長期休暇・パーティ(前編)
学園には一年に二回、二ヶ月の長い休みがある。私みたいに元々王都で暮らしていたらただの長いお休みなんだけど、国の端っこ、つまりすごく遠くから来ている人だと片道一週間なんて人までいる。貴族なら社交もあるだろうし、二ヶ月は妥当なところなのかも?
まあ、私には関係ないんだけどね。パンをたくさん焼くのだ!
「シャル! 遊びましょう!」
「うるさいこれでも食らえ!」
「わぷ。もぐもぐ……。レーズンのパンですね。美味しいです」
突然シャーリーがやってきたので、とりあえずその口に少し前に焼いたパンを突っ込んでおいた。慌てるどころか落ち着いて食べ始めるとは、さすがだね、シャーリー。
「いや、シャーロット、少しは疑いを持ってはどうかな……?」
「シャルを疑うなんてそんな。疑うなら殿下です」
「なるほど、それもそう……、何て言った?」
「疑うなら殿下です、と申し上げました」
「少しは隠してくれないかな!?」
この二人は相変わらずだね。シャーリーも楽しそうで何よりです。帰っていいですか? あ、ここ私の家だった。
さて、唐突だけど。私の知っているお話だと、ヒロインには王子の他にもお相手がいた。ネット小説だったからルート分岐とかではなかったけど、誰とくっつくのかなとわくわくしたものだ。
とりあえずヒーロー候補としておこう。その候補は、王子を除くと二人。そのうちの一人は、実は今、このパン屋さんにいたりする。
お話では、飲食店の息子で、同じ食べ物を扱うお店の子供ということで話が弾む、なんて流れだったはず。王子が嫉妬してうんたらかんたら。
そしてお話の通り、候補その一さんは私に気付いて話しかけようとしてくれたみたいだったけど、シャーリーが来た直後に回れ右してしまった。そりゃね。大貴族のご令嬢に関わり合いになりたいとは思わないよね。
私も別に候補その一さんが好きだったとかではないので、とても助かる。
「さすがシャーリー。助かっちゃった」
「え? 何がです? それはともかく、来週、当家でパーティを開きます。平民の方でも参加しやすいように、堅苦しくない催しにしたいと考えていますけど、よければいかがです?」
そう聞いてくるシャーリーの瞳は、とってもきらきらしていた。期待九割、不安一割。断りたいけど、この目を見るととてもじゃないけど断れないんだよね。
「でも断る! 私はパンを焼きたいのだ!」
「パーティにたくさんパンを並べてもいいですよ。私が許可します。感想をたくさん聞けるかも」
「むむ……! 魅力的な提案……!」
私のパンは、まだ売り物には出せていない。お父さんが許可してくれないから。だから、私のパンを食べてくれるのは、シャーリーや殿下だけということになる。つまり他の人の感想を聞ける機会がなかなかなくて、シャーリーの提案はとっても心惹かれるものがある。
「本当にいいの? たくさん焼いちゃうよ? 遠慮しないよ?」
「ええ、もちろんです。安心してください、毒味をしろと言われればやりますから。殿下が」
「しれっと巻き込まないでくれるかな?」
そう言いながらも、まあ引き受けるけど、なんて言ってくれる。むしろあなたは毒味をしてもらう立場では?
「ああ、もちろん、作る時は監視させてもらうよ。でも、シャルのことは信用しているんだ。安心してほしい」
にっこり笑う王子様。これがたくさんの女の子の心を掴んだプリンススマイル! 王子め、私を落とすつもりなの!? いやだ、私はパンを焼くのだ!
「そんな笑顔で落とされたりはしないです」
「急に何を言っているのかな!? 君のお父さんの視線が怨敵を見るものになったじゃないか!」
「でも私を落とせばシャーリーもついてくる、かも?」
「…………。なるほど」
「いや納得しないでください」
冗談のつもりだったのに本気にされたかもしれない。なにその、将を射んと欲すればまず馬を射よ、みたいな考え方。私はシャーリーの馬じゃないからやめてくれ。
「シャル。それで、どうですか?」
「う? んー……。じゃあ、いいよ。でも、たくさん焼くからね」
「はい! もちろんです! 他の料理は一切なしにしましょう!」
「やめて」
パンを嫌いな人だっているのに、さすがに選択肢がないのはひどすぎる。私だって嫌々食べてほしくはないのだ。
まあ、ともかく。二週間後のアレイラス家のパーティにお邪魔することになりました。
というわけで。私はただいま、パンをせっせと焼いています。お店は臨時休業にしてもらって、パン生地をひたすらこねる。こねこねこねこ。
「子猫ってかわいいよね」
「唐突に何を言っているのかな? それよりも、集中」
「はーい」
お父さんに注意されつつ、どんどん焼く。ちなみに部屋の片隅には、王家から派遣されてきた兵士さんがじっとこちらを見守っている。監視なのは分かるけど、怖い。
「騎士様、椅子でもお持ちしましょうか?」
「お構いなく、店主殿。私はただの監視役。いないものとして扱っていただきたい」
