第528話「騒動の後始末」
「……成程。事態はおおよそ分かりました」
「お手数お掛けします」
「いえ、穏便に済めばそれに越した事はありませんから」
俺は今、気不味いムードに耐えつつもセレナーデ侯爵令嬢の屋敷の一室にて事情説明を行っていた。
因みにヴァルカンは既に報酬を貰ってこの町から姿を消し、マクスウェルとトロフも我関せずの姿勢を貫いてこの一件からは手を引いたらしい。
確かに仕事が終わって報酬を貰ったなら深入りする必要等ありはしない。
流石はAランク冒険者……引き際を見極めるセンスがあるね……。
「放っておけるかよ!」とか「短い時間だったけど仲間でしょ?」とか「なぁに、乗り掛かった船さ」何て事は無かった。
俺もさっさとオスタナシー達の元へと帰りたい気分である。
「それでその魔女は貴方の指に指輪として擬態していると?」
「御所望ならお見せしますけど……」
「本当は魔女と言う化物とは関わりたくは無いですが、ダンジョンに関しては我がルミナスアーク侯爵家にとっても大事な案件ですから」
「……あのー。構わないんですが制御が出来ませんのでくれぐれも挑発したりしないで下さい。セレナーデ様に口調に気を配る様に等と申し上げるのは無礼だとは重々承知しているのですが、侯爵家令嬢殺害の汚名は御免ですので……」
俺が出来る限り丁重に忠告するがやはりセレナーデ侯爵令嬢は分かりやすく機嫌を悪くした。
もっとも制御出来ないのは嘘では無いし、セレナーデ侯爵令嬢もヴァルカン達には箝口令敷いているし俺と対面するのに護衛を付けていない。
結論彼女が一冒険者でしかない俺を信用してくれているって事だ。
しかし、これが彼女なりの信用の証だとは分かっているが、これから先の話し合いの事を考えると異が痛む様だ。
(パンドラ様ー)
俺はまだパンドラとは打ち解けておらず、リィレと言うストッパーが居なければいつ殺されても可笑しくは無いので様付けで呼び出す。
ここに来る前もリィレを挟んでダンジョンの事と今回の事を掻い摘んで報告する必要があると説得してある。
最初は呆れた様子で「何故?私が……?」と嫌がっていたが、リィレにお願いされて嫌々と言った具合に引き受けてくれた。
直後、耳打ちで「御姉様を謝らせないで下さい……」と不快感を露にしていたので怖かったです…………。
「……はぁ。貴女が件の令嬢?早めに済ませて貰えると助かるわ」
「つっ!?本当に指輪から……!?」
セレナーデ侯爵令嬢は分かりやすく驚く、そりゃ俺も初めてリィレが指輪になったり解除して姿を現したりした時は驚いた物だ。
まぁ、彼女の場合は先程の陰口を聞かれていないかってのが理由かと思うけど。
「これは失礼致しました……。私はセレナーデ.ルミナスアーク。このヴァーナスを治めるルミナスアーク侯爵家の令嬢です」
「貴女に興味などありませんわ。……用件だけ手早く済ませて貰えると助かるわね」
醸し出されるのは分かりやすい敵意……。
そもそもリィレがいなかったらこの話し合い自体成立してないから仕方無いね。
「そうですか……では早速、具体的なお話といきましょうか」
お戯言は要らないと判断したセレナーデ侯爵令嬢が淡々と説明を始める……。
まずはダンジョンの階層数や構造、魔物の分布等の情報。
後は重要なのがダンジョンの核と権限。
ダンジョンの核を守るのはボスの魔物、そして権限を持つのは知能が高い魔物。
どちらにせよ金で揺らぐ存在では無いので話し合い等通用せず、倒すしか無いがもしパンドラからダンジョンの権限を譲って貰えば侯爵家としてこれ程の手柄は無い。
セレナーデ侯爵令嬢がルミナスアーク侯爵家で立場を強める切っ掛けになるって訳だ。
