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スクランブルエッグを朝食に  作者: 中倉三利
12/33

終わりの朝と始まりの朝

 夢を見ていた。私は少女だった。ひとりぼっちの部屋で、顔もわからない誰かの帰りを待っていた。手には小さな青い花を持って。今にも泣き出しそうな顔をしているのに、なぜだか必死に耐えていた。

 目の前のドアノブが回る。ああ、待ちくたびれた。さあ、早く私に会いに来て。そして私を―――

 

 そこで私は目を覚ました。どうやらテーブルに突っ伏して眠っていたようだ。メインディッシュがない皿に盛られたサラダは、瑞々しさを失くしている。結構な時間が経ったのだろう。ゆっくりと立ち上がり、窓へ向かう。窓の外は真っ暗だった。寂しそうに輝く街灯だけが見える。私以外、誰も起きていないのだろうか。スマホには通知一つない。


 「出ていかなくちゃ。」


 誰かに言われたわけではない。ここを出ても行く宛などない。だけど、出ていかなければならない気がした。この家には、もう居場所はない。そう感じてしまったから。

 唯一持ってるスーツケースに、替えの下着と何着かの着替えセットを入れ、個人の貴重品が入ったバッグとともに部屋を出た。持って行きたかったものは何個かある。だが、今の私には、それらをどう運ぶかなんて、考える余裕がなかった。

 始発電車までまだ一時間以上もある。時間を潰せるようなお店は近くにはない。少し歩くけど、特急が止まる駅まで行こう。そこなら近くにネットカフェもあるし、スマホも充電できる。

 ナビアプリを頼りに、真夜中の街を歩く。時折強く吹く風が、木々を揺らし、シャッターを鳴らし、見慣れた街を見慣れないものに変える。スーツケースを引くゴロゴロと言う音以外は、遠くを走るバイクの音しかない。自分の周りに生き物の気配がないと、途端に不安に思う。今にもその角から、正体不明の化物が現れるんじゃないか。ありえないと分かっていても、早歩きになってしまう。

 もう少しでネットカフェに到着しそうだ。さっきまでの恐怖感はすでに無くなっていた。ふいに見上げれば、とっくに空は白んでいて、恐怖心の代わりに現実感を与えた。


 (私、これからどうしよう。)


 勢い余って出てしまったけど、本当に当てがない。由紀子のところにお世話になるわけにはいかないし、今からでも戻ってしまおうか。…いや、あそこにはもう戻れない。何となくだが、あそこには居場所がないのがわかる。あの人に必要とされないと感じてしまった今、もうあそこへは帰れない。

 太陽が空を青に染めていく。街は起き始めて、一日が始まろうとしている。朝日が塔子の顔を染めたとき、思わず涙が滲んだ。私の人生はこれから始まるのだろうか。それとも終わるのだろうか。

 ネットカフェに入ってようやく一息つけた。行く末がどうなるか考えていても仕方がない。まずは、一眠りしよう。僅か二畳程度の空間が、久しぶりの個人領域になった。

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