花は人並み以上にものを言う
この作品は二次創作です。
人を寄せ付けない鬱蒼とした森の中を当てもなく歩いていると、そこには奇妙な物影がうろうろと途方に暮れたように彷徨っていた。
いつもなら無視して通るところだったけど、捨て置くにはあまりにも頼りなく、どこか放っておけない雰囲気を放っていた。
「―――大丈夫?お嬢さん」
気まぐれに声をかけると、私の声に反応し夕日に照らされてサラサラと輝く金髪を翻しこちらを向く。
一体何時間一人で泣いていたのかと聞きたくなる程その少女の目は赤く腫れぼったくなっている。
しかし、どこか気丈に振舞おうと被っている魔女の帽子を整えて真面目な顔をしようとしてるその思春期特有の背伸びの仕方があまりにも可愛らしくて、つい笑ってしまう。
そしてその日名も忘れてしまった私に小さな家族ができた。
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「一華~?一華ったら~・・・起きてる?」
魔法使いの少女を拾ってからかれこれ数十年が過ぎ、私達はすっかりと溶け込んでいた。
少女の名は一華と言い、一華は名も無くしていた私に新たな名前を付けてくれた。
我々妖獣は元来『自分より強い者』に付き従い、時に式神として、時に使い魔として人間に使える事も少なくない。そして名を授かるという事はその者に絶対的服従を言霊により結ばれるという仕組みになっている。彼女には一切そのつもりはないのだろうけど、既に私と一華は従者と主人という上下関係が出来上がっている。
「ごめん、起きてるよ。少し考え事をしていたんだ」
元々その素質があるんじゃないかと思うほど彼女は堂々とした雰囲気で、どこか無邪気さに欠けている気がした。
「考え事?何々?」
反比例するように私は幼稚めいて一華に問いかける。
「ははは、教えないさ」
「む、むぅぅっ!」
私を揶揄う事が好きらしく、いつもこうして意地悪をしてくる。実際、千歳以上も年上の私が一々そんな意地悪に反応する筈はないのだけど・・・。
気が付けば私はほぼ無意識のうちにぷくーっと頬を膨らませて拗ねて見せていた。
「あはは♪やっぱり稲荷の反応は可愛いな」
ケタケタと笑い、嘲るとも違うどこか心地のいい笑い声で殊更に私を揶揄った。
――――よもやこんな滑稽な姿を一人の少女に晒している私が何百年も昔に京の都を脅かした九尾の狐と誰が信じようか。
千何百と時を重ね、幾千もの人間を目にし、常に恐れられ食い物にしてきた私が、今目の前にいる人間の少女に向けている感情は愛情なのかはたまたただの気まぐれなのか。
どんなに永く生きようとも、ついぞ己の気持ちすら満足に解き明かせないのがもどかしく思う。
「稲荷」
ふと、一華が私の今の名前を呼んだ。
『稲荷』それが今の私の名だった。どうして昔の名前を思い出せないのか、記憶力には自信があったつもりだったが・・・まるで思い出せないでいた。そんな時に数十年前一華と出会った際に、賜った名だ。
当の本人は「ネーミングセンスのなさよ・・・」等と嘆いていたが、私にとってすればセンス云々よりも名を付けてもらえただけでも特別な事で、尊いものだった。
「ん、なぁに?」
名前を呼ばれると不思議と甘い感覚に包まれる気がして、気が緩んだ。
「怒ってる?」
「ん?なんのこと・・・ってあぁ!思い出した!怒ってる!」
「今完全に忘れてたじゃん」
「気のせいよ!」
完全に気のせいではないが、私は再び『怒ってるふり』をした。一華は私が怒ってるのも見てて楽しいのか、ころころと笑っては重ねて悪戯しては平謝りをする。
こうして変化のない私の生活は『絶えず変化する生命力あふれる存在』によって変化をもたらされていった。
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最近私は一華に内緒で人里に降りている。気になる事があったからだ。一華は自分の事を「里で忌み嫌われた魔女だから、仲間なんていない。いつも虐められてたし、それが嫌であの時もあの森に居たの」といい、一瞬その綺麗な紺色の瞳を陰らせたかと思うとぶんぶんとかぶりを振って直ぐに作り笑いをして「でももう慣れっこさ。気にしない」と強がっていた。
妖怪《私達》と違い人はどんなに強がっても一人じゃ生きていけない。周りから侮蔑され憎まれ、里からも関節的に追い出される様にあんな森まで逃げる事になった。
