エリザベート
引っ越しの翌日の朝。私は日の出と共に目を覚ました。……いや、別に早起きしたわけじゃなくて、ただの癖みたいなものだったりする。お仕事を手伝っていたら自然にね。
早寝早起きは習慣になっているので、二度寝をしたいという欲求もない。というわけで、さっさと起床。さくっと着替えて、食堂へ。
食堂は広い部屋にたくさんのテーブルが並んでいる部屋で、一番奥のカウンターで料理を頼む形式だ。ささっと食べて、部屋に戻って、本棚から必要な教材を取り出してさあ出発!
もちろん時間的にはすごく早い。早すぎる。でもこれでいい。
いや、だって、探検とか、したいし……!
学生寮は貴族の人が生活している階層とかには怖くて近寄れないけど、他は別だ。特に校舎も体育館も、自由に見ることができる。だから見に行くのだ!
というわけで、早速出発。タニアやマリアにも声をかけたいけど、まだ寝てるだろうからね。まだ寝てる人が多いからか静かな女子寮を後にして、てくてく校舎へと歩いて行く。
十五分ほど歩いて校舎に到着。わくわくしながら、中に入った。
うん。まあ、結論を言えば。残念というかなんというか。
中に入ると、横に長い廊下があります。その廊下に扉が五つ。廊下の端には階段があります。以上。一階から三階まで同じ構造です。つまんない。
それぞれの部屋、教室も、似たり寄ったり。一階は三部屋ぶち抜いての講堂と二部屋使った職員室みたいな部屋があるんだけど、二階と三階は同じ内装の部屋が五部屋ずつあるだけだった。
まあ、仕方ないか。実用性重視ってことなんだろうね。
というわけで、二階の部屋に向かいます。私たちがお世話になる教室はそこにあるからね。
ちなみにこの学園に入学式なんてものはない。事前に自分の教室の場所は指示されていて、そこでざっくりと今後の説明を受けて、翌日からはもう授業だ。
ちなみに授業は全学年例外なく午前のみです。午後は自由時間。長い自由時間だと思うけど、貴族の人は暇じゃないのかもしれない。人脈とか、この期間に作るってシャーリーが言ってたはず。
まあ私は関係ないけどね! ただの平民のパン屋さんだからね!
教室の扉を開けて、おはようございます! まあ誰もいない、けど……。
シャーリーが、いた。
よし落ち着け私。いくらなんでも朝早すぎるだろうとか色々と言いたいことはあるけれど、とりあえずちょっと待て。落ち着け。深呼吸。
「……いやなんでいるの!?」
思わず私が叫ぶと、シャーリーがはっとした様子で振り返った。目をぱちぱちと瞬かせて、にっこりと私に笑いかけてくる。
「おはようございます、シャル。なんで、と聞かれると困りますけど……。勉強です」
「へ……?」
シャルが座る席に柄付いてみると、なるほど確かに教材が広げられていた。真面目だ。でも、シャーリーならとっくに学園で学ぶことは覚えていそうだけど。
「はい。ある程度なら大丈夫だと思います」
「だよね? じゃあ、どうして?」
「文句を言わせないため、ですよ」
シャーリーは王子の婚約者だ。そして平民と分け隔て無く接している。それが面白くない、不満に思う貴族というのはやはり一定数いるんだって。
だからこそ、勉強を頑張って、トップの成績を取る。そうすれば、文句を言える人なんていなくなる。文句があるなら自分よりも努力しろってやつだね。
「ふうん……。貴族って大変だね……」
「いえ、まあ……。そう、ですね……。日頃贅沢をさせてもらっていますから、この程度は」
「そっか」
悪役令嬢って何なんだろうね。こうしてシャーリーと接していると、自分のやりたいことのために必要な努力をしているのがよく分かる。人として、素直に尊敬できる。
対して、私はどうだろう。シャーリーとは親しくしてるけど、微妙に距離を置いたりもしてる。仲良くしてるけど、今は私から友達と言うようなこともなくなったし、シャーリーもそれを察してくれてるのか友達だと言ってこない。ただ、親しくしてる、とだけ。
どっちつかずで、一番親しい子にも気を遣わせて。私は、何がしたいんだろう?
