05.前途多難
嫌なことや大変なことは、朝の間に終わらせておくといい。そうギールさんに言われたことを思い出した。
一日中それを考えているのはエネルギーの無駄だ。嫌なことや大変なことこそ早く終わらせて、残った時間を有意義に過ごしなさい。
「クロード」
ココが呼ぶと、少し前を歩いていたクロードは足を止めた。振り返った彼は、その声の主がココだと気が付くと、眉間に深い皺を寄せた。
「……んだよ」
駆け寄ると、拒絶するかのように顔が背けられる。
そうされるのは予想の範囲内だ。大丈夫。ココは一度深く息を吸った。
「殴ってごめん」
深く頭を下げると、「は?」と苛立ったような声が降ってくる。もう一度「ごめん」と言ってから顔をあげると、クロードは幽霊でもみたような顔をしていた。初めて不機嫌じゃない顔を見たかもしれないな、と頭の隅でぼんやりと思う。
「先に手が出たのは、私だから、ごめん。軽率だった。悪いことしたって思ってる」
「なん……だよ」
しばらく言葉を探すようにさまよっていたクロードの視線が足元に落ちると、彼は吐き捨てるように言った。
「俺は謝らねぇ」
「いいよ」
「……は?」
「別にクロードに謝ってほしくて言ったんじゃないし」
「じゃあなんで……」
「なんでって……自分がそうしたいと思ったからだよ」
なに当たり前のこと聞いてるんだろう。
ココは不思議そうに首をかしげると、「ところで」と持っていたファイルを開いた。
「例の西地区の件なんだけど……って、聞いてる?」
今までで一番深い皺を眉間に刻んだクロードを見上げ、ココは訝しげに聞いた。こんなにずっと眉間に皺を寄せていて疲れないんだろうか。
「……お前、頭おかしいんじゃねぇの」
「ソレハドーモ」
「褒めてねぇよ」
「……クロードはさあ、早く悪態以外の言葉を覚えられるといいね、いっ!」
突然足を襲った衝撃に、思わず口から声が漏れる。見れば、自分の足をそれより大きな足が踏んでいる。こいつ女の足を踏みやがった!
ココは反射的に、クロードの脛あたりを蹴った。
「いっ!」
今度はクロードの口から声が出た。一瞬何が起こったのか分からなかったようだったが、蹴られたと気が付くと、すぐにココを睨みつけた。ココは満足げに鼻を鳴らす。
「てめぇ、手が出て悪かったって謝ったばっかだろーが!」
「見てわかるでしょ。今のは手じゃなくて足だよ!」
二人は即座に胸倉を掴み合った。こめかみあたりに青筋を浮べ、鼻先がぶつかり合いそうな距離で視線をぶつけ合う。
「……暴力女」
「……そういうクロードは最低野郎」
廊下の真ん中で一触即発ムードの二人。困るのは、そこを通ろうとした無関係の隊員たちである。どうすることもできず立ちすくんでいると、後ろからぽんと背を叩かれる。振り返った先には自分よりもずっと背の低いはちみつ色。
「し、支部隊長」
隊員が、すがるように名前を呼ぶと、彼は天使のように微笑み、頷く。
「……ねぇ」
甘ったるい声に、少し先で掴み合っていた二人の肩が跳ねた。
「なにしてんのぉ」
錆びた機械のようにぎこちない動きでこちらをみた二人は、そこにいるのが自分たちの上司だと気が付くと、互いにつかみあっていた手をパッと放した。
「なんにもしてないです」
ココは引きつった笑みを浮かべながら、取れてしまうんじゃないかと思うような速度で首を横に振った。
「そぉ?」
「ええ、まったく、なにも」
「仲良くしてね」
すっと細められたはちみつ色の瞳に、ココは小さく悲鳴を上げた。隣で見ていた隊員も、心の中で「うわぁ」と悲鳴を上げた。その天使のような見た目とは裏腹に、ルゼの視線は野生の肉食獣のように鋭い。「No」と言おうものなら、そのまま食い殺されそうだ。
お願いするようなトーンだが、それは間違いなく命令だった。
