乙女ゲームの攻略キャラに転生した俺がなんやかんやあってモブ少女を好きになる話
俺はある日、交通事故で死んだ。
そして気づけば真っ白な空間で神様と名乗る爺さんに謝られていた。ネット小説によくある展開だ。手違いで死んだ俺の為にある程度転生先に融通を効かせてくれるらしい。俺は迷わず、ゲームの世界の登場人物になりたいと言った。あまり深い考えがあってのことじゃないけど、直前まで読んでた小説がそんな感じのあらすじだったのだ。神様はひとつうなづくと簡単に願いを聞いてくれた。思えば、馬鹿だったよ。この時の俺はあんまりにも考えなしだった。
俺は大金持ちの御曹司に生まれた。しかもめちゃくちゃイケメンで初めて鏡を見たときはめちゃくちゃテンションが上がったよ。俺の人生勝ち組確定だと、その時は思っていたんだ。
一体どんなゲームに転生したのか、すぐには分からなかった。けれど、あまりにも恵まれた環境だったからなんとかなるだろうと俺は楽観的になっていた。
歳を重ねていくにつれて何かがおかしくなっていった。というのも時折、俺の意思とは関係なく身体が動き始めたんだ。俺の人生の重要な場面ではいつも決まって勝手に口が動き出す。勝手に決断を下す。
親が離婚した時、俺は大好きな母親についていきたかった。けれど、気づいたら厳格な父の元で教育を受ける道を選択していた。
愛犬が死んでしまった時、俺はどんなに小さくてもいいからお墓を建ててあげたかった。親父になにを言われようが聞く気は無かった。けれど、気づけば俺は涙を流すこともなく、亡骸を使用人に手渡していた。
あまりにもわかりやすい悲劇ばかり続いたある日。鏡に映る成長した自分の姿が見覚えのある乙女ゲームのキャラクターそっくりだと気づいた。
俺は乙女ゲームの攻略キャラに転生したのだ。
俺の意志の及ばない出来事は攻略キャラの『設定』として重要な過去だったんだろう。俺は自分の人生を生きることができないことがどれだけ辛いのか思い知っていた。ゲームの登場人物になりたいなんて願った過去の自分を殴りたい。だが、もう後戻りなどできない。俺が攻略キャラである限り、この世界ではきっと死ぬことすら出来ないんだから。そんなふうに本当の自分とキャラとしての自分にもがき苦しむ幼少期が過ぎて。
高校に上がるととうとう俺の意思は殆ど表に出てこなくなった。
大財閥の跡取りにして心に闇を抱えた冷血王子。それが俺に与えられた『キャラクター』だった。俺に話しかけてくるクラスメイトには冷たい笑みを浮かべて追い返す。誰にも心を開くことなく、孤高の存在であり続ける。
馬鹿げてると思った。俺だって休み時間に下らないお喋りに混じりたいし、話しかけてくれたクラスメイトたちと友達になりたい。経営学や社交界なんて放り投げて青春を謳歌したい。でもそんな俺の望みはことごとく、『キャラクター』としての役割に圧殺される。
こんなのは地獄だ。ここにいるのは俺じゃない。俺である必要がない。それならば頼むからこの身体から俺を解放してくれ。まっすぐ敷かれた道の上を歩くだけの人生に何の意味があるんだ。
そんな俺の叫びは声になることなく、誰に気づかれることもなく消えていく。
「きゃっ!! なんですか貴方はっ!」
「……そこをどけ、そこは俺の席だ」
そんな人形劇にある日突然、転機が訪れた。この物語のヒロインが現れたのだ。
「いいですか? いくら貴方の実家が凄くても貴方が凄いわけじゃないんですからね! 私は絶対に貴方を特別扱いしませんから!」
「うるさい女だな……だが、面白いことを言う」
少しずつ氷が溶けていく。心が開かれていく。そんな『キャラクター』の反応を俺は冷めた目で見ていた。つまらない人形劇を見せられている観客のように。
彼女も俺と同じように定めされた脚本通りに動いているに過ぎないんだ。そう思うとどんな言葉も行動も俺の心には届かない。いや、それどころか嫌悪感すら覚えた。
だってこのヒロインは明らかにハーレムルートを目指していたから。彼女は視界に入る度に違うイケメンと一緒にいる。明らかに仲睦まじい様子なのに、この『キャラクター』は一切気づかない。
だってここは乙女ゲームの世界。主人公を中心に回る造られた箱庭だから。
