はじまり
気晴らしなのです。
「どこで間違えたのかな……」
お店の入ってきたかわいい女の子を見ながら、私は頭を抱えたくなった。
私はシャル。いわゆる転生者というやつだ。
前世の私はいたって普通の日本人だ。高校を卒業して、さあ大学の入学式だ、という頃になって、インフルエンザで死んでしまった。インフルなんて毎年のことだし大丈夫でしょ、とか思ってたらこれだよ。早めの治療ってすごく大事。
まあともかく。死んで、気付いたら生まれ変わってた。しかも、どう見ても日本じゃないし、魔道具なんてものまである。異世界転生ってやつだ。感動した。
ところで、私は憑依になるんだろうか。乗っ取りになるんだろうか。そのあたりはまったく分からない。いわゆる神様なんて出てこなかった。まあ、乗っ取りと仮定したところで、私にできることは何もないわけだけど。二度目の生に素直に感謝することにした。
その感謝も成長してこの世界を学ぶにつれて消え去ったけどね。
この世界は、私が読んだネット小説の舞台と酷似していた。というか、そのままだった。そして私はいわゆるヒロインというやつだった。
ざっくりとお話の流れを説明すると、ヒロインが魔法の素質を見いだされて学園に通って、三人の格好良い男の子に出会って、そして最終的に王子の側室に迎えられる、という内容だった。
側室っていうのが地味に現実感があったよ。うん、そりゃね、平民が王妃になったら、まあ国が危ないからね。仕方ないね。
まあ、そんな、どこにでもある内容。つまりは私もこのまま物語の流れに任せれば、不自由ない生活が約束されてるってことさ。勝ったな!
けれど、それだけは嫌なのだ。
というのも。あのお話では、王子様と婚約していた公爵家の令嬢さんがいるんだけど、ヒロインさんに嫉妬してひどい嫌がらせをするのだ。まあ、これもよくある内容だね。で、ある日、耐えかねたヒロインさんが令嬢さんと口論して、令嬢さんはヒロインさんを突き飛ばして。
あれよあれよと階段を転げ落ちるヒロインさん! 目撃してしまった王子様に糾弾される令嬢さん! いやその前に助けろよと思う私たち読者!
平民相手とはいえ、学園に通う平民というのは王家にその才能を買われた、いわばある意味で王家の所有物。しかもヒロインさんは例のごとく魔法の天才。というわけで、令嬢さんは処刑こそされませんでしたが僻地へと送られ、二度とお話には出てこなくなりました。
その後はヒロインさんと王子様のあまいお話が続きましたとさ。めでたしめでたし。
うん。いやめでたくないから。読んでいる時はざまあとか思ったけど、よくよく考えたらものすごくかわいそうだからね。
王子様の婚約者、次の王妃として日々頑張っていたのに、突然現れたヒロインさんに王子様が夢中になって、あげく経緯はどうあれ捨てられる。踏んだり蹴ったりだ。
だから、私はこのお話は嫌なのだ。だって、私のせいで、一人の女の子が不幸になるんだよ? 僻地がどこかは知らないけど、絶対まともな生活送れなくなるでしょ。かわいそうすぎる。
私は、嫌だ。私のせいで誰かが不幸になるとか、耐えられない。
だから私はお話に関わらないことにした。さらば令嬢さん! さらば王子様! 私の前には来ないでくださいお願いします!
まあこんなただのパン屋さんの平民にお貴族様が関わることなんてないだろうけどね!
今度こそ勝ったな!
そう思っていた時期が私にもありました。
私の目の前にはふわふわ金髪にこにこ笑顔のかわいらしい女の子。私と同い年のはずだ。きらびやかなドレスを着ていて、一目で貴族のご令嬢というのが分かる。
分かるもなにも、もう自己紹介されて知ってるんだけど。
「こんにちは、シャルさん。遊びましょう?」
この子は、シャーロット・フォン・アレイラス。アレイラス公爵家のご令嬢様で。
あのお話ではいわゆる、悪役令嬢、といやつだった。
うん。どうしてか知らないけれど。きっかけが全く思い出せないのだけれど。何故か私はこの悪役令嬢さんに気に入られてしまって、毎日のように遊びに誘われている。意味がわからんです。
「いやです」
はっきりと、お断り。無礼とかもうそんなこと考えていられない。私はあなたのために避けようとしているのです。だから、帰って?
「お忙しいのですか?」
「そうなのです。私は看板娘というやつなのです。だからここにいないといけないのです」
「いや、シャル。別にいいよ、遊んできても」
おとうさあああん! うらぎりものおおお!
助けを求めて棚にパンを並べているお母さんに視線を向ける。
「いってらっしゃい、シャル」
どうやら私に味方はいないらしい。
「あの……。私と遊ぶのは、嫌、ですか?」
しょんぼりと。悲しそうな顔で、そんなことを言われてしまう。本当に、今にも泣きそうな顔で。そんな顔をされると、避けることなんてできない。子供は笑顔でないといけないのだ。
「ううん! いいよ! 一緒に遊ぼう!」
「……っ! はい! 遊びましょう!」
にっこり笑顔で手を取り合う私たち。ただし私の心は絶望に染まっています。
本当に、どうしてこうなったのやら。どうにかして、学園を避けるか、この子を遠ざけないといけないなあ……。
壁|w・)悲報:王子様、登場できず。
いじめを題材にしたお花を書いていたら気分がうつうつしてきて書けなくなっちゃったので、明るいお話を書くことにしました。
気晴らしなので超不定期投稿です。続かなかったらごめんね。
誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。