今度は縦に勢いよく首を振ったココを見て、ルゼは満足そうに「いい子だねぇ」とつぶやいた。
「二人とも、今日も一日がんばってねぇ」
「は、はい!」
「クロードも、だよぉ」
「……分かってる」
鼻歌を残し去って行った後姿を見て、ココはほっと息を吐いた。ちらりと見上げると、表情こそほとんど変わってはいないが、自分と同じように肩の力が抜けたクロードの表情。
「なんだよ」
ぼんやりと顔を見上げていると、不機嫌そうな声が降ってくる。「いや、なんでも」と答えると、彼は「ふん」と視線をそらしてしまった。
「……あのーとりあえずさ」
「あ?」
「ルゼ隊長にも言われたし、二人で17区に聞き込みとか行かない?」
下から下から、丁寧に丁寧に、できるだけ彼の機嫌を害さないように言ったつもりだったが、クロードは思いっきり顔をしかめた。
「……行かねぇ」
「でも、ルゼ団長に仲良くって言われたじゃん」
「子供じゃあるまいし」
「17区は端だけど、西地区でしょ。あのおじいさんの話も聞けるし、例の子供が行方不明の件も、何か手掛かりがあるかも」
「そんなもん、ねぇよ」
「とりあえず今日はさ、今日だけはとりあえずルゼ隊長の指示を飲むってことで、どう? 嫌かもしれないけど、今日だけ」
そう言うと、クロードは顔をしかめたまま口をつぐんだ。考えてくれてはいるらしい。先ほどのルゼ隊長の「仲良くしてね」が効いているようだ。なんだかもう一押しの雰囲気である。ココは「ね?」と顔の前で両手を合わせた。
それからたっぷり30秒ほどの沈黙ののち、小さく、忌々し気に吐き出された答えがイエスで、ココは思わずガッツポーズをした。うざい、と言われても、嬉しいものは嬉しい。
「……言っとくけどな」
「ん?」
「行っても意味ねぇと思うけど」
ぶっきらぼうな言葉に、「そんなことないよ」と言いかけたけれど、寸前でぐっと飲み込んだ。せっかく気が変わってくれたのだから、なにも言わないほうがいいだろう。
けれど数時間後、ココは、それが嘘ではないことを痛感した。
空気が重い。それがココが17区に入って、初めて持った感想だった。ただでさえ古い建物が多いこの辺りは、半年前に終わったはずの混乱からいまだ抜け出せていないようで、人気のない建物や崩れかかった建物が点在している。通りに人も少なく、古い材木や空っぽの木箱が通りの片隅に雑多に置かれていた。
住民たちの視線は冷たく、顔さえろくに合わせてもらえはしない。クロードが横にいたからなんとかなったが、女の自分一人だったら罵声の一つでも飛んできそうな雰囲気さえ感じる。
それでもココは、できるだけ笑顔で街の住民に話しかけた。「困っていることはありませんか?」「最近この辺りで子供たちがいなくなることがあるって聞いたんですが、なにかご存じではありませんか?」
けれど誰一人として、ココに返事を返さなかった。
うつむきがちに歩く住民たちは、声をかけると横目でこちらを見て、早足に去っていく。振り返りもしない。
収穫はゼロだ。クロードがあれほどかたくなに聞き込みが無意味だと言っていた意味も、なんとなく分かる。ちらり、横目で見上げればクロードはいら立ちを隠さず「だから言っただろ」と吐き捨てた。
「あのジジイも見つからなかった。もうこっちの件は終わりだ」
「そんな……」
バッサリ切られて、ココはキュロットスカートの裾を強く握りしめた。
あの老人に会おうと、彼の依頼書を探しに行ったが見つからなかった。
受付の隊員に聞けば、山のような依頼書の山のどこかにあるのか、はたまた紛失したのか分からないんだと言う。それ以前のものも同様で、あの老人からの依頼書は見つからないと心底申し訳なさそうに言われてしまった。
