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一芸特化


「あのー……私達はいつまでこうしていれば……」


 そう困惑気味に瑞樹は問う。


「いつまでって、そりゃ午前中はずっとだよ」


 修業なのだから、長時間やらなくては意味がない。


「ずっと? この剣を出し入れするだけの作業をずっと? 嘘だろ」


 腰に差した刀を抜刀し、その後すぐに納刀する。

 この一連の動作を延々と繰り返すことを嘆くように、メアリーは言う。


「修業って言うから、もっと凄い……派手なことをすると思っていたのに」

「蓋を開けてみれば剣の出し入れって、これになんの意味が」

「なに言ってやがる。修業っての地味で辛いもんだ」


 とは言え、何の説明もなくやらせているだけじゃあ、身も入らないか。


「よし、わかった。一時中断だ、話をしよう」


 二人に刀を納刀させ、説明会を開く。


「いいか? 短期間でシンデレラに通用する剣技を身に付けるためには、ほかを捨てて一つを磨くしかない。つまりは一芸特化。突きと、居合いだ」


 破硝学院の訓練生だけあって基礎的な体力作りは仕上がっている。

 だが、剣に関しては素人ともいいところだ。すべてを満遍なく育てていたら、時間が幾らあっても足りない。それこそ十数年もの時間がかかる。

 ゆえに鍛えるの一つの技だけに絞るべきだ。

 ほかの経験をすべて一つに注ぐことで、修業期間の短縮を計る。それが一番現実的だ。


「メアリーが居合いだから、私が突き?」

「そう。選定のときの突きを見て、それしかないと思ってな」


 殺意を込めた突きの三連もそうだが、決めては掌底を打った時だ。

 瑞樹は額に掌底をくらう直前、逆に頭突きをくらわせてきた。

 威力の相殺も叶わず、最後の悪あがきだったが、その諦めの悪さが気に入った。


「メアリーは言わずもがな。抜刀術の居合い斬りしかありえない」

「むぅ、たしかに抜刀術なら剣の出し入れにも納得できる、のか? でも、突きに関してはまるで意味がないような」

「それがあるんだよ」


 そう答えて、鞘から刀身を引き抜く。


「人間ってのは自分が思うほど正確に身体を動かせている訳じゃあない。目でみる動きと、自分の感覚には、かならず誤差が生じるんだ」


 そう言いつつ、近くの観葉樹に近づいて一筋の太刀傷を刻み付ける。


「こいつを剣先でなぞってみな」


 言われるがまま、二人は抜刀してそれぞれ刃を振るう。

 そうして観葉樹の幹に刻まれた二本の傷は、しかし傷をなぞることなく。


「あ……」


 そのすぐ上と下を過ぎる。

 結果として刻まれた太刀傷は三本に増えた。


「これがお前たちの目と感覚の誤差だ。こいつを修正して無くそうってのが現段階ですべきことになる。抜刀と納刀の繰り返しは、目と感覚のすり合わせだ。加えて抜刀は居合いの練習になるし、納刀は小さい的を突くための訓練になる」

