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スクランブルエッグを朝食に  作者: 中倉三利
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塔子と賢人

長編の予定です。

書き溜めしていますが、全て書き終えてはいません。

のんびり投稿していく予定ですので、のんびり待っててください。

待つ間に、他の短編も読んでいただければ嬉しいです。

 柔らかな朝の日差しで目を覚ます。体を起こすと、真っ白な壁に反射した光が、重たい瞼に世界を認識することを拒ませる。やがて光に目が慣れ、白いシーツを上に佇む自分の姿を認識する。簡素なベッドの上で、無防備に晒した生まれたままの姿の自分。肩まで伸びた髪の毛は寝癖でうねっており、毛先は自由気ままだ。柔らかい乳房は瑞々しくハリがあり、ぷっくり膨れる乳頭を有する。腰より下は掛け布団に隠されているが、その下も何も身につけていない。美しく佇む体を、まるで絵画作品のようだと思い、ボサボサの髪の毛を掻き分ける。動くたびにうねった髪が皮膚を撫でてくすぐったい。

 隣で眠る昨夜私を抱いた男は、私と同じように生まれたままの姿で静かに寝息を立てている。起こさないように静かにベッドを出て、慣れたように床に落ちたショーツとキャミソールを着る。寝室を出てキッチンへ向かい、電子ポットにミネラルウォーターを注ぎスイッチを入れる。お湯が沸く間にトイレへ行き、我慢していた尿意を解く。用を足し水を流そうとするが、けたたましく流れる水の音で、彼が起きてしまわないかと一瞬ためらう。恐る恐るレバーを引くが、普段と変わらない音量で、勢い良く水が流れ出した。静かに寝室を覗き込み、こっそり彼の様子を見るが、変わらぬ様子の彼を見て、ついさっきまでの不安は杞憂に終わった。

 ほっと胸を撫で下ろし、朝食の用意をするためキッチンに向かう。冷蔵庫から食パンを二枚取り出し、トースターへ放り込む。スイッチを入れて、昨日の晩酌の跡が残るテーブルを片付ける。食べ残されたサラミとチーズはゴミ箱。ワイングラスと空のボトルは流し台。食パンが焼ける間に、グラスと皿を洗う。

 効率を考えた動きに、一切の無駄はない。淡々と仕事をこなす自分は好きだ。能力があると思われることに、私は自分の存在意義を見出すからだ。

 程なくして音を立ててトーストが飛び出す。きれいな焼き目を確認したら、彼を起こしにベッドへ向かう。

 

「賢人、起きて。」

 

 猫のように丸まり、寝息を立てる彼に優しくキスをする。うう、と唸り賢人は頭まで布団を被った。クスリと笑って布団の中に潜り込み、大きな彼の背中に抱きつく。手を彼の股間に伸ばし、いたずらっぽく分身を触る。

 

「ほら、起きて。起きないと意地悪しちゃうぞ。」

 

 首筋を舌でなぞると、手の中のものは熱く反応する。正直に反応する彼の体が堪らなく愛しい。

 

「やめろよ、朝なんだから。」

 

「やめろって言う割にはきちんと反応してるわよ。」

 

「生理現象だよ。朝だから仕方ない。」


 賢人は、乾いた喉でボソボソと呟く。

 

「もうパン焼けちゃったよ?起きて食べよ。コーヒーにする?紅茶にする?」

 

「…コーヒー。」


「わかった。」

 

 彼から離れベッドを抜け出し、勢い良く布団をはぎ取る。一つ呻き声を発する彼に慈しみの笑みを浮かべ、コーヒーを淹れにキッチンに戻る。

 インスタントの瓶から、スプーンで粉を取り出し、濛々と湯気を立てるポットを傾ける。口から流れるお湯が、インスタントコーヒーを溶かし、ふわりとコーヒーの香りが部屋中に広がる。その匂いに釣られて出てきたかのように、下着姿の賢人が、目を擦りながら寝室から出て来た。

 

「おはよう。塔子。」

 

「おはよ、賢人。」


 いつもどおりのハグ、いつもどおりのキス、いつもどおりの朝。同棲を始めて二年が経ち、普遍的な幸せを噛みしめるほどの関係に私達はなっていた。二人の間にドラマティックな問題は必要ない。変わらない日常を大切に育てるだけで十分なのだ。