支部の状況も分かっているし、パニック状態の受付の様子を見ていると怒るに怒れないが、これは大問題だ。近いうちに西地区の分だけでも依頼書の整理をしなければいけない。
「本当に……ごたごたしてるんだね」
「受付や事務の方もぐちゃぐちゃだ。地図一個まともに出てこねぇ」
「西地区の?」
「ああ。今使ってるのは古すぎる。新しいの引き出しに入れとけっつてるけど、いつになるやら……」
なるほどあの“引き出し”はそういう使い方をするのか。ココはクロードと喧嘩をする前に見た場所のことを思い出していた。
どこかに何かを依頼するとあの引き出しにそれを入れておいてくれるのだろう。……多分。
ココは、帰ったら誰かにもう少し設備について聞こうと心に決めた。
「挙句、住民はこんなんだ。これ以上、どうしようもないだろ」
「そうかもしれないけど……」
不自然なほどこちらと関わろうとしない住民たち。それほど信用をなくすことを前任の担当がしていたんだろうから、仕方がないのだろう。
でも、何か引っかかるのだ。
その引っ掛かりを探すように、ココは視線を漂わせた。どこか張りつめた街の雰囲気の中を、大人も子供も、人々はうつむきがちに進んでいく。
「……ん?」
その時、目の端で、何か見覚えのあるものが動いた気がした。人の流れに紛れる小さな背中。そしてその背に背負われた少しくたびれた薄いベージュのリュックサック。そこでキラキラ光るのは、村を出るときに、ギールからもらったお守りだった。
「……まっ! そこの少年待った!」
ココは咄嗟に走り出した。
「おい!」
「ごめ、ちょっと用事! 先に戻ってて!」
クロードは心底めんどくさそうに溜息をつくと、踵を返した。
少しくらい「どうした」とか「手伝おうか」とか言ってくれてもいいのになぁ、と薄情な相棒に寂しさを感じつつ、ココは視線を戻した。呼び止めようと「おーい」と声をあげたが、少年は止まらない。細い路地に進みかかったのを見て、もう一段階大きな声を出した。
「おーい、きみ! ベージュのバックのそこの少年!」
振り返った少年はココを見るとぎょっと目を見開き、伸びた黒髪を翻してすさまじいスピードで路地に消えた。
つまりは逃げられたのだ。
「あっ! ちょっと! なぜ逃げる!」
ココはその背を追って、路地に入った。入り口こそ広かったものの、すぐに自分の身幅ほどしか幅がなくなる。薄暗く埃っぽいそこには、荷物やゴミが放置されていて、走りにくい。思うようにスピードが出せないココを、少年はぐんぐん引き離していく。
「ねえ、ちょっと、きみ! 待って!」
呼びかけるとその少年はもう一度振り返り、眉間に皺を寄せた。
「荷物、荷物を! それ私の!」
捨てられていた麻の袋で滑りそうになりながら、ココは少年の背を追い続けた。走っていると、いつか聞いた「迷路のような街」という言葉を体感する。道は複雑に入り組んでいて、正直帰り道はどっちだと言われてもあやふやだ。
……やばい。絶対にあの少年をつかまえて、荷物を取り返し、元の道へ戻る方法を教えてもらわなければ。場所が場所だけに、初日の二の舞では済まないかもしれない。
ココは気合を入れなおし、少年との距離をぐっと詰めた。
「少年! 怒らないから! 待って! 荷物返して!」
「やだね、ババア!」
「バッ……!」
ババア。
人生で初めての罵り言葉に、なにかにひびが入った音がする。あまりのショックに足が止まりかかるが、クロードの怒り顔を思い浮かべて最後のところでふんばった。悲しいことに、この数日で、心は確実に強くなっている。ちっとも嬉しくない成長に、今は感謝だ。
「おねがーい! それめちゃくちゃ大事なものなの!」
「へぇ、金目のものでも……え?」
「あっ!」
角を曲がったとほとんど同時に突然明るくなった視界。
ココは咄嗟に身を投げ、自分よりも小さな手をしっかりと握った。
