長期休暇・パーティ(後編)
やってきましたアレイラス公爵邸。案内されたのはおっきなホール。とりあえず言いたい、どれだけ広いのこの屋敷。
ホールには丸テーブルがいくつも並べられていて、シャーリー曰く、開場前に料理を運ぶ予定なんだとか。今回は平民でも参加しやすいように、ダンスとかそういった格式ばったものがない、立食のみのパーティなんだって。
貴族の人はあまり食べずに腹の探り合いをすることが多いらしいけど、私たちは気にせずたくさん食べて下さい、とのことだ。
「でもそれって、貴族の人に笑われそう」
「安心してください。出席予定の方々には伝えてあります。それでもシャルたちを笑う人がいたなら教えてください」
「うん。一応聞くけど、聞いてどうするの?」
「叩き出して潰します。取り潰しまで徹底的に。見せしめに丁度いいでしょう」
「なにそれこわい」
相変わらずというかなんというか。この子はちょっと過激すぎると思う。いやでもまあ、さすがに平民を笑った程度で貴族家を取り潰しなんて、できるはずが……。
いや、無理だよね? 無理のはずだよね? あれ? なんでだろう? できそうな気がする。いやいやははは。忘れよう。
護衛の人がパンを中央のテーブルに置く。何故中央。いやきっと、一時的なはずだ、きっとそうだ。
その後は、食堂に向かう。今日はシャーリーのお父さんお兄さんは王城で仕事しているらしくて、同席したのはお母さんだけだ。平民の私にも気にせず優しく笑いかけてくれる、とてもいい人。
「シャーロットから、お外での魔法の訓練を聞いたわ。ここでもとても話題になっていたのよ。すごく大きな揺れだったから、天変地異かと噂されていたの」
「うわあ……」
騒ぎになった、とはシャーリーから一度聞いたけど、まさかそこまでのことになっていたなんて……。地震の少ない土地だから、余計にかもしれない。
しかもそれが毎週の休日に定期的、だからね。本当に、お騒がせしました。
「それで、シャルちゃん。少しは制御できるようになったのかしら」
「あの、お母様。それは……」
シャーリーが慌てたように言う。あはは、シャーリーの気遣いが逆につらい……。
「あ……。なるほど……。ごめんなさいね。ところで、このお料理なんだけど」
露骨すぎるほどに話題を変えてきた。うん。のっかります。
まあ、早い話、私の魔力制御はまったくもってうまくいってません。泣きたい。
のんびりとお話をしている間に、着替えの時間になった。平民は制服で出席らしいけど、ドレスを用意できる人は着てきてもいいことになっている。私はシャーリーが用意してくれたドレスを着る予定だ。
ドレスってすごいよね。なんかこう、すごい。高そう。事実すごく高いんだけど。平民だと豪商でもない限り絶対買わないだろうっていうお値段。一部のお貴族様はパーティのたびに買い換えるんだから、すごいよね。無駄遣いの極みだと思う。
「シャル。ですがそれは、それほど悪いことでもないんですよ」
「ふへ? そうなの? 無駄遣いじゃないの?」
「ええ、まあ、私も無駄遣いだとは思います。ですが、それだけ平民の方にお金が流れるということです。そういった理由から、意図的にある程度の頻度で購入する貴族もいるんですよ」
「ほうほう」
「まあ、他にも使い道はあるはずだとは思いますけど」
そう言って、シャーリーは肩をすくめた。
ちなみにアレイラス公爵家は土地を持たないため、主に開拓や王都の整備にお金を投資しているのだとか。
「シャル様。整いましたよ」
メイドさんに言われて、鏡を見てみる。
青を基調としたドレスは、シャーリーの赤色とは対照的な色合いだ。てっきり同じ色かと思ったんだけどね。なんとなく青色のイメージだから、なんて言われてしまった。ふむう。
お化粧もしてもらってから、もう一度鏡を見る。誰だこいつ。
「おー……。すごい。私じゃないみたい」
「ふふ……。シャルは素材がいいですから。きっと、驚いてくれます」
「んふー。ちょっと楽しみ」
着替えをしている間に時間になったので、ホールに向かう。
ホールにはすでにたくさんの人が集まっていた。見知った顔もあれば、知らない顔もある。二学年以上の先輩はほとんど知らないから当たり前なんだけど。
で、ホールのテーブルにはたくさんの料理が並んでるわけだけど。とっても豪華な料理が並んでいるわけだけど。ど真ん中の一番目立つテーブルに私のパンが並んでいるのはどういうことかな?