この娘は俺を救ってくれる訳じゃない。この世界で主人公という役割を持っているだけの人形だ。
そんなふうに冷めた目で日々を送っているとふと、おかしなものが目に入った。ヒロインと他のイケメンがなにがしかのイベントを進めているのが見えた時。
「さいっこう!! このシーンを生で見られるなんて!! もう死んでもいいっ!!」
何故か満面の笑みに涙を浮かべて2人を眺めている女生徒がいたのだ。率直に言って気持ち悪い。何が彼女をそうさせるのだろう。嫉妬の視線を向けるモブたちの中でそれは明らかに異様だった。
「……キモっ」
「っへ?」
女生徒と目があった。口をポカンと開けている。俺も呆然としていた。思ったことが口をついて出るなんて、ここ最近じゃあり得なかったから。
「え!? ちょ!? 冷血王子!? 私今王子にキモっって言われた!? え!? 喜んでいいのか悲しんでいいのかわからない!?」
「いや、喜ぶのはおかしい」
「は、はいぃ!? すいません!」
ガッチガチになりながら謝罪してくる。忙しない娘だ。見てて面白いが、いや、そんなことよりも……。
「……なんで俺は自由に話せるんだ?」
「ど、どうされたのでしょうか、王子?」
ビビりながら首を傾げる娘をじっと眺める。ごく普通の少女だ。主人公の娘のように溢れ出る可愛らしさなどない。道端に落ちていそうなモブ。
「ど、どいうことなの!? 攻略キャラが話しかけてくるなんてあり得ないのに!?」
大混乱のまま頭を抱える少女。その言葉の内容を聞いてピンときた。
「おい、お前転生者だろ」
「ひっひぃ!? ご、ごめんなさい、ごめんなさい! 違うんです私は決して原作に割り込みたいなんて大それたことを考えていた訳ではなく皆さんのキャッキャうふふする姿を間近で見て昇天したいというか味わいたいというか、それだけで……!」
「安心しろ、俺も転生者だ」
「……えっ!? ちょ、えええええええええええ!?」
こうして俺と『彼女』は出会った。
どうやら、彼女も俺と同じように神様にこの世界に転生させて貰ったらしい。ただしその願いは『この物語の傍観者になりたい』ということだった。
それはつまり、俺のようにゲームキャラとしての『役割』に縛られることはなくイベントを観測する第三者になるという、俺とは正反対に自由な存在ということだ。
その自由さを活かして彼女はあらゆるイベントを覗き見しまくっているらしい。その話を聞いて俺はドン引きしたが、彼女の存在は今まで孤独だった俺の世界に良くも悪くも変化を及ぼした。
例えば体育祭イベントの時なんかは。
「おいっ!」
「きゃっ!?」
「危ないだろうが、しっかり俺に捕まっていろ」
「で、でも」
「安心しろ、俺はどんな勝負にも負ける気はない。その為ならば気に入らない娘の手くらいとってやるとも」
「……王子」
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「っぷ、くくく!?」
「また見てたのか……いや、なんで笑ってるんだ?」
「ご、ごめんなさい!! あなたの中身を知ってるから、ちょっと笑いがこみ上げてきて……どんな気持ちであんな台詞を……あはははははっ!!」
「ぶっ殺すぞ!!」
他の攻略キャラとの絡みでも。
「どけ、その娘は俺との約束がある」
「ちょっとちょっといくら王子でもそれはナンセンスじゃないかい? 彼女はボクとプロミスしてくれたんだよ?」
「ふむ、ならば本人に決めてもらおうか?」
「そうだね! さぁ、早くボクをチョイスしてよ!」
「え、えーとっ……みんなで遊びにいかない?」
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「私の推しキャラとあなたが絡んでいると物凄い違和感が……」
「なぁ、アイツどういう育ち方したらあんな喋り方になるんだ? 帰国子女キャラか何か? それとも芸人志望?」
「ロイド君はイギリス育ちのお坊ちゃんキャラなんです! 馬鹿にしないでください! ……いや、たしかに現実であの喋り方はおかしいですけど。あぁ、イベントを見る目が変わっていくぅ」
