長期休暇・涼
長期休暇は夏の初めにある。何が言いたいって、暑いってことだよ!
「だからくっつかないでほしいなあ」
「えー」
「えー、じゃなくて」
長期休暇も折り返し。シャーリーは何が楽しいのか私にくっついてきてる。暑いからやめてほしい。いややめろ。
「今日はちょっと特別なんです」
「特別。それはいいけど、離れて。パンを並べないといけないの」
「そう、今日はお誘いに来たのです!」
「聞けよ。……お誘いって?」
「涼を取りましょう」
む。それはとっても嬉しいお誘い。
私たち平民は暑さを凌ごうと思うと、川の近くに行ったり水を撒いたり、といったことしかできない。貴族はどんなことをするのかな。ちょっと興味がある。
でも。でもだ。シャーリーのお家に行くとか、それはちょっと……。
「シャル、シャル。親しくない人の家に行くなんて、私たちでは普通です。ね?」
「なるほど!」
「いや、それでいいのかい……?」
お父さんの声が聞こえたような気がするけど、きっと気のせいだね!
でもさすがに今日いきなりは困るので、明日行くことになりました。楽しみだ!
翌日。アレイラス公爵家の馬車に乗って、アレイラス公爵邸に向かう。今日は王子も一緒だ。……いや、え? それ、私はお邪魔虫じゃないかな?
「大丈夫だよ、シャル。シャルがいないと、私とも会ってくれないだけだからさ。……ははは……」
「あ、はい……」
心中お察しします……。シャーリーを見ると、とても機嫌良さそうににこにこしていた。注意しづらい。でも、ここで私が言わないと、改善なんて夢のまた夢だ。
「シャーリー、さすがに殿下とお会いする時に私を誘うのは、どうかと思うよ?」
「殿下と二人きりとか嫌ですよ」
情けも容赦もないこと言わないであげてくれないかなあ!? 王子もいつものことなんだから落ち込むなよ! がんばれがんばれやればできる!
おお! 王子が顔を上げた! がんばれ!
「シャーロット。それでも僕は、是非とも君と二人きりで話をする機会が欲しいんだ。この後でもいいし、後日改めてでもいいよ」
「嫌です」
「…………」
ばっさりいきやがった。即答だった。さすがに王子がかわいそうだよ。
「ええっと……。シャーリー、一応、保留中でも、婚約者だよね?」
「ないよりのなしです」
「ないしかないじゃないか! 言っていいことと悪いことがあると思うな私!」
「え……。もっとストレートに言え、と? なかなかひどいですね、シャルは」
「え、なにこれ、私が悪いの!?」
なんかもう、本当にこの二人、大丈夫なのかな。王子にいたっては魂が抜けてるよ。さすがにかわいそうだよ。
「シャル。シャル」
「なにさ」
「もちろん冗談ですから。あとで殿下にも謝っておきます。だから、心配しないでくださいね」
「…………」
ああ、なんというか、うん。とりあえず、あれだ。
王子は絶対に尻に敷かれる。確信した。
アレイラス公爵邸のお庭には、大きな池がある。学園の教室程度の大きさの池だ。広い。しかもこの池、なにがすごいって、人工池ってところ。普段は水を入れてない大きめの穴だけど、暑い時とかに水を入れて涼むんだとか。
水がない時の景観とか気にならないのかなと思ったけど、聞いてみると首を傾げられた。この国の貴族にとって、この穴はあって当たり前のものらしい。
水は家によって違うみたいだけど、今日はシャーリーが朝に入れてくれたそうだ。魔法で。改めて思うけど、魔法ってずるい。
「水なら私が入れてあげるのに」
まあまだ制御できないけどね。だから冗談まじりに言ったんだけど。
「やめてください。家が流されてしまいます。絶対に、しないでください」
