第3話「star」
ミスター不定期ことはやぶさ7ごう、ここに見参
今日も今日とて、日が落ち、東の空には星空が出かかっていた。
日に日に俺の怪我は回復していくが、周りでは不可思議なことが幾つも起こっている。
まず、この消滅だ。所謂異世界転移というやつだが、見るに向こうの世界は何一つ問題のない世界で、やれ勇者だ世界の危機だという訳でもなく、この地球上の人間がわざわざ呼び出される必要性もない。もっと言えばインターネット環境や上下水道、食糧などの環境も整備されていて、さながら現代社会のようだった。
もっと言うなれば、この消滅は無作為に抽出されている。ある点から同心円状や放射状になっているわけでもなければ、地域差がある訳でもない。単純に一定数を、無作為に消している。
次に俺自身。気づいたら交通事故に遭い、気づいたら病院にいた。まだ全身が自由に動かない程の重症を受けたにもかかわらず、俺の体は事故を記憶していない。まあ俺にとっては痛いだけでトラックにトラウマを抱く訳でもないから都合がいいが。
最後に、俺自身。
いや、このよくわからないものを考えるのは良くないが、形状記憶合金のように、別の形を取りながらも、それはこの欠けたピースにぴったりと合う使命を持っている。きっとそうなんだろうという感覚が都合の悪い方向を指し示している。
窓を覗くとベガとアルタイルとデネブが見えた。
ベガとアルタイルとデネブは合わせて夏の大三角と呼ばれる一等星だ。ベガとアルタイルは織姫と彦星の星で、天の川の対岸で年中会えないというおとぎ話で有名だ。
ちょうどその時、藤岡医師がご飯を持って入ってきた。
「調子はどうだい、大河くん」
「ああ、先生。相変わらず怪我はひどいですが、気分的には元気が出てきました。」
「おお、そうか。どの部分でも元気が出ることはよいことだ。」
「……そうっすね」
俺が当たり障りのない返事をすると、それを意に介さず藤岡医師は窓を覗く。
「おや、今日は晴れて、星がよく見える。」
「そうですね、東に夏の大三角が見えます。」
「もっと言えば、天頂にはアークトゥルスが見える。この時間でうしかい座が天頂とは、もう夏だな。」
へぇ、と思って見ようとするが、気力だけ溢れて体が動かなかった。
「天頂の話されても見えませんよ俺。」
「ははっ、そうだったな。」
そう言う藤岡医師の声は若干哀愁の気を放った。
「……星、好きなんですか?」
「ん、ああ。」
そう返事して、彼は続ける。
「星って不思議だよな。どんなに日々疲れても、いろんな事があっても、星空を眺めるとどうでも良くなる。私の存在が、限りなく小さく感じられて、心が広くなる気がするんだ。」
「…まあ、わかります。」
「それに、この星空を見ていると、お天道さま以上に見透かされてるような気になる。そういう所含めて、私は星が好きだよ。」
「……なるほどっす」
「まあ最も、きっとこの星空を見ていられるのももう僅かだ。今宵はこの梅雨の時期にして貴重な晴れだ。どうだい、せっかくだから、星空観察でもしようじゃないか。」
「おお、いいですね。じゃあ、ベッドもうちょっと動かしてください。」
「えっ!?しょうがないな……介護用補助アームでベッド持ち上げられるかな……」
頭を掻きながら藤岡医師はどっかへ行き、しばらくして仰々しい機械を装着して現れた。
「どうだ、こんな小病院にもあるのだよ、介護用補助アーム『ウルアシ』」
「なんじゃそりゃ……」
「多分、頑張れば君が乗ったベッドごと……」
藤岡医師がベッドの下部を掴むと、割となめらかに、俺が乗ったベッドが浮き上がった。
「うわっ!!?」
「ははっ、すごいだろう、これが先進工学だ」
「先生結構こういう少年っぽいの好きなんだな……」
俺の独り言をそっちのけに藤岡医師はベッドを窓際に寄せ、星がよく見えるようにしてくれた。
その後は藤岡医師との星の語らいだった。俺の知らない比較的専門的なこと、神話、伝承、時に世間話、しまいには望遠鏡を取り出してきて、天体を観察した。本当に医者なのだろうか。
俺はいつの間にか寝ていたようで、気がつくと視界にはペガスス座の代わりに太陽が照っていた。眩しい。
「おはよう、大河くん。」
「おはようございます。早いっすね」
「ああ、こう見えても医者だからね、医者の不養生はしないよう心がけているのさ。」
「こう見えてって……」
「まあ良い。」
少し、ほんの少しだけ、空気が締まった。
「ところでなんだが、いや、わかりにくい事を聞くかもしれない。」
「なんでしょう」
「君、ああ、君は、気づいているんじゃないのかい?」
「…………」
無言の俺に、藤岡医師は続ける。
「きっと私は、いや、絶対、私は君を最後まで面倒を見られないと思う。」
「……俺も、そう思います。」
「……もし、この非科学的な現象に対しての非科学的な事象を認められるなら……」
曖昧な言葉で、そう、癌の宣告はそんな感じのものなんだろうが、もっと根深く、残酷が故に曖昧だ。
「……なら、私は、心の内で、君を応援し続けよう。」
そう言って、藤岡医師の足元が光る。
私は星好きです。