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スクランブルエッグを朝食に  作者: 中倉三利
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賢人と穂高

 「なあ、結婚するってどうなの?」


 賢人は、目の前に座る男に尋ねた。


 「なんだ藪から棒に。結婚するの?」


 「いや、そういうわけじゃないけど。今後の参考にって思ってさ。」


 目の前の男はビールジョッキを掴むと、喉元に勢い良く流し込んだ。ふう、と一息つくと、にやりと笑って。


 「結婚は、いいぞ〜!」


 ガハハと笑いながらその答えを出した。


 「家に帰ったら飯が用意されている。風呂も準備されている。何より子供が可愛い!」


 はいはい、と聞き飽きたかのように賢人は振る舞う。


 「なんだよ、こういうこと聞きたかったんじゃないのか?」


 「いろんなやつに聞いてるけど、みんな同じ答え。たまには違う答え聞かせてくれよ。」


 「そう言われてもなぁ。だいたいみんなそう答えるってことは、みんな結婚して望んでいたことがそれなんじゃないか?で、それが叶ったから『いいぞ〜!』って言う。」


 「そうなのかねぇ。」


 賢人はちびちびと日本酒を飲みながら答える。誰も彼も当たり障りのない模範解答なような答えを出すことに賢人は戸惑っていた。


 「じゃあお前はどんな結婚したいんだよ。」


 「え?」


 「結婚に対する希望とか、理想とか、そういうのが現実になったら結婚して良かったなぁって思うだろ?」


 「お前に語るの?」


 賢人はあからさまに嫌そうな顔をした。


 「なんだよ。結婚生活四年目にして、未だに大きな喧嘩もない俺だぞ?頼りにしろよ!

 そもそも、人生の先輩に教えを請うのは当たり前のことだ!」


 「俺より恋愛経験少ないし、童貞喪失したのが遅かったやつに言われたくない。」


 「でもお前より早く結婚した!」


 賢人の前で豪快に笑い飛ばす男は、穂高という男で、大学の同級生だ。といっても、一浪して入学した彼は賢人より一つ年上だ。大学を卒業しても、こうしてたまに会うほどの仲だ。


 「じゃあさ、ギャップとかなかった?結婚する前としてから。同棲中には見えてこなかった部分とかあるだろ?」


 「うーん、生活的にはそんなに変わらなかったな。お互い仕事してたし、なんら不満もなかったな。

 変わったのは子供が生まれてからだ。嫁さんは育児休暇取ったから、家にいることが増えただろ。そんで、つまらないつまらないって毎日言ってたな。」


 「仕事大好き人間だもんな、嫁さん。」


 「でもいざ産まれたら、今度は子供のことでてんてこ舞いで、俺も仕事しながらサポートしなきゃならんようになった。」


 「やっぱ嫌だった?」


 「まさか!体張って俺の子供産んでくれたんだぜ?感謝して嫁さんのこと労らなきゃって思ったね。」


 思えば、穂高は昔から他人のために何かをすることが好きなやつだった。誰彼問わず困っている人を見つけては助けていた。

 一度、留学生が金に困っていたとき、見返りを求めず十万円もぽんと彼に渡したことがあった。

 これには流石に賢人も穂高に注意した。


 「おい、穂高!お前いくら何でも金を渡すのはまずいだろ!相手は友達でも何でもない。しかも留学生だぞ?帰ってくる保証なんて万に一つない!」


 「わかってるよ、そんなこと。」


 「じゃあなんでそんなことしたんだよ!お前だって余裕あるわけじゃないのに。」


 「誰かが困ってても、誰も助けない世の中なんてさ、嫌じゃん?」


 「…そんだけ?」


 「うん。そんだけ。」


 賢人は呆れを通り越して思わず笑ってしまった。


 「お前は聖人にでもなろうとしてるのか?」


 「まさか。ただ、もしも誰も助けてくれない世の中だとさ、俺が何か困ったとき相手にしてくれないだろ?でも、こうやってコツコツ誰かを助けることが当たり前だって世の中に変えていったらさ、俺が困ったときみんな手を貸してくれる。つまり、この行為は回り回って俺に帰ってくるのだ。」


 「…アホらしい。」


 ガハハと豪快に笑う穂高の周りは、いつだって明るかった。そういうやつのそばには、同じようなやつが集まっていて、いつも楽しそうなグループだった。その中でも穂高は特別だった。例えるなら、太陽。そう、いつだって穂高は太陽みたいなやつだった。周りに光と暖かさを与え、そこにいるだけで落ち着く。


 (こういうやつが、結婚とか向いてるのかな。)


 目の前でビールを美味そうに飲む穂高を見て、ふとそう思った。

 その目線に気がついたのか、穂高は賢人とビールを交互に見ると。


 「飲みたいのか?」


 と聞いた。


 「いらんわ、アホ。」


 相変わらずだと思い、つい笑ってしまった。人を笑顔にさせる天才だなと、改めて思う。


 「そういやお前彼女いただろ?その子と結婚するつもりでこんなこと聞いたの?」


 「いや、結婚する予定はまだないんだが。」


 「じゃあなんだ。女の方からプロポーズしてきたのか?」


 「それも違う。いや、何となく結婚したいって空気は匂わせてきてるけど。」


 「ふーん。なんで結婚しようって思わないの?」


 「…結婚はしようと思えばできると思う。したくないわけじゃないし。…ただ、俺のための時間を、他のやつに与えることができるのだろうかって考えちまう。仕事をもっと充実させたくて、彼女と同棲してるわけだし。」


 「なに、お前同棲までして結婚のこと考えてないのかよ。」


 「…考えてないんじゃねぇよ。考える必要がなかったんだよ。」


 「言い訳すんな。」


 穂高の言うとおりだ。結局は自分の都合で、先延ばしにしているだけ。いつかははっきり決めなくてはならない。このままか、結婚か。


 「正直にさ、彼女に、今の俺の気持ちを伝えて大丈夫だと思う?」


 「結婚したいけど、今は俺のために時間を使いたいからお前にかまってやれないって?」


 「うん。」


 「…そもそもだが、お前は結婚をどう考えてるんだ?」


 「え?」


 「難しく考え過ぎじゃないか?今だって同棲してて、家に帰ったら飯が用意されてて、なんなら風呂も用意してある。子供のいない夫婦と何ら変わらない生活だろ?だったらほとんど結婚みたいなものだろ。」


 「そりゃそうだけど…。」


 「煮え切らないやつだな!はっきり自分の考えを言え!」


 ジョッキを叩きつけるようにテーブルに置いた穂高を店員がちらっと覗く。

 俺の考え、か。

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