魔女というだけでなぜそこまで憎まれなきゃならないのか、そこまで今の人間は腐っているのか、その真相を突き止めたいという衝動が抑えられなかった。
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妖術で人間に『見えるように』して、絹であしらわれた紫紺の頭巾を被り里で情報収集を始める。
里は少女一人が行方不明になったとは思えないほどの賑わいを見せていた。最初から一華が存在しなかったかのように何事もない平穏が腹立たしくも広がっており、誰一人として一華を探そうとする者はいない。数十年も経てば忘れる事もあるだろうが、一華を拾ってからただの一度も捜索願届の掲示板すら目にしていない。
「なーまーちゃん。それ何もってんの?」
「あーこれか?何か家の母ちゃんが昔魔女の髪の毛引っ張った時に抜けたのが昨日掃除してた時見つかったんだって!」
雑踏の中から一つ気になる会話が流れ込んできた。声は十歳そこらの男児三人。私はその会話に意識を集中し、一言漏らさず聞き取る態勢をとる。
「うっわっ!お前それマジかよ!何でそんなもん持ってきたんだ!魔女の髪の毛とか呪われたらどーする気だ!」
「そーだそーだ!そんなばっちいもん持ってるまーちゃんとは一緒に遊びたくないね!」
「やっ!待てって!捨てる!捨てるから!」
そうか、既に一華を虐めていた人間達はすっかり大人になっているのか。いや当たり前か。そもそもここ暫く一華以外の人間を見ていなかったせいで他の人間の変化に鈍感になり過ぎていた。
「そういえばその魔女って、結局どうなったの?」
「それがさっぱりわからないらしい。大人達はもう里に入って来ないなら気にする必要はないって言ってたよ?」
「そもそも魔女の人はどんな悪い事したの?」
「わかんないよ。大人に聞いても子供はそんな事気にするなって怒られるばっかりでさ」
子供とは無邪気故に知りすぎる。知ろうとし過ぎる好奇心は猫どころか自分達の首さえ絞める。なんとも残酷な話だ。
「ちょっと坊や達、その話も少し詳しく聞かせちゃくれないかい?」
私は少しばかり危険を冒すことになるが、一華の話をしている少年達に接触する事にした。
不意に声をかけられた事に多少の疑念は抱いているようだが、警戒心を解きほぐすのは得意分野だ。
「ちょいと田舎から来たものでね。もしまたこの里に魔女が来ちゃ敵わん。少しでも話を聞いて対策できるようにしたい」
「なるほどな!そりゃいい心がけだぜお姉さん!」
「って言っても、僕らもほとんどその魔女の事について知らないじゃないか」
そう言う一人の少年の言葉に他の二人も言葉を飲み込み考え込む。
「魔女は何と呼ばれてたんだい?もしや知らず知らずに魔女が人間に紛れ込んで悪さを企んでるかもしれないだろう?周りに何と呼ばれていたのかだけでもわかると助かるが・・・」
「ううん・・・名前も分からないんだ」
「でもっ!確かにそう考えたら僕らも魔女の事について知らなさすぎるんじゃないかな?もし魔女が紛れ込んでたら、僕ら殺されちゃうかも!」
私の言葉に少年達は取り乱し始める。自分達の知り得ている情報の不鮮明さ、曖昧さ、不審な点に子供だからこその視点で気付き始めたのだろう。
だが、これは少し失敗した。下手にこの子達が魔女について騒ぎを広めてしまえば、魔女を気にしない様にしていた過去の人間達も動き始めてしまう。
「ふふっ、随分と懐かしい話だね」
私の背後から清涼な男性の声が差し掛かり思考が遮られる。
「でも、その魔女ならとうの昔に死んだよ。この目で見た僕が言うんだから間違いない。さっ、もう夕刻も近い。子供達はお家に帰りなさい」
振り返って声の主の方へと体を向ける。そこには身長はやや低めだが、落ち着きと芯の強そうな『紺色の瞳』の青年がいた。
子供達は一つ元気よく返事を返して帰路へ着く。
「君は・・・見ない顔だけど、なぜ魔女の事を?」
子供達をある程度見送ったところで私に問いかける青年。
「なぁに、田舎から来たものでな。そんな野蛮な存在が居たとあっちゃ不安で夜も眠れんだろ?」
先の子供達にしたように『魔女を忌むふり』をして青年を納得させる。
つもりだったが――――。
「そう・・・ですね」
青年は何故か眉根を顰めるように影を落とした。魔女にいい思い出がないのか、それとも人々が忘れかけていた事を蒸し返した事に対しての怒りか・・・。
