自分と他人
「大丈夫か?」
ソファの上で横になる塔子の側で、賢人は手を握って心配そうに塔子を見ていた。
「平気。ごめんね。帰ってきたばかりなのに掃除させちゃって。明日も仕事なのに。」
「午後出勤にするつもりだったから大丈夫。」
「ごめんね。」
目の前で横になる女は弱々しく応える。白く美しい肌は、体調が悪いせいかもっと青白く見えた。手にしている彼女の手も、小さく、細く、ちょっと力を入れるだけで折れてしまいそうだ。
守りたい。そう思うことは普通のことなのかもしれない。しかし、この女のために、自分は尽くすことができるのだろうか。もちろん、俺は塔子を愛している。だが、本当に愛しているのは自分自身だ。
付き合って二年が経った頃から、塔子は結婚を匂わせてきていた。結婚。自由な生活を縛られる日々。愛おしいと思っていた癖も、段々苛立ちに変わる。
どうして結婚しなきゃならないのだろう。いや、いつかはしたいと思うが、今ではない。ようやく自由に使える金を手にし、会社での地位も年齢にしてはそれなりのものになった。もっと俺のためになることをしたい。俺をもっと高めたい。
そう思ってた矢先、塔子が仕事を辞めたいと言ってきたのは、とても好都合だった。彼女をアパートに住まわせなければならなかったが、今まで半同棲のような形だったからそこまで苦ではない。それよりも、家事をしないで、仕事についてしっかり考えられる時間が増えたのが嬉しかった。
だが、その考えも半年続かなかった。やはり自身の時間は欲しくなる。会社を辞めてから一人の時間が増えたのか、塔子はよく俺に構ってくるようになった。
正直に言うと面倒くさい。付き合いたての頃はどんな話でも興味を持てたし、仕事中心の生活をお互いにしてたから、恋人と過ごすひと時を大切にすることができていたのだが。
「賢人?」
難しい顔をしていた自分が怒っていると勘違いしたのか、塔子は不安そうにこちらを見ていた。
「ん、何でもないよ。手首細いなぁって思ってただけ。」
すぐに顔を取り繕い、塔子に優しく笑みを返す。そして塔子の頭に手をやると、優しく撫で始めた。
「もう寝な。ベッドまで行ける?」
「ここでいいよ。汚しちゃまずいし。」
「ソファも汚されたら困るよ。」
軽いジョークを交えると、塔子はクスクス笑って、安心したように目を閉じた。
いつかは答えを出さなければならない。塔子は口には出さないが、俺と結婚したがっている。もうはっきり結婚したいと言われるのも時間の問題だ。
賢人は塔子の頭を撫でながら、袋小路に追い詰められている自分を想像していた。