いや無茶言うなよ。間違い無くお父さんと心が一つになった瞬間だった。
時折お父さんからアドバイスをもらいつつも、作るのは私一人だ。私はまだまだ半人前だから、あまり量は作れない。その代わり、できるだけ美味しくなるように、心をこめて。こねこねこねこ。
「子猫って美味しそうだよね」
「シャル!?」
おっと、頭がぶっとんでた。騎士様、冗談なのでそんな戦慄の表情を浮かべないでください。ちょっと傷つきます。
そうして作れたパンは、三十個。たったこれだけ。お父さんならもっと作れたと思うけど、私にはこれが限界だ。せめてパーティが始まる寸前まで作れたら、あと三十個、追加できるかもしれないけど。
「シャル。そろそろお迎えが来るんじゃないかな?」
「うん」
そう、お昼過ぎにシャーリーが迎えに来てくれることになっている。だから、ここまでなのだ。
焼き上がったパンを丁寧に木箱に並べていく。焼きたてなので美味しそうな香りが鼻をくすぐってくる。手伝ってくれた騎士様が喉を鳴らしたので、一個だけお裾分けしてあげた。
「いいのですか?」
「いいのです。感想ください」
「では……」
早速とばかりに、騎士様がパンを食べる。おお、さすが大きな男の人。豪快な一口です。
「ふむ……。これは、なかなか。店主殿、十分売り物になると思うのですが?」
「ええ、そうですね。味だけなら、店に並べても大丈夫でしょう」
騎士様は意味が分からなかったのか首を傾げていた。
単純な話、利益を出そうと思うとたくさん作らないといけないだけだ。私は、味を保ったまま大量に作ることがまだできない。一個一個丁寧に作るから、どうしても時間がかかってしまう。
だから、まだお店には出せない。知り合いに売りつける程度ならいいらしいけど。
「だからシャル。相手はお貴族様だ。ぼったくってきなさい」
「友達からぼったくれと、親に言われるなんて思わなかったよ……」
「おや? シャーリーちゃんは友達じゃないと言ってなかったっけ?」
「え。あ。うえ!?」
なにその誘導尋問!
「ち、違うよ? 友達じゃないよ? えっと、その、んっと……。タニアとマリアのことを言ってるの! シャーリーとは友達じゃない!」
「ははは。幼馴染みを差し置いてその二人が友達なのか、分かるように説明してほしいね。ああ、そうか! つまりシャルが言いたいのは、友達じゃなくて親ゆ……」
「せいや!」
「ぐふぅ!?」
余計なことを言いそうだったので、股間を蹴り上げておいた。まったく、この父は油断も隙もない。シャーリーに聞かれたらまた面倒なことになるよ。
「あー……。これは、いいのか?」
騎士様がなんだか顔を真っ青にして聞いてくる。股間を押さえてるのは、まあ、つっこまないでおいてあげよう。
「いいのです。おかあさーん! お父さん回収しておいてー!」
はーい、と奥の方から声が聞こえてくる。家事が終わったら回収してくれるだろう。後は任せておいても大丈夫だ。
お父さんを放置して、外に出る。パンは騎士様が持ってくれている。さすがだ。それでも一個だけは紙に包んで手に持っておく。
いつ来るかな、と思って外に出ると、すでに豪華な馬車が目の前にとまっていた。
「シャル!」
シャーリーがひょっこりと顔を出して駆け寄ってくる。手を取られて、にっこり笑顔。かわいい。
「こんにちは、シャーリー。一人?」
「はい。護衛はいますけど、一人です。殿下も来ようとしていたので、邪魔だと言って残ってもらいました」
言葉を選べよ。いや、本当に。多分誰の目もなかったからその言い方だったとは思うけど。ちょっとかわいそうだと思おう? 膝をついて落ち込んでる王子の姿が簡単にイメージできるようになっちゃってるよ?
しかもこれ、多分私だけじゃなくて、たくさんの学生が容易に思い出せるようになってると思う。それぐらい、日常茶飯事だから。いいのかなこれ。
「ところで、シャル。いい香りですね」
「しかたないこれでも食らえ!」
「はむ。んー……。シンプルなクロワッサン。美味しいです」
物欲しそうな顔だったので、持っていたパンをシャーリーの口に入れておいた。満足そうなのでこれで良しなのだ。
もっきゅもっきゅ食べるシャーリーと一緒に馬車に乗って、騎士様にパンの木箱も入れてもらう。騎士様はこのままここで別れて、シャーリーの護衛に引き継ぐそうだ。一緒に来たらいいのにね。
「ではシャル嬢。また縁があれば、どこかで」
びしっとこの国の敬礼をする騎士様に手を振って、私たちはアレイラス公爵邸に向かった。
壁|w・)娘のためにお店を閉めて一緒に作ってあげた報酬がこれだよ!
ヒーロー候補その1さんは名前どころか姿すら出せずにフェードアウトしました。
今後彼に出番はありません。公爵家に進んで関わろうとする平民なんて本来いないのだ。
次話は後編、パーティ本番です。
一週間以内に更新をしたがその事実は抹消されてしまった!
誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。




