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スクランブルエッグを朝食に  作者: 中倉三利
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塔子と隼人

カランと音がなりはっと目が覚める。酔いが回ってウトウトしていたようだ。静かな店内には、塔子のうたた寝を邪魔しない程度のBGMが流れ、カウンターに一人座る塔子が、より寂しい女のように見せた。

 

「お疲れですか?」


 バーテンダーがカウンター越しに尋ね、ミネラルウォーターの入ったグラスを差し出した。

 

「すみません。ウトウトしてしまって。」

 

「構いませんよ。今夜はお客の足も遠いようですから、ごゆっくりされればいい。」


 恥ずかしさで顔が熱くなるのを感じた。飲み屋でうたた寝をするなんて久しぶりだ。考え事で疲弊した脳は、お酒の力で簡単に思考力を鈍らせる。泥のように詰まってしまった悩みごとをふわりと消してしまい、気がつけば考える事を辞めさせていた。

 

「何か飲まれますか?」

 

「いえ、もう、帰ります。」


 恥ずかしさのあまり会計を要求してしまったときに、賢人との約束のことを思い出した。そう言えば合流するんだっけ、とスマホを覗くと、案の定賢人から連絡が来ていた。

 

『飲み会が思ったより盛り上がってカラオケに行く。今日は先に帰ってていいよ。』


 彼女との約束をほおっておくなんて非情だと思ったが、今までもよくあることだった。

 

『わかった。あまり遅くならないでね。』


 あくまで気の利く彼女を演じるが、内心は違う。なんで来てくれないの!約束したじゃない!私のこと嫌いになった?なんて言えたらどれだけ楽だろう。彼好みの女になり切ることにも疲れていた。

 時刻は21:00。仕事を終えた人々がビジネス街から飲み屋街へと移動していく中、塔子は一人、人々と反対方向へ歩く。足元がふらつく。お酒は弱い方ではなかったはずだが、久しぶりに飲んだことと、ここ最近の悩みが、酔を深めていた。

 

「お姉さん、大丈夫?」

 

 若いサラリーマンが声をかける。無言でその横を通り過ぎるが、向こうも酔っているのか、しつこく絡んできた。

 

「お姉さん、足元ふらついてるよ。危ないから、送ってあげようか?」

 

「結構です。大丈夫ですから。」

 

「まあまあ、じゃあ飲みに行こうよ。まだ帰るには早くない?」

 

「彼氏いるんで。」

 

 足早に去ろうとしたとき、不意に吐き気を催した。たまらず路地裏に駆け込み、胃の中身を吐き出す。男はぎょっとしたが、すぐに背中をさすってくれた。

 

「大丈夫?水飲む?」

 

「いえ、大丈夫、ですから。」

 

「そんなに飲んで…。なんか嫌なことでもあったの?」

 

「あなたには、関係ない、から。」

 

「そんなこと言うなって、せっかく善意でここまでしてるんだから。並の男なら、ゲロ吐いてる女なんか、避けるに決まってるって。」

 

「うるさい人ね。」

 

 程なくして落ち着いた塔子は、男の顔をじっと眺める。

 

「あ、ごめん、ちょっと怒った?初対面なのにズバズバ言い過ぎたかな。」

 

「慣れてるから大丈夫。」


「…へえ、あんた、美人だな。さっきはよく見えなかったけど、すごく綺麗な顔をしてる。」

 

 いきなり褒められて、塔子は悪い気はしなかった。思えば、最近賢人から綺麗だとか可愛いだとか言われていない。

 

「彼氏いるって言ってたよね。今日彼氏は?」

 

「会社で飲み会。」

 

「だから一人?友達と飲んでてその帰りとか?」

 

「まあ、そんなとこね。」

 

「ねえ、だったら俺と飲まない?さっき吐いた分でだいぶ酔いは醒めたんじゃない?」

 

 軽口でジョークを語る彼は、賢人とは違うタイプの人間だった。

 

(どうせ賢人も帰りは遅いし、まだ時間的に余裕はあるし…。)

 

「いいわよ。いいお店、知ってる?」

 

 まさか好意的な返事が帰ってくるとは思っていなかったのか、男はどきまぎした顔を見せたが、すぐに笑顔を作り、塔子をバーに誘った。



 隼人と名乗った彼は、クラブミュージックの流れる、スタンディングバーに塔子を連れて行った。今まで来たこともなかった場所に連れられ、塔子はワクワクしていた。つい十数分前まで嘔吐していたとは思えないほど元気だった。

 

「こういうところ来たことなかったの!」


 まるで新しい玩具を手にした少女のように、塔子は瞳を輝かせていた。

 

「よかった。気に入ってくれそうで。」

 

 隼人は愉快そうに笑うと、手にしたグラスを塔子の前に掲げた。

 

「この夜に乾杯!」

 

 塔子もまた、グラスを掲げ。

 

「この夜に乾杯!」

 

 隼人と同じ言葉を呟く。二人は抑えていた笑いを噴き出し、ゲラゲラと笑った。

 

 隼人は終始、塔子を楽しませた。くだらないジョーク、腹が捩れるほど面白い話、最近あった失敗談など、賢人とは違う楽しさを彼は持っていた。

 

「塔子ちゃんは、彼氏とどのくらい付き合ってるの?」

 

「もうちょっとで三年。」

 

「いいの〜?こんなところで知らない男と飲んじゃって。」

 

「誘ってきたのはあなたじゃない。」

 

 クスクスと二人は笑い合う。賢人とは違う、落ち着かせる雰囲気の彼に、少しだけ惹かれていた。賢人がいなかったら、ホテルに誘われてもひょいひょいついていくんだろうな、と塔子は思った。

 

「二年以上も付き合ってたら、そろそろ結婚とか考えるんじゃない?」

 

 結婚。その二文字で、塔子の酔いは一気に醒めていくように感じた。一瞬の暗い雰囲気に隼人は気づいたのか、慌てて馬鹿げた話で場を盛り上げようとする。

 

「もったいないなぁ!彼氏くん。こんなに可愛い子を放っといたら駄目だよ!俺みたいなよくわからない男に奪われちゃうぜ!」

 

「それだけは無いわ。」

 

「ひどいこと言うな。」

 

 どうにか笑うことを取り戻し、不安な要素を一時的ではあるが取り除く事ができた。

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