 朝のニュースはエンタメコーナーに変わり、有名芸能人カップルの結婚報道を流していた。

 

「へえ、この二人も結婚するのね。」

 

 まるで古くからの友人の結婚の知らせを受け取るかのように振る舞う。

 

「ふーん。」


 パンを食べながら、賢人はさも興味ないように言った。こういった報道には全く興味を持たない。スキャンダルや汚職事件、世間を賑わす悪党にしか、彼はニュースに興味がない。

 

「いいなあ。絶対ウェディングドレスとか派手なんだろうね。」

 

「塔子は派手な方がいいの?」

 

「派手すぎるのは嫌だけど、友達を沢山呼んで、幸せだよ!ってアピールしたいかな。」

 

「あんまりそういうのはなぁ。静かに、親戚だけとかの方が引き出物とか沢山用意しなくて楽だろ。」


 付き合ってもうすぐ三年になる。結婚適齢期にお互い近づき、話題は自然と結婚の話になる。SNSでの友人の結婚の知らせ、芸能界の結婚のニュース、ブライダルのCM、ドラマ、結婚に関するものはいつだって私達の間に出てきていたが、未だに彼からプロポーズは受けていない。彼は私と結婚したいのだろうか、と不安になるが、彼の口から「愛してる」の言葉が出るだけで、私の不安はなくなっていく。しかし、完全になくなるわけではなく、少しずつ蓄積されていく。そういった不安は、物に表れる。彼の出世に合わせ棲家を同じにし、私は彼との結婚を視野に入れ、前の家電や家財道具を新しく買い替えた。彼好みの簡素な作りのそれらは、控えめだがしっかりとした存在感を放ち、余計な機能を省いた無駄のない物たちだ。私はポップなカラーデザインや、可愛い装飾を好んでいるが、全ては愛する彼のため。彼が望むものをきちんと用意したかった。家電も道具も、私自身も。

 一ヶ月前に会社を辞め、きちんと家事をこなせるように特訓したし、彼が体を求めれば、生理の日を除いて彼を受け入れた。ただ唯一、克服していないことがあるが…。

 

「やっぱりパンに炒り卵は合わないよ。トロトロのスクランブルエッグじゃないと。」

 

「ごめん、火を通しすぎちゃって。」

 

「塔子は料理だけは駄目だなぁ。」

 

 ケラケラと笑いながら言う彼の言葉に心が痛む。彼に求められる存在でなければならないのに、彼からのダメ出し一つで、すぐに不安が襲う。彼が私を必要としなくなったら、私はどうすれば良いのだろう。

 

「塔子、聞いてる?」

 

「あ、ごめん。何?」

 

「だからさ、今度俺、出張で二三日出るから。」

 

「そうなの?いつから?」

 

「来週の木曜日から。」


「そう。じゃあ準備しとくね。どこに行くの?」

 

「伊豆。」

 

「へぇ、観光地じゃん。いいホテルに泊まるのかな。」

 

「ばーか、仕事だぜ?やっすいビジネスホテルだよ。」

 

「そりゃそうか。でもいいなぁ。ホテルで朝食。」

 

「そうかあ?俺、朝はそんなに食えないから、あんなに沢山あってもパンだけで腹一杯になって、いつも無駄な金だなぁって思うんだよね。」

 

「でもでも、スクランブルエッグとか、トロトロですごく美味しいとこあるじゃん!私ホテルのスクランブルエッグ大好き!目の前で料理して、出来たてをくれるんだよ!まるでお姫様みたいじゃない?」

 

「ビジネスホテルの朝食ごときで。安いお姫様だな。」

 

 賢人は馬鹿にしたように笑い、席を立った。

 

「じゃ、そろそろ出るわ。今日は晩飯いらね。フットサルサークルの飲み会だから。」

 

「うん、わかった。」

 

 賢人は手早く歯を磨き、髭を剃る。ハードジェルで髪をピシッと揃え、高級スーツに着替えると、できる男に見える。実際、この年で異例の出世を果たした賢人は、できる男なのだろう。

 

「行ってきます。」

 

「行ってらっしゃい。」

 

 玄関でキスをし、彼はひらひらと手を振って仕事に出かけた。

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