと本気で。
「うん。その、お話は分かりました。それじゃあ、そろそろ……」
「はい! 殿下のところに行って許可を取りましょう!」
「人の話を聞けよお! 引っ張るなよお! 助けてエリザ様ー!」
シャーリーが立ち上がって私の腕を引く。分かる、王子のお部屋に行くつもりだ。これはやばい。外堀を埋められちゃう! エリザ様ー!
「紅茶が美味しいですわー」
見捨てやがったちくしょう!
「エリザ様も立候補してましたって伝えてやるー!」
「え、ちょ、お待ちくださいそれはさすがに」
ぱたん、とエリザ様が叫んでいる間に扉が閉まってしまって。
私はそのまま王子の部屋まで連行されましたとさ。
そして王子のお部屋。シャーリーからお話を聞いた殿下は、それはもう見事に頬を引きつらせていた。確認するように私を見てくるので、シャーリーに見えないように首を振る。それはもう勢いよく。使用人さんの同情の視線が地味に辛いけど、それどころじゃないのだ。
「あー、その、なんだ。シャーロット。私の一存では決められないから、後日、改めて話し合おう」
「殿下はシャルの良いところをあまり知らないから悠長なことを言えるんです! なので、シャルを置いていくので、よく話し合ってください。期待してますから」
「まって、聞いてな……、本当に置いてかないでえ!」
まじかよ本当に帰っちゃったよシャーリー! ちょっとひどくないかなあ! ……あ、いや、扉の前で待ってるみたいだ。聞き耳立ててるみたい。それでいいのか公爵令嬢様。
「その、シャル……」
「…………」
「シャーロットに悪気はないんだ。いや、なければいいわけじゃない、それは分かっている。でも、嫌わないであげてほしい」
「それはまあ、もちろん」
今日はちょっと暴走気味だったけど、たまにあることだ。気にしない。王子を巻き込むとは思わなかったけどさ。
「シャル。何かあったら、いつでも言ってほしい。私でできることなら、協力するから」
「シャーリーをどうにかしてください」
「すまない、それは私にはどうにもできないことだ」
「…………。役立たず」
「うぐう……」
ぼそりと私が呟くと、王子は胸を押さえてうずくまった。王子にはもっと自覚してほしいものだ。でないと本当に、シャーリーに尻に敷かれちゃう。……いや手遅れか。
「シャル。聞こえているよ?」
「そうでしたかー、すみませんでしたー」
「うん。意図的なのは理解できた。悪かったよ」
頼ってもらえるようにがんばるよ、という王子の言葉を信じて、帰ることにする。まあ信じてないけどね!
扉を開けると、耳を押し当てていたシャーリーと目が合った。
「…………」
「…………」
「…………。はあ」
「シャル!?」
無視して通り過ぎる。慌ててシャーリーが追ってくるけど、それも無視だ。私はそれなりに怒っているのです。
それにしても、流れが変わるどころか、もう原型も何もあったもんじゃない。シャーリーが嫉妬するどころか、むしろ私に王子をあてがおうとするなんて。意味わからん。
シャーリーを見る。にこにこ笑顔。うん。まあ、うん。
「まあ、いっか」
「はい?」
首を傾げるシャーリーに、何でも無いと手を振る。まあ、うん。なるようになあれ。
壁|w・)婚約破棄はいずこへ……。
次話は『嫌がらせ?』、ついにシャルに対する嫌がらせが発生!
さあ、シャルさん! 背筋をしっかり伸ばして殿方のリードに任せるのです!
一週間以内に更新したらこの空気猫が実体化するってまっくろいもやもやが言ってた。
誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。




