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短編集

魔王の娘に世界の半分をくれと言ったら取り返しがつかなくなった

作者: 緋色の雨

 ウィルリア大陸の大地は痩せ衰えていた。

 光と闇、人類と魔族の戦いが数百年も続いており、戦争の道具として使われた装備品と、それらを作るために消費された資源が、人々の暮らしを圧迫しているからだ。


 もはや、どうして戦争が始まったのか、ハッキリと覚えている人間はいない。長寿の種族の中には覚えている者もいるが……大半の者にとっての戦う理由は相手が攻めてくるから、だ。


 後から考えたらきっと、どちらの勢力も終戦を望んでいたのだろう。


 だが、所詮光と闇は交われない。攻めるのをやめれば攻められるかもしれない。殺さなければ、その分だけ大切な誰かが殺される。

 そんな恐怖に駆られ、人類と魔族は何百年ものあいだ戦争を続けていた。


 ――しかし、大規模な戦争を繰り返していれば、自分達は自滅する。

 互いにそんな状況になった頃から、戦争のあり方が変わってきた。民兵を浪費するのではなく、鍛え上げた少数戦力をもって相手を打ち倒す。そんな戦いへと変化していった。

 人類はやがて部隊としては最小規模、四人一組のパーティーを編成し、魔族領への奇襲作戦を展開するようになった。


 俺はそんなパーティーの一つに所属するメンバーの一人だ。

 仲間達とあまたの戦場を駆け抜け、数え切れないほどの魔族を討ち取った。やがてパーティーは序列第一位に上り詰め、俺は緋色の勇者と呼ばれるに至った。


 ――だが、いつからだろう?

