賞金稼ぎとドラゴンメイド(アカとアオ)【16】
なんだろう? 凄く気だるい?
妙な倦怠感がイリの身体全体を襲う。
......そう。
それは襲うと表現した方が、より的確だったのだ。
「......どうしたの? いきなり?」
「いや、何でもない」
少し不思議そうな顔になったキイロを前に、イリはやんわりとした笑みを軽く作って見せた。
その表情を見る限りは、普段通りのイリと言っても過言ではなかったのだが......。
「その顔は、大丈夫ではないな」
答えたのは、オリオンは。
かなり真剣かつ、深刻な顔になっている。
それだけに、キイロもまた不安そうな顔になっていた。
「......」
イリは苦笑した。
しばらく、少し悩む感じで口を閉ざしていたイリであったが、
「流石に相棒の目は誤魔化す事が出来なかったか」
再び苦笑してから言う。
「話せよ。一体、何が......」
あったんだよ? と言うつもりであったオリオンであったが、その言葉は途中で止まってしまう。
ズオォッ!
刹那、イリの背中から闇色の......何かが現れた。
ハッキリ言って、全く謎の存在だった。
見る限り、それは生き物に値しないだろう。
分かる事といえば、生き物ではないだろうと予測出来る事と、とてつもなくおぞましい......闇色の何かであった事だけだった。
「オイオイ、こいつは酷いな。どこをどんな風に街を練り歩くと、こんな得体の知れないのに取り憑かれるんだよ?」
「......こっちが...知りたいね...」
苦い顔になっていたオリオンに、イリは額に汗を滲ませながら答えていた。
「......」
ルミは絶句した。
余りの事に呆然となり、口を動かす事すら出来ない心境になっていた。
「......治せる?」
キイロはオリオンに聞いて見る。
どう言う経緯があるのか知らないが、女になっていたイリは、キイロの呪いを簡単に解呪していたからだ。
そうなれば、オリオンにも似た様な能力があるのかも知れない。
「......試しては見るさ」
答えたオリオンは、性別を女性にして見せる。
オリオンもイリと同じく、女性になると魔力が格段にあがる。
どうしてそう言う理屈になるのかは分からないのだが、何にせよ女になったオリオンは、早速イリの背中から吹き出す様に出現している、謎のおぞましい存在を見据えた。
「......これは、かなり高等な古代魔法の呪いっぽいぞ。一応、術式を解読する事は出来そうだが、すぐには無理だ。イリなら簡単なんだろうがな......」
苦々しい顔になって言うオリオン。
当の本人が呪縛の主であるのだから、それをイリがやる事は不可能だろう。
百歩譲って、もう少し正常な状況であったのなら、自分で自分を解呪する事も可能であったかも知れない。
だが、今のイリは確実に普通ではない。
とてもじゃないが、自力解呪は無理だ。
閑話休題。
イリの現状はひとまずここまでにして。
まずは、呪いについて軽く説明して置こう。
この世界で呪いを解く方法は色々あるのだが、その中でも最もポピュラーなのが呪いの特性を知る事だった。
ある程度のレベルを持つ魔導師であれば、呪いの中に存在する術式を調べる事で呪いを解析し、解呪する事も出来る。
但し、呪いを扱う方も、簡単に解呪されないようにする為、その術式はとてつもなく複雑に作る事が一般的だ。
呪いによっては、術式を解析不可能にした呪いもある。
呪った側の人間ですら呪いを解く事が出来ない様な、極めて悪質な呪いである場合だと、その様な現象が起こる。
比喩的に言うのなら、鍵穴が最初から存在せず、一度閉めたら二度と開かない金庫を作っている様な物だ。
幸いにして、今回はちゃんと鍵穴があった。
後は、どうにかしてその鍵となる元の情報を探り寄せれば良いのだが......。
「下手をしたら一ヶ月以上は掛かるかも知れないな......」
「そ、そんなに!」
力無く呟くオリオンに、キイロは愕然とした声を張り上げてしまった。
この呪いがどう言う類いの物なのかは知らないが、場合によっては呪殺される可能性もある。
もし、呪いがイリの命を奪う代物であるのなら、一ヶ月は遅すぎた。
「私......ちょっと、調べてくる!」
その瞬間、ルミが足早に外へと出ようとしてみせた。
だが、オリオンに腕を捕まれ、外に出る事を阻まれてしまった。
「な! いきなり何をするんですかっ!」
「それはコッチの台詞だぜ、ルミ姫さんよ......連中にとってのターゲットはイリじゃない。お前さんなんだぜ?」
簡素に言うのなら、ルミを一人で外になど出せる訳がないのだ。
「じゃ、じゃあ......どうすれば」
悲痛染みた顔を満面に作り、混濁化した思考で心が押し潰されそうになっていたルミ。
その時だった。
コンコンコン
玄関ドアからノック音がした。