真剣な表情だった。真顔だった。思わず、頬が引きつった。
「断言します。今のシャルが水なんて出したら、この家どころか周囲一帯が流されます」
「ああ、間違いないね」
王子まで追従してきた。
いや、分かってる。二人の方が正しいって分かってる。でもさ、それでもやっぱり、認めたくはないわけですよ。私だってさ。制御したいんだよ。うん。うん。……泣きそう。
気を取り直して。そう、忘れるのだ! この穴は多分、前世でいうところのプールみたいなものかもしれない。さすがに貴族は服を脱いで入る、なんてことはせずに、足だけつけるみたいだけど。
靴を脱いで、シャーリーの隣に座って、池に足を入れてみる。おお、冷たい。これは、とても、気持ちいい……。
「どうですか、シャル。気持ちいいでしょう?」
「うん……。最高です……」
もちろん、平民でもできることだ。川に行ったらいいからね。でも、みんな考えることは同じで、早い者勝ちだ。まあ、うん。混雑していて、人の熱気がね。逆に暑い。
桶に水を入れるのもいいけど、それはそれで今みたいな開放感はない。これが貴族の贅沢ってやつか……。
「殿下も、王家とかだとやってるんですか?」
「ああ、もちろんだよ。ただ、まあ、父上はあまりしていないけどね。やっぱり忙しくなると、その時間もなかなか取れないらしい」
「そう言えば、お父様もですね。大人にはなりたくないものです」
「大人になりたくない理由がとってもくだらない……」
涼が取りにくいからって、なかなか聞かない理由だよ。むしろ初めて聞いたよ。シャーリーらしいと言えばらしいけど。
「それにですね」
「ん?」
「大人になると、シャルとあまり会えなくなると思います。だったら私は、子供のままでいいですよ」
「…………」
ふーん。ふーん。ふーん。な、なんか暑いなあ! あっついなあ! ……笑うな王子!
「シャル、いい加減諦めたらどうかな」
うるせーです!
何故か夜まで待たされました。さすがにずっと池にいるのも退屈なので、お庭を散歩したり、シャーリーのお母さんに挨拶したり。お茶会に誘われたけど、それは丁寧にお断りして、王子を捧げてきた。今頃王子がどうにかしてくれてるはず!
「大丈夫ですよ、シャル。生け贄は殿下で十分です」
「言い方」
生け贄言うな。
「ねえ、シャーリー。もうすぐ夜だけど、どうするの?」
「夜まで待ってください」
「いいけど……」
仕方ないのでのんびり待つ。途中で王子が戻ってきて何か言いたそうにしてたけど、シャーリーと二人で無視しておいた。
日が沈んで、暗くなる。この国には魔法を利用した街灯があるので真っ暗闇にはならないけど、それでもやっぱり暗いものは暗い。今はもう慣れたけど、最初の頃はどうしても前世、つまり日本の感覚が残っていて、違和感がぬぐえなかったものだ。
シャーリーと一緒に、庭へ。池の側に行くと、メイドさんたちが忙しそうに走り回っていた。
「なにするの?」
「とても楽しいことですよ」
にこにこ楽しそう。
メイドさんの一人が、シャーリーに木箱を渡していた。その木箱を見せてもらうと、中に入っていたのはなんだか小さい筒というか、えっと……。
いやこれ、もしかして、花火では……?
「シャル。これは花火というものです。初めて見るでしょう?」
「おお……。花火。それで池の側なんだね」
「え」
「ん?」
いや、なんでそんなにびっくりしてるの? すっごく目がまん丸になってるけど。
私が首を傾げていると、シャーリーがその顔のまま、
「シャルは花火を見たことがあるんですね。驚きました。これ、貴族ならともかく、平民にとってはそれなりに高級品なのですが」
「あ」
そうだったそうだったあーあーあー!