ちらちらとみんなが見てる。私のパンを見てる。なんだろう、この気持ちは。とても、とっても、照れくさい。
「じゃ、じゃあ、行ってくるね」
「はい。楽しんできてください、シャル」
シャーリーに手を振って、会場の中へ。シャーリーと一緒に入ってきた私のことが気になるのか、みんながちらちらと私を見てくる。ちょっと恥ずかしいね、これ。
「ええっと……。シャルさん、ですか?」
声をかけられて振り返ると、エリザ様が困惑の表情でこちらを見ていた。
「あ、はい。こんにちは、エリザ様」
カーテシー、だっけ? こう、広げて、お辞儀して……。
「ふふ……。シャルさん。慣れていないでしょうし、無理にやらなくても構いませんわ」
「あ、そうですか? 助かります。さっきシャーリーから教わったんですけど、意外と難しいですね……」
「慣れれば息をするようにできますわ。それにしても……」
エリザ様が私をじっと見つめてくる。頭の先からつま先まで。
「なるほど……。綺麗ですよ、シャルさん」
にっこりと。微笑みながら、褒められちゃった。まさかそんなこと言ってもらえるなんて思わなかった。びっくりした。
私が固まっている間に、エリザ様が周囲を見回して、小さく手招きをする。誰を呼んだのかと思ったら、タニアとマリアだった。
「あ、あの、エリザ様。ごきげんよう……?」
「そこまで緊張されると、私が困るのですけど……。え? 私、普段からそこまで厳しい人だと思われて……?」
「エリザ様は優しい人です。大丈夫です」
それは間違い無い。なんだかんだと、この人は平民相手でも分け隔て無く助けてくれる、とてもいい人だ。
私がそう言うと、エリザ様は少しだけ顔を赤らめて、そうですか、とそっぽを向いてしまった。ちょっとかわいいかもしれない。
「タニアさん。マリアさん。この子、シャルさんですわ」
「え」
「うそ」
おいなんだその反応は。いくらなんでも失礼すぎないかな。え、はまだいいよ。うそ、てなに。
むう、と私が頬を膨らませると、タニアとマリアは慌てたように謝ってきた。寛大な私は許してあげるのだ。
ちなみにタニアとマリアは制服です。こんなことなら私も制服にしておけばよかった。
「あ、そうです。シャル、あそこのパンはもしかして……」
「あ、うん。私が焼いたパンだよ。感想が欲しいです」
「なるほどね。何故か一番目立っているのが普通のパンだったから、みんな不思議がってたわ。シャルが作ったパンなら納得ね」
「謎の特別扱いに私の胃は限界です……」
「あー……」
がんばれ、とばかりに肩を叩かれた。もう諦めてます。なのでせめて感想ください。
その後は、そのタニアとマリアと三人で話をしながら、のんびりと過ごす。エリザ様も途中までいたけど、他の貴族の人に挨拶に行ってしまった。やっぱり貴族って大変だね。
ちなみに私のパンは、エリザ様が一つ手にとって食べてからは、少しずつ減っていってる。タニアとマリアもさっき食べていて、美味しいって言ってもらえた。いやあ、嬉しいものだね。
食べた人も美味しいって思ってくれたみたいで、シャーリーに何人か聞きに行ってる。はぐらかしてるみたいだけど。
さてさて、私にとってこのパーティは、実はお話の意味的にちょっと大事なものだったりする。
というのも、このパーティはお話にもあったんだけど、ここでちょっとした出会いがあるはずなの。……あるはず、だった、と言うべきかな……?