「シャル? どうかしました?」
こてん、と首を傾げてシャーリーが聞いてくる。真面目でかわいい、私の……。
「なんでもない。私も勉強しようかな」
そう言って離れようとすると、シャーリーに服の袖を掴まれた。
「シャーリー?」
「シャル。言いたいことが、一つだけ」
なんだろう。シャーリーに向き直ると、彼女は私を真っ直ぐに見て、言った。
「シャルが何を抱えているのか、私は分かりません。なんとなく、距離を置こうとしているのも、分かっています。理由は、きっと私には言えないことなんでしょう」
「ん……それ、は……」
「ですけど、私は諦めませんから」
にっこりと、シャーリーが笑った。
「改めて、友達になってみせます」
「…………」
ああ、強いなあ……。かっこいい。本当に、それでこそ、だよ。
あのお話でシャーロットが退場したのは、二学年の時だ。それを越えたら、きっと、今までの関係に戻してもいいはず。それまでは、我慢。我慢だ。
「分かった」
私が頷くと、シャーリーも頷いて、
「とりあえず昼食後! 一緒に来てくださいね! 王妃教育とか一人でやりたくないです」
「それは変わらないんだね」
友達と言わなくても、付き合いかたは友達だよなあ、となんとなく思っちゃうけど、まあ別にいいよね。これぐらいなら。
今日は説明だけなのであっさり終わりました。
ざっくり言うと、ここで学ぶのは読み書き算術と基本的なこと。あとはもっぱら、魔法の扱い方、らしい。私は魔法と聞くとちょっとした学問なイメージがあるんだけど、実際はひたすらに使って慣れないといけないんだとか。
卒業後は、貴族の子はすでに就職というか、将来が決まっている人もいるけど、平民含めまだ何も決まってない人は、成績に応じて王宮や大きな商家から声がかかるんだって。良い成績であればあるほど、良い仕事につけるから頑張りなさいと言われた。
私はパン屋さんでいいかなあ。パン焼くの楽しいからね。美味しいって言ってもらえると、嬉しいんだよ。
「だから成績はどうでもいいかなあ」
「趣味がお仕事になるならそれが一番ですしね。シャルが羨ましいです」
「でも、さすがにそれは無理でしょ。こうして学園に通う以上は、ほとんど王家に雇われることになるって聞いてるわよ」
うん。これはマリアの言う通り。王家が私たち魔力持ちの平民を無償で学園に通わせるのは、その後手元に置くためだ。魔力持ちは希有な才能だからね。よほど成績が悪くない限り、王家に雇われることになる。
「つまり悪い成績なら、パン屋さんになれる!」
「シャルの魔力量だと無理でしょ」
「ですよねー」
魔力の量は増やすことができなくて、完全に才能次第。私は貴重な魔力持ちで、なおかつ潤沢な魔力を保有している。まあ、成績が悪くても、間違い無く王家に雇われるね。
「ぬーん……」
「なんか、シャルが変な顔になってるわ」
「あはは……。つんつんしちゃえ」
両頬をつんつんされる。やめろー。
ちなみに今は説明後で、一緒の教室だったタニア、マリアと一緒にお話し中。同じ部屋にカイル君もいたけど、彼は貴族の子に積極的に声をかけている。すごい。
最初のクラスは魔力量で決められる、とさっき聞いたので、私含めここにいる平民四人はなかなかの魔力を持ってるってことだね。
「あなたがシャルさんね」
ついに来たか、と私は内心でため息をついた。
説明をしにきた教師は個人の魔力量については何も言わなかったけど、私はある意味で例外だ。なにせ、魔力測定の時に多くの貴族に見られているわけで。当然、私のことを知っている人も多く、直接見ていなくても話を聞いている人もやっぱり多いはず。
突然声をかけられたことに戸惑うタニアとマリア。うん。なんか、ごめんね。
「はい。私がシャルです。初めまして」
「エリザベート・ツー・クロウリですわ」
クロウリ。クロウリ侯爵家。うん、知ってる。お話の意味でも、今生の意味でも。
「ああ、あなたがエリザ様ですか」
私がそう言うと、エリザ様が眉尻を吊り上げた。失言、だったかな?
