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スクランブルエッグを朝食に  作者: 中倉三利
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Take Five

 「また失敗か。」


 塔子の目の前にはボロボロに崩れたひき肉の塊が無残にフライパンに陣取っている。焼く前はきれいな俵形だったのに。


 「いいや、どうせ私しか食べないんだし。」


 ハンバーグの形をしていたものは、牛乳を入れすぎて緩くなったのか、あるいはひっくり返すタイミングが早すぎたのか、フライ返しを入れるとボロボロと崩れていった。諦めて肉そぼろと化したものに火を入れていく。

 元々、作り置きのために多めに作ったのでそぼろの量は結構なものになった。今日食べる分はいいとして、残りはどうしたものか。


 「ケチャップを入れればミートソースになるかな?」


 ゴロゴロとしたミートソースを想像して頬がにやけるが、結局予定していたハンバーグが作れなくて落胆する。料理ぐらい上手くならなくては。得意料理がサラダだけなんて、恥ずかし過ぎる。

 ひとり暮らしを始めて、一週間が経った。一人分の食事を作るのは意外と面倒なもので、二人あるいは四人前を作り、アレンジして毎日食べていた。だが、その多くは予定していたようにいかないか、味が良くないものが多かった。こうも上手くいかないと、段々料理そのものが嫌いになってくる。


 「いただきます。」


 簡素な部屋で、一人黙々と食事を取る。こうして一人で食べる事にも慣れたものだった。静かに食べるのが嫌なので、BGM代わりに興味の無いバラエティ番組を流しながらである。昔は食い入るようにテレビを見ていたものだが、最近はどうにもつまらない。

 賢人と別れて一週間。小さなちゃぶ台と座椅子を購入した以外は、新しい家具を買い揃えることはなかった。調理道具も、必要最低限の物のみ。買うお金が無いわけではない。賢人から渡された十万円があるし、貯金を切り崩せば色々買える。しかし職無しの身では、現実的に考えてあまり散財できないでいた。

 早く仕事を探さなくてはならない。しかし、時期が時期だからか、あるいは塔子の能力不足からなのか、なかなか就職先は見つからなかった。いよいよアルバイトでもいいから、何か仕事を始めなければならなかった。

 通知音とともにスマートフォンが震える。


 『塔子、ご飯食べに行こー!』


 由紀子からのお誘いのメールだ。そう言えば、由紀子にまだ別れたことを伝えていない。

 由紀子はなんて言うだろう。「どうして?お似合いだったのに」それとも「あんな男別れて正解!」いや、案外気にも止めないかも。


 「あ、やっぱり別れたんだ。」


 クリームパスタを口に運びながら由紀子は軽々しく言葉を発する。


 「やっぱりって、何となくそんな気はしてたの?」


 「まあねー。向こうから来ないし、大方『付き合いきれない』とか言われたんじゃないのー?」


 「そんなことは言ってないけど…」


 あながち間違ってはいない。


 「で、どうしてんの?今は。」


 「なんで別れたのか聞かないの?」


 「聞いてほしいの?」


 「いや……いい。」


 「で、今は?」


 「とりあえず部屋を出て、今はこの街に住んでる。」


 「ええ!ここにしたの!?いーなー!」


 「まあ、なんだかんだよく来るし。結構気に入ってたし。」


 「でもあんたなら、もっと都会の方で暮らすもんだと思ってた。バリバリ仕事するぞーって。」


 「うーん、それも考えたんだけど、そもそも就職先が無くて。」


 「そうかー。何かやりたい仕事とかあるの?」


 「前と同じような仕事ないかなって思ってたんだけど、どこも採用は取ってなくて。」


 「時期的なものかねぇ。」


 「だと良いんだけど。」


 「今すぐ仕事が無いと経済的にやばいの?」


 「それほどでもないけど、やっぱり貯金切り崩して生活ってちょっと不安というか。」


 「アルバイトは?」


 「それも考えてるけど、私、そんなにバイトした経験ないから。」


 「塔子、顔が良いんだから飲食とかやったらどう?接客業とかすぐ採用されるんじゃない?」


 「接客ね…。あまり気が進まないんだよなぁ。」


 「どうして?」


 「飲み屋とか騒がしいところは好きじゃないし、こういうカフェとかはコーヒー作れなきゃ駄目でしょ?私、インスタントでしか作ったことないし…、料理下手だから満足に作れないんじゃないかって。」


 「コーヒーくらい問題ないでしょ。」


 「嫌よ!年下にそんな事もできないの?って顔されるの怖い!」


 「筋金入りの料理に対する恐怖感ね。じゃあコンビニとかスーパーのレジ?」


 「まあそこら辺を考えてるけど…、そう言うのってアルバイト同士でなんか色々探られそうで面倒くさそうで。」


 「その考えがもう面倒くさ。」


 由紀子の言い分はごもっともだ。今更何かを選べるほど甘い状況ではないというのに。


 「あ、あるわ。調理しなくていいし、アルバイトが少ないところ。」


 「知ってるの?」


 「旦那の友達がやってるバー。」


 「…バーテンダー?」


 「まあ平たく言うとそうなるけど」


 「ムリ!」


 「決めつけ早くない?」


 「だってカクテルなんてムリムリ!あんなカッコイイことできるわけ無いでしょ!こう、カシャカシャって、絶対こぼす!」


 「あんた、シェイカー想像してる?そういうのは出来る人に任してしまって、自分はニコニコ笑ってお話聞いてればいいのよ。」


 「なんか、スナックの人みたい。」


 「まあやってることは一緒だけど、場所が場所だからたぶんエロ親父なんかは少ないわよ。」


 「行ったことあるの?」


 「いいところよー。落ち着いた感じが結構好きね。規模も大きくないし、客層もカジュアルすぎないし、駅から少し離れてるからそこまで忙しい感じじゃなくて常連さんを大事にするようなお店よ。」


 「でもなあ。」


 「ま、行ってみれば分かる。…今夜行く?試しに。」


 「急すぎない?」


 「塔子がそこで働いてくれたら実は嬉しいんだよね。塔子に会いに行くって理由でそのバーにも行けるし。」


 「そんなに気に入ってるのね。」


 「迷わず行けよ、行けば分かるさ!」


 「…誰の言葉だっけ?」


 「とにかく!今夜行くからね!」

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