どちらにせよ私はこの男に聞かなきゃいけない事があった。
さっき少年達に放ったあからさまな嘘について、言及する必要が――――――。
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あの青年と出会ってからいくつ日が落ちた事だろうか・・・。
紅華と名乗った青年は『魔女』についてある程度正しい認識を持っていた。
魔女・・・つまりは一華だけど、彼女は何一つ悪さをしていないと出会ったあの日彼の家で何度も聞かされた。
最初に現れた時に『その魔女は死んだ』と言った時と違い、嘘の色が全くなかった。
彼はその事を里の人々に伝えようとしたらしいが、ついに誰も信じてはくれず紅華は常に孤独だったらしい。そんな中でも自分の考えを曲げること無く生きていたという事にきっと知らず知らずに惹かれていったのだろう。この特別な感情はきっと――――。
「稲荷?どうしたんだ?」
「ふぇ?」
一華が不思議そうに声をかけてきた。
突然の事で間の抜けた声が漏れてしまったが、一華のこんなきょとんとした顔を見るのはなかなかに新鮮だ。
「見てるの」
「見てる?」
夕焼けに染まった空を見上げながら私は言った。
「そう」
「何を?」
「さて何でしょう♪」
いつもの仕返し・・・とは違うが、わざと焦らして見せて反応を楽しむ。
「空?」
「ううん」
「雲?」
「ちがーう♪」
「どこか遠い未来?」
「何それかっこいいけど違う!」
「むー、分からん!降参だ!」
ばっと両手を上げて文字通りお手上げのポーズを取る一華。
その姿がさながら猫さんの様で可愛い。
「ふふふ♪」
「な、なんだよー教えろよー」
こんなに無邪気そうな一華を見るのは初めてかもしれない。そう思うとつい頬が緩む。
「うふふ、実はね。私恋をしたの。あの人を探してるのよ・・・見える訳ないのにね」
この先私達に新しい家族が増えるかもしれない。そう考えると年甲斐もなく浮かれていた。
「私、人間に恋をしたの。不思議ね、こんな気持ち初めて」
今まで何人もの人間を、男も食い物にしてきた化け物が何を言うか。そう思うかもしれないけど、彼はそれさえも『受け止めてくれた』
だから、早く会いたい。また会いたい。そう心から思う。
「ねぇ、一華。貴女も応援してくれるよねっ?」
一華の事にも理解がある人だから、一華の事もきっと『幸せにしてくれる』はず―――――――――――
「っ!!」
「あっ!!ちょっと!?一華!?」
事態が呑み込めなかった。だけど確実に森が、草木が、私の心臓が――――ざわついていた。
あれから、一華との会話は減る一方になってしまった。
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あれから私は足繁く紅華の元に行くことが増え、一華との時間が減っていっていた。
思えばあの時二人に全て包み隠さず話して入れば、最悪の悲劇は避けられたはずだ。
私は『致命的なミス』を犯してしまった。
『んっ・・・ふぅ・・・』
時折感じる一華の思念は、私と似て非なる熱を帯びたものだった。
「稲荷?どうしたんだい?」
紅華の声が一華の声と重なる。しゃべり口調がやけに似ている時点で、瞳の色が同じ時点で・・・。
――――この若い肉体にして一華の存在を知っていたという時点で、気付くべきだった。
『いな・・・りぃ・・・・・・、き・・・。・・・好き・・・だよぉ・・・・・・』
この時の私は、社を留守にする事が多くなって一華が一人で寂しがってるものだと強引に結論付けてしまった。あながち間違ってはいない推理。だが決定的に『間違っていた』――――――。
「稲荷、電気・・・消すよ」
「・・・うん」
好きな人と交わる瞬間、心がときめく瞬間のはず・・・なのに。
『・・・めて・・・・・』
か細くも何かを訴えるような一華の思念が私の中に入り込んでくる。
「稲荷?もしかして嫌だったかい?『人間』の僕と交わるのは・・・」
「う、ううん!そんな事ないよ!」
互いに一糸纏わぬ産まれたままの姿で見つめ合うも、何故か私の心はどこか遠いところに置いてけぼりになっていた。
『・・・しのっ!稲荷に・・・・・・な!!』
憤怒、憎悪、嫉妬、失望、絶望、切望、葛藤、自責、自傷、自慰・・・。全てどれも適切か分からない。