潮の臭いがする風が、ココの髪をさらう。眼前に広がるのは青は海だ。
切り取られたように、街はそこでなくなっていた。腹ばいになりながら、突然現れた崖の先を見て、あと一瞬反応が遅れていたらと思うとぞっとした。寸前で掴んだ手を、絶対に離すものかと両手でしっかり持ち直す。
「あ……っぶなかった……大丈夫?」
声をかけられ、少年はゆっくりと自分の足元を見た。つま先のずっと下で、岩肌に波が打ち寄せている。そこでやっと自分の状況を理解したようだった。
握った手を握り返す力が強くなり、頬に汗が伝う。「大丈夫?」と問いかけた言葉にも、返事ができないようだ。
「手ぇ離さないでね」
ココは少年の手をもう一度強く握ると、勢いよく引き上げた。割れた地面の端が、吸い込まれるように落下していく。
地面に体を横たえると、少年の呼吸がどっと荒くなった。
「けがは?」
「……ない」
声は小さく、弱弱しかった。
「そ? よかったぁ」
けれどそれが聞ければ安心だ。ココはふぅ、と息を吐いて天を仰いだ。そしてもう一度、噛み締めるように「よかった」と言って、少年に向かって笑顔を作って見せた。
薄汚れたシャツを着て、力なく座り込む少年の息は荒い。線の細い彼は、まだ10歳そこそこくらいに見える。
「きみ、名前は?」
少年は顔をあげたが、何も答えなかった。
「私はココっていうんだけど」
「……だから?」
「だからきみの名前も教えてよ」
ココのどこか気の抜けたような笑顔に、少年はゆっくり視線を地面に落とした。そしてほとんど聞き取れないような音で「……イオ」と小さくこぼした。
「よろしく、イオ」
ココが差し出した手に、イオは答えなかった。
なんとなくそういう反応が返ってくるだろうと思っていたので、ココはその手で握手をする代わりに、イオの頭を一度撫でた。触れた瞬間、イオの肩がおおげさなくらいに跳ねる。
伸びきった前髪の隙間からわずかに見える目がゆっくりと見開かれた。
「あ、ごめん。いやだった?」
「……子供扱いするんじゃねぇ」
「ぷ、だって。“ババア”の私よりもずっと子供だし」
そう返すと、イオは小さく舌打ちをしてココの手を払った。
「そんなに嫌わないでよ。でさ、イオ。そのリュックきみの?」
「……俺のだよ。拾ったんだから」
「あー……実は私さ、この街に来た時に荷物すられたんだよね。で、それ、たぶん私がすられたやつで」
「だから何だよ。関係ねぇ。すられる奴が悪いんだろ。これは俺のだ」
早口に言い切られて、ココは小さく息を吐いた。取り付く島もなさそうだ。
「じゃあ、中身だけでも返してくれないかな? あとそのアクセサリーと」
「……中身?」
イオは不思議そうに続けた。
「中身は知らない。俺が貰ったのはリュックだけだ」
「貰った?」
「あ、いや……とにかく俺が拾ったときには、中身なんてなかった」
「そっ、かぁ……」
ココはがくりと項垂れた。
「……なんだよ。金目のものでも入ってたのかよ」
「ううん。ちょっとねいろいろ、村を出るときにもらったものが入ってて」
「へぇ、残念だな」
イオはたいして感情のない言葉で言った。「全然残念そうじゃないね」というココの嫌味を聞いているのかいないのか分からないような目で、どこか遠くを見ている。
ココは立ち上がり、隊服の汚れをはたいてからイオに手を差し伸べた。
「立てる?」
「……自分で立てる。ほっとけよ」
イオは手を取らず、立ち上がりもしなかった。けれどココは、その手を差し出したまま続ける。
「ねーイオ」
「名前呼ぶなよ」
どこかで聞いたセリフだな、と少し笑えた。間髪入れず「何笑ってんだよ、ブス」と刺々しい言葉がとんでくる。ふははは、クロードの暴言で鍛えられた私がそれくらいの言葉でへこたれるとでも? ココは勝ち誇ったような表情で、イオの腕をつかみその場に立たせた。