俺は脚本通りのこの世界で1人ぼっちだと思ってた。でも、彼女と出会ってから、世界が変わって見えた。相変わらず、生活のほとんどは脚本に縛られているけど、たまにイベントのない時は彼女と過ごすことが出来たから。
「それにしてもアレですね、ゲームの世界ってもっと夢に溢れてるかと思いましたよ」
「本当にな。ネット小説みたいなのは期待するもんじゃない。こんなに不自由だとは思わなかった。いつまでこの生活を続けてればいいんだ」
「うぅん、ハーレムルートのその後ってどうなるんでしょうねぇ?」
「さぁな、俺はさっさとこんな生活から解放されたいよ。絶対友達をいっぱい作って、青春の思い出を作るんだ……」
「そのご尊顔で憂いを帯びた表情は絵になりますねぇ……中身はこんなにパンピーなのに」
「うるせぇ、パンピーで悪かったな」
「あははっ! 嘘ですよ〜、今日は放課後イベントないですよね? なら今日もいきましょう! リアル聖地巡礼!!」
「またかよ……お前ほんとこの世界好きだな」
そんなふうに日々を過ごいるうちにどんどんイベントが進んで、物語は後半になった。相変わらず主人公はハーレムルートを進んでいて、俺の出番も多かった。でも昔のような孤独感などなく、俺の醜態をニヤニヤしながら見ている奴がいるという事実を俺自身面白がってすらいたんだ。
「姫よ、私は今まで貴方に素直になれないでいた」
後半の山場、文化祭の演劇のイベントだ。
「それが、こんなことになるなんて思いもしなかったんだ」
綺麗なドレスを着て眠る主人公に王子役の俺が語りかけている。毒林檎を食べて永遠の眠りについた姫を王子が目覚めさせる。心を閉ざした王子が演技に乗せて本音をこぼす名シーン……らしい。
「ずっと、君に救われてた。孤独な私の世界に君だけが光をもたらしてくれた。どうか、どうか、もう一度目を覚まして欲しい。君がいない世界なんて、考えられないんだ」
なんだか、共感できるセリフだ。もちろん、俺の想いが向いているのは目の前の主人公なんかではないが。
客席で見ているだろう彼女はきっと恥ずかしい演技でしたね、なんていってからかってくるだろう。それにふざけんなよって返して俺も笑う。想像するといてもたってもいられなくなる。早く話したいな。そのためにはさっさとイベントを終わらせないと。
安らかに眠る主人公に顔を近づける。唇と唇が重なるその瞬間、パッと照明が落ちる。
コレでシーン終了。垂れ幕が降り、ナレーションが演劇を締める。
客席で拍手喝采が巻き起こる。彼女はきっと最前列で見ているだろう。俺にはまだ主人公との会話イベントが残っているから、自由に身動きはできない。でも少しでも顔が見たいと舞台袖から客席を覗いた。
最前列にはやっぱり彼女がいた。
でも全然、笑ってなんかいなかった。
「……え」
俺は頭が真っ白になった。なんでそんな顔してるんだ。いつもだったらこちらが引いてしまうくらいだらしない表情で笑ってるのに。なんでそんなに苦しそうに、傷ついたような顔をしているんだ。
「王子、さっきのは……」
主人公が俺の袖を引き、会話イベントが始まる。俺は何も考えられなくて、それどころじゃない。それでも勝手に口は動いて完璧な王子を演じる。
身体が自由になって彼女と話した時、彼女は普段通りに戻っていた。思った通り「王子の演技中に王子の演技するなんて訳がわからないですね」なんて茶化して笑っていた。
けど俺には彼女の苦しそうな表情が脳裏に焼きついていた。
それからというもの彼女はあまり笑わなくなった。脚本が終盤に近づいて、物語は盛り上がりを見せているはずなのにどんどん苦しそうな表情になる。大好きなゲームなんじゃないのかよ。俺が話しかけるとあからさまに作り笑いをして。あんまりにも素直だから、そういうの全部わかるんだよ。
彼女はとうとう俺と話してくれなくなった。イベントが起きるたびその場にいるのは分かるんだ。でもいつも絶望した表情で俺を見つけると顔を背けて去っていく。俺は彼女を追いかけたかった。でも、脚本はそれを許さない。ホントにクソみたいな世界なんだと改めて俺は思い知った。
『ハーレムルートのその後ってどうなるんでしょうねぇ?』
