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スクランブルエッグを朝食に  作者: 中倉三利
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二人の朝

 あれから賢人はソファで眠り、私はベッドで包まるしかなかった。なぜこうなったのか考えを巡らせても、答えらしい答えは見つからず、気が付けば朝日が窓を差していた。気怠げに起き上がりリビングへ向かおうとするが、賢人の顔を見るのが怖くてドアノブに手をかけることができなかった。そのまま、扉を背もたれにして小さく座り、彼がそこにいるのか確かめるように細心の注意を払う。私の呼吸だけが部屋に響く。その間は、何も考えることはなかった。ただ、意識を彼に向けていれば、嫌な事を考えずに済むことに気がついたからだ。

 トイレの水が流れる音で目を覚ます。気がつけば眠っていたようだ。そして初めて、トイレの水があんなにもけたたましく流れていることを知った。

 彼が起きた。扉を開けて話さなければ。なにを話せばいいの?謝る?そもそもどんな顔をすればいいの?彼が求める答えって?

 脳がフル回転で思考を始めるも、身体は動くことを拒絶する。怖い。恐い。コワイ。


 「塔子。」


 不意に呼びかけられて身体が固まる。


 「俺、その…」


 立って、そして彼に抱きついて、ごめんなさいと言えばいい。でも何について謝るべきなのかわからない。自分のことなのに、自分の気持ちがわからない。


 「やっぱり、帰ってから話すよ。」


 彼がドアから離れていく気配を感じて、私は小さく息を吐いた。呼吸することすら忘れていた。この身体が、自分のものじゃないように感じる。


 「行ってきます。」


 彼の静かな声が届く。この家は、こんなにも、音が通るんだ。

 私の知らない情報がまだある。この家についても、彼についても。どうして彼は、昨夜はあんな態度だったのだろう。どうして、あんなことを言ったのだろう。ムシャクシャしてたからなのか、それとも彼の本心なのか。 

 気がつけば時計の針は12時を過ぎていた。午前中ずっとぼーっと座っていた私の身体は、何か食べるものを欲した。ノロノロと立ち上がり、冷蔵庫の中のオレンジを取り出す。実を口にすると、瑞瑞しい果汁が溢れた。酸っぱい果汁は身体に染み入り、自分が生きていることを感じる。

 彼が居なくなると私はどうなるのだろう。生きる意味を見いだせるのか。彼のために職を離れ、彼のために家事を行い、彼のために好みを合わせた。もはや、彼のために生きていた私に、彼という存在が無くなったとき、私は生きることができるのだろうか。


 「確かめなくちゃ。」


 彼が別れようと言った理由を。彼が私を愛しているという事実を。私が存在してもいいという証明を。夕方までに溜まっている仕事を終わらせて、彼を迎えに駅まで行けばいい。そして、彼としっかり話したい。

 塔子は顔を軽く叩くと、気合を入れるように小さく「よし!」とつぶやいた。

 


 「行ってきます。」


 部屋に向かって声をかけても返事はない。まだ眠っているのか、あるいは起きていて無視をしているのか。無視されても仕方ない。急に怒鳴って、理由もなく別れようと切り出せば怒るのも当然だ。酔っていたとは言え、昨日の自分はおかしかった。普段思ったこともないようなことが頭に溢れ、まるで自分が自分でないように思えた。

 あれが俺の本心なのだろうか。通勤電車に揺られながら、自分自身に問いかける。自由な時間を俺のために使いたい。塔子も俺のために時間を使い家事をしてくれている。その見返りとしてデートしたいと言う。間違っちゃいない。むしろ普通なことだ。その見返りを許せない自分がいる。俺の時間を奪おうとする塔子に苛立つ。

 朝から最悪な気分だ。自分で勝手に最悪になっているのだが。

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