 魔族もまた少数精鋭部隊を編成するようになり、俺の前には絶えず魔王の娘が立ちはだかるようになった。

 見た目は俺達とあまり変わらない娘のくせにむちゃくちゃ強い。しかも、俺達の動きを察知しているようで、俺達が攻めたところに必ず現れる。

 おかげで、最近の俺達はまったく成果を上げられていない。


 ただ、魔王の娘を釘付けにしていると言うことで、俺達の評価は下がっていない。

 ――というか、一度は下がり掛けたのだが、序列第二位と三位のパーティーが魔王の娘にフルボッコにされて敗戦したことで俺達は再評価された。

 いまでは、魔王の娘を抑えられるのは俺達か、複数のパーティーを連合で当たらせた場合のみという評価になっている。

 そして、今日も――


「やっぱり現れたわね、緋色の勇者! この砦は落とさせないわよ!」

 魔族が持つ砦の一つ。

 俺達が奇襲を掛けようとした瞬間、挨拶代わりの攻撃魔術が飛んでくる。俺はとっさに聖剣を引き抜きざまに、魔力を込めて振るった。

 攻撃魔術と剣から放った魔力がぶつかり合い、軽い爆発が起きる。そしてその爆風が晴れたさきの虚空には、見た目だけは美しい少女が浮かんでいる。


「出やがったな、フィリアリア! いっつも待ち伏せしやがって、ストーカーかっ!」

「んなっ!? ちちっ違うわよ! ちょっと強くて顔が良いからって調子に乗らないで! そっちこそ、必ず、あたしの待ち受けてるところに来るじゃない!」

「俺は重要な拠点を選んでるだけだ!」

 俺の選定基準は二つ。戦略的に重要で、民間人への被害が少ない場所である。

 数百年の戦争で戦線が行ったり来たりを繰り返し、戦いが少数精鋭規模になったことで、戦線付近の街や村は、魔族と人間の共存している地域が増えている。

 そういった連中に被害を出すのは俺の望むところじゃない。


「……相変わらずコントみたいですね」

「実はあいつら、気が合うんじゃないか?」

「あはは……お兄ちゃんのあんな姿、他のパーティーには見せられないよね」

 後ろで俺の仲間達がなにか言っている。俺だって、望んでこんなやりとりしてるわけじゃないっての。ただ、フィリアリアが強くて、倒せないだけだ。


「……重要な拠点、ね」

「あん?」

「なんでもないわ。今日こそ、あなたを討ち取ってあげる!」

「それはこっちのセリフだ!」

 上空にいるフィリアリアは漆黒の鎌を虚空から引き抜き、剣を構える俺に向かって急降下してくる。ぶんっと振られた鎌を、俺は真っ向から受け止めた。

 想定以上の衝撃に、俺は思わず顔をしかめた。


「また力を付けやがったな。見た目は華奢なくせに、どっからそんな力が出てくるんだ!」

「なによっ! そういうあんただって、あたしの一撃を受け止めてるじゃない!」

 フィリアリアが鎌を引き――そのままクルリと回して二撃目を放ってくる。俺は上半身を仰け反らせて回避。三撃目はバク転で避けて、空中で牽制の一撃を放つ。


「くっ、相変わらず曲芸みたいなマネを! あたしだって出来るんだからね!」

 フィリアリアは俺が放った牽制を鎌の柄で弾き、その反動を利用しての虚空で一回転。その反動で鎌を放ってくる。

 二つに分けたプラチナブロンドが光を反射して煌めき、赤と金色のオッドアイが爛々と輝いている。思わず見とれてしまいそうなほどに洗練された動きだが――


「――そこだっ!」

 俺は鎌の一撃を受け流すのではなく強引に弾き返し、空中で体勢を崩したフィリアリアに向けて剣を突き出した。その一撃が、フィリアリアへと吸い込まれる。


「甘いわねっ!」

「――なっ!?」

 決まったと思った一撃は空を切り、フィリアリアのしなやかな足が視界外から飛んでくる。とっさに腕でガードした俺は、そのまま軽く背後へと吹き飛ばされた。


「~~~っ。やってくれるな」

 俺は少し距離を取って、体勢を立て直す。

 フィリアリアはそんな俺を、余裕の表情で見つめていた。


「やっぱり、彼女は強いですね」

「ああ、俺達じゃ目で追うのが精一杯だぜ」

「相手してるお兄ちゃんがおかしいよね」

「おまえら、見てないで手伝えよ!?」

 観戦している仲間に向かってツッコミを入れる。


「ふっ。俺達が参加したら瞬殺だぜ? 俺達がな!」

「うんうん。魔王の娘、強すぎるよ」

「わ、私は、リオン様が怪我をしたらすぐに治します!」

 戦士と賢者が好き勝手言っている。

 俺の味方は聖女だけか。


 ……だが、まぁ……無理もない。

 以前に参戦したときは、不意打ちとはいえ、本気で瞬殺されたからな。いや、手加減されていたから、致命傷には至っていない。そういう意味では瞬殺じゃないけど。


 こいつらは、俺にとって頼もしい仲間達だ。

 だけど、フィリアリアとの戦闘に参加させたら、犠牲は避けられないだろう。それを避けようとしたら、逆に仲間が足手まといになってしまう。

 ……まあ分かってる。それは分かってるんだ。俺だって犠牲を望んでるわけじゃない。本気でこいつらが参加しようとしたら、俺は間違いなく止めるだろう。


 俺とフィリアリア。どちらかが勝たなくては、この状況は改善しない。仲間達はどれだけ苦渋だろうと、見ていることしか出来ないのだ、と。

 ただ――


「蹴りが来るぜ! 太ももに見とれて避け損なうなよ!」

「お兄ちゃん、押されてるよ!」

「リオン様、がんばってください~」


 こう、なんというか……おまえら、ちょっとは手伝えと。分かってる、分かってるけど、それでも言いたくなるんだ! 分かるよな? っていうか、分かれ!


