吐き気
「じゃあまた!どこかで会ったら飲もうね!」
「うん。ありがとう。」
隼人とは連絡先を交換し、その場をあとにした。今まで隼人のような男友達を持つことはなかった。新鮮な交流を経て、塔子の足取りはどこか軽やかだった。
「ただいま。」
二人の暮らすマンションに帰ってきたが、賢人の靴はまだなかった。
(もう日にちも変わったのに。)
夜遅くまで帰ってこないことはよくあったが、飲み会で遅くなることは無かった。彼は、酒を嗜むのが好きだが、どんちゃん騒ぎを好まなかったためだ。
(よっぽど楽しいのかな…。)
スマートフォンに連絡しようかと思ったが、邪魔をしてしまうのではないかと躊躇ってしまう。こんな時にでも彼の顔色を窺ってしまう自分が嫌いだ。自己嫌悪に陥ってしまうと、どんどんマイナスな考えが浮かんでくる。こんな自分だから、彼は結婚してくれないのか。遊びのつもりなのか。いや、遊びなら三年近くも付き合うだろうか。それとも、都合のいいキープ?もしかして、他にいい人がいるんじゃないか。
『あ、この女捨てられたのね。可哀想。』
ふと、由紀子の言葉が蘇る。
捨てられる。職もない、資格もない、住む場所もここしかない。今ここで捨てられたら?私はなんのために生きていけばいいの?
バーで彼に送った言葉には、返事どころか既読の通知すらつかない。もしかして、今頃、私の知らない誰かと飲んで、言葉巧みに誘いかけてるのかも。
一度漏れ出した不安が、堰を切ったように溢れてくる。吐き気がする。これはお酒のせい?それとも精神的なもの?頭が働かない。とにかくトイレに行かなければ。フラフラする頭を抑えながら、ゆっくりとした足取りで廊下に出ると、上機嫌に顔を赤らめた賢人が、丁度良く帰ってきた。
「ただいま〜!いや〜、ごめんごめん!盛り上がっちゃってさぁ!」
人の不安など露知らず、楽しそうな彼の顔を見て、塔子は吐き出した。