「なるほど……」


 こうして簡単な動作で刀の扱いを慣しておけば、後々にその成果が現れてくる。

 当面の目標は剣を精密に動かせるようになること。それが出来れば、ひよっこくらいには昇格したことにしよう。いまはまだ未熟者以下の素人だ。


「わかったなら再開しよう。これで身が入るだろ?」


 意図が伝わり、二人は頷いて修業を再開する。

 芽生えた熱意はその後、午後を知らせる鐘の音が響くまで、燃え尽きることはなかった。



 午後になって昼食をとり終えた俺たちは、小休止を挟んで修業を再開した。

 午前は抜刀と納刀の反復修業。そして午後からは実戦的な修業に移る。

 つまりは、真剣を使った斬り合いだ。


「――剣に気を取られすぎだ。相手の動きを常に意識しろ」


 繰り出される突きの連撃をすべていなしながら、そう瑞樹に助言する。


「くッ」


 先ほどから、一歩も俺は動いていない。

 向かってくる剣は、突きであろうが薙ぎ払いであろうが、すべて刀でいなしている。

 その事実が焦りを呼ぶのか、次第に繰り出される剣が荒くなる。

 威力は増したが、精密さに欠ける。太刀筋はぶれているし、狙いは定まっていない。視野も狭く、思考も攻撃も単調なものになる。

 意思だけが先行し、身体が思いに付いていかない。

 そんな心境が垣間見え、大きな動作から繰り出された隙の大きな突きを弾くと共に、予め決めておいた言葉を呟く。


「――しまえ」


 それは刀を納刀しろ、という合図。

 その言葉を聞いて我に返った瑞樹は、攻撃動作から一変して剣先を鞘へと向かわせる。

 けれど。


「あっ」


 心の乱れが剣を惑わせたのか、刀身が鞘の途中でつっかえる。

 こうなると一度、引き抜いてしまったほうが楽だ。


「やっちゃった……」


 そう呟いて、瑞樹はがっくりと肩を落とす。


「まぁ、初日にしては上等なほうだ。メアリーなんて危うく指を切るところだったしな」

「ぐむむ……」


 斬り合いの最中、突発的に下される納刀の指令に対し、瞬時に応えること。

 それが出来れば剣の精密動作は及第点、晴れてひよっこ昇格だ。

 しかし、こうなると一人ずつ相手をしていると時間が無駄になるな。俺も歯ごたえがなくて退屈だ。今度からは二人同時にしてみるか。


「むむむ……み、みてろぉ! それくらい、すぐに出来るようになってやる!」


 それから連日、反復と実戦の修業が続いた。

 午前は朝早くから昼間まで抜刀と納刀を繰り返し、午後は日が沈むまで斬り合う。

 それを半月ほど続けた、あくる日の午後のこと。


「だいぶ、見られるようになってきたな」


 飛び交う剣閃が幾重にもなって繰り出され、駆ける二つ刃を一つの刀で捌ききる。

 初日では不動だった俺の足も、今では二歩三歩と動くことを余儀なくされた。

 精密動作も一定の水準を常に満たせるようになり、思考も太刀筋も多彩になった。なにより戦闘の持続時間が延びている。どうも俺が見ていない所で、こそこそと鍛錬をしていたらしい。

 しっかり休めと言って置いたのに、まったく。


「――しまえ」


 二人の猛攻をかいくぐり、反撃の素振りを見せた瞬間に納刀の指示を出す。

 反撃に備えようとしていた二人の虚を完全に突いた。

 初日なら慌てふためいて、納刀どころの話ではなかったが。


「上出来だ」


 二人とも焦ることなく冷静に、直ぐさま刀を納刀して見せた。


「やったっ」


 喜びと達成感に満ちた声音が二重になって響く。

 半月ものあいだ二人は剣のことだけを考え、身体を動かしてきた。

 その当然の結果がここに成果となって現れた。


「喜ぶのはいいが浮かれすぎるなよ? まだお前たちはひよっこに昇格したばかりだ。油断してるとすぐ素人に降格させるからな」

「えぇ、これだけやってまだ私達ひよっこなの」

「いったい何時になったら、一人前になれるんだぁー!」


 喜びから一転して、遙か遠い道程に二人はため息を吐く。

 けれど、二人はたしかに最初の一歩を踏み出した。きっと、この先もそうやって少しずつ、目標に向かっていくことだろう。俺もうかうかしていると追いつかれちまうかも知れないな。


「さて、今日はしまいだ。明日に備えてゆっくり休め」

「はーい」


 こうして修業の第一段階は無事に終了した。

 だが、達成感に酔うのも束の間。


「――初任務?」

「そうだ。お前たち夜弦隊の出番が回ってきた」


 新たなる修業を行う間もなく、その時がやってきた。

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