「……つまり、ダンジョンの権限を譲れと?浅ましい」
「侯爵家としてもダンジョンの問題はもて余しているのが現状です……。貴女が作り出したダンジョンとなれば権限をお持ちでしょう?こちらとしてはそれ相応の物を御用意させて頂きます」
「どうでもいいですわ。もうダンジョンには用は無いですから」
秒も経たずに交渉は決裂に向かっていた。
そりゃ魔女にお金なんて意味の無い物だし、マジックアイテムに執着する保証もない。
勿論権力なんて無意味どころか魔族排斥の流れを組む帝国では毒にしかならないし。
「交渉の余地は無いと?ならダンジョンの今後は?貴女の見解をお聞かせ願いたいですね」
「要らないなら廃棄する迄……。核を壊せばすぐに瓦解するのがダンジョンですわ」
つまる所お前如きに従うつもりは無いって事だ。
異世界主人公なら華麗に説き伏せる場面であるが、俺にそんなカリスマ等ある筈も無く流れに身を任せる。
「……っ!!。なら、廃棄なさるので?」
「どうでもいいですわ。放っておきます。」
……お前の指図は受けない、好きにさせて貰うって事かなぁ……。
話し合いに来たのにそれにすら応じないとか協調性の欠片も無いな……。
「もう私は行きますわ……」
「待ちなさいっ!!」
そう言うと、パンドラは人間如きと交渉する価値も無いと言わんばかりにその場から立ち去ってしまった……。
目的地の宿は伝えてあるので多分大丈夫だと思うけど。
「えっと……それじゃあ僕もそろそろ……」
「まって!貴方は彼女を説得出来たのでしょう!?ならっ!!」
セレナーデ侯爵令嬢は必死に俺にすがる、たが俺に彼女の説得等出来よう筈も無い。
俺は無言で首を横に振った。
「報酬は望む物を用意させましょう……貴方は何がお望みですか?」
「ええっと……説得と言うより諫めただけです。とてもじゃありませんが言い聞かせるなんて出来ませんよ」
俺は呆然とするセレナーデ侯爵令嬢に一礼をして逃げる様に退室するのであった……。
* * *
「まって下さいよぉ!!」
「どうせ目的地は御姉様のいる宿なのだから待つ必要は無いですわ」
オスタナシー達を心配させる訳にはいかないので宿には先んじてリィレを送っておいた。
これで事情説明は済ませてくれた筈だ。
「ダンジョンって結局どうするんですか?」
「放置しますわ。攻略するならすればいいし、放置するならそうすればいい。核を壊せば崩壊する今までのダンジョンと何ら変わり無いのだから」
つまりは飽きたおもちゃのにもう興味は無いって訳らしい。
ルミナスアーク侯爵家にとっては今後を左右する程の大問題なのに他人事だなぁ……。
そこが人と魔女の価値観の違いってやつなのだろうけど。
そうして数分で俺達のいる宿へと戻る事が出来た、ダンジョンに長いこと潜っていたせいか皆が恋しい。
「む、ゴールドですか」
「流石に観光も飽きたわ。帰りましょ?」
「主殿っ!!」
部屋に入ると皆が分かりやすく出迎えてくれた。
「御姉様御姉様御姉様っ!?!?」
「ふふっ、パンドラ……お帰りなさい」
パンドラは先程の魔女の威厳を何処かに置いてきたと言わんばかりにリィレに甘えていた。
彼女は俺の事を完全に下に見ている節があり、仲間に加える事が出来ないのは明白なのでリィレに丸投げするか。
リーダーが慕われなくなった冒険者パーティーは自然と瓦解する。
いざって時にリーダーを立てられない奴を信用する事等出来よう筈も無いし、空気も読めそうに無い上に暴走しそうだし。
「もう用件は済んだのですか?」
「はい……。もう疲れちゃいましたよ」
肉体的にも、精神的にも疲れきった俺はそのままベッドに身を委ねるのであった……。