うん。そうなのだ。この国では花火はそれなりに高級品。火薬が高いとかそんなんじゃなくて、ただ単純に職人さんが少ないっていうのが理由。だからまあ、私もこの世界では見るのは初めてだった。
平民だと知らない人の方が多いんだよね。つまりは、火とか危ないから水の側で、なんてことも知らないってことなんだよね。どうしよう、どうしようかな。
「えっとね。たまたま、やってる人がいたのを見たことがあるの。貴族の人かは分からないけど、街の中で。それで、覚えてたというか……」
「なるほど。そんな非常識な人が……。調べておきますね」
あっさり信じてもらえたのはいいけど、罪悪感が……。いや、忘れよう、うん。これで捕まる人はいないはずだ。……いないよね?
まあそれはともかく、花火である。ただ、この世界の花火は日本の花火ほど綺麗じゃない。色が次々に変わったりなんてしないし、なんなら化学反応で色がうんぬんも多分知られていないと思う。これを使ったら何故か色が変わる、程度かな?
なので最初の色がそのまま最後まで、になるのだ。十分綺麗だけどね!
「はい、シャル。持ってください」
「はーい」
花火を持たされた後、シャーリーが火を付けてくれる。流れるように魔法で小さい火をおこしてた。なにそれすごい。羨ましい。私もやりたい!
「シャルはだめです。絶対にやめてください」
「はい……」
いや、うん。分かってる。私がやると大惨事って分かってるよ。だからそんな哀れみの視線を向けないでくれませんかねえ!? 私だって傷つく時は傷つくんだよ!
ともかくこの世界の花火を堪能する。勢いよく火が出るんじゃなくて、なんていうのかな、線香花火ほどじゃないけど、結構静かだ。でも、夜は王都ですら静かだから、ちょうどいいかもしれない。
「綺麗だねえ」
「喜んでもらえたなら、私も嬉しいです」
にこにこ笑うシャーリーに私も笑う。うん。これぐらいはいいよね。
・・・・・
馬車に乗って帰っていくシャルへと、私は手を振ります。本当はついて行きたかったのですが、シャル本人からもう夜だからと断られました。貴族なんだから平民に気を遣うな、とちょっとだけ怒られちゃいました。
言いたいことは分かります。ですが、少しだけ、壁を感じてしまうのもまた事実なのです。ただでさえ、最近は少しだけ距離を感じているというのに。
「シャーロット」
屋敷から出てきた殿下が声をかけてきます。振り返ると、殿下は心配そうにこちらを見ていました。
「シャルの様子は?」
「いつも通りでした。やはり、学園が始まってから、少しだけ距離を感じます」
理由は分かりません。聞いてもきっと答えてくれないでしょう。ですが、確実に、壁を作られています。どうにか近づこうとしていますが、近づけたようで近づけない、いまいちなんとも言えません。
「やはり、どこかの貴族が手を出しているのか……?」
「分かりません。アレイラスでは把握できていませんけど」
シャルにつけてある護衛からは、特に何も報告はありません。貴族やその関係者が接触したという話も皆無です。もし、何か困っているのなら、助けてあげたいのですけれど。
「引き続きこちらでも調べてみるよ。だから、シャーロット。そんな顔をしないでくれ。シャルに会った時に逆に心配されてしまうよ」
「はい……。そうですね」
そこは殿下の言う通りです。あの子の前は、何も偽らなくてもいい場所。絶対に、手放したくはありません。
「よろしくお願いします、殿下」
「ああ、任せてくれ」
丁寧に頭を下げると、殿下は頼りがいのある声で請け負ってくれました。
こまけえことはきにするな!
後半はシャーリー視点です。何かに巻き込まれているのではと疑いを持ち始めました。
もちろんそんなことはないのです。
これもそれも、素直になれないどこかの主人公が悪いのだ……。
ちなみに花火さんは短かったのでサブタイトルから外されました。花火-!
次話は『有名人』、新学期が始まって、シャルの周りがちょっとだけ変化しました。
一週間以内に更新したいけどこの拾ってきた空気猫にえさをやらないといけないのにゃ(ぐるぐる)
誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。