いつか話したその会話をこの時期の俺はハッキリ思い出していた。もし、一生この物語の奴隷だったらどうしよう。俺は不安だった。このまま彼女と話せないままになってしまうのではないか。縛られている俺とは違って自由な彼女は俺のことなんか忘れて何処かへ行ってしまうのではないか。そうなってしまえば俺には止めることは出来ない。いつまでも俺に付き合ってくれなんて言える筈が無い。盛り上がりを見せるイベントの裏で俺はそんなことばかり考えていた。
そんな時、俺は教室で大暴れしている彼女を目にした。
「あのぉ!!! ごめんなさい!!! お、お昼ご飯一緒に食べませんかぁ!? ……くそぉ、わかりきってはいましたけどあり得ないくらいのガン無視は心にきますねぇ。あぁ、でもこのままだと王子とのお昼イベントが始まっちゃうぅ!! うぅ、なんであなたはハーレムルートなんて進んでるんですかぁ!? 他の攻略キャラだったらいくらでも攻略してくれてもいいのに……なんで、なんで王子なんですかぁ」
異様な光景だった。主人公の目の前で大声で喚き立てる彼女に対して教室の人々は目もくれない。まるでそこには誰もいないかのような顔で日常が続いている。
傍観者になる、ということがどういうことか。俺はわかってなかったんだ。
俺はこの世界の脚本に縛られている。ならば、この世界の脚本から弾かれている彼女はいったいどんな生活を送ってきたのだろう?
最初に言っていたじゃないか『攻略キャラが話しかけてくるなんてあり得ないのに』って。それはつまり、この世界の脚本に彼女は関われないということ。この世界がどれだけ脚本に支配されているか、俺は身をもって知っているはずだ。
最初の彼女はこの脚本が大好きだったから、傍観者で満足だったのだろう。でも、そうじゃなくなったら? 自分では絶対に変えられない運命を前にどんな気持ちになればいい?
「おい、迎えにきたぞ」
そんな内心なんて無視して脚本通りに主人公を昼食に誘う俺を彼女は傷ついた目で見ている。
「中庭の最高の場所をとってある。早くいくぞ」
主人公を連れて教室を出る俺。絶望して立ちすくむ彼女。ああ、やっと分かったよ。お前はずっと、ずっと戦ってたんだな。このクソみたいな世界の運命と。
俺はやっと自分の気持ちを自覚して、それと同時にやらなくちゃいけないことがようやくわかった。
それからイベントの先々で彼女の姿を見て、何もできない自分を殺したくなる。そんな毎日が過ぎてとうとう卒業式の日がやってくる。それはつまりこのゲームのエンディングだ。18年間、長いようで短かった。
「待たせたな」
つつがなく式が終わり、桜の木の下に俺はやってきた。そこには主人公の娘が照れ笑いをして立っていた。
やってきたのは俺だけじゃない。何人もの攻略キャラたちがやってくる。彼女はとうとうハーレムルートを成し遂げたんだ。数々のイベントで親交を深めた俺たち攻略キャラは主人公を彩る華となる。
「みんな、ありがとう。みんなに出会えたから私は幸せ。これからもずっとずっとよろしくね」
眩しいほどの笑顔。微笑みに囲まれた美しい絵。コレでエンディング。脚本は終わった。
身体が戻ってくる感覚。右手を開く、握る。大丈夫。ちゃんと、俺の意思で動いてる。
さぁ、ここからは俺の時間だ。
「あ、王子、どこいくの?」
主人公の娘が、いやもう主人公でもないただの娘が俺の腕を抱えて引き止める。俺はその手を振り払おうとした。その時。
「あ、あの!!」
彼女の声が聞こえた。
それは舞台に上がる合図。名前も設定されていないような有象無象が遠巻きに眺めることしか出来ない絶対不可侵の箱庭を破る声。
「私にお話する時間をいただけますか?」
主人公と攻略キャラたちが見つめる中、挑むように彼女は立っていた。意思の籠もった目は俺だけを貫いている。
お前から来たのかよ。傷つくかもしれないのに。もう何度も傷つけられたのに。
「ゴメンなさい。私達これから予定があって」
主人公の少女が間に立ってやんわりと拒否する。周囲の攻略キャラたちはどこか迷惑そうな顔をする。彼女が推していると言っていたキャラも嫌そうに顔を歪めている。それでも彼女は、俺だけを見つめていた。
