お前はたどりつけない
ほう。
この全知全能の神たるわしを呼んだのはお前さんかね。
ん?
ああ。うん。覚えておるとも。
前任者の神の手違いで死んでしまって、チート能力貰ってこのわしの管轄の世界に転生してきた娘さんじゃろう?
覚えておるともよ、悪い意味でな。
ふむ。
で、なんでわざわざわしを呼びつけて文句を言いたいのかね?
お前さんは前の神様に希望通りの二つのチートをもらったはずじゃ。
そう……一つは『愛され系ヒロイン』の能力。
このチートがある限り、お前さんはこの世界と良く似たゲーム『イケメンヘブン』の登場人物や大抵のモブから好感を抱かれ続けるという特殊能力が……ああ、うん。それはどうでもええのか。わかったわかった。
それではなんでこの神様を呼びつけたのかね?
は?
登場人物の一人、『御子柴 勇治』くんが意識不明の重態?
お前さんなにやらかしたんじゃ?
え?『なんで私が彼を追い詰めたみたいなこと言うのよ!!』じゃと?
なんでって言われてものぉ。
お前さんが知るとおりこの世界はゲームの『イケメンヘブン』の歴史の流れを沿っていく。
この世界がどのような変化をするのかはヒロインであるお前さんの行動次第のはずじゃ。
つまり未来の分岐点を選ぶのはお前さん、『ヒロイン』の手に掛かっておるんじゃから……。
その勇治くんが意識不明の重態に陥ったのはお前さんのせいじゃないのかね?
ふむふむ。
『そんなわけ無いでしょう?! ユージくんは私のイチオシなの! そんな追い詰めたりする訳ないじゃないの!!』と。
……うっそじゃぁ……。
ああ、うん。
この世界でヒロインの立ち位置であるお前さんは、母親の再婚に従いその家の養子として迎えられる。
15歳頃に学園のイケメンと義理の兄妹か、姉弟の関係になる。気になるカレと一つ屋根の下、どうしたらいいのぉ~♪ みたいな展開になるんじゃったか。
うむ、その通り。
そうじゃったな。早くその『御子柴勇治』くんと幼い頃から姉弟の関係になりたーい♪ と言って……前任者の神にゴネてゴネてゴネまくって……。
『勇治君の母親が早く病死しますよ~に♪』という願いを無理やり聞き届けさせたんじゃったよね。
……そのキャラ愛しとるなら、なんで幼い子供から母親を奪うような真似を嬉々としてできるんじゃ。
……なんでお母さんを早く亡くして泣いている勇治君に『可愛そうな勇治君、お母さんをこんなに早く亡くしちゃうなんて! お姉ちゃんが慰めてあげるね♪』とかどの口で言えるんじゃ。すべての元凶はお前さんじゃないかね……。
わし一応全知全能の神のはずなのに、あまりのおぞましさにこの位階に昇格してから初めて吐き気というものを実感したぞよ……。
……まぁわしの前任者の神に対する殺意を愉しむのは後にするとしての。
で、勇治君のお姉ちゃんとして日々振舞っておったのに、いきなり彼がぶっ倒れたと。
ふむ? ふむふむ?
原因は精神的なストレスによるものじゃと。
うむ。
そこで最初に戻るんじゃが。
確かその『勇治君』は、息子をテストの点数でしか評価できない、あまり感心できない実業家の父親に育てられたんじゃよな。
だから勇治君は父親に愛して欲しくて仕方なかった。だからこそ褒められたくて、『よくやったぞ』と言われたくて勉強や運動にのめり込んでいく。
だからゲームのあらすじでは……学業優秀で、オマケに御子柴の家に義理の娘として引き取られたヒロインに敵愾心を持ち……最初は好感度マイナスから始まって、徐々に彼の愛されたいという気持ちを紐解いていく展開が若い娘さんにウケたんじゃったよな。
で?
お前さん、勉強したのかね?
彼にライバル心を抱かれるぐらいに熱心に勉強をしたかね?
しとらんよね。
お前さんが貰った二つ目のチートは『御子柴勇治くんより、いくらか上の学力を維持する能力』じゃったよね?
そりゃひねくれるわ。
彼の父親は、テストの点数でしか息子を褒めたりしかできない男じゃ。
親の愛情に飢えている勇治君はそりゃ頑張って勉強したわけじゃな。
じゃが……傍にはヒロインであるお前さんがおる。
『御子柴勇治では勉学において絶対に勝てない』というチート能力を持った女が傍にいるわけじゃよな?
オマケにお前さん、『愛され系ヒロイン』の能力持っているじゃろ? 義理のパパも能力の範囲内じゃ。
褒めてやる条件が満たされている上、勇治くんよりも上の点数を取っているわけじゃろ?