お話では、最後のヒーロー候補と出会うのがこのパーティだった。ざっくり流れを説明すると、アレイラス公爵家のパーティに招かれて、立場上断れなくて出席して。すでに王子とそれなりに親しくしていたせいで、シャーロットに嫌がらせを受けて、そこを助けられる。
まあ、うん。前提条件からしてすでにこれ、破綻してるんだよね。シャーリーからいじめられる? いやいや、ないね。絶対無い。むしろ尻尾振りながら駆け寄ってくる姿しか思い浮かべられない。どうしてこうなったのやら。
ほら、今もシャーリーに向かって手を振ったら、周りを無視してすごい勢いで手を振ってくるし。おいこら、やめなさい、話し相手のどこぞのご子息様が呆気にとられているでしょうが。
「どうやったら公爵家のご令嬢にあんなに懐かれるのよ」
私とシャーリーを交互に見ていたマリアが言う。私が聞きたい。いや、聞いたけどさ。
「ですがおかげで、私たちは平和な学園生活です。知ってますか、シャル。普通なら、やはり多少なりとも諍いというか、価値観の違いから色々あるそうです」
タニアの言葉に、そうだろうねと頷いておく。それぐらいは容易に想像できる。
「私たちの学年に限っては、シャーロット様が私たちに近いおかげなのか、本当に平和だと先生たちも仰っていました。シャルのおかげですね」
「じゃあ代わって」
「いやです」
即答ですかそうですか。いいけどさ、分かってるけどさ。
拗ねた私に、笑うタニアとマリア。そんな私たちに、近づいてくる一人の少年。見覚えのあるその姿は、紛う事なきヒーロー候補の……。
「シャル!」
あ、シャーリーにはじき飛ばされた。
「疲れました」
甘えてくるように抱きついてくる。犬か何かかお前は。
「はいはい。お疲れ様でした。挨拶は終わり?」
「終わりです。終わりでいいんです。シャルと楽しみたいのに挨拶ばかりとか面倒になりました。あとは放置です」
「それでいいのか公爵家……」
「いいんです。やっぱり友達と一緒にいる方が楽しいですし。ね?」
「友達じゃねーし」
「むう。強情です……」
何度言われても、拗ねられても! 友達じゃねーです!
あ、候補そのにさんが立ち上がった。とぼとぼと帰っていった。なんか、ごめんね。
うん。その、あれだ。フラグを立てたかったわけでもないけど、フラグは立つことすらなかったね。誰かが立たせようとしたところを、その誰かを蹴飛ばしてしまった感じ。シャーリーが。
「シャーリー最強説」
「はい?」
「いえ、何でも無いです」
でも実際、この世界でシャーリーに勝てる人っているのかな。家格もあって、平民にも貴族にも理解があって、魔法の才能まであって、そして王子の婚約者。無敵では?
と、そんなことを言ってみたら、む、とシャーリーが不満そうにしていた。
「シャル。シャル」
「はいはい?」
「どれを捨てれば対等になれますか? 全部ですか? 全部捨てればいいですか? 分かりました、お父様に勘当してもらいます」
「やめなさい」
「というわけで、殿下。婚約破棄しましょう!」
まさかの悪役令嬢からの婚約破棄! いや今回悪役じゃないけど! そして通りかかった王子に理不尽な流れ弾が!
「いや、え、シャーロット、急にどうしたんだい? ちょっと、いや、待ってほしい」
「さよなら、殿下。あなたとの思い出は……、あれ? 何もないですね」
「うぐう……!?」
ああ! 王子が膝を突いた! なんてこと言うかなこの子は!
「いや、そもそも思い出もなにも、思い出を作るのを拒否してるのって、シャーリーでは?」
「その原因になっちゃってるのはシャルよね」
マリアは黙りなさい。
「よ、よし分かった。思い出だね。シャーロット、よければ週末に、一緒に……」
「シャルと遊びたいので嫌です」
「だから殿下からのお誘いを安易に断るなって言ってるでしょうがこのお馬鹿!」
ぺしりとシャーリーの頭を叩くと、シャーリーがショックを受けたような顔でこちらを見てきた。やりすぎちゃった、かな?
「シャル!」
「はい! すみません!」
「今の、とても良かったです! 友達みたい! もう一回やりましょう!」
「まじかよこいつ」
頬が引きつった私は悪くないと思う。なんかすっごいぐいぐいくる。こわい。
「ええい! 近寄るな! 誰か助けて! 殿下!」
「いいなあ、シャル。私もその立場になりたい。代われるなら代わってほしい」
「くっそどいつもこいつも使えない!」
王子が平民に羨望の眼差しとか向けるなばかー!
「平和ねえ」
「平和ですねえ」
友人二人がいつものことだとばかりに無視するのが地味にショックでした。まる。
なお、結局パーティが終わるまで、そのわちゃわちゃは続きました。先輩がたも、どうやら私たちの関係を察してしまわれたようで。わずか一晩で慣れられてしまいました。
それでいいのか公爵家。それでいいんですか王子殿下。あ、いいの? そう……。
つまり今後も助けなんて期待できないってわけだよちくしょう!
壁|w・)もはやこの扱いはいつものこと。そろそろ王子の胃に穴があくのではなかろうか。
ヒーロー候補その2さんもフェードアウト。フラグを立とうとするも物理的に蹴飛ばされました。
ヒーロー候補なんていなかったんや……。
次話は『花火』、のんびりまったり夏休みの一日。
一週間以内に更新したいだけの一日だった。
誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。