「聞こう」
主人公を片手で退けて俺は彼女の前に立った。ざわつく周囲。やかましい。彼女以外、邪魔なんだ。
「……王子」
複雑な表情で俺を見つめてくる。
「私はずっとこの世界の物語が大好きでした」
胸に手を当てて彼女は語る。ああ、よく知っているよ。お前の行動全てからこの世界が愛しいんだと伝わってきた。一番近くで見てきたから、分かるんだ。
「大好きな物語をずっと近くで見ていられるのなら、私自身の人生なんてどうでもいいとすら思ってましたから、いつもあなたが言っていた通り私の頭はおかしかったんだと思います」
とんでもないことを照れた顔で言う。うん、おかしいよ。コイツ前世では絶対ヤバイ奴扱いされてたよな。もう慣れたけど。
「でもある時、そんな大好きだった世界にちょっと違和感を覚えるようになりました。なんでそこにいるのは私じゃないんだろうって傍観者を望んだ私が絶対に思っちゃいけないことを考えるようになりました」
蒼白な顔で、罪を独白するように、彼女は語る。
「だんだん見ているのが苦しくなって……大好きだった物語をぶち壊そうとして……でも全然ダメで」
感情が溢れて涙声になる。
「ホントに、心底自分を馬鹿だと思います。それでも諦められなかったんです。あなたが……好きなんです」
決意の籠もった目が俺を見上げた。ほんとに馬鹿だ、お前は。傷つくかもしれないのにわざわざやってくるなんて。
「聞かせてください。あなたは王子ですか? それとも、『彼』ですか?」
待ってれば迎えにくるってのに、とことんお前はヒロインじゃない。
「ずっと、君に救われてた」
「え?」
戸惑ったような声が漏れる。
「孤独な俺の世界に君だけが光をもたらしてくれた」
これはキャラクターの台詞じゃない。俺の意思で吐く、本心だ。
「どうか、どうか、俺から離れないで欲しい。君がいない世界なんて、考えられないんだ」
「その台詞……」
「俺の一番好きな台詞だ。どうだ、本物みたいだろ?」
彼女が目を大きく見開く。その顔が可愛くて思わず笑った。
俺はぐるりと周囲を見渡す。みんな微妙な顔をしている。美しい光景に泥を塗られたような心外そうな顔。ムカつくんだよ、俺たちが間違ってるみたいな目で見やがって。
「いいか!!! よく聞けぇぇ!!! キャラクターども!!!!」
主人公も攻略キャラもモブたちも突然の王子の奇行に固まった。
「俺は!!! 俺だ!!! 王子なんかじゃねぇ!!!!!」
魂の叫びだ。人生で最高に気持ちのいい瞬間だ。目の前に立っている彼女を抱き寄せる。
「俺は、この子が好きなんだ!!!! 主人公なんかよりずっとずっと大好きだ!!!! 脚本ありきの世界なんて糞食らえ!!! 俺は、俺の意思でこの子と一緒に生きていく道を選ぶ!!!」
ポカンと口を開けて見ている奴らの顔が傑作だ。ずっとこうしてやりたかった。この『キャラクター』をぶち壊してやったらコイツらがどんな顔をするかずっと想像してた。
「ちょ、ちょっと何言ってるんですか!!」
慌てる彼女の手を取り、俺は走り出した。背後がぎゃーぎゃーと煩くなる。校門を飛び出すと隣の彼女がまじかコイツと言った目で見ていた。
「なんて派手なことするんですか!? 馬鹿ですか!? 絶対大変なことになりますよ!! あなたの家めんどくさいんですから!!」
「それはそれで面白いじゃんか!!」
「後で後悔しますよ!? 酷いことになりますよ!?」
俺は彼女を見つめて言った。
「後悔なんて絶対にしない!」
「なんでそんなこと言えるんですか!」
「だって」
コロコロ変わる表情、愛しい少女に笑いかける。
「お前が隣にいてくれるんだろ?」
顔を赤くしてコクリとうなづいた彼女を俺は思いっきり抱きしめた。
これでこのゲームの物語は終わり。完璧な御曹司としての俺のメッキは剥がれ、この先は全て自力でなんとかしなくちゃいけない。きっと大変なことばかりだろう。生まれた時からずっと見えていたまっすぐな道はもう見えない。
これからこの娘と歩く道はきっとフニャフニャな道だ。行き先もわからないし、劇的でもロマンチックでもない。
でも、俺はこの娘とそんな道を歩いていきたいんだ。