それじゃと父親はヒロインであるお前さんのほうを褒めるよね。
それで父親は勇治くんにこう言うわけじゃな?
『勇治。お前もお姉さんを見習ってしっかり勉強しなさい』と。
うん。
控えめに言って地獄じゃないかね。これ。
お父さん奪われてるよね。
いくら勇治くんとフラグ立てたいからって……これはないわー。
わし神じゃから心の機微は詳しくないが……彼は、毎日毎日、お父さんに褒めて欲しくて一生懸命夜寝る間も惜しんで勉強した。
ヒロインよ、これでお前さんが彼以上に熱心に勉強しているなら、勇治くんも納得ができたじゃろうな。
じゃがお前さんは勉強机に向かわなかった。
真面目に勉強せず、遊び呆けてばかりじゃった。
そんな……まったく勉強もせず遊んでばかりの義姉なのに……いざテストとなったら絶対に勝てない!!
100点をとっても――義姉は楽々と110点を取っていく!!
義姉は父親の愛を全て掠め取っていき、彼に与えられるのは『もっと頑張りなさい』という言葉じゃ。
なんと残酷な言葉か。この上なく頑張っている男の子に『もっと頑張れ』などと……。
え?
ああうん。
そうじゃな。確かに『イケメンヘブン』の世界ではそこまで悪化しているわけではなかった。優秀じゃったが、勉強一筋というわけではなかった。
そうじゃな。病死してしまったとはいえ――勇治君には優しいお母さんがいた。
彼女がいたから、勇治君は父親に愛されないことがあっても、母親の愛情を受けて育っていたから心が捻じ曲がらずに済んでいた。
その母親も、誰かさんのわがままのせいで早く亡くなり。
結果として勇治くんは、母親の愛情をろくに受ける事もなくなった。
その代わりにやってきたのは――幼い子供にとって世界の全てとも言うべき、父親の愛情を全て奪い取っていく悪魔のようなヒロインじゃ。
……なぁ。
マジな話するんじゃけど。
ヒロインよ、お前さんこの御子柴勇治君というキャラを殺したいほど憎んでいたとかそういう風に考えたら、まだ納得できるんじゃけど。
ええぇ……? マジでこのキャラ大好きだからこんなことしたの?
引くわぁ……。
『なによなによ、全部が全部私が悪いみたいに言ってぇ!!』と。
ふむ。
『そんなに私の事が嫌いならそう言ってくれればいいじゃん! あたしだって好感度下がる反応してくれたなら、きちんと対応するわよ!』じゃと。
……おまえさん、何か忘れとりゃせんか?
『愛され系ヒロイン』というチートは相手の好感度を稼ぐ能力じゃ。
お前さんのせいで父親から愛してもらえなくなっても――勇治くんはお前さんを力づくに等しい『チート(ずる)』で『愛させられて』しまうから、『憎む』権利さえ奪われてしまったんじゃ。
ああ、そうとも。全知全能の神の名において断言しよう。
彼、御子柴勇治くんは――生まれてこの方、誰からも愛されたことがない。
訳隔てなく愛してくれるはずの母親はいない。
一人でもいい。
僕の事を見てください、愛してください。褒めてください。頑張っても頑張っても誰も僕の事を褒めてくれないんです。
おねがいだ……誰か……たすけてよ。
そんな気持ちを抱えながらも彼は必死に頑張った。
……哀れじゃ。見るに耐えぬ。
どれほど頑張っても、努力を重ね研鑽をしても――太陽が東から昇って西に沈むのと同じレベルの絶対不変の法則で『御子柴勇治はヒロインに絶対に勝てない』と定められているのに……。
彼はなぁ。
ヒロイン、お前さんに勝つためにすべてを捧げた。
一度でもいい、一度でもいいからお前さんに勝ちたい。
頭が良くても天才とは行かぬ御子柴勇治くんは、純粋な努力のみで人類屈指の域にまで自分の知性を高めた。
の、ヒロインよ。なんの努力もせずにお前さんの知能は人類屈指の域にある。
お前さんは彼の努力に寄生して天才になった訳じゃ。
彼が受けるべき賞賛も、親の愛も、何もかも、お前さんに吸い尽くされて――たった一度だけでもいい。勉強してないヒロインより、勉強している自分が勝つという道理を通したいという意地で頑張った。
で――な。
そんな勇治君にお前さん、言うたな?
『勇治。もっと勉強頑張らないと駄目だよ? きゃはっ♪』
……なぁ。
お前なんなのマジで。神をキレさせるとかマジたいしたもんじゃよ?