「私は愛称で呼ぶ許可など出していませんが?」
だよね。うん、私が悪いなこれ。貴族とか関係なく、初対面の人にいきなり愛称で呼ばれて気分の良い人なんていないよね。
「ごめんなさい。シャーリーから聞いた時は、そう呼んでいましたから……」
ぴくり、とエリザベート様の眉が動いた。あ、ちょっとだけ機嫌が良くなってる。分かりやすい。
「へえ、そう……。シャーロット様が。シャーロット様は、私のことを何と?」
「努力を欠かさない、尊敬できる人って言ってましたよ」
「ふうん。そうなの。へえ」
うっわ分かりやすいなこの人。すっごくによによしてる。あ、こら、タニア、マリア、笑いそうなのは分かるけど、ちゃんと堪えなさい。
二人の足を軽く蹴ると、すぐに察してくれたのか真顔になった。頬がひくひく動いてるけど、まあそれぐらいなら大丈夫でしょ。
「シャーロット様と親しくされていて、そう呼ばれていたのなら、仕方ないですわね。ええ、仕方ありませんわ。では特別に、私のことをエリザと呼ぶことを許してあげます」
「はい。光栄です」
貴族と関わるのは怖いと思ってたけど、この子おもしろい。かわいい。
「それで、シャルさんは……」
「シャル!」
ここで我らがシャーリーのご登場です。それはもう嬉しそうな笑顔で近づいてきて、私の手を取りました。うわなにをするー。
「お昼ご飯行きましょう! 近くに美味しいお店があると聞きました!」
「いや待って。ちょっと待ってシャーリー。え? 直接行くの? シャーリーが?」
「そうですよ?」
「…………。公爵家のご令嬢が?」
「変装ぐらいはしますよ、もちろん」
「あ、はい……」
変装。変装かあ……。つまりは行くことは確定かあ……。
ねえ、気付いてる、シャーリー。エリザ様含めて、貴族の人が目をまん丸にしてシャーリーを見てるよ。貴族令嬢が直接食べに行くってことが信じられないんだろうね。私もだよ。
王子! へるぷ! あなたの婚約者が初日にいきなり暴走してるよ!
私のそんな祈りが届いたのか、教室になんと王子が入ってきた。失礼するよ、なんて言いながら入ってきた王子に、みんなが驚きながら慌てて跪く。
「ああ、みんな、気にしないでくれ。この学園内では平等だ。……まあ、実際には難しいところもあるだろうけど、跪くのはやめてほしい。私が行き来できなくなるからね」
みんなが苦笑しつつ立ち上がる。そうだよね。婚約者に会いに来るたびにみんなが畏まってたら、他でもない王子が気を遣うよね。
「さて、シャーロット。今は時間はあるかい? よければ、私の部屋で昼食を……」
「ごめんなさい、殿下。今日はシャルとご飯を食べに行くのです」
このあんぽんたん、王子のお誘いを断りやがったよ! どうするのこれ! 王子の表情が見て分かるほどに引きつってるよ! どうするのこれ!
「あ、あの、シャーロット様? 殿下のお誘いですよ?」
エリザさんの注意! がんばれ!
「それが何か?」
「…………」
つよい。
「あの、シャーリー」
「はい! なんでしょう!」
すっごい笑顔。王子に話しかけられた時にもそんな表情はしなかったのに。
「婚約者、だよね? ほら、食事に誘われてるんだから、そっちに行かないと……」
「保留中です。まだ婚約者じゃありません。だからどっちでもいいはずです」
すごい謎理論を展開してきたよ! 王子! あんたがさっさと確定させないから!
王子を睨む。目が合った。目を逸らされた。
「役に立たない王子だなあ」
小さな声で言ったけど、静かな教室には予想以上に大きく響いた。
「だめですよ、シャル。事実は濁して伝えましょう」
今回もシャーリーからの追い打ちが! まあ元気出して、そのうちいいことあるさ!
「では殿下。私たちはそろそろ」
「あ、ああ……。そう、だね……」
シャーリーに手を引かれ、呆然とする王子の横を通り過ぎます。やはりシャーリーからは逃げられないのか……。
「へたれ」
「うう……!」
王子の横を通る時にぼそりと一言言っておきました。猛省してほしいものだ。
またね、とタニアとマリア、あとせっかくなのでエリザさんにも手を振ると、三人とも苦笑しつつも振り返してくれた。いい子たちだなー。あははー。……はあ……。
とりあえず、王子にはもっと頑張ってもらいたい。いや、本当に。
壁|w・)今回は学園紹介でした。ざっくりですけど。
サブタイトルのお嬢様の出番が少なすぎたと反省、しつつもまあいっかと流します。
大丈夫、どうせ胃を痛める未来しかない子なので。
次話は『お茶会』、シャーロットと二人きりのささやかな。……すでに友達してないかい?
一週間以内に更新する未来が確定していたような気がしないでもない!
誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。