何もかもぐちゃぐちゃに混ざり合ったそれは、酷く『苦く』しょっぱかった。
「稲荷、泣いてるの?もしかして痛かった?」
「え・・・?あ、うん・・・」
咄嗟に肯定を示したが、紅華が言う「場所」が痛むわけがなかった。でも、確実に私は痛みを感じている。
だが、「そこ」も本来痛みを感じる部分ではない。
「稲荷、本当に大丈夫?なんだか苦しそうだよ?」
「だい・・・じょうぶっ」
恋の時とはまた違う胸の苦しみが私に何かを必死に訴えかけてくる。
そんなシグナルも、今の私には何の事なのかさっぱりだった。
その日は結局愛しい人と繋がっていた筈が、終始何かが引き裂かれるような感覚だけが心身を蝕んで行っただけだった。
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私は、『あの頃』から何一つ変わってなんかいなかった。
尽きる事のないため息を何度も吐き散らしながらいつもの森を幽鬼のように歩く。
不格好にぶら下がる九本の狐の尻尾は歩く度視界にちらつき、虫唾が走った。忌々しいそれは、皮肉にも一華が良く抱き着いては喜んでいた。
足取りは重く、大した距離でもないのに遠く感じる。
落としていた視線を何とか上げると私と一華が暮らしている古びた社が見えてきた。
心なしか最後に見た時よりも全体的に壊れているように見える。
一歩、また一歩と社に近づくと壊れた扉からそろりとこちらを覗く顔が見えた。
・・・一華だ。どうやら向こうも私に気づいたらしい、だらりと寝かせていた体を跳ね起きさせ弾むようにこちらへ走ってきた。
「・・・一華・・・元気してた・・・?」
久しぶりに見る一華の顔は可哀想なほどやつれており、目の下に大きな隈を付けている。
・・・私のせいだ。
「・・・・・・りっ・・・」
「ん?」
か細い声を震わせて何かを言おうとする一華。
「稲荷ぃっ!稲荷だぁっ!!」
「わわっ、びっくりするでしょ?・・・って一華?泣いてるの?」
「だってぇ・・・稲荷がぁっ・・・ひぐっ・・・」
「ん・・・ごめんね?ほら、もうそんなに泣かないの。一華ちゃーん?」
「うるさいっあほぉぉ・・・」
里の人間たちに虐げられても、一人森の中で迷子になって途方に暮れていた時も泣かなかった彼女は、今初めて私の前で泣きじゃくり私の胸にすがった。
そしてまた私も初めて・・・『他人の涙で心が痛んだ』
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一華がようやく泣き止んで落ち着いた頃、そろそろと良いかと社の惨状について一応問いただす事にした。
「で、一華~?どうしてこんなに滅茶苦茶なのかな~?」
今の私が一華にしてあげられる事はすでに限られていた。今はこの子の母親代わりに悪い事をしたら叱る。そういうスタンスで接する。
「え、えとぉ・・・稲荷がいなくなって寂しくて~みたいな?」
「言い訳無用っ。はい、すぐに片付ける!」
母親の温もりなんて知らない。父親の厳しさなんて知らない。それは私も一華も同じ事だった。ただ違う事があるとすれば、見てきた人間の数と経験の差くらいだろう。
これはただの見様見真似だ。はっきり言ってそれは私の分野ではないが、今は徹するより他なかった。
私の術じゃ、一華には効果がない。
この後私が何を話したのか、一華がどんな反応をしていたのか。よく覚えていない。
白とも黒ともつかない物が頭の中を支配して、意識がはっきりしていなかった。
「ねぇ稲荷。どうして戻ってきたの?」
一華が何かを聞いてくる。私は、なんて答えただろう。分からない。覚えていない。
でも、本当の事は言っていない。それだけは本能で分かった。
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私は、狐だ。人を騙し、誘惑し、誑かし、不幸に陥れる不吉な生き物だ。
あれからずっと里に下りていない。確か一華との約束だったからだと思う。
一華はあからさまに私をあの青年から、紅華から遠ざけようとしているのが丸わかりだった。最低な事に私はそれに気付かないふりをし続け一華を騙し続けた。
とある夜風の冷たい夜。布団で眠っているように見せている私の元に一華が現れた。ここ二度に渡って私は『紅華の事を思い出して魘されている』ように見える幻術を施した。