「私はきみのことイオって呼ぶから、私のこと好きに呼んでいいよ。ココでも、ココちゃんでも、ココ姉でも」
「うざ……」
「ところで私さ、最近この街にきたばっかりで、ここのことなんにも知らないんだ。イオさ、よかったら案内してくれないかな」
「いや」
かぶせ気味にそう言われて、ココは「だよね」と苦い笑みで言った。
なんだか生気のない子だな。改めてイオの全身を見て、ココはそう思った。座っているときはあまり気にならなかったが、着ている洋服のサイズが合っていない。髪や肌は痛んでいるし、ひどく目の下には年齢にそぐわない深い隈があって、ずいぶん疲れているように見える。
そして、心だけどこかに忘れてきてしまったかのように、表情が固い。村にいたこれくらいの子供たちは、毎日なんでもないようなことで転げまわるほど笑って、一日中騒いでいたのに。
「帰る」
イオはゆらりと体を反転させ、薄暗く細い路地へと足を踏み出した。
「……あ、ねえ、イオ」
「……なに?」
「なんかさ、困ってることない?」
イオは足を止めた。顔だけで振り返ったその目に光が差し込む。ココは「なんでもいいよ」と続けた。彼の顔に半分かかった影が、濃くなったような気がした。
「――なんもない」
「そ? じゃあ、もし、なにかあったら教えてよ。力になるから」
「……じゃあ、」
イオの口が、言葉を探すようにゆっくりと開かれた。
刹那、海からの強い風が髪をさらった。顔周りの髪が目元を叩いて、「わっ」とココは目を閉じる。
「ごめんイオ、なんて言ったか聞こえなか……え?」
次に目をあけた時、もうそこに彼の姿はなかった。波の音だけが、そこには響いている。
「……あ」
帰り道、聞くの忘れた。
◇
今日の出来事があった場所を確認しようと資料室の前までやってきたココは、扉の隣の壁にもたれかかるようにして立っていた男の姿を見て、足を止めた。まさかその人がいるなんて予想もしてないかったので、まるで幽霊でも見た時のように、「ぎゃ」と可愛げのない声が出る。
ココは、恐る恐る確認するように名前を呼んだ。
「……ク、クロード?」
クロードはゆっくりと顔をあげた。少し垂れた前髪の隙間から真っ赤な瞳がこちらを怪訝そうに見ている。
「……他の誰に見えるんだよ」
「いや、そうなんだけど……どうしてここに?」
てっきり、もう帰ったのかと思っていた。
なぜなら、めちゃくちゃに迷子になっていたからだ。道は完全に迷路で、自分がどの道を進んできたのかすっかり分からなくなっていた。周囲に人気もなく、やみくもに歩いても見覚えがある場所に出ない。やっとのことで大通りに出た時には、すっかり日が沈んでしまっていたのだから。
当然、とっくに勤務時間は終わっている。何か仕事の件で、伝えなければならないことでもあったんだろうか。理由によっては「遅ぇ」と蹴りの一発くらい飛んで来そうである。
びくびくしながら答えを待つココに返って来たのは、意外な返事だった。
「……別に、理由なんてねぇよ」
「え?」
そう小さく言い残して、クロードはココの脇をすり抜けた。
いったい何なんだろうか。その真意を探ろうと背中を見ていると、突然閃いた。
「……ねぇ、クロード!」
そのささやかな予想が当たっていてほしい。自然とココの声は大きくなった。足を止め振り返ったクロードに、頬がにやけそうになるのをぐっとこらえる。
「あのさ、あの……」
「……んだよ」
「あの……」
「早く言えよ」
「もしかして……その、心配してくれたりしたのかなー……なんて」
一瞬の沈黙。その先の答えを期待して、ココの心臓が小さく音を立てた。
「――は?」
地獄の底から沸き上がったような低い声。
小さな希望は見事に砕け散った。
「……ですよね」