賞金稼ぎと魔導大国の王子【9】
それが、なんだかとっても楽しかった。
思えば、最初は常にこんな感じだった。
負ける事が死に繋がる家業でもある賞金稼ぎの世界では、言わば常識でもあった。
何処に転がっているか分からない死神が、虎視眈々と自分の命を常に狙っている。
常時やって来る死の恐怖に、しかし、抗う様に切磋琢磨して来た。
死への恐怖ばかりが先行する毎日に辟易してしまった時すらある。
だけど、イリはずっとやり続けた。
この......命を代償に大金を得ると言う、一種のサバイバルゲームを。
いつしか、イリは強くなり過ぎてしまい、自分でも無意識の内にぬるま湯の中へとつかっていた事に、今気付いた。
昔は、いつもこうだった。
何かが履き違えれば、死んだのは自分だった。
常に死神が付き纏い、そのリスクをベットにして己の食べる物を手にして来た。
その当時にあった、危機感と本能からの恐怖。
その果てにあった......達成感。
そして思う。
これがあるから、俺はずっと賞金稼ぎなんて、ふざけた商売を今でも続けていたのだ、と。
「......ありがとうよ」
イリは、悪魔王子に軽くお礼を口にした。
『......?』
悪魔王子は怪訝な顔になった。
彼からすれば、何故にお礼を言われているのかなど、皆目見当も付かない。
「気にするな。ちょっと初心を思い出しただけだ」
答えてから、イリは身構えてみせる。
他方の悪魔王子も再び戦闘態勢を取った。
その時だった。
「......っ!」
予想外の所から、想定してなかった紫の霧がやって来た。
リダと戦っていたヨルムンガルドが、毒のブレスを吐き出したのだ。
対象はリダだったのかも知れないが、範囲が街全体に広がる程の規模があったので、イリの方まで紫の毒霧がやって来たのである。
一瞬で、それが自分にとって生命の危険に貧する物だと判断したイリは素早く性別を変え、瞬時に防御壁を張った。
他方の悪魔王子は、紫の霧に耐性があったのか? 全く動じる事なくイリへと突き進む。
「くうっ!」
イリの表情に焦りの色が生まれる。
男の時のイリであれば、なんとか悪魔王子の攻撃を防ぎ切る事も可能だが、女の時のイリは、その身体能力を格段に落としてしまう。
直接的な肉弾戦に持ち込まれたら、圧倒的にイリが不利だった。
とは言え、この霧が晴れない限り、男に戻る事は不可能に近いだろう。
戻った瞬間に防御壁の耐久力が格段に下がってしまう。
男の時点でもある程度までなら魔法を使う事が可能ではあったのだが、女の時と比べると比較にもならない程に魔力が低下してしまうのだ。
どうする?
防御壁の耐久力を減らしても肉弾戦に対応するか......それとも?
どうにか逃げる事で悪魔王子の一撃を避けたイリが、大きく間合いを取って次の攻撃の選択法を考えていた。
まさにその時。
隕石衝突魔法!
みかんが、ヨルムンガルドを相手に究極の特大魔法を発動させた。
想定外過ぎて、
「その発想はなかった!」
......とか、思わず叫んでしまうイリがいた。
『......なっ!』
他方の悪魔王子も、まさか巨大隕石を召喚する魔法が発動されるとは思ってなかったらしく、唖然とした面持ちで上空を見てしまった。
チャンスだ!
空に現れた巨大隕石に気を取られていた悪魔王子を確認したイリは、そこで魔導式を紡ぎ出してみせる。
この隙に、相手を一撃で葬り去る超魔法を叩き込む!
魔導式が完成して行くにつれ、イリの両手に紅蓮の炎が噴出される。
明らかに異質の炎でもあるそれは、地獄からやって来た猛々しい業火。
地獄門を開けた先......アバドンにあるとされ、決して消える事がなく全てを灰塵にするゲヘナの炎。
魔導式を完成させたイリは、依然として上空を見上げていた悪魔王子の真横に向かい、
「あばよ! クソ馬鹿王子!」
獄炎嵐魔法!
その、超魔法を悪魔王子の間近で発動させた。
遠くから発動してしまうと、どうしても幾ばくかのラグが生まれてしまう。
発動してから相手に到達するまでの間に、ほんのわずかなラグが生じてしまうのだ。
このラグが原因で、魔法のことごとくが空間転移魔法によってアッサリ避けられてしまう。
故に、イリはラグが限りなくゼロになる密着状態に持ち込んで、獄炎嵐魔法を放ったのだ。
発動した瞬間、元々燃えていた両手の炎が肥大するかの様に巨大化し、悪魔王子の身体をゲヘナの炎で覆い尽くす形になった。
『ぐぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!』
決して消えない地獄の炎を全身に喰らった王子は、けたたましい悲鳴を放つ。
みかんの発動した隕石がヨルムンガルドに落ちて来たのは、ここから間もなくだった。