 俺は内心で叫びながら、フィリアリアに斬り掛かる。

 上段から斜めに振り下ろし、弧を描いて切り返す。

 だが、その一撃はおとりだ。右手だけで上段へと切り上げながら距離を詰め、剣から手を離した左手でフィリアリアの腹に拳を叩き込む。


「――っ。やってくれるわねっ!」

 フィリアリアは少し吹っ飛んで――いや、自分で飛んで衝撃を殺したのか。すぐに距離を詰めてくる。鎌の刃と柄による連撃。

 俺はそれを回避、あるいは剣で弾いてその隙に攻撃を加える。互いに息をつかせぬ攻防でありながら、どちらも決め手に欠ける。

 俺はそんな状況にいつしか慣れてしまっていたのだろう。どこからか飛来した魔法に気付くのが遅れた。とっさに剣で弾き散らすが――


「――しまっ」

 気がつけば、俺の目前にフィリアリアの鎌が迫っていた。魔法からの防御に気を取られた俺に、その一撃を避ける術はない。

 その凶悪な刃が俺を真っ二つに――する寸前、鎌がクルリとひるがえって、柄の部分で俺を思いっきり殴り飛ばした。

 地面を転がった俺は盛大に咳き込む。


「リオンっ!」

「リオン様っ!」

「お兄ちゃんっ!」


「――動かないでっ!」

 痛みに耐えて起き上がろうとした俺の首もとに、フィリアリアの鎌が突きつけられた。その行動一つで、俺だけではなく仲間達も動けなくなる。


 だが……彼女の実力なら、ここから俺と仲間を瞬殺するのは造作もないだろう。にもかかわらず、仲間達はまだ生きている。その事実だけが俺にとっては救いだった。


「こんな形で決着がつくとは、な」

「……そうね。あたしも不本意だわ。でも……」

「分かってる。一騎打ちだなんて取り決めはなかった。油断した俺が悪い。だが……出来れば、あいつらは見逃してくれないか?」

「リオン、なに言ってやがる! 死ぬときは一緒だろ!」

「そうだよ、お兄ちゃん。自分だけ犠牲になるなんて、許さないよ!」

「リオン様、そんなこと言わないでください!」

「……おまえら」

 仲間達の友情にちょっと泣きそうになった。

 でも、だからこそ、こいつらだけでも生き延びて欲しい。


「頼む、フィリアリア。おまえなら、こいつらを適当に追い返すことも可能だろ?」

 だから、どうか頼むと、俺はフィリアリアをジッと見上げた。

「……自分を助けて欲しい、とは言わないの?」

「言えば、助けてくれるのか?」

「貴方達が二度と魔族領に攻め入ってこないと誓ってくれるのなら、逃がしてあげるわ」

 赤と金色のオッドアイが、静に俺を見下ろしている。嘲るでもなく、見下すでもない。その瞳の輝きは、俺にいまの言葉が本心だと告げていた。

 だから――


「……悪いが、それは出来ない」

 俺はフィリアリアの目を見て答えた。

 仲間達が、なにを言ってるんだと口々に叫ぶ。

 分かってる。ここで殺されたら意味がないことも、嘘を吐いて逃げることだって可能なことも分かってる。でも、本心で俺に手を差し伸べてくれた敵に嘘は吐きたくない。


「……理由を、聞いても良いかしら?」

「俺は、この戦争を終わらせたい。殺して、殺されて、罪もない平民が疲弊していく。戦争を望んでない人々が苦しんでいる。だから、俺は生きてる限り戦いをやめない」

 フィリアリアが、そして仲間達が息を呑むのを気配で感じる。馬鹿だって思われるかもしれないけど、それが俺の偽らざる真実だ。


「……俺も、俺も戦うのをやめない! だから魔王の娘、リオンを殺すなら俺も殺せ!」

「おまえ、なにを……」

 戦士の言葉を咎めようとする。だけどそれより早く、残りの二人も口を開いた。


「そうだよ。お兄ちゃんが殺されたら、ボクも死ぬまで戦う!」

「わ、わたくしは治癒しか出来ませんが……それでも、決して引きませんわ!」

「バカを言うな! ここから生きて帰ることを優先しろ!」


「――それはこっちのセリフだ!」

「――それはこっちのセリフだよ!」

「――それはこっちのセリフですわ!」

 一斉に突っ込まれた。


 たしかに、矛盾しているのは分かる。だけど、俺はみんなを護るために戦っている。自分を犠牲にしてもみんなを護る。そしてみんなには俺を犠牲にしてでも生きていて欲しい。

 それは、俺が最初から一貫して抱いている偽らざる思いだ。


「……緋色の勇者、仲間達はああ言ってるわよ?」

「俺の気持ちは変わらん」

「……どうあっても戦うのをやめない、と?」

「そうだな……おまえが世界の半分をくれるというなら、戦うのをやめてやっても良いぞ」

 人類と魔族は大陸を二分している。

 つまりは魔族領を俺によこせという無茶な提案――だったはずなのだが……


「え、それって、え? もしかして……そう言うこと?」

 なぜか、フィリアリアの顔が真っ赤になった。

 透けるように白い肌までもが、ピンク色に染まっている。


「た、たしかに、そう、よね。そうしたら、戦争も終わるわよね」

「当たり前だろ? 俺は、そのために戦ってたんだから」

 え? こいつ、なんでちょっとありかも、見たいな反応をしてるんだ? 魔族領を俺によこせって言ってるも同然なんだぞ?


「ふわぁ……緋色の勇者、そんな風に思ってたんだ。た、たしかにあたしも、あなたのこと、強くて優しいし、かっ、格好いいなって……そも、おも、思ってた、よ?」

「……ありがとう?」


 フィリアリアはむやみに殺生をしないし、無関係の相手を巻き込むことを嫌う。俺としても決して嫌いな相手ではないけど……なんで急に褒められてるんだ?

 良く分からないが、この空気、凄く、ピンク色な気がする。


「正式にそういう風になるのは、あたしが魔王をついでからになると思うけど、まずは、えっと……そうだね。お父様に挨拶、だよね」

「……ええっと、ええっと――はっ!?」

 ま、待て、ちょっと待て!

 世界の半分=魔族領のすべて。魔王の娘はいずれ魔族領を統治する。それを俺によこせ=結婚しろ――って、思われたってこと!?


「ふ、不束者ですが、よろしくお願いします!」

「え、いや、あ、その……お、おう」

 喉元に死神の鎌を突きつけられている状況で誤解だなんて言うことは出来なくて、俺は魔王の娘の婚約者となった。

 だから決して、頬を染めながらはにかむフィリアリアが可愛くて思わず頷いた訳ではない。



 こうして俺は魔王の夫として、魔族領を統治して世界は平和になった。

 ――とそう上手くはいかない。


 戦いの中においてのみとはいえ、俺はあまりに多くの魔族を殺しすぎた。強いがゆえに尊敬の念を集めることもあったが、敵対する者も少なくはない。

 なにより、魔王に娘に相応しいか試してやると襲われたり、本当に二人一緒に魔族領を統治できるのかと、疲弊しまくっている僻地の統治を任されたり。

 あげく、俺の仲間が追い掛けてきて、戦士が魔族の娘に惚れたり、聖女や賢者がフィリアリアに突っかかったりと、波乱の日々が始まる。

 

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