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スクランブルエッグを朝食に  作者: 中倉三利
19/33

What is this thing called Love?

 「いらっしゃいませ。」


 「塔子、来たよー。」


 「由紀子、いらっしゃい。」


 慣れた手つきでおしぼりを渡す。塔子はあれからすぐに竹口が経営するバー『Take two』にアルバイトを始めた。馴れない接客には苦労したが、アットホームなお客さんと竹口のフォローのおかげか、一ヶ月経った頃にはすっかりバーテンダーが様になるようになっていた。


 「でもまだお酒の種類も覚えきれてないし、作れるのはビールとソフトドリンクだけ。」


 「十分じゃない。あとはマスターが頑張ればいいんだから。」


 「人使いが荒いねえ由紀子ちゃんは。」


 実際、オーダーの殆どは竹口が作っている。手助けできるように何か覚えたいと竹口には言うが、「塔子ちゃんはそのままでいい。そのままがいい」とビールの注ぎ方くらいしか教えてくれなかった。家でも同じコーヒーを飲みたいと伝えたので何とかコーヒーの入れ方は教えてくれたが、お酒はまだだった。信用されていないのか、あるいは塔子の腕が悪すぎるのか。


 「こんばんは。」


 「いらっしゃいませ。」


 「今日はまだ誰も来とらんのですか。」


 常連のピアニストである長谷川だ。彼は二年前に地元を離れ就職でこの街に来た。まだ方言が抜けきっておらず、と言うか本人は抜く気がさらさら無いようで、酔った彼の話はたまに通訳を要する。


 「ハセくん一番乗りです。」


 「じゃあのんびり飲みながら待ちます。」


 スコッチのロック。彼がいつも頼む。一人で酒を飲むとき、彼は決まってスマートフォンを睨みつけ、何かをしている。気難しそうな顔をしている彼を見ると、つい何をしているのか気になってしまう。後ろを通るたびにちらっと覗いてみるものの、上手く隠され確認できない。


 「あんまりジロジロ見るもんじゃないよ。」


 「竹口さんも気になっているんでしょ?」


 竹口と二人きりのとき、長谷川のスマホの中身について話したことがあったが、彼は決まって「プライベートだから」と言う。

 今日もタバコを煙らせながら、液晶画面をじっと見つめ、思い出したように何か作業をしている。


 (誰かにメールだろうか。それとも検索しているだけ?)


 気になり始めるとつい見てしまう。彼の真剣な顔を。


 「塔子、さっきから何チラチラ見てるの?」


 由紀子の指摘に慌てて対応する。


 「別に?何も見てないよ。」


 「見てたよ。」


 「塔子ちゃん、ハセに夢中なの〜。」


 竹口が茶化してくる。こうなると調子に乗るのが由紀子だ。


 「ええー!塔子いつの間に!」


 「ちょ、違います!」


 長谷川の様子を見ると、大して驚いたような表情を見せず、じっとこちらを見つめていた。


 「塔子さん、俺のこと気になっとるんですか?」


 「違うってば!」


 「すんませんけど、俺、年上は好みじゃないですけぇ。」


 「だから!」


 慌てて否定しても、却って不自然になってしまう。そんな塔子に由紀子は遠慮なしに茶々を入れる。まったく、本当にこの手のからかいが好きなんだから。


 「でも塔子、そろそろ新しい恋愛始めないの?」


 「始めないの?って、そう簡単に言わないでよ。社会人なんてただでさえ出会いが無いんだから。」


 「街コン!」


 「そんなお金はありません。」


 「相席屋!」


 「行ったことないし、怖い。」


 「マッチングアプリ?」


 「見ず知らずの人とお話とか続けられる気がしないわ。」


 恋愛は当分いい。正直なところそれが本音だ。そもそも、アラサーのフリーターに貰い手があるのだろうか。


 「塔子ちゃん、大丈夫だよ。このお店はそこそこいい男がやってくるから。ハセみたいなね。」


 「僕はそこそこなんすか。上玉だと勝手に思っとりました。」


 竹口が冗談で場を紛らわす。彼のおかげで余計なことを考えなくて済む。今はただ、この空間を大切にしたい。気のいいマスターがいて、素敵なお客様がいて、心弾む音楽に満たされているこの空間を。

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