術は問題なく効いているようで一華は私の予定通りに『男と過ごした記憶』を封じる術式構築してを私対して発動させた。そのタイミングで私は幻術を解除し、安心して眠りにつくように見せた。
一華は最後に苦しい嘘で私のお腹に宿っている胎児について説明してくれた。
『これは妖狐には良く起こる事なんだって!』と。
そんなこと起きないのは妖狐である私自身がよく知っている。そんな幼稚な嘘を必死につく一華の久しぶりに見せた『人間らしさ』を目の当たりにして、思わず笑いそうになる。
笑っちゃダメなのに。
――――――――――――泣いちゃ、ダメなのに――――――――――――――――――――――――――――――。
もう、限界だった。一華を騙し続けるのも。何も悪くない紅華を悪者にして生き続けるのも。日々すり減っていく精神は昨日ついに決壊した。
それまでは何とか出来ていた作り笑いも、そう見せる為の幻術も満足にできなくなってしまった。
このままでは、一華を不幸にしてしまう。
「・・・いまさら何言ってるのかしらね・・・私・・・」
もうとっくに、二人の『兄妹』を不幸のどん底に落としておいて。
薄汚れた私の腕の中には一華と紅華、そして私の面影を宿した赤子がいる。
紅華は・・・、一華の種違いの兄だった。だから魔女の一華が悪く言われているのが我慢ならなかったらしい。紅華の父も、一華の父も、二人の母親も・・・人間達に惨殺されたらしい。
そんな中でも二人が生き延びられたのは・・・紅華が一華をかばい続けていたからだった。
里の人間達が魔女を虐げてもそれ以上の事をしなかったのは、紅華が裏で魔術を行使してその人間達を牽制していたから。その後一華は里から逃げ出せる事ができた。
・・・そこまではいい。それだけなら・・・。
問題なのは紅華の行動が『妹を想う兄としての責任ではなく、一人の女の子を想って行動していた』ところにある。
紅華は一華に兄弟愛以上の思いを寄せていた。互い面と向かって会ったことはなく、紅華だけが一華の存在を一方的に知っていて、傍で見守るうちに一華の健気さに惚れ込んだのだと紅華と交わった後聞かされた。
紅華は一華が死んでないと信じていたらしいが、これだけ長い間姿を見ていなかったため本当に死んでしまったのだと思うようになった。
私に愛を向けてくれたのは、一時の気の迷いだったのかと聞けばそうではなかった。自慢の妹を理解してくれて、肯定してくれる人に産まれて初めてであったことで徐々に気持ちを私に移していった・・・らしい。
「ごめんね、一華・・・」
――――今まで騙し続けて、ごめんね。貴女の気持ちに気付いてあげられなくて本当にごめんなさい。
――――どうか、今から私のする行動を許してください。
――――この行動を貴女が望んでいない事は十分理解している・・・けど。
――――私は、この罪を償わなければならないの。そうしないと・・・また、貴女の傍にいられない。
―――――――そして、貴女ならきっと・・・私の最後の我儘・・・聞いて、くれるよね?
「信じてるからね・・・」
私は橋の上から川へ身を投げた――――――――――――――。
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「ねぇねぇ知ってる?この河川に咲いてる赤いアネモネと紫色のワスレナグサの都市伝説」
「なにそれ?知らない」
「ほら、これ見て。不思議じゃない?何故か抱き合って咲いてるみたいに見えるでしょ?」
「あぁ~本当だ!可愛い♪」
「でしょでしょ!ふふん~。んで、この都市伝説っていうのがね」
「何よ~勿体付けてないで教えなさいよ~」
「まぁ待ってってば。はいこれ。牡丹ちゃんにあげるね」
「これは、リナリア?」
「そそ、綺麗でしょ?」
「でも、何で突然?」
「ふふーん♪ここでこの都市伝説が影響するの」
「ほう?」
「ここで花を贈るとその相手と性別関係なく強い絆で結ばれるって言われてるの♪」
「へーそうなんだぁ~。で?因みにこれの花言葉ってなんだっけ?玉藻」
「これの花言葉はね―――――――」
玉藻と呼ばれた少女はこの噂を知ってか知らずか、にこやかな顔で少し恥ずかしそうに背中に手を回していた。そこには隠すように『紫色のヒヤシンス』を握っていた。
今回この作品を書いてて私が繊細な心理描写の表現が苦手だと分かりました(;´・ω・)