わしをキレさせて感情のままお前さんを始末させ、罪を犯させ堕神へと落とそうとする邪神の謀略の尖兵かね?
勇治君もそんな殺意でいっぱいな気持ちじゃったろうな。
お前さんがなにか決定的、根源的な部分で『チート(ずる)』をしているという事は――彼もなんとなく悟っていたんじゃろうなぁ。
「お前がそれを言うのか! 僕から何もかも奪いつくしてきたお前がそれを言うのか!」
と。そう叫びたかったんじゃろう。
本来ならこの感情は殺意となり、行動に繋がるはずじゃった。
じゃが――『愛され系ヒロイン』というチート能力を持つお前さんに対する殺意は『愛情』へと塗りつぶされてしまう。
際限なく湧き上がる殺意はチート能力によってせき止められ、行き場を失い……その殺意は、自分自身への自傷という形になり、彼の体内で、彼の脳髄で爆発した。
全知全能の神の名において断言してやろう。
彼がヒロイン(悪魔)から逃れる手段はただ一つ。
自ら脳髄のシナプスを引き千切るような精神の破滅、自我の崩壊しかなかった。
長年愛情を知らず、極度のストレスの中にあった彼の自我は耐え切れなかった。
努力を重ねれば必ずや勝利できるという信念を抱いて、ヒロインに勉強で勝ち、父親に褒められたいという儚い願いは――『御子柴勇治くんより、いくらか上の学力を維持する能力』に屈服した。
正しき願いは『チート(ずる)』に敗れた。
彼は『ヒロインには絶対に勝利する事ができない』と諦めてしまった。
ならば――己の人生を完全に狂わせたヒロインから逃れるにはどうすればよいのか?
もう、死ぬしかないじゃないかね。
……いや、ヒロインよ、お前さんは殺さぬよ。
そうしてやりたいのはやまやまじゃが、神たる身は私憤で人を殺めれば罪に染まり邪神へと堕ちてしまうからの。
ほれ。
確かに御子柴勇治くんは死んだも同然じゃぞ?!
勇治君の父、お前さんの義父である男は、息子の病状を知り――そして息子が勉強ばかりで友達もつくらず、少年らしい喜びや楽しみとも無縁で、誰にも褒められず……一生を泣きながら絶望の中で過ごしたという証拠である日記を見て!!
そのまま数日後に首を括って死ぬんじゃけどねぇ!!
喜べよヒロインよ!!
お前の前途は明るいぞ!!
義理のパパは死ぬ、そしたら十代でお前さんは御子柴グループの全資産を引き継ぐことになる!!
なに、小うるさい親族もいるが、お前さんの『愛され系ヒロイン』のチート能力なら全て黙らせられるよ!!
御子柴グループの強大な資金力!!
そして御子柴勇治くんの人生すべてを台無しにして得た最強の知性!!
金と頭脳、お前さんの人生は物質的には完璧に恵まれておる!!
男はわんさかくるぞぅ?! みんな金目当てじゃがなぁ!!
もちろん『イケメンヘブン』の攻略対象は全員健在じゃ、好きに選べばいい!!
なに、最推しの相手は死んだが、それ以外の全てには恵まれるぞ!
お前さんによって早くに病死させられた母親と、お前さんによって親の愛のすべてを吸い尽くされ、努力のすべてを掠め取られて自我崩壊した勇治くんと、息子の人生を踏み躙られて絶望のあまり首を括った父親と――幸せだったはずの家族を一家全滅へと追いやり、地獄に叩き落としたことと引き換えにお前さんは幸せになれる!
……そして全知全能の神の名において断言してやろう。
お前は真実の愛に辿りつくことは永遠にない。
お前を心の底から愛する男は絶対に存在しない。
なぜなら、人の心を操るチート能力が関わった時点で、それは本当の真心から程遠いものだもの。
最底辺の奴隷にだって、残酷な主人に対して呪いの言葉を吐くこと程度は許された。
それさえ許さない力は――やはり、どこか歪んでおるのさ。
愛とは自発的なもの。心から自然と湧き上がるもの。
愛することを強制するチート能力とは、この世でもっとも軽蔑すべき、穢らわしいちからだ。
……さ。
もとの世界へと帰りなさい。
…………
………………
神は己の領域へと漂う魂の一つを見つけて、そっと手を伸ばした。
その魂は――別な世界で神の手違いによって命を終え……記憶とチートを二つ授かって新生したはずの魂だった。
あの時からそう時間はたっていない。
己自身の罪の重さに耐え兼ねて、自ら苦しみの末に命を絶ったのだろう。
神はその魂が罪の重さによって地獄へと堕ちていくさまを見